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159 新しい店④無意識なモデル達

 イリッカとリーカはテンダーの工房で「よく来てくれたわね」とにこにこ顔で迎えられると、いきなり巻き尺を突きつけられた。


「え」

「いえ、今度の服って、ほら、サミューにも似合う様に、若い子の夏向け軽い外出用のものを中心に考えているのよね。で、もう私達もいい歳だから、若い子に似合うってのがよく分からなくなってきているし! 動きやすさとかもあるしね」


 つらつらと立て板に水式に話すテンダーの勢いに、イリッカとリーカが呆然としているうちに、サミューリンの時の様にさくさくと採寸が行われた。


「で、今日サミューリンが着ていたのが、このデザインなんだけど」


 服を直しつつもまだ呆然としている少女達にやれやれ、とばかりにサミューリンはお茶と菓子をすすめつつ、ぽんと肩を叩いた。

 あきらめてここは聞いておけ、とそうすれば新しい服も手に入るよ、とその肩叩きには意味が込められていた。

 テンダーは画帳を開くと、幾つかのデザインを二人に見せた。

 さすがに具体的なデザインを見せられると、二人も身体を乗り出した。


「あ、これ可愛いですね!」

「これは涼しそう。でも今だとまだちょっと?」

「あ、その場合下に着るブラウスを長袖にするってことで」


 ポーレもさりげなくそこに生地を持ち出してくる。

 サミューリンの着ていたものは軽くごつごつとした表面の格子模様だ。

 その他、ちりちりとした細かい模様織りのもの、染め模様にしても、大小の水玉だったり小紋だったりと様々なものが次から次へと現れる。


「貴女方に三着それぞれ違う物を作ろうと思うから、選んでちょうだいな」

「……あ、あの、それ……」


 さすがにイリッカはそれだけでは済まないだろうな、と感づいた。


「ええ。夏の服を作る代わりにお願いがあるの」

「お願い」


 はあ、とサミューリンはため息をついた。


「テンダー様はつまりまあ、新しい服を私達に外で見せて欲しいって言ってるんだね」

「ああ……」

「そうなの?!」


 リーカは目を丸くして問い返した。


「恥ずかしいならそう言って。それならそれで、また別口の知り合いにお願いしようと思うの。ただ、やっぱり貴女方くらいの知り合いはそうそう居ないから」

「そうなんですよね。『友』や『画報』の編集部のお嬢さんや奥さん達にも気が向いたら来て欲しい、ってお願いしたんですよ。だから大人の女性の新しい服についてはそれでいいんですが、やっぱり若い娘さんというのは」


 ね、とポーレは言ってテンダーと笑顔で頷き合う。


「恥ずかしく…… は全く無い訳ではないですが、新しい服の着心地とかを知られるのは興味が……!」


 イリッカは拳を握りしめた。


「私は元々服が少ないんで、いただければ嬉しいです~」


とリーカ。

 よし、とテンダーはぽんと手を叩いた。


「じゃあデザインと生地と色が合うかどうか考えながら選んでね。実際生地と形が合うかどうかというのは、まだ分かっていないことが多いのよ。これもまだ試供品の段階だからね」


 そう、並べられた生地は量的にはそう多くはない。ただ種類だけはひたすらに多い。

 セレにとっても市場調査の意味があったらしい。

 どういう色・柄・織りのものが生地として売り出すにしても需要があるのか。

 工場から工房に卸すものは決して全体量としては多くない。

 一般家庭では自身で作ることも多いので、小売店――それも雑貨店のレベルのものが殆どだ――に回すためのものだ。

 中間に卸業者は入るとはいえ、末端は決して沢山の種類が置ける訳ではない場所に売り出すものである。

 近年の流れとして、婦人雑誌でその生地の存在を知り、店にこれこれこういうものはあるか、無い時には入らないか、と問いかけて入手する訳だ。

 さて彼女達の場合。

 その見本であるところの雑誌は「友」の役割だ。

 それを見た業者なり読者なりの要望が、生地の売り上げに反映する。

 ――となると、まずその「友」で紹介されるまでの段階で、「いける」と確信が持てるものが欲しい。

 そこで何と言っても、実際の働く女や少女に着てもらうのが一番。

 そして彼女達に、現在何かと情報や流行の発信地と化している「123」をふらふらしてもらうこと、それ自体が大きな宣伝であり、一方彼女達を見た周囲の反応が、市場調査となるのだ。

 サミューリンは「123」で自分に向けられた視線をかなり感じていた。

 良くも悪くも、だが。 

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