コース選択
次、と言われてつい一瞬前までベルナルードがいた床からルクスへと視線を向けたのは、キールだけではなくこの場にいた魔術師たちもであった。
一斉に向けられた視線に、しかしルクスが動じた様子はない。
「さて、こちらも黙っていたけれどね。実のところ、アズリアの呪いを解呪しようと思えばいつでもできる状態ではあったんだよね」
その言葉を瞬時に理解できたものは、果たしてどれだけいただろうか。
数秒沈黙が落ちる。
「えっ!? そうなんですか!?」
真っ先に声を上げたのはモリオンであった。
今までの話を聞いていれば、解呪できるだろうはずのそれが思った以上に難易度高く、だからこそ彼ら魔術師団は世界樹の雫なんてものを求めてダンジョンへ繰り出すしかなかったのだ。
他の方法も探ってはいたけれど、どうしたって現状彼らの力では解呪不可。確実さを求めるのであれば、やはりどうしたって秘薬である世界樹の雫を求めるしかなかった。
ゴールは見えている。
その道程が途轍もなく長いという事はさておき、方法が全くないわけではなかった。
ベルナルードが解けない呪いをかけたわけではない、というのはある意味まだマシな方であった。
解ける、と言っておきながら絶対に解呪不可、みたいなものではないだけマシだろう。
正直現在の彼らに解けるかどうかはさておくとしてもだ。それでも方法も何もないわけではなかったのだから。
ベルナルードを殺したとしても、アズリアの呪いが解けるわけでもなく、そしてまたアズリアの呪いが永劫解かれる事もなくなってしまうわけではないらしい。
それについては一応理解できた。
けれど、ベルナルードがいなくなったからとて、それだけだ。
事態が解決したわけではないし、結局のところ世界樹の雫を探さねばならないのだろうと薄っすら思っていた者たちはこの場に大半存在している。
けれども、いや、だからこそ、というべきか、ルクスの言葉をすぐさま脳が理解できた者はどうやらいなかったらしい。
「正直な話、私たちがこちらに来た時点で可能だったよ」
あまりにもあっさりと告げられた事実に、一同がどよめくのも仕方のない事だろう。
「なっ、それならどうして……!?」
「いやだって、キールが全部本当の事を言ってる感じしなかったし。何か裏があるんだろうな、と思ってたからねこちらも。警戒したが故の結果だよ。それが何か?」
キールが咄嗟に声を上げるも、ルクスがあっさりと返す。
その言い分にキールは何も言えなかった。キールとしてもこちら側の事情を何もかも全て話すつもりはなかったのだ。いきなり異世界から召喚されて、それでこちらの事情をまるっと話されても正直相手からすれば知ったこっちゃない、という点もあっただろう。
それに下手にベルナルードの事を喋って、他の魔術師たちにその話が知られるのもキールとしては望むものでもなかった。
大まかな事情だけ説明すればまぁいいか、と思っていたのも確かなのだ。
実際に他の魔術師たちはキールが隠しておいた事実なぞ知るはずもなかったし、だからこそ他の魔術師たちは何もおかしいと思ってすらいなかった。
けれどもルクスたちからすれば、その魔術師たちの態度もあって余計に何か隠された裏があると感じ取ってしまったのかもしれない。
これに関しては完全にキールの責任である。
最初からキールが洗いざらい何もかも全て白状していたら、恐らくはあっさりとアズリアが目覚めていた可能性はあった。
そんな事をあっさりと言われ、キールとしては脱力するしかない。
「まぁあれよね、無駄にプライドだとか自己保身に走るとかすると大体ロクな事にならないっていうやつよねきっと」
ステラがとても雑に言えば、キールとしては確かにそうなんだけども……と小声で呟くくらいしかできない。もう何言っても最終的に悪いのはキールみたいな流れにしかならないとキール自身薄々感じ取っていた。
「そういうわけだから、とりあえずアズリアを目覚めさせようか」
「あっ、それもそうか……アズリアさん治るんだな? 本当に」
「それは勿論。……あ」
鷹揚に頷いてみせたルクスであったが、最後に上げた声に周囲が固まる。
「あの、ルクス様。あ、ってなんですか、あ、って」
やっぱりだめでした、とかいきなり撤回しだしたりしないだろうか、と不安そうなモリオンにルクスは手を振って「いや、大した事じゃないんだけど」と言うが、今の流れで安心しろという方が難しい。
勿論、といった後の「あ」だ。何か他に懸念材料がありますと言っているようなものだし、目覚めさせるにしても何らかの条件がついてきそうな雰囲気がする。
魔術師たちとて何も考えずにやったー、これでアズリアさん目覚めるんですねひゃっほーい♪ と何も難しい事を考えずに喜べるような展開になるとは思っていない。
目覚めさせる事はできるけど、何らかの対価を要求してきたとしてもおかしくないぞ……? と警戒している者も中にはいた。
「いや、本当に大した事ではないんだけど。どっちで治す?」
「どっち、とは……?」
アズリアの呪いを解呪するのに複数の方法があるような言い方に、キールは思わず首を傾げていた。
「私が魔術で解呪するか、それとも解呪薬を使うか、世界樹の雫を使うか」
