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3/7

さん


 アマリリスの隣で眠りから覚めたルシアンは幼児化の呪いが解けて元に戻っていた。

 元の、アマリリスのことなんて興味のないルシアンに。


 寂しい気持ちを押し殺してアマリリスは屋敷へと帰った。

(ここのところずっと一緒にいたから、ちょっと感傷的な気分になっているだけだわ)



 翌日、それでもルシアンのことが心配になったアマリリスは城に来ていた。


 タイミング悪く、フォンティーナもルシアンが元に戻ったことを聞きつけて来たため、鉢合わせになってしまった。

 今、ルシアンが来るまで同じ応接間で待っている。


「アマリリス様、殿下のことありがとうございました。これからはどうぞ私にお任せくださいね」

 笑顔のフォンティーナだが、目が全然笑っていない。


「は、はい…」

(気まずいわ…)



「待たせたな」


「殿下!元に戻られたんですね!心配しましたわ」

 応接間に入ってきたルシアンを見て、フォンティーナは涙ながらに抱きついた。

「すまない、心配させたな」

 それをルシアンはしっかり抱きとめた。


 昨日まで幼児化したルシアンはアマリリスにべったりだったのに、今その場所には別の女性がいる。


(来るんじゃなかった…)

 婚約破棄を言い渡された時はここまで感情を揺さぶられることはなかったのに。


「殿下、幼児化されたときのことは覚えてますか?」

 フォンティーナがうるうるとした瞳でルシアンに尋ねる。

「それが、ほとんど記憶がないんだ」

「まあ、そうでしたか…私、心配で心配で毎日会いに来たんですよ」

「そうなのか?ありがとうフォンティーナ」

「いえ、大好きな殿下のためですもの」


(毎日会っていたのは私なのにな…)


 その時チラリとルシアンがアマリリスに視線を寄越した。フォンティーナを見るときとは違う温度のない碧の瞳。

「アマリリス…君は…」

 なぜ元婚約者がまだ(ここ)にいるんだと責められている気がした。


「殿下、元に戻られてよかったですね。では、私はこれで」

「あっ」

 何か言われる前にアマリリスはさっと礼をして、そそくさと城を後にした。

 これ以上仲の良い2人を見ているのも辛かった。


(幼児化の呪いも完全に解けたようだし、もう殿下は私がいなくても全然大丈夫なのね…むしろ私はいない方がいいくらいなんだわ…)



 次の日、アマリリスは朝から自分の部屋に籠っていた。

 自由な時間ができたら読もうと思っていた本、やろうと思っていた刺繍、どれも手が伸びなかった。


 考えないようにしていても、どうしてもルシアンのことを思い出してしまう。

 アマリリスは自分が思っているよりもずっとルシアンのことが好きだったみたいだ。


(未練がましいわね。何かして気持ちを切り替えていかなきゃ!)

 とりあえず、刺繍でもと手を伸ばした時だった。


「お嬢様、お客さまです」

 アマリリスの侍女が慌てたように部屋をノックした。

「お客さま?」

(誰か来る予定あったかしら)


「ルシアン殿下です」

「えっ!?」


 アマリリスが慌てて支度をし、屋敷の応接間に行くと本当にルシアンがソファに腰をかけていた。優雅に出された紅茶を飲んでいる。

 金髪碧眼の美形王子はお茶を飲んでいるだけでも絵になる。


「殿下、お待たせいたしました」

「いや、いいんだ。急に訪ねてきてしまったのはこちらだから」

「いえ…」

「「…………」」


 しばらくの沈黙の後、ルシアンが口を開いた。

「その、お礼を言わなければと思って」

「お礼ですか?」

「ああ。聞いたんだ。呪いがかかってる間、君が僕の面倒を見てくれたことを。ありがとう。世話をかけてしまったな」

「いえ、気になさらないでください」


 おそらく王妃にでも言われて律儀にお礼を言いに来たのだろう。


「君に何かお礼をしたいと思っている。何でもいい、何か欲しいものはないか」


「いえ、お気持ちだけで充分ですわ」


「そういうわけにはいかない。本当に何でもいいんだ。頼みごとでも何でも。君の願いなら…例えば…こん…こん…」


(コンコン?)

