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 アマリリスは自室の窓からぼんやりと外を眺めていた。


 幼児化した元婚約者ルシアンの面倒を見るよう言い渡されて1週間が経った。もうルシアンは幼児化の呪いも解けて元の姿に戻っているはずだ。

 アマリリスが城に行く必要はこれでなくなった。



『ルー』

『その呼び方はやめてくれ。子供扱いするな』


(思い出したわ。ある日突然、殿下に拒否されて愛称で呼ぶのをやめたんだった)


 アマリリスとルシアンは幼い頃に決められた婚約者同士。

 ずっと近くにいたから、親しくなっているつもりだった。幼い頃と変わらない態度でアマリリスが気安く話しかけるのが王子であるルシアンには気に入らなかったのかもしれない。

 その辺りから徐々に距離を置かれていったようにも思う。


 お互いに王子として、将来の王子の妃としての教育も始まり忙しくなってすれ違いも多くなった。

 アマリリスはそれでも婚約者として交流しなければと、話題を見つけ頑張って話しかけていたが、アマリリスが話しかける度にルシアンの美しい顔が強張っていくような気がして、どんどん話しづらくなってしまった。


(きっと、そのころから私が婚約者であることに不満があったんだわ)



 ◇



『りりぃ、おそいぞ!きょうも遊ぶ約束してたじゃないか、待ちくたびれたぞ!』


『!?!?』


 元の姿に戻り、幼児化の呪いが解けたはずのルシアンの言動にアマリリスは固まってしまった。


 近くで王妃が頭を抱えてうつむいている。


「王妃様、いったい殿下はどうなさったのですか?」

「呪いの後遺症のようなの」

「後遺症?」

「姿は元に戻っても中身は子どものまま、徐々に治っていくらしいんだけど」

「そ、そうなんですね…」

 なんだか嫌な予感がする。


「アマリリス、中身が戻るまでもう少しルシアンのこと頼めるかしら」

「ええっ!?」


 やんわりと断ろうとしたが駄目だった。


 アマリリスは大いに戸惑った。

 見た目は大人、中身は子どものルシアンといったいどう接すれば良いのかわからなかったのだ。

 そんなアマリリスの気持ちなどお構い無しにルシアンはいつものようにアマリリスの腕を掴んで引っ張った。


「りりぃ、庭にいくぞ!」

「きゃあっ」


 ルシアン的にはいつものように引っ張っただけであったが、力が強すぎたようでアマリリスがバランスを崩した。急に大人の身体になった、中身は子どものルシアンには力の加減がわからなかったようだ。


「ごめん、りりぃ大丈夫?」

 バランスを崩したアマリリスを難なくルシアンは受け止めた。

 至近距離で王子に見下ろされ、綺麗な碧の瞳と目が合う。


(ち、近い…)


 大人になってからこんなに近くでルシアンと目を合わせたことはなかった。

 アマリリスの鼓動が速くなり、恥ずかしさで頬が染まる。


 ルシアンはそんなアマリリスの様子を気にもとめず、いつものように手を繋いで庭園へ歩いていく。


(手が…)


 大人に戻ったルシアンの大きい手にアマリリスの細い手はすっぽりと包まれてしまった。

 昨日も子ども姿のルシアンと手を繋いでいたのに全然違う。

 今のルシアンの手は骨ばって大きくて男の人の手だった。


 過去、婚約者として出席した夜会等で腕を組んで歩いたことはあったが、手を繋いだのは大人になってからは初めてかもしれない。

 厳密に言えば今のルシアンの中身は子どものままだが。


 ガサガサガサガサ

「殿下!ああ、よかった。元に戻られたのですね」

 2人が庭園を歩いていると、またフォンティーナが茂みから現れた。

「だれだおまえ?」

「で、殿下!?」

「あやしいやつだな!りりぃに近づくな」

 またしてもルシアンはシッシッと不審者扱いのフォンティーナを追い払う。

 見た目は大人の姿に戻ったルシアンに邪険に扱われ、フォンティーナもさすがにショックを受けて固まっていた。


「フォンティーナ様。殿下は姿は元に戻ったのですが、中身はまだ呪いの後遺症で子どものままなんです。徐々に中身も戻るらしいので、もう少しお待ちください」

 さすがに気の毒になったアマリリスが事情を説明する。


「なによ…アマリリス様、幼い頃から知り合いだったからっていい気にならないでくださいね。殿下が愛しているのはこの私です。殿下が完全に戻れば貴女なんて見向きもされないんだから」

 ルシアンと手を繋いだままのアマリリスをキッ睨む。

「勘違いなさらないでくださいね!」

 そう捨て台詞を吐いてフォンティーナは去っていった。


(勘違いなどするはずないのに…)

