こじらせ残念王子と365日の花束(前編)
前編はルシアンのお話です。
「アマリリスです」
初めて会った時から彼女は天使のように綺麗だった。日に透けてキラキラと輝く薄茶色の髪と瞳。手を繋いでいないと、どこかへ消えていってしまいそうで幼いルシアンは彼女に甘えるようにずっと手を繋いでいた。
婚約者がアマリリスでよかった。ずっとこのまま仲良く一緒にいたい、そう思っていたのに―――
◆
「ルー」
「その呼び方はやめてくれ。子供扱いするな」
こんなきつい言い方するつもりじゃなかった。驚いて少し悲しそうな顔をしたアマリリスの顔が忘れられない。
ルシアンはただ、年上のアマリリスが自分に対していつまでも姉のように振る舞っているのが気に入らなかったのだ。
穏やかで優しいアマリリスに不満があるわけではない。ただ、彼女にも異性として自分を意識してほしいと強く思うようになった。
見てしまったのだ。
アマリリスが年の離れたルシアンの兄、第一王子と話しているところを。ルシアンに対してとは違い、少し頬を赤らめながら恥ずかしそうに兄と話すアマリリス。
(そんな顔、僕にはしないくせに)
金髪にダークブルーの瞳、端整な顔立ちの兄、ブライアン。
まだ婚約者のいない兄は、夜会に出ればあっという間に令嬢たちに取り囲まれてしまうほどの人気だ。
アマリリスが兄を好きになってしまったらどうしよう。
でも意識すればするほどギクシャクしてしまうのはルシアンだけだった。ルシアンがいくら素っ気ない態度をとっても、アマリリスは動じず、いつもと変わらない笑顔で接してくる。
きっと自分だけが一方的に好きなんだ。
こんなにも自分はアマリリスのことを想っているのに。彼女の行動ひとつでこんなに大きく心が揺れ動くのに。
アマリリスはずっと変わらない。
(許せない)
自分のことを好きではないアマリリスに苛立ってしょうがなかった。つい態度も冷たくなってしまう。
「―――様、ルシアン様、聞いていますか」
専属講師がルシアンに呼び掛ける。講義中に考え事をしていたのだ。
「あっ、すまない。もう一度言ってくれ」
「…ルシアン様、最近勉強に身が入ってないように感じられますが」
「そんなことは…」
「第一王子のブライアン様は同じ年の頃にはもっと先の方を勉強していましたよ」
「………」
「婚約者のアマリリス様も大変優秀だと聞きますし、ルシアン様も頑張りましょう」
専属講師はルシアンを励ますつもりで言ったのだろう。
でもルシアンは考えずにはいられなかった。
優秀なアマリリスは、本当はルシアンよりも優秀で完璧な第一王子ブライアンの婚約者になりたかったのではないか、と。
アマリリスにもそんな残念な自分にも一方的に失望し疲れ果てていた。
そんな時だった。フォンティーナと出会ったのは。
桃色の髪の毛、緑の潤んだ瞳。守ってあげなければと思わせる儚げで可愛らしい女の子だった。
フォンティーナはいつでもルシアンを頼ってくれる。
フォンティーナはルシアンのどんなつまらない話でも「うん、うん」と肯定してくれる。
フォンティーナは一途にルシアンだけを「好きだ」と言ってくれる。
ルシアンを必要としてくれる。
彼女といると自尊心が満たされ、癒されていくように感じた。アマリリスといる時よりもずっと居心地がよかった。
(自分に合うのはきっとフォンティーナのような女性だ)
ルシアンはアマリリスと会うのを避け、次第にフォンティーナと一緒にいることが多くなった。
◆
アマリリスに婚約破棄を告げた時もあっさりとしたものだった。
幼い頃からずっと一緒だった婚約者。少しは動揺すると思ったのに。動揺して泣いて悲しめばいいのに。なんて冷たい女だ。
これでよかったのだ。自分の選択は間違っていないはずだ。
アマリリスと婚約破棄して、数日後、フォンティーナを伴ってある夜会に出席した。
一通り挨拶を終えると、知り合いと話したいというフォンティーナと別れ、ルシアンはひとりバルコニーで休憩をとっていた。
その時、広間からバルコニーに続く扉がバタンと開き、夜会の参加者であろう2人の男の声が聞こえてきた。
話し声の主は、ルシアンがいることに気がついてないようだ。
「ルシアン殿下とアマリリス嬢、婚約解消したのは本当だったんだな」
「殿下もあんなに綺麗なご令嬢のどこに不満があったんだ」
「さあな」
「なあ、俺にもチャンスあるかな?アマリリス嬢の新しい婚約者に立候補しようかな」
「お前じゃ無理だろ。相手は侯爵令嬢だぞ」
「わからないだろ!なんてったって王子に婚約破棄されたんだ、なかなか新しい婚約者なんて見つからないだろう?」
「みんな様子を見てるんだよ」
「様子見?」
「ああ。今は婚約破棄されたばかりだしな。もう少し落ち着けば、あんなに美しいんだ、周りがほっとかないだろう」
「じゃあ、そうなる前に俺のものにしてやるぜ」
「お前~本気か?」
自分が婚約破棄すれば、アマリリスにも他の相手が現れる。当たり前のことだったのに、愚かなルシアンは初めて実感した。
そしてその途端にどす黒いものが胸の内をうごめき始める。
(嫌だ。彼女は僕のものだ)
アマリリスの、彼女の細い手に、薄茶色の髪に、頬に唇に自分以外の男が触れるのが嫌で嫌で堪らなかった。
自分から手放したのに、本当にどうかしている。
そうわかっていても、感情の制御ができなかった。
「殿下、隣国の魔術師が余興をしてくださるそうですよ」
その時、フォンティーナがバルコニーまでルシアンを呼びに来た。
「あ、ああ」
辛うじて返事は返せたが、ルシアンの頭の中はアマリリスのことでいっぱいだった。
(僕はどうすればいい)
だから魔術師同士が急に諍いを始め、何かが大きく光ってルシアンの方へ向かってくるのに気がつかなかった。
「ルシアン殿下、危ない!」
「きゃあああ」
フォンティーナの悲鳴。
目の前がひどく眩しくてそのまま意識が遠のいていった。
◆
長い眠りから覚めたような感覚でルシアンが目を開けたとき。目の前いたのはアマリリスだった。
薄茶色の可愛らしい瞳をぱちくりさせこちらを見ている。
(夢か?)
