よろしい、それなら裁判だ!
「へ? あ、いや、あり得ないと言われましても……」
どうやらこの使者には精霊が見えない様だが、王女殿下とクリスティーナに間髪入れずに否定されるとは思わなかったのだろう。
唖然とする使者を尻目に、クリスティーナが更に言葉を続ける。
「だってないわ。この方、絶世の美少女と名高い元フェアフェアファンビル公爵家ご令嬢の涙を前にしても、『泣くな。アナのドレスに染みが付く』とか言い放つ様な人らしいわよ? 正直、自分の奥方以外の女なんてそこらの猿と同じだと思ってると思うわ。どこの馬の骨かも分からない辺境の令嬢なんか気に入るわけないじゃない」
自己肯定感たっか!!
そしてあの時の事、めっちゃ根に持ってる!!
どうせもう自分が二度と会わないであろう辺境伯家からの使者だからって、被った猫もちょっと逃げかけてるし。
随分変わったと思ったけど、やっぱりクリスティーナはクリスティーナだな。
クリスティーナがガツンと使者に言い返すのを聞きながら、王女殿下と精霊カルテットはうんうんと頷いている。
使者の男はしどろもどろになりながら、唯一驚いた顔を見せた私の方に向き直った。
「お、奥様におかれましては驚かれたかもしれませんが、まぁこういった事は貴族社会ではよくある事でございまして……
「あ、いえ。私が驚いたのは、あまりに突拍子もない事を仰るので、新手のギャグかなと思いまして」
「ぎゃ、ギャグ……?」
私はにーっこりと微笑んでから、扇をパンっと音を立てて開き、使者の男を見据えて言った。
「まぁ、ギャグにしてもあまりにも笑えないお話でしたけど、ね?」
だってそれってウチの旦那様に対する侮辱ですよね? いい根性してるなコラ!!
私の視線に射殺されそうになって、徐々に顔色を悪くしていく使者に、王女殿下が追い討ちをかける様に言う。
「……ねぇ、貴方本当にフェイラー辺境伯家の当主に遣わされたのかしら?」
「も、もちろんでございます!! こちらの書状に押してある封蝋は紛れもなくフェイラー辺境伯家の物ですし、中の手紙も当主の直筆でございます!!」
……ああ、そうか。
反当主派が旧精霊教教会と繋がっているという事は、逆をを言えば現当主は教会との関係が悪化している可能性が高い。
それなのにこの使者は教会の言い分をそのままこちらに通そうとしているのだ。うん、不自然。
「では、失礼して中を確かめさせて頂くわね」
王女殿下がそう言うと、部屋の隅に控えていた侍女が歩み出て、丁寧に封筒をペーパーナイフで開けてくれた。
当然だがこの部屋には私達以外にも侍女や護衛騎士が控えている。
「……手紙の内容は、先程聞いた事とほぼ同じね」
王女殿下が呆れた様な声を出す。
という事は、あの書状にも旦那様が浮気しただの何だのくだらない事がみっちり書いてあるという事か。
いかん、キレそう。
「……で? つまりそちらとしてはこちらが送った抗議文の内容には同意しかねると、そういう事かしら?」
「わ、私はただの使いです。その様な事は申し上げられませんが、その書状に書いてある事が全てです」
「そう」
王女殿下は室温が下がりそうな程冷たい声で返事をした後、私と旦那様の前にその書状を無言でスッと置いた。
怒りで震える旦那様を見ていると私の怒りもかなりヒートアップして行くのだが……でもこの書状、何か変だ。
内容がどうとかではなく、読みにくいというか、邪魔されている感じがするというか。
逆に妙に気になるというか……。
…………。
そう、魔の森にあった監視塔!!
あそこから感じたのと同じ、魔力の様な物を感じる気がする。
私が書状に違和感を覚えて首を傾げていると、じっとこちらを見ている王女殿下と目が合った。
「ハミルトン伯爵、アナ、どうしようかしら?」
「そうですね……」
旦那様をここまで侮辱されて黙っている訳にはいかない。
辺境伯家や神殿相手にやいのやいのやり合って仮に勝ったとしても、醜聞が広がってしまった後では意味がないのだ。辺境伯家の後ろにウェスティン侯爵家がいるというのなら、既にその辺りの手回しもされていると考えた方がいい。
当事者同士で片を付けるのではなく、もっとしっかり外へ向けて旦那様の潔白と辺境伯や神殿、ひいてはウェスティン侯爵家の企みを発信しなくてはいけない。
—— それならば……
「ここは一発! 裁判ですね!!」
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