最後の精霊の巫女
「正直、何で最初から事情を話してくれなかったのか、不満はすっごくあります。でも、今それについて文句を言っている場合ではない事も分かります。旦那様も、私とおじ様の事は何も知らなかったのでしょう?」
「ああ、ユージーンはビックリする位何も知らない」
「…………」
まぁ、確かに旦那様、ほんと何も知りませんでしたけども。
「……知らせない事が、力を隠す事が、守る事だとソフィアは思ってしまったのだ」
「ソフィア。旦那様のお母様ですね?」
「ああ、私の娘だ」
そう言うと、おじ様は哀しそうな目をした。
多分、流行り病で亡くなったというソフィア様の事を思い出したのだろう。
旦那様も早くに母を亡くし辛かったと思うが、おじ様は子供に先立たれたのだ。私にはまだ想像もつかないが、それはきっと想像を絶する哀しみだと思う。
それにしても、『知らせない』というのは理解出来るけど、『力を隠す』とはどういう意味だろう?
「さて、聞きたい事は沢山あるとは思うのだが……ここから先は、ナジェンダの口から話をさせて貰えんだろうか?」
「ナジェンダ様……」
「ああ、ナジェンダは邸で待っておる。私はアナを迎えに来たんだ。ユージーンの事を聞いて、早く話をした方がいいと思ってな」
おじ様、随分とお耳が早いな。
そういえば、おじ様っていつも凄い情報が早いんだよね……。
私の両親が失踪した時も、フェアファンビル公爵家の騎士が私を探しに学舎の寮に押しかけてきた時も、おじ様はすぐに駆け付けてくれた。
「元々、お祖父様達をお訪ねするつもりだったのです。私としては問題ありませんが」
王女殿下に意向を聞こうとそちらを向くと、目が合った王女殿下が軽く頷く。
「そうね、それでは当初の予定通りといきましょう。私はハミルトン伯爵の捜索の為の手筈を整えるわ」
そう言う王女殿下に、私は深く、深く頭を下げる。
「よろしくお願いします、王女殿下。私も情報の収集が終わり次第、自分でも探しに行きます」
「止めても無駄でしょうから止めないけれど、相談だけはキチンとしてね。単独行動はダメよ?」
王女殿下はそう私に釘を刺すと、颯爽と部屋から出て行った。
待ってて下さい、旦那様!
妻がかならず助けに行きますからね!!
おじ様達の暮らすお邸は、王宮から馬車で30分程の所にあった。
超が付くほど資産家のハミルトン伯爵家だ。先々代の当主であるおじ様のお邸なら、さぞかしファビュラスな豪邸かと思いきや、そこは少し小さめの可愛らしいお邸だった。
庭にはハミルトン伯爵領でよく咲いている、あの小さな花も植えられている。
「私とナジェンダと、フェアランブルから一緒に付いて来てくれた数人の使用人達が住んでいるだけだからな。これでも十分な広さなんだ」
おじ様はそう説明しながら、私を邸の奥へと案内してくれた。
「ナジェンダ、アナを連れて来たぞ!」
一つの扉の前で立ち止まったおじ様は、嬉しげな声でそう伝えると扉を開ける。
中にいたのは、優しげな瞳をした小柄で可愛らしいご婦人だった。
ああ、この人は旦那様のお祖母様だ……
何故か一目でそうと分かる。
旦那様によく似た緑色の髪と瞳がそう感じさせるのか、それとも……
「ナージャ! 起きていて大丈夫なのか? 私の留守の隙に無理をするのだけはやめてくれよ!?」
扉が開くのを待ち侘びていたかの様に立って待っていたナジェンダ様の元に、おじ様が転がる様に駆けていく。
おお、話には聞いていたけれど、これはかなりの愛妻家だな……。
「大丈夫よ、サミュエル。そんな事より、早くご挨拶をさせて下さいな?」
そう言っておじ様の隣をすり抜けたナジェンダ様が、私の方を見る。
目が合った瞬間、まるで何かに驚いたかの様に目を見開いたナジェンダ様は、そのままボロボロと大粒の涙を溢し始めた。
——これは、孫息子についに嫁が来て感動して泣いている、とか、そう言ったレベルの話ではなさそうだな……?
「あぁ、あぁ……」
ナジェンダ様は、手を伸ばしながらフラフラと私の方に来ようとするので、慌てて私の方から駆け寄る。
「あぁ、こんなに大きくなられて……。ご無事で良かった! アナスタシア様……!」
ナジェンダ様は私の両手をギュウっと握りしめるとその場に跪き、そのままオイオイ泣き始めてしまった。
シンプルに困った!!
私がどうしていいか分からず目線を彷徨わせているとおじ様と目が合ったのだが、おじ様も何故かつられ泣きしながら、ウンウン頷いている。
いやいやおじ様! 仕事してー!!
私が困り果てていると、チラチラと光る精霊達が、ナジェンダ様の側に飛んできた。
『ナージャ、ナージャ、アナが困ってるよ』
『いっぱい泣くとつかれるよ?』
『なかないでー』
精霊達に声をかけられてようやく我に返ったのか、ナジェンダ様が涙をぬぐう。
「そうよね、みんなごめんなさいね。ありがとう」
ああ、やっぱりナジェンダ様も普通に精霊と意思の疎通がとれる人なんだな、と思って見ていると、泣き止んだナジェンダ様が何故か私に向かって深く頭を下げるので、これはこれで困惑してしまう。
そう言えばさっきもアナスタシア様って言ってたし、何故ナジェンダ様は私に対してこんなに丁寧な振る舞いをするのだろう?
「取り乱して申し訳ございません、アナスタシア様。私はナジェンダ・ハミルトン。ユージーンの祖母で、『最後の精霊の巫女』でございます」
精霊の巫女……やっぱりそうなのか。
でも、『最後の』というのは、一体?
「初めましてナジェンダ様。ご挨拶が遅れましたが、この度ユージーン様の妻となりました。アナスタシアでございます」
私もナジェンダ様にしっかりと頭を下げてから、言葉を続ける。
「本日は、ナジェンダ様に伺いたい事があって参りました。……お話を聞かせて頂けますか?」
ナジェンダ様は、まだ少し潤んだ瞳で私を見つめていた。その瞳はまるで、私と、私に繋がる誰かの姿を見つめている様で、なぜか胸が締め付けられる。
「ええ、ついにこの時が来たのですね。私が知っている事は全てお話させて頂きます。辺境伯と精霊の繋がりの事。精霊の巫女としての私の役目の事。
——そして、アナスタシア様のお母様とお祖母様の事を」
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