 フォンティーナの言う通り、大人のルシアンはアマリリスに興味もないし見向きもしない。むしろ嫌われてるかもしれないのだから。


 庭園をしばらく歩いていると、ベテラン庭師のトーマス爺が花の世話をしていた。

 ルシアンが良いことを思い付いたとばかりにトーマスに駆け寄る。

 何やらルシアンがトーマスに頼んでいるようだ。

「?」


 少しすると、ルシアンが手に一輪の花を持ってアマリリスのところへ戻ってきた。

 白いマーガレットの花だった。


「りりぃに」

 そう言うとルシアンはアマリリスの髪に白い花をそっとさした。

「かわいい!やっぱりりりぃには花がにあうね」

「あ、りがとうございます」

 にこりと笑うルシアン。見た目は大人。しかも国内でも随一の美形の笑顔。


 自分に対してこのように微笑むルシアンを見るのはいつ以来だろう。

 ドクンッ

 アマリリスの胸が大きく高鳴った。


 本当は…本当はルシアンにいつでも笑いかけてほしかった。

 だけど、親しいと思っていたのは自分だけだったのだ。小さいころは仲が良かったはずなのに、ルシアンは私のどこが気に入らなかったのだろう。


 ポタリと一雫、アマリリスの薄茶色の瞳から涙がこぼれた。


「!?りりぃ、どうしたの?もしかして花をさしたところが痛かった?」

 アマリリスの涙を見たルシアンがわたわたと慌てて、心配そうにアマリリスをのぞきこむ。


「い、いえ。違うんです………マーガレットの花をいただいたのが嬉しくて、泣いてしまったんです」

 アマリリスも慌てて言い繕う。

「うれしくて?」

「ええ」

 中身は子どものルシアンはそれで納得したようだった。


「なんだ、よかった。そんなによろこんでもらえるなら毎日りりぃに花をあげるね」

「ふふ、うれしいです。ありがとうございます」


 元に戻ればきっと覚えていないであろう言葉。それでも今この瞬間嬉しいのは本当で。

 アマリリスもルシアンににこりと微笑んだ。



 また次の日。

 天気のいい麗らかな午後。アマリリスはルシアンと庭を望むテラスでお茶をしていた。


 テーブルの上にはケーキなど、いろいろな種類のデザートがのっていた。

「りりぃ、これ甘くておいしいよ」

 ルシアンはケーキを大きく頬張りながら言った。

「ふふふ、ルー。口の端にクリームがいっぱいついてますよ」


 呪いの後遺症でルシアンはまだ見た目は大人、中身は子どものままだった。見た目と中身のちぐはぐさに最初は狼狽えていたアマリリスだったが、2日も一緒にいるとだいぶ慣れてきた。

 むしろそのちぐはぐさも可愛らしく思えてしまう。


「えっ、どこ?」

 ルシアンはクリームが付いているのとは反対の頬を拭っている。

「こっちですよ」

 アマリリスは持っていたハンカチで優しくルシアンの口の端についたクリームを拭ってあげた。


「ありがとう!そうだ、りりぃ。このケーキおいしかったから一口あげるね」

「えっ?」

 ルシアンは使っていたフォークに一口分のケーキを刺すと、アマリリスの口へ近づける。


「る、ルー、それはちょっと…」

「りりぃはやく!落ちちゃうよ!」


 2人でお茶しているといっても、少し離れたところに護衛騎士や侍女が待機している。

 いくら中身が子どもでもルシアンのフォークで食べさせてもらうなど、恥ずかしすぎて戸惑うアマリリス。

 しかし結局ルシアンの勢いに負けてパクリとケーキを口に入れた。


「どうおいしいでしょ?」

「は、はい」


 ルシアンはただ純粋に美味しかったケーキをアマリリスにも食べさせたかっただけ―――

 しかし端から見れば恋人同士のような行動に、そういう事に慣れていないアマリリスは顔から火が出るのでは、と思うくらい頬が熱くなってしまった。


(アマリリス、落ち着くのよ!殿下は子ども、殿下は子ども……)