「何だこの手は?」
反射的に冷たい態度をとってしまった。彼女は驚いたような、悲しそうな顔をしていた。そんな顔させたいわけじゃないのに。
ルシアンは幼児化した時の記憶がほぼなかった。ただ、いつも優しげな女性が寄り添っていてくれたような、おぼろ気な記憶は残っていた。
初めはその女性はフォンティーナだろうと思った。でも違った。ルシアンの母親である王妃にきっぱりと言われたのだ。
「アマリリスよ。アマリリスが幼児化して人見知りで我が儘なあなたにずっと付き添ってくれていたのよ」
いてもたってもいられず、ルシアンはアマリリスの屋敷を連絡もせずに訪ねた。
「――お礼を言わなければと思って」
(違う。本当はただただ君に会いたかった)
しかし長らくアマリリスに対して残念な態度を取り続けてしまったルシアンはここでもどうしても素直になれなかった。
「―――――君の願いなら…例えば…こん…こん…」
(君が願うのなら婚約破棄はなかったことにしてもいい)
この期におよんでルシアンはアマリリスの方から「やり直したい」と言わせたかったのだ。
本当に愚かでつまらないプライドだ。
ルシアンはアマリリスの屋敷を訪ねる前に、フォンティーナに別れを告げていた。
もちろん簡単には受け入れてもらえなかった。泣いてルシアンにすがるフォンティーナ。そのうちヒートアップした彼女はルシアンをひっぱたき、部屋のものを手当たり次第投げつけ始めた。ルシアンはされるがままにしていた。自分はされて当然のことをしたのだ。誠心誠意謝って、最後には慰謝料として彼女の父親が治める男爵領に多額の支援金を支払うことで納得してもらった。
それなのにだ。
どうしてもアマリリスを前に意地を張ってしまう。
城に帰って、数日、ルシアンは悶々としていた。
(自分はどうすればいい)
「おい、弟よ」
珍しく兄で第一王子のブライアンがルシアンの部屋をたずねてきた。
彼はすでにいくつもの公務をこなしており、多忙のため最近は顔を合わせることもあまりなかった。
「なんですか?」
「アマリリス嬢が母上に呼び出されて来ているみたいだぞ」
「!」
アマリリスが王妃に呼び出された理由はわからなかったが、とにかく会いたい。ルシアンは急いで向かおうとする。
「おい、ルシアン」
ブライアンが呼び止めた。
「なんですか」
「素直になれ。意地をはっていると永遠に失ってしまうものもあるんだぞ」
「っっわかっています!」
「やれやれ…」
好きな相手に冷たい態度を取り続けてしまう少し残念な弟の、遠ざかっていく背中をブライアンは優しげな眼差しで見送った。
「――――本当はずっと好きだったんだ」
王妃に、新しい婚約者候補を紹介しようと思っていると聞かされたルシアンはやっと自分の素直な気持ちをアマリリスに伝えることができた。
(アマリリスを誰にも渡したくない)
アマリリスの答えは、「1年待ってほしい」というものだった。
彼女はルシアンが再び心変わりするのではと危惧しているのかもしれない。あるいはルシアンにほとほと愛想がつき、本当はもうやり直したくないのかもしれない。そう思われても仕方がない当然なことをした。
しかし例えそうだとしてもルシアンがアマリリスを諦めることなど不可能だった。
だから今度こそルシアンがどれだけアマリリスのことを想っているか伝わるように「毎日花を贈る」と伝えた。
約束を守り抜いて、今度こそアマリリスを大切にする。ルシアンはひとり決心したのだった。
そして願わくは、想いを伝え続けることでアマリリスにも少しはルシアンことを異性として好きになってもらいたかった。
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