こじらせ残念王子と365日の花束(中編)
ルシアンがアマリリスに「毎日花を贈る」宣言をした翌日。
本当にルシアンは花束を持ってアマリリスの住む屋敷を訪ねてきた。
手にもっているのはアマリリスの好きな白いマーガレットの花に、他の花を混ぜたカラフルな花束だった。
「アマリリス、好きだ!受け取ってくれ」
顔を真っ赤にしてルシアンはアマリリスに花束を差し出す。
「は、はい!」
つられてアマリリスの頬もひどく熱くなる。
(こんなこと言う人ではなかったのに…)
「じゃあ、明日も持ってくるからな!」
よほど恥ずかしかったのだろう。ルシアンは花束を渡し終えると180度回転してスタスタと帰って行ってしまった。
(嬉しい。でも…)
いつまでルシアンは続けてくれるのだろう。
今はきっと幼児化の件を引きずって一時的にこちらに彼の気持ちが向いてるだけなのだ。冷静になってくればまたアマリリスのことなど見向きもしなくなるのではないか。
あまり喜んでいてはあとで余計に辛くなってしまう。
しかしアマリリスの予想に反して、ルシアンは毎日花を贈ることを欠かさなかった。
1週間経ち、あっという間に1ヶ月が経った。
「毎日花を贈る」といっても第二王子としてルシアンも忙しい身、さすがに毎日手渡しは無理だろうと思っていた。しかし1ヶ月の間、時間は日によって朝だったり夕方だったりしたが、毎日アマリリスの元に花束を持って現れた。
今やアマリリスの部屋だけでは飾りきれずに、ルシアンがくれた花は屋敷中に飾ってある。
その花たちを見るたびアマリリスは嬉しいような、切ないような気持ちになる。
「すまない、遅くなった」
ある日、ルシアンはいつもより遅い、日が暮れた時間帯にやって来た。
いつものように言葉と共に花束をアマリリスに渡してくれる。今日は青や紫の綺麗な紫陽花の花束だ。
「ありがとうございます」
アマリリスはちらりとルシアンを見る。
忙しいのだろう、ルシアンの美しい青い瞳の下には隈ができていた。
「あ、あの、殿下。お忙しいと思いますし、大変な時は教えていただければ私が城へうかがいますから」
「いや、アマリリスに会えるのだったら少しも大変なことはないんだ。でも城に来てくれるならそれはそれで嬉しいな」
アマリリスの言葉に嬉しそうに微笑むルシアン。向けられた甘い笑顔にどうしたって鼓動が速くなってしまう。
こうしてアマリリスはまた時々、城に行くことになった。よっぽど忙しくなければ、ルシアンはお茶やお菓子を用意して待っていてくれた。
ある天気のいい日。
アマリリスはルシアンに誘われて、城の近く、丘の上にある花畑まで来ていた。この花畑はルシアンが幼児化した時も一緒に来た場所だった。
「さあ作るぞ!」
「?」
「聞いたんだ。幼児化してる時にアマリリスと僕が楽しそうに一緒に花冠を作っていたって……
だから今日も一緒に作ろう」
「で、殿下が作ってくださるのですか!?」
「と、当然だ!」
少し恥ずかしそうにしながらも、ルシアンは花畑に座り、花を摘み始めた。
『ルー、また今度一緒に作りましょうか。今度は私もルーの花冠を作りますね』
『ぜったい、ぜったい約束だぞ』
小さなルシアンと指切りした約束を思い出して、アマリリスは自然と笑みがこぼれる。
今のルシアンはきっと覚えていないけど、小さいルシアンとの約束が果たせたようで嬉しかった。
2人がそれぞれ作りあげた花冠を交換し、頭に乗せあう。
「ふふふ。殿下、意外と似合いますわ」
整った顔のルシアンにはなんでも似合ってしまう。
「アマリリスもとても可愛い」
花冠をのせたアマリリスを見つめ、ルシアンが蕩けるように笑った。
(こんなのずるい…)
顔がカアッと熱くなる。
こんな風に言われて見つめられたら誰だって勘違いしてしまう。
アマリリスをしばらく見つめていたルシアンが、ふと真面目な顔に戻り、口を開いた。
「アマリリス…も、もしよかったら一緒に出掛けたいところがあるんだ」
後日、連れてこられたのは王都の外れにある広大な土地だった。
「うわあ、綺麗…」
景色を見たアマリリスは思わず息をのんだ。
晴れ晴れとした青い空の下、見渡す限り黄色のひまわりが咲いていた。
「数年前から、街の有志がひまわりを植え始めたんだ。今ではけっこう評判が良くて、こうやって見物客もいて賑わっている」
ひまわり畑の近くでは出店も数軒でていて、お客さんで賑わっていた。
2人はいつもの格好では目立つので一般人風の格好をしていた。それでも見目よいルシアンは十分目立ってしまうのだが。
「殿下!見てください、私と背が同じくらいですよ」
こんなに背の高いひまわりを見たのは初めてだった。もっと近くで見たいとアマリリスは足を進める。
