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102 帝都中央区第3商業街域第7路305番地の工房②

 さて、ドレスに手をつけると言っても、いっぺんに何もかもできるという訳では無い。

 テンダーは経理関係を続けつつ、アルカラ・ミュートと共に弟子にもなった。

 アルカラはさすがに腕は確かだった。

 何と言っても叔母の元でやってきた年季が違う。

 ただ、アルカラの目指すものはテンダーとは違っていた。


「私はドレスの構築された美が好きなの」


 夜会服にどれだけの美を持ち込めるか、お客に最も似合う服はどんなものなのか。


「コルセットは必要?」

「その人に似合うなら必要ね」


 その言葉には自信があった。

 叔母も通常の注文を請け負う際に、アルカラと共に考えることが多かった。

 令嬢達の新しい服に関しては特にそうだった。


「せっかくの機会に一番美しく見えるものでなくてどうするの」


 力説するアルカラにはテンダーも頷けた。

 ただ。

 ただ自分はそこではない、とテンダーは思っていた。


「貴女の意見はないの?」


 そう叔母に言われても、


「今のところは」


と言うしかない。


「せっかくの機会を台無しにするんじゃないの!」


 そうアルカラから言われる始末だった。


 一方、ポーレは掌握した家事の合間に職人から技術を教わっていた。

 通いの職人は既婚者で、家庭に何かあれば戻らなくてはならないこともあった。

 そういう時「ここからここまでお願いね」とポーレに頼んで行く。

 お手本がすぐ前まであるならば、ポーレはそれを器用に真似していく。


「いやあ、あんたまだ若いのに上手いじゃないか」


 年かさのほうの職人、レダ・ルートはポーレを誉める。


「繕いには年季が入ってますので」

「それでもこの繊細な生地をそれだけ細かく縫えるのは強いよ。先生みたいに最初からお貴族様の家で生地に触れてないと難しいんだ」

「そうなんですか?」

「あたしは苦労したのさ」


 たっぷりした体の彼女はそう言ってにっ、と笑った。


「ちゃんとあんたはこの肌理細かい生地を潰さず針入れてるだろう? これが綿や麻に慣れたお針子だと、なかなか布目に眼が慣れないんだ」

「なるほど」


 言われてみれば。

 ポーレは確かに自分が絹地を見慣れていたことに気付かされる。


「いやそれ考えると、テンダー様のおてんばで襟のレースが取れた時に繕ってきたのも無駄じゃないですねえ」

「誉めてる?」

「当然ですよ」


 テンダーは自分が技術的にはアルカラなりポーレなりに劣っているのを自覚していた。

 なのでまず、自分自身の着たい服を自身で作ることから始めた。


「叔母様、紳士服のジャケットをここでは扱ってませんわね」

「そりゃあここはドレス工房だし」

「わかりました」


 テンダーはそこでポーレと共に古着屋に向かった。

 流石にまだ、一人で庶民の店の並ぶ街を歩くのには心細さがあった。

 女学生の時は、制服がある程度自分達を守ってくれていた。

 徒党を組んだ女学生というものは、帝都では案外アンタッチャブルなものだった。

 だが今はそうではない。

 そして父親の領内でもない。

 そうなるとやはり、一緒に誰かついて来てくれるのが望ましい。


「ついでに買い出しに行きますよ」


 ポーレとて、いつも一人では行かない。

 第3と第4というある程度治安が良い商業街の中の市場だから一人でも何とかなる訳で。


「もしそれより周辺でしたらレダさんと行きます」


とのこと。


「で、古着屋に何の用なんですか?」

「これよ」


 テンダーが手にしたのは、男性用のジャケットだった。


「着るんですか?」

「違うわよ」


 ポーレは首を傾げた。


「型紙を作るの。私のための」


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