 キツネがほしいなんて願いはない。

「いえ、殿下。本当に大丈夫ですから」

「………そうか」


 アマリリスの返事を聞くと、ルシアンは心持ち肩を落として帰っていった。


(殿下少し様子が変だったわ)

 もしかして元婚約者のアマリリスに()()ができてしまったのがルシアンには嫌だったのかもしれない。それならば無理矢理にでも何か欲しいものを伝えたほうがよかったのかしら……

 キツネはいらないけど。


 まあ今さら仕方がない。これでもう会うこともないのだから…

 ――――と思っていたのだが、数日後。


「悪いわね。また呼び出してしまって」

「いえ、大丈夫です」

 アマリリスはまたしても王妃に呼び出され城に来ていた。


「それでお礼は何がいいかと思って。あなたのことだから固辞しそうだから勝手に考えてみたの」

「考えて…?」


 王妃には予めルシアンの面倒を見るかわりに何かお礼をすると言われていた。

 もちろんお礼など必要なかったアマリリスはこちらも断るつもりでいたのだが。


「ええ。それにルシアンが勝手に婚約破棄してしまって、アマリリスには多大な迷惑もかけたでしょ。いろいろ考えて、新しい人を紹介させてもらうのがいいかなって」

「新しい人…?ですか」

「そう、貴女の新しい婚約者」

「婚、約者!?」


 確かに最近、アマリリスの父親はその事で頭を悩ませていた。第二王子に婚約破棄されてしまった娘に貰い手はあるのか、と。

 しかしアマリリスの方はしばらくそっとしておいてほしかった。これまで王子の婚約者として窮屈な思いをすることも多少はあった。ひとりで少し自由に過ごす時間がほしかった。


「何人かリストアップしてみたのよ。宰相の次男や、少し年が離れてるけど騎士団団長の親類の男の子もいるでしょ。年が近いところだとルシアンの護衛騎士の中にも侯爵家の三男がいるわ」

「ええっと…」

(困ったことになった)


 角が立たないようにどうにかお断りをしなければ。

 それに相手方も迷惑だろう。王妃の紹介とあってはあちらから断ることも難しくなる。


「私のお勧めは宰相のところの次男よ。年下だけど頭もいいし、貴女と話が合うと思うの。どう会ってみない?」


(ああ、困った…)


 バタンッ

「あら、どうしたの?」

「アマリリスが来てると聞いた」

 その時、急にルシアンが部屋に入ってきた。


「何の用なの?今、アマリリスの新しい婚約者候補を選んでいるところなのよ」

「新しい婚約者!?だ、駄目だ!」

 王妃の言葉になぜか慌て出すルシアン。


「何が駄目なの?あなたのせいで彼女は完全な行き遅れになってしまったのよ!」


(完全な行き遅れ………王妃様、もう少しオブラートに包んでほしいです)


「それなら新しい婚約者をまた、ぼ、僕にしてくれ!」

「「!?」」


「は??あなた、やっと元に戻ったと思ったのに頭がばかになっちゃったの?」

 王妃は残念なものを見るような目でルシアンを見た。

 そんな王妃の冷たい視線には構わずルシアンはアマリリスに向き直る。


「呪いにかかっていた時のこと少し思い出したんだ。君がずっとそばにいてくれたことも。僕にはやっぱり君が必要だ。謝っても許してもらえないかもしれないが、もう一度僕と婚約してほしい」