 また次の日。

 今日も見た目は大人、中身は子どものルシアンの相手をするため朝からアマリリスは城に来ていた。

 しかし、とうのルシアンは寝坊をしてしまったらしい。アマリリスはルシアンの支度が終わるまで別室で待っていた。


 ふと、控えている護衛騎士のひとりが目に入った。

 彼はルシアン専属の護衛騎士のひとりで、アマリリスも何度か話したことのある顔見知りの人物。

 なんだか今日は少しやつれて見える。


「…お疲れですか?」

「えっ、いや、……はい、実は少し…」

 アマリリスが声をかけると、少し驚きながらも騎士の彼は恥ずかしそうに頷いた。


「殿下は大人の体力で中身は子どもですから、護衛の方も常とは違う苦労がありますよね」


「そうなんです。昨日の夜、殿下が「眠れないから鬼ごっこしよう」と急に言い出しまして。大人の体で全速力で逃げ回るものですからついていくのも大変でした」

「ふふふ、ご苦労様です」


 その場面を想像してアマリリスはつい笑みをこぼした。


「おい、なにを話してるんだ?」

 気がつくと、開け放してあった部屋の扉の近くにルシアンが立っていた。

 ルシアンはこちらに険しい視線を向けている。


「ルー?」

「りりぃだめじゃないか!こんやくしゃは僕なんだから、ほかの男と2人で話すのは()()()だぞ」

「えっ!?す、すみません、ルーの話をしてただけなんです。もうしません」

 突然の見た目は大人、中身は子どものルシアンの浮気発言に驚いたアマリリスは慌てて謝罪した。


「りりぃは僕のだからな」

 ギロリと護衛騎士を睨む。ルシアンは見た目は大人なので睨まれるとそれなりの迫力がある。

 護衛騎士も頭を下げ、慌てて謝罪していた。


(悪いことをしてしまったわ)

 先に話しかけてしまったアマリリスは内心、護衛騎士に謝った。

 一方、まだアマリリスの視線が護衛騎士の彼にあることに気づいたルシアンは、頬を膨らますと突然アマリリスの視界を遮るようにぎゅむーと上からアマリリスを抱き締めてきた。


「る、ルー!?!?」

(ち、近すぎるっ)


 ご機嫌ななめのルシアンをなんとかなだめた後、本日もいい天気なので、庭園の中にあるガゼボで2人並んでそれぞれ読書をしていた。

 ここでも、ルシアンはアマリリスにくっつくように体を寄せてくる。いくら中身が子どもでも見た目は大人の男性。アマリリスの心臓はドキドキしてしまって落ち着かなかった。



『――――こんやくしゃは僕なんだから、ほかの男と2人で話すのは()()()だぞ』

 ふとアマリリスは先ほどのルシアンの言葉を思い出す。


 アマリリスがまだルシアンの婚約者だった時、ルシアンは度々フォンティーナと2人きりで過ごしていたはず。


(『真実の愛』であれば婚約者ではない男女が2人きりで過ごしても浮気ではないのかしら…)


 なんだか胸がモヤモヤして仕方がない。婚約破棄をルシアンから言い渡されたときはこんな気持ちにはならなかったのに。


 すーすー

 肩が重くなったように感じ、横を見るとルシアンがアマリリスに寄りかかるようにして居眠りしていた。

(人の気も知らないで、呑気なものね…)


 眠っていても美しく整ったルシアンの横顔。金色の長い睫毛が頬に影を落としていた。

 サラサラとしたルシアンの髪がアマリリスの顔にあたって少しくすぐったい。


 その時、ルシアンの綺麗な金色の髪に小さな赤いてんとう虫がとまっているのに気がついた。

「ふふ」

 アマリリスがそっとルシアンの頭に手を近づけるとてんとう虫は空へ飛んでいってしまった。

 その時パチリとルシアンが目を開けた。

 宝石のように綺麗な碧い瞳と目が合う。


「ルー、今ね、ルーの髪の毛に―――」

「………()()()()()?」

「!」


 目を覚ましたルシアンが怪訝そうな顔でアマリリスを見ている。

 その表情でアマリリスは悟った。


(元に戻ったんだわ!)


「何だこの手は?」

 パシンッ

 ルシアンは鬱陶しそうにアマリリスの手を払い除けた。

 急に目を覚ましたルシアンに驚いてアマリリスは自身の手をルシアンの髪に触れたままで固まっていたのだった。


「ご、ごめんなさい」

 アマリリスは慌てて手を引っ込めた。


 ルシアン王子の変化は周囲に控えていた護衛によってすぐに医師に伝えられ、そしてそのまま連れ去られるようにアマリリスの目の前からいなくなってしまった。


(今度こそ中身も元に戻ったんだ)


 アマリリスはひとり残されたガゼボでしばらく立ち上がることができずにいた。


 これで本当にもう自分の役割は終わりだ。


 もう「りりぃ」と呼ばれることも、笑いかけられることも、まして手を繋ぐこともきっとない。


 わかっていたことだった。なのに―――

 じわりじわりと寂しさがアマリリスの胸に広がっていった。



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