国際裁判
「さ、裁判!?」
私の発言を聞き、使者の男が素っ頓狂な声を上げた。
「す、全てをそちらの言い分通りとはいかないまでも、今回の件はフェイラー辺境伯家側にも配慮不足の点はこざいました。特に奥様のお心を乱した事に関しましては何らかの形でお詫びさせて頂ければと考えておりますし、そんな、自ら醜聞を撒き散らす様なマネをなさらなくても……」
ほう。随分と必死に止めにかかるじゃないか。
さてはこの使者の男も、本当は旦那様が冤罪だと知っているのでは?
私が視線を逸らす事なく微笑んでいるのを見た使者は旦那様の方へ体の向きを変える。
「ほ、本当に宜しいのですか!? そもそも伯爵位にある貴族家の当主が少し位の女遊びなど、貴族としての嗜みの様な物ではないですか! それを裁判などと騒ぎ立てるなんて、恥をかくのはハミルトン伯爵ですぞ!?」
ビシッ! と部屋の空気が凍った。
私に加え、カーミラ王女殿下とクリスティーナからも氷点下の冷え切った視線を向けられた事に気が付いていないのだろうか。
『うぅっ、僕なんか寒くなってきた……』
『大変だー、クンツは人間の感情に敏感だから、ここの空気はキッツいよねー』
『……あの使者、命知らずだね』
『もうこんいっとく?』
使者の余りの空気の読めなさに、精霊たちまであきれた声でひそひそ話をしているけど、誰ですか、イルノに変な事教えたのは!
「無論かまわん。むしろ望むところだ」
旦那様が冷静な声で返事をするが、その声色からは怒りがしっかりと感じとれた。
「女性と不純な関係を持つ事が貴族の嗜み等という意見には全く賛同しかねるが、そもそも論点が間違っている。私達が問題にしているのはフェイラー辺境伯の使者を名乗る神殿の者が私の身柄を不当に拘束した事であって、ありもしない女性問題の話などではない」
うむ、その通りですとも旦那様!
私は心の中で拍手喝采を送りつつ、うんうんと頷く。
使者の男がまだ不満げに何やらギャーギャー囀っていたので、フォスに目配せをしてちょこっとだけ電撃をお見舞いしておいた。『ギャッ』と叫んでお尻を押さえる使者を見て少し溜飲が下がる。
「では、これ以上おつかいの方と話す必要はなさそうね。返事は後日こちらから正式な使者を送りますから、どうぞお帰りになって?」
王女殿下に目は笑っていない笑顔でそう告げられた使者は、悔しそうにしながらもお尻をさすりつつ退室して行った。
「まったく……何だったのかしら、あの使者。一応隣国の王族である私を前にして女性軽視発言をするなんて、絶対に外交の使者に向いてないわ!」
完全同意です、王女殿下。
使者のレベルが低過ぎる。反領主派も人材不足なのではなかろうか。
「それにしても、裁判とは思い切ったわね。ハミルトン伯爵と打ち合わせしていたの?」
「あ、いえ。犯人をそのままにしておく訳にはいかないので、黒幕まで引き擦り出してきっちり片をつけようという話はしていましたが、裁判については私の独断です」
あまりにもあの使者の発言が目に余ったのもあるが、公の場でしっかり旦那様の潔白を示したかったのだ。放っておくとお母さんが暴走する危険もあるし、裁判で黒幕までしっかり暴いて罰する事が出来れば丁度良いと思ってしまった。
「すみません、旦那様。きちんと相談もせずにあんな啖呵きってしまって……」
「いや、白黒をハッキリさせる為にも裁判は良い考えだと思う。そんな事よりすまない。あの使者の言っていた事は嘘ばかりだが、アナに嫌な思いをさせてしまった」
私が旦那様にペコリと頭を下げると、旦那様も私にペコリと頭を下げてくれた。
二人してペコペコしていると目が合って、何だか可笑しくなって思わず吹き出す。
「全く、何イチャイチャしてるんだか。ねぇ、でも裁判で勝つのは難しいんじゃないかしら?」
「え?」
突然そう言われて、驚いてクリスティーナを見る。
「ハミルトン伯爵が拉致されたのも監禁されたのもフェアランブル国内で起きた事でしょう? 当然フェアランブルの裁判所が管轄になる。あの国の裁判では、高位貴族の証言はかなりの力を持つから、口裏を合わせられたら不利だわ」
クリスティーナに『勝てない』なんて急に言われて驚いたが、もちろんその辺の事は考えてある。
「うん、フェアランブル流の裁判じゃこっちが不利になるよね。でも大丈夫。私が起こそうと思ってるのは『国際裁判』だから!」
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