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婚約破棄されたのに、幼児化した元婚約者の世話を押しつけられました  作者: 藤白りょう
番外編

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6/7

こじらせ残念王子と365日の花束(後編)

 

「は、離してください」

「アマリリス嬢―――」


「なにをしている」


 低く威圧的な声が廊下に響いた。

 振り返ると見たこともないくらい冷たい顔をしたルシアンが立っていた。


「い、いえ、これは…」

 第二王子の姿に驚いたダリオがアマリリスから腕を離す。


 2人に近づいたルシアンはアマリリスの肩を抱き、グイッと自分の方へ引き寄せた。


「アマリリス待たせたな」

「「!!」」


「君は、確か伯爵夫妻の親戚だったかな。僕の大切な人、アマリリスに今なにをしてたんだい?」

「い、いえ、ルシアン殿下!道案内を少し…し、失礼いたします」

 一瞬にして酔いがさめたダリオは青い顔をして去っていった。



「で、殿下、ありがとうございます。でも、どうしてこちらに」

「君を見張っ…んんん…いや、僕も招待されていたんだ。出席できるかは当日までわからなかったが」

「そ、そうでしたか」


「……アマリリス、大丈夫か?」

 先ほどの恐怖を引きずって、アマリリスの体はまだ小刻みに震えていた。

 ルシアンは自分の上着を脱いで、さっとアマリリスの肩にかけた。

「あっ、ごめんなさい」

「なにも謝ることはない。アマリリス、もう大丈夫だから」

 ルシアンがそっと優しくアマリリスの頭を撫でた。

 かけられた上着からルシアンの香りがほのかにする。アマリリスは緊張が解け、やっと落ち着くことができた。


「僕の馬車で屋敷まで送るよ」

「そこまでしてもらう訳には」

「駄目だよ。心配なんだ。また変な男が言い寄ってきたら大変だ」

「そんな、私に言い寄る男性などほぼいませんわ」

 ルシアン本人には言えないが、第二王子に婚約破棄された令嬢など、問題のありすぎで、男性は見向きもしないだろう。


「………アマリリス、わかっていないな。君は綺麗で魅力的な女性だよ」

 ルシアンがアマリリスの頬にそっと指で触れる。

 やっと落ち着いてきたというのに、アマリリスの鼓動はまた別の意味で速くなっていく。


 結局、ルシアンの馬車で送ってもらうことになったアマリリス。

(なんだか距離が近いような)

 ルシアンはアマリリスの隣に寄り添うように座っている。婚約者だったときは向かい合って座ったり、隣に座ってももっと距離があいていた。


 ダリオに腕を掴まれ近づかれた時は嫌悪感でいっぱいだったのに、ルシアンに近づかれても全然嫌な気持ちにはならない。嫌ではないが、ドキドキして落ち着かなかった。


 ちらりとルシアンの横顔を見る。

 綺麗な金色の髪に、長い睫毛。宝石のようなブルーの瞳。ずっと近くにいて、なんでもわかっている気になっていたけど、近くにいすぎて気づいてなかっただけだ。

 隣に座るルシアンはもう頼りになる大人の男性なんだと。


 ふと、ルシアンがアマリリスの方を見た。ブルーの瞳と目が合い、優しく微笑まれる。

 脈拍はさらに速くなり、顔がのぼせそうに熱かった。



 ◇


「よしできたわ!」


 アマリリスの手には刺繍の施された1枚のハンカチがあった。


 ルシアンから毎日贈られる花束と、そして先日の夜会で助けていただいたお礼も兼ねてアマリリスは刺繍入りのハンカチをルシアンに贈ることにした。

 図柄は悩んだけど、結局アマリリスの好きなマーガレットの花を刺繍した。


(こんなもの喜んでくれるかはわからないけど、感謝の気持ちは伝わるかしら)


 今日は夕方に花束を持ってくるとルシアンから聞いていた。しかしまだ午前中、作り終えたアマリリスは早くハンカチをルシアンに渡したくて仕方がなくなった。


(…城に行ってみようかしら)

 もし忙しくて会うのが難しそうだったらすぐに引き返せばいい。夕方には会えるのだから。


 思いきって城を訪れたアマリリス。

 ルシアンは所用で席を外しているが、すぐに戻ってくるという。

 客間で待たせてもらうことになり、そこまで使用人に案内してもらう。その途中、応接間の前の廊下を通っているとふいにガチャリと扉が開いた。

「?」

 中から出てきたのはフォンティーナと…ルシアンだった。


(どうして殿下とフォンティーナ様が?)


「では殿下、失礼します」

「ああ」

 そこでフォンティーナはアマリリスに気がついた。彼女はクスリと笑ってすれ違っていった。


 その後、ルシアンが廊下に出て、そこでやっとアマリリスがいることに気がついた。


「アマリリス、どうした?」

 若干気まずそうな表情を見せたルシアンだが、すぐに取り繕い、笑顔になる。


「…お忙しいところにすみません」


 アマリリスは上手くルシアンの顔を見ることができなかった。なぜか胸がズキズキと痛む。

(どうして今さらフォンティーナ様と?)


