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192 ポーレの結婚式②憂さ晴らしの友人達と式本番

 さて。

 ところ変われば結婚式も変わる。

 テンダーが見たことがあるのは北西の友のものだけだった。

 まあこの時点ではその北西の友も未だ帝都に留まっていた訳だが。

 何と言っても彼女は一応辺境領伯の娘なのだ。

 それなりに皆の代表として帝都に来たならばすることは何かとある。

 地元の皆へのお土産だの、帝都でしか手に入らない物だの本だの注文だのにリューミンは奔走していた。

 そして結婚式の会場を見て彼女は驚いた。


「え、これだけ?」


 そう。

 リューミンが驚いたのも無理はない。

 帝都における「式」は基本戸籍を取り扱う役所で行う。

 無論専用の重々しい部屋が用意され、戸籍の書き換えをぴしっと決めた役人立ち会いのもと行うのだった。


「それは私も思ったわ」


 やはり地方出身のキリューテリャも言う。

 南東では海の神の加護のもと、というのが習わしとなっているのだと。


「だいたいどの地方でも一番重要視されているものの神様に誓うのが式という感じよね」


 だが帝都の場合、それが実のところ無い。


「元々は地と天に祈る部族が現在の帝室の発祥なのだけど、様々な部族やら小国をまとめて帝都に遷都した時点でそれは無しにしたという歴史があるし」

「でも何とも素っ気ないのではないの?」

「まあね。だからこそ、帝都では披露の宴の場が大切になるの。それに役場の一室と言ってもその場に立ち合うの身内なり何なり大切な人々が居るし。住むにはあまり不自由しない帝都だからこそ、人との関わりが一番大事だ、ということになっているのじゃないかしら」


 ヘリテージュがそうまとめた。


「そして、だからこそその役所から披露宴会場へと向かうのが重要になるのよ」


 ふふ、とヘリテージュは微笑する。

 ああ、と彼女の式に出席したことがある者達は顔を見合わせた。

 確かにそうだった。

 特に彼女は貴族同士のそれだったから、嫁ぎ先の邸までの道でどれだけ花を捲き、群がる市井の子供達に銅貨を包んだひねり紙を配ったことか!


「ポーレはそんな派手なのは嫌だ、と言ったけど……」

「無理に決まっているわね!」


 くくく、とエンジュは笑った。


「何せうちの先生の息子と、テンダー嬢の工房で作った衣装をまとった花嫁よ! うちの社が放っておく訳ないじゃない!」


 会場までの天蓋無し馬車と、花等の用意は万端だ、と言い放った。既に広告も出してあるという。

 エンジュの含み笑いが高笑いに変わるには時間は掛からなかった。

 ――まあ実際のところ、エンジュ及びその他友人達は、テンダー自身にできないあれこれを彼女の乳姉妹にやって憂さ晴らししたい、という気持ちも大量にあった。

 無論ポーレにしても付き合いはもうこの時点でそれなりにあったが、それでも学生時代の友とは違う。

 普通ならここまで手は掛けない。

 テンダーにしても、ポーレは慎ましくしたいだろう、と考えて当人達に任せていたつもり…… だった。

 だが。


「まあ素敵!」


と新郎の母である女史が両手を胸の前で組み合わせ、エンジュの企てに乗り。

 新婦の母であるフィリアは身分不相応と当初多少はつぶやいていたのだが、女史の乗り気に、やがてありがたやありがたやと嬉し涙を流す始末。

 こうなるとテンダーの出る幕ではない。

 ポーレ自身は「まあいいんじゃないですか? 私も自分の最後の作品は見てもらいたいですし」とあっさり言った。

 不相応かもしれないが、広告塔になるなら構わない、というあたりにテンダーは乳姉妹の逞しさを見た。

 


 そして当日。

 役所の荘厳な雰囲気漂う一室には、新郎新婦のそれぞれの母親と、乳姉妹であるテンダーだけが居た。

 式とされること自体は簡単なものだった。

 重厚な石造りの台の上にはどっしりとした帝都の戸籍台帳。

 所定のインクを付けたペンで、それまでの自身の名を二重線で消し、新たに作られた夫婦のページに二人で名前を書き込む。

 それだけの作業だった。

 それだけなのに――

 テンダーの目からは知らず、涙が流れていた。

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