「きゃっ」
「危ない!」
石に躓いて転びそうになったアマリリスをルシアンがとっさに支えた。
「ご、ごめんなさい。ひとりではしゃいでしまって恥ずかしいですね」
「いいんだ。でもまた躓いたり、はぐれたりしてはいけないから腕を組んでくれるかい?」
「は、はい」
(こうしているとなんだかデ、デートみたいだわ)
緊張してしまう。
腕を組んだのは2人がまだ婚約者だった頃、出席した夜会以来だった。その時はこんな風にドキドキすることはなかったのに。
2人は腕を組んで、ひまわり畑の中に入り一通り見てまわった後、休憩のためベンチに座った。
「アマリリス、少しだけ待っていてくれるかい?」
帰ってきたルシアンの手には小さめのひまわりの花束があった。
「好きだよ、アマリリス。もらって」
「は、はい!ありがとうございます」
何度聞いても慣れない。ルシアンに花束と言葉を貰うたびにアマリリスは胸が高鳴り、顔がひどく熱くなってしまう。
「うれしいです。とても可愛いらしいひまわりですね」
「喜んでもらえてよかった。それと種をもらえるよう、ここの管理人に頼んできたんだ」
「種?」
「ああ。トーマスに城の庭園に植えてもらおうと思って。………来年、また一緒に見よう」
「…そうですね」
本当にそれが叶ったら嬉しいとアマリリスは素直に思った。
このまま1年の間ルシアンが花を贈り続ければ、アマリリスは再び婚約する約束をした。
当初、アマリリスはルシアンの好意は一時的なものだから、期待してはいけないと自分に言い聞かせていた。でも今は信じてみてもいいかもしれないと思い始めている。
ルシアンは本当に自分のことが好きなんだ、と。
◇
「アマリリス、無理に行くことはないからな」
父が招待されていた夜会。領地で少々問題が発生したため急遽父と兄は領地に向かわなければならなくなった。
恩ある伯爵夫婦が主催する夜会だったため急なキャンセルも失礼にあたる。
「お父様、大丈夫です。夫妻にご挨拶だけして帰ろうと思っていますから」
「……無理はするなよ」
そう言い残して、父と兄は馬車に乗り込み、急ぎ領地へと向かっていった。
(よし!)
アマリリスは侍女にお願いして夜会の支度を始める。
ちらりと、鏡台の上の花瓶に飾られた花を見た。ピンクと白の可愛らしいコスモスだ。今日の午前中、ルシアンに渡されたものだった。
花や装飾で綺麗に飾りつけられた広間。華やかな衣装を纏った招待客が、飲み物や軽食を片手に談笑する姿。
久しぶりの雰囲気にアマリリスは少し緊張していた。
ルシアンに婚約破棄され、面白おかしく噂されていたアマリリスはこういう場に出ることをしばらく避けていた。
「ねえ、あの方」
「婚約破棄の……」
「よく出席できたわね」
「新しい婚約者探しに必死なんじゃないかしら」
クスクスクス
もう半年以上経ってはいるが、第二王子からの婚約破棄はインパクトが強いのだろう。チラチラと視線を感じる。相変わらずアマリリスは噂のまとになっているようだ。
あまり居心地のいいものではない。
夜会の主催者である伯爵夫妻への挨拶はすでに済ませてある。少し早いがもう帰ろう。
広間を後にし、人気の少ない廊下を歩いていた時だった。
「アマリリス嬢お久しぶりですね」
急に声をかけられたアマリリスは驚いて肩をビクッと震わせた。振り返ると見覚えのある黒髪の男性が立っていた。
この方は確か、主催の伯爵の甥にあたる人物。過去、伯爵夫妻と共に顔を合わせたことがあった。あまり話しはせず、物静かな印象だった。
「ダリオ様、お久しぶりです」
「覚えていてくださったんですね。光栄だ。今日はおひとりで?」
「ええ」
「それでしたら、少し一緒に話しませんか」
「せっかくですが、もう帰るところでして」
「そう仰らずに、少しの時間でいいですから」
そう言うとダリオはアマリリスの腕をぐいっと掴んだ。
「ダリオ様!?」
ダリオからは酒のにおいがした。少し酔っているのかもしれない。
「月が綺麗に見える場所があるのです」
「も、申し訳ありません。馬車も待たせておりますので」
断ってもダリオはアマリリスの腕を離さず、どこかへとぐいぐい連れて行こうとする。掴まれた腕が気持ち悪く、鳥肌が立つ。
(こ、困ったわ)
あまり大きな声を出して騒ぎにしたくなかった。
「婚約破棄されてお寂しくありませんか。俺だったらそんな思いはさせませんよ」
酔いがまわってきたのか、呼吸が少し荒く、目が据わっている。
廊下には相変わらず人気がない。
さすがにアマリリスも恐怖をおぼえた。
「は、離してください」
(っ怖い、誰か…)
前後編で終わる予定が思ったより長くなったので
前中後編にしました。