「花束と、先日の夜会のお礼をお渡ししたくて。ハンカチに刺繍したんです。もし不要でしたら捨ててくださってかまいませんので」


「捨てるなんてとんでもない。アマリリスありがとう。とても嬉しいよ」

 本当に嬉しそうに笑うルシアン。でもアマリリスはぎこちない笑顔しか返せなかった。



 ルシアンはフォンティーナと別れたと言っていた。別れた相手とたまたま会う用事でもあったのだろうか。

 それともアマリリスの知らないところで2人は時々会っていたのだろうか。


 本当はルシアンに、フォンティーナにどんな用があったのか聞きたかった。

 でもアマリリスは今、ルシアンの婚約者ではないし、例え女性と会っていたとしてもルシアンの自由なのだ。

 結局アマリリスは怖くて聞くことができなかった。


 もしかしたらルシアンの甘い笑顔は自分だけに向けられた特別なものではないのかもしれない……


 いや、そんなはずは…

 ルシアンを信じなければ。


 そう思っても、胸の苦しさは屋敷に戻ってもしばらくおさまらなかった。



 数週間後。

 アマリリスは、名のある公爵家の敷地に新築された温室のお披露目パーティに兄と共に出席していた。

 パーティと言っても、人が集まって何かするというよりは、出席者が自由に温室の中を見学できるような気楽なものだった。


 広い温室の中には珍しい植物や花も植えられていて、アマリリスは知り合いの貴族と会話中の兄を置いて、夢中でそれを見て回っていた。


「あら、アマリリス様。ごきげんよう」

 声をかけられて振り返ると、立っていたのはフォンティーナだった。


「フォンティーナ様、ごきげんよう」

 とりあえず笑顔をつくって挨拶を返すが、この上なく気まずい。


(どうして声をかけてきたのかしら…)

 目を合わせているのも気まずく、視線を少し下にずらした時、ふと、フォンティーナのつけている首飾りが目に入った。


「素敵でしょ?殿下にいただいたんですよ」

「え?」

 フォンティーナの胸元のあいたドレス、そこには大ぶりのサファイアがついた豪華な首飾りが光っていた。


「殿下ったら別れた相手に自分の瞳の色のアクセサリーを贈るなんて、思わせ振りな人ですわよね」

「………」

「私に未練があるのかもしれませんわ。困りましたわね」

 笑みを浮かべるフォンティーナは全然困っているようには見えない。


 フォンティーナと話した後、アマリリスはまた温室の植物を見てまわったが、全然集中できなかった。


 フォンティーナの胸元で光っていた美しいサファイア。ルシアンの瞳によく似ていた。

 数週間前、アマリリスが城に訪れた日、ルシアンとフォンティーナは2人で会っていたようだった。もしかしてあの時に首飾りをフォンティーナに贈ったのかもしれない。


 普通に考えて別れた相手にアクセサリー、それも自分の色のものを贈るとは考えられない。


(フォンティーナ様と別れていなかったってこと?)


 透明な水に黒い絵の具がポタリ、ポタリと落ちるようにアマリリスの心に疑念が浮かんでは消える。


 そんなこと、あり得ない……でも……

 もしかして……

 もしかしてルシアンは、アマリリスを妻にして、王子の妃としての仕事をさせた上で、フォンティーナを愛人にでもするつもりだろうか。

 裕福な貴族の中にはそういう関係を結ぶものもいると聞く。


 いや、でも、ルシアンに限ってそんなことするはずない。アマリリスの知るルシアンはそんなことできる人ではなかったはずだ。

 でもアマリリスの知らない顔があるのだとしたら?

 自分の知らないところで真実の愛がまだ続いているのだとしたら…



 翌日の夕方、ルシアンはいつものようにアマリリスの屋敷を訪れてきた。

「アマリリス、好きだよ」

 今日は色とりどりのパンジーの入った可愛らしい花束だった。

「ありがとうございます」

 しかしいつものように素直には喜べなかった。


「アマリリス?どうかした?なんだか元気がないね」


「……昨日、フォンティーナ様にお会いしたんです」

「フォンティーナに?」


「ええ。同じ公爵家の温室お披露目パーティーに出席されてたんです。……殿下が、お贈りになった殿下の瞳と同じ色の宝石がついた首飾りを、それはそれは嬉しそうにつけてらっしゃいました」


「そ、それは誤解だ」

「誤解?」


「別れた時の条件だったんだ。最後にフォンティーナの欲しいものをプレゼントすると。

 彼女の希望が大きなサファイアのついた豪華な首飾りだったんだけど、サイズの大きい宝石を探したり豪華な首飾りを作るのに時間がかかってしまって、完成したのが最近だったんだ」