「で、ですが、殿下には真実の愛のお相手フォンティーナ様がいるではないですか」


「彼女には悪いことをしたと思っている。何度も謝罪して理解してもらった。僕は逃げていたんだ。本当はずっと君のことが好きだったんだ」

「!?」


「いい加減にしなさい!!アマリリスをあなたの身勝手で振り回すのは止めなさい!」

 王妃が愚かな息子を叱りつけるようにルシアンに言った。

「そんなつもりはありません」

 ルシアンはそれでも怯まない。


「………殿下、私も振り回されるのはもう遠慮したいです。これでまた『真実の愛』を見つけたと言って新しい方を連れてこられたら、私もいい年ですし、さすがに貰い手もいなくなります」

 アマリリスがおずおずと声を出す。


「貰い手の心配なんかしなくていい!僕が貰うんだから。もう絶対に君を傷つけるようなことはしない。アマリリス、どうしたら許してくれる?」

「…………」

 アマリリスが助けを求めるようにちらりと王妃を見ると、王妃はお手上げだとばかりに彼女に目配せするだけだった。


「それでは殿下、1年だけお待ちいただけますか?」

「1年?」

「はい。1年経ってまだ殿下のお気持ちが変わらなければまた婚約させていただきます」


 1年もあればまたルシアンがフォンティーナや他の令嬢に目がいくのではないかとアマリリスは考えた。

 それ以上にアマリリスのこの提案自体に「不敬だ!」とルシアンが怒りだすかもしれないと思っていたのだけれど…


「わかった!1年だな。その間、僕の気持ちが変わらないという証明に毎日君に花を贈ろう」

「!?」


 ルシアンは怒るどころか、さらに自らハードルをあげてきた。

 びっくりしたアマリリスはただ頷くほかなかった。



(期待してはだめよ)

 屋敷に戻ったアマリリスは自分に言い聞かせる。


 きっとルシアンは幼児化したときにアマリリスが面倒を見てくれたことに感謝して、一時的に感情が高ぶっているのだろう。

 しばらくすれば冷静になって、アマリリスへの気持ちも勘違いだと気づくはずだ。


『本当はずっと君のことが好きだった』


 そんなはずはない。だってルシアンがアマリリスに好意があるような素振りをしたことは大きくなってからは1度もない。あんなにアマリリスが話しかけても頑なな態度を取り続けていたではないか。

 きっとルシアンの気の迷いなのだろう。

 期待しても辛くなるのはアマリリスの方だ――――






 1年後。

 城の庭園を歩くルシアンとアマリリスの姿があった。


 あれからルシアンは約束を守り、雨の日も風の日も毎日アマリリスのもとに直接花を持って現れた。今までの態度が嘘のように、「好きだ」というストレートな言葉を添えて花を渡してくれた。

 聞けばルシアンはアマリリスのことが好きすぎて、どんな態度をとっていいかわからなくなった結果、あのような残念な態度を取り続けてしまったという。


 それが本当かどうかはわからないが、第二王子として忙しい毎日にも関わらず約束を守り続けてくれたルシアンの気持ちはアマリリスにも伝わってきた。

 アマリリスは再びの婚約を了承したのだった。



「殿下、今日もいいお天気ですね」

「…………」

「…殿下?」

「りりぃ!見ててんとう虫がいるよ」

「!?!?」


 クックックックッ

 驚いて目を見開くアマリリスを見て、我慢できずにルシアンは笑いだした。


「殿下、私をからかったのですね!また殿下が幼児化したのかと思いましたわ!」

「すまない、幼児化すればまたリリィがルーと呼んでくれるかと思って」


「……殿下が良ければ、幼児化せずともまたお呼びしますよ」

「ああ、良いに決まっている。リリィ、名前を呼んでほしい」

「ふふふ…それでは…ルー」

 照れて頬を赤く染めながらルシアンの名前を呼ぶアマリリスはとても可愛いらしかった。


「リリィ」

「…ルー」


 2人は微笑みあいながら手を繋ぎ、庭園を歩き続けた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。また番外編という形でルシアン王子メインの話も書きたいなと思っています。

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