約束のパラシュート
「私めは、なにか怒らせるようなことをしたでしょうか。でしたら謝りますけれど……」
「さっさと行くがよい」
神様、やっぱり怒っていらっしゃる。シクシク。
「御意」
「そこのパラシュートを持ってゆけ。飛行魔法が使えぬ卿でも無事に地上に下りることができる」
「……いつの間に……」
雲の隅に、迷彩柄のリュックがいつの間にか置いてある。神様はこの高さからバンジージャンプ……いや、スカイダイビングをしろとおっしゃっている。
「スカイダイビングって、最初は一人で飛ぶのは禁止ではなかったでしょうか……」
失神すると確実に死ぬから。失禁すると確実に汚れるから。
リュックを背負うとずっしりと重みを感じた。厚手のパラシュートはそれなりの重さがあるのだろう。リュックからは紐が1本だけ出ていて「引く」とマジックで書いた付箋が付いている。これを引けばいいのだな。
「頼んだぞ」
「お任せください。魔王を倒したらちゃんと回収してくださいよ――」
「考えておこう」
いや、考えないでちゃんと回収してよ。
――ずっと下界で魔物や人間と暮らすなんて考えられない――汚らわしくておぞましい。
タッタッタッタッタッタッタッタッ、タラッタッタラッタ!
「とうっ!」
雲の上からダイブした――。身体を大の字にしてバランスを保つ。玉座の周辺は雲が歩ける硬さに調整されているが、他の雲は水蒸気の集まりだ。歩くどころか食べることもできない。剣と魔法の世界でもできないことはできない。リアリティーが必要なのだ――。
全身金属鎧の私でも……この市販のパラシュートで本当に大丈夫なのだろうか。体重はある。言わないけれど全身金属製鎧なのだから重い。もし人用なら……まず助からないだろう。
雲から抜け出ると早速パラシュートの紐を引いた。
――ブチッ。
音とともに紐が千切れたか……フッ、マジでドン引く。
「――だが想定内! むしろ誰もが予想した結果! 鉄板! ハーッハッハッ?」
笑ってる場合ではないだろう。落ち着け、冷静になるのだ。遠かった地上がどんどん近づいてくる。魔王の城が小さく見え始めている。
背中のリュックを強引に開き、なんとか中のパラシュートを広げようとしたのだが……。
「こ、これは……漬物石!」
リュックの中には年季の入った丸くてスベスベした大きな漬物石が一つ入っていただけだった。漬物を漬ける時に上に乗せて重石にするやつだ……。
神様が雲の上で漬物を漬けている姿など……見たことないぞ! このためだけにどこから漬物石を拾ってきたのか疑問だぞ! 下界に下りてわざわざ漬物石を探してきたのだろう。だったら、そのついでに魔王の観察でもしたらよかったのではないだろうか。
神様、私はアンデットではございません。漬物石を背負わせて高度八〇〇〇mからダイブさせるなんて……。
――殺意以外の何も感じることができま
――ちゅどーん!
「あんぎゃー!」
ああ……意識が遠のく。ぬか漬けよりも……タクアンの方が……好きだ……ガクッ。
いったい何メートル地面に突き刺さっただろうか……。あまりの痛さに足の先がピクピクしている……。首の骨が折れるかと思ったが、どうやら無事だったようだ。ていうか、奇跡的に生きている。もともと首もない。
「ペッぺ」
顔が無いのに……口には土が一杯入った……。これが……神様が期待していた結末なのか……。まだ全身を激痛が走っている。全力疾走している。
「こんなところで……負けては駄目だ。早く這い上がって魔王を討伐せねば――」
魔王城まで直線距離で……50メートルくらいの距離に落ちたはずだが誰も出てこないってことは、まだ気付かれていないってことだな。
必死に体をくねらせて這い上がる。こんな事なら頭からではなく足から地面へと刺さるべきだった……首から上は無いのだが。
なんとか逆さまの状態から地上へ這い出たのだが、もう空には雲一つなかった。カラスが飛んでいる。神は我を見放した……? このミッションをクリアしたら……本気で仕返しを企ててやりたい。
立ち上がり鎧に着いた土をパラパラと払う。ミミズや大根の葉っぱも肩から払いのける。卵の殻も捨ててあるってことは……ここは畑なのか。魔王城からすぐ近くだぞ。
畑に水やり用の水道蛇口があり助かった。短いホースで水を出し頭からかけて土汚れを洗い流す。せっかくの金属鎧も土で汚れていては輝かない。ホースはカチカチに硬くなっており、触るとネチョネチョするのだが、致し方ない。
――我慢こそ我が人生なのだ――。
読んでいただきありがとうございます!
ブクマ、お星様ポチっと、いいね、などよろしくお願いしま~す!