「本当にそれだけですか?」

「え?」


「自分の瞳の色の宝石を贈るなんて、別れた相手に贈るにしては思わせぶりなものですよね」


「……他になにか他意があるとでも?」


「い、いえ。ただフォンティーナ様は例え過去であっても殿下の『真実の愛』のお相手。簡単に忘れることなどできなかったのではありませんか?」


「っ君は…毎日僕の気持ちを聞いているのに、全然信用してなかったんだな。とても残念だ」

「あっ」

 ひどく悲しそうな顔をしたルシアンはそのまま帰ってしまった。



 ルシアンが帰った後、冷静になったアマリリスは自分の発言にひどく後悔した。


(どうして、あんな疑うようなこと言ってしまったんだろう)


 ルシアンはとても悲しそうな顔をしていた。

 毎日好意を伝えている相手にあんな風に疑われたら、アマリリスだってとても悲しく思うだろう。

 ルシアンを信じきれずに傷つけてしまった。

 早く謝りたい。謝って、自分の素直な気持ちを伝えたい。



 次の日、アマリリスは朝からルシアンを待っていた。

 しかし夕方になり日が暮れて夜になってもルシアンは現れなかった。今までどんなに忙しくてもこんなに遅くまでルシアンが訪ねてこないことはなかった。


(殿下、どうされたのだろう…)


 急な仕事が入ったのかもしれない。でもそうであれはルシアンならアマリリスの元に連絡をくれるはずだ。

 もしかして、昨日のアマリリスの発言が気に障って愛想を尽かしたのだろうか。


(まさかフォンティーナ様のところへ?)


 アマリリスはふるふると頭を振った。

「遅くなってすまない」と言ってルシアンはきっと来てくれる。


 本棚から一冊の厚い本を取り出し、ページを開いた。

 そこには白いマーガレットの押し花が挟まっている。ルシアンが一番最初にプレゼントしてくれた花だった。


 最初のころは、アマリリスへの気持ちなどすぐに冷めて、花のプレゼントもそのうちやめてしまうだろうと期待せずにいた。

 でも今は、ルシアンに毎日花束を贈られるのが嬉しくて、毎日ルシアンが訪ねてくるのを心待ちにしていた。



 夜がどんどん更けていく。


「お嬢様、そろそろ就寝の支度をしませんと」

 2階の自室の窓辺からひたすら屋敷の入り口を見ているアマリリスに侍女が声をかけた。


「もう少しだけ、起きてるわ」

「…かしこまりました」



 夜もすっかり更けてしまった。

 いつもならアマリリスも寝る時間だった。


 もう今日は来ないのかもしれない。

 でも今日、来ないということはそれがそのままルシアンの答えになる。


 胸が締め付けられるように苦しい。

(こんなことになるなら私も素直に殿下に気持ちを伝えておけばよかった…)


 もう自分に気持ちは残っていないかもしれないけれど、明日城に行って謝罪だけはしなければ―――


 その時、外から物音が聞こえ、窓から馬車が屋敷の入り口に止まったのが見えた。


「つっ…」

 アマリリスははしたないのも気にせず、屋敷の玄関へと駆けていく。


 玄関にはルシアンが立っていた。

 その手にはいっぱいの白いマーガレットをもっていた。


「アマリリス、遅くなってすまない。花を用意するのに時間がかかってしまったんだ」

「!」


 花束はそれだけではなかった。

 ルシアンの後ろから色とりどりの花が屋敷の中に次々と運ばれてくる。


「僕の気持ちがアマリリスに伝わってなかったのなら、もっとわかりやすい形にしようと思ったんだ。僕の気持ちと同じくらい花を用意しようって。でも集めても集めても結局全然足りなかった。

 アマリリス、僕の想いはここにある花でも到底足りないくらい大きなものなんだ。

 それくらいアマリリス、君のことが大好きなんだ」


 いつの間にか玄関ホールはアマリリスの足元の辺りまでルシアンが用意した色とりどりの花で埋め尽くされていた。しかもまだ入りきらず使用人が手で持っている分もある。

 この寒い季節にこれだけの花を用意するのはきっと大変だったに違いない。


「っ殿下、もう結構です」

「……え?」

 アマリリスの言葉を拒絶と受け取ったルシアンは一気に顔色が悪くなる。


「殿下のお気持ち十分伝わりましたわ。疑うようなことを言ってごめんなさい。私でよければもう一度婚約してくださいませ」

 アマリリスの瞳から涙がこぼれ落ちる。


「っアマリリス、本当かい?」

「ええ。殿下、私もお慕いしています」

 瞳から次々とこぼれ落ちる涙をとめることができない。


「嬉しい!アマリリスっ、ありがとう!」

 ぎゅうっとルシアンはきつくアマリリスを抱き締めた。



「アマリリスっ、もう離さない…くっ…うっ…」

 いつの間にかアマリリス以上に身体を震わせルシアンは号泣していた。


 困ったような泣き笑いの表情を浮かべ、アマリリスは彼女を抱き締め続けるルシアンの背中にそっと優しく手をそえた。







お読みくださりありがとうございました。

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