ルクスが指を一本ずつ立てて告げたそれに、キールは最初何を言われたのか理解できなかった。
ルクスの魔術は確かに凄いと思える。自分たちが使えない高位の魔術もあっさりと扱っていたりするので、まぁ言われてみれば可能なんだろうなと思う。
次に言われたのが解呪薬。つまりは呪いを解く薬。
そんなものがあるのか……と魔術師たちは未知との遭遇をしたような気分であった。生憎とこの世界にそういったものはあるのかもしれないが、出回っている程ではない。少なくともこの場にいる魔術師たちの記憶にはないという点で、あったとしても秘薬扱いな気がしている。
そして最後に。
世界樹の雫、と言われ、いやそれ求めてダンジョンに行ってるわけだけど、そもそも発見したって聞いてないんですが!? と思うのも無理はなかった。
実際ステラたちとダンジョンへ足を運んでいたキールもその言葉に「……は?」と何を言っているのかわかりません、みたいな表情に一瞬で変化したのだから、実はこっそり入手できてました、みたいな事でもないのだろう。
「魔術での解呪だけど、まぁ可能だと思う。ただ、こちらの世界の呪いと私の世界の解呪の術とが完全一致しない場合、アズリアに何らかのダメージが来るかもしれない可能性が少々。命に関わったりはしないと思うけど、爽やかな目覚めにはならないんじゃないかな。
で次。解呪薬。
こちらはステラが持ってるし、大抵の呪いは解呪可能な代物だ。
まぁ、ただ、味が……とんでもなく苦い。口に流し込まれた時点であまりの苦さに悶絶しながら飛び起きるのは確実だね。寝起きドッキリみたいなものだと思えばあまり気にならないかな?」
「いやいやいや、待って下さい安全に目覚めさせて下さいぼくの師だしここの皆の恩人なんですよ、なんで寝起きドッキリとかいう言葉出てきちゃったんですか。まって、本当にまって」
思わず口を挟むのも仕方がない事だった。むしろ黙って聞いていられるはずもない。
けれどもルクスは途中でそういうツッコミが入るのは予定通りとばかりに微笑んでいる。いや、笑ってる場合じゃないんですけど!? と声を上げたとしても多分ルクスはそこをスルーしそうな気しかしない。
というか、そんなアイテム持ってたのか……と一部の視線がステラに向けられるも、ステラは特に何の反応も示さなかった。どころか、確かにあれ不味いものね、なんて言っている。
「あの、待ってください。もしかしてその、世界樹の雫もとんでもなく不味いとかそういう……?」
名前のイメージからしてどちらかといえばただの水みたいな味とか少しだけ甘さを含んでいるとかそういうものを想像していたけれど、秘薬と称される物だ。名前のイメージとは裏腹にえげつない味である可能性が出てきたせいで何だかとても嫌な予感すらしてきた。
「どうだろうね? 私は世界樹の雫とか口にした事ないけど……本来は樹液みたいなものなんだっけ?」
「本来はね。とはいえ、滅多に出てこないはずだけど」
ルクスの問いかけにこたえるステラの様子に、キール達は「あれ?」と思った。
治す方法がいくつかありますよ、みたいな言い方した上で世界樹の雫を選択肢に入れてきたくらいだ。てっきり現物があると思ったのだが、どうも二人の口振りからして手元にはないみたいな反応である。訝しむのも無理はない。
勿論そんなキール達の反応を理解していたのだろう。ルクスは相変わらず微笑んだまま、何となく今までの一連の流れを眺めていたステラの背後に回り込み、彼女の肩へ手をやるとずずいと押し出すようにした。
「確かに今手元に世界樹の雫はないけれど、けれど目の前にいる」
目の前。
そう言われてもルクスの前にいるのはステラで、それを見ているキール達は何を言っているのかいまいちよくわかっていないようだ。
ステラも流石にこの状況になれば何となく次にとるべき行動は理解できる。むしろここでしらばっくれたとしても意味がない。それどころか、下手に言葉を飾りに飾られとんでもない紹介をされてしまいそうなのでさくっと正体を明かすべきなのだろう。
「そうね、私、異世界産とはいえこう見えて世界樹の精だから」
かつては違ったけれど、今そうであるのは確かな事実。
「本体は向こうの世界にあるけど、でも用意できないわけじゃないわ。本来のとは若干違うものになるけど」
「は……? え? えぇ!? いや、疑うわけではないけれど、本当に……?
用意できる、とは? 何かこう、本体とやらから抽出したものがこちらに召喚的なやつで……?」
ベラクルスの言葉にしかしステラは首を横に振る。
「流石にそれは無理だけど、効能的には同じようなのなら私からでも出せるわよ。
そうね、具体的に言えば私の体液大体それ」
「体液……?」
どこか信じられないような震えた声でその部分だけを呟くベラクルスに、
「そう。つまり、私の汗とか涙とか血とか尿とか鼻水とか唾液とか胃液とか大体それ」
ステラは真顔で告げる。
基本的に比較的どうにか出せる範囲の体液しか述べていないが、流石に髄液とか胆汁とか組織液だとかリンパ液だとか医療的な技術が必要なあれこれは言わなかった。いや、それも出せるならそうなるんだろうなとは思うけれども。内臓から出るだろう液体も一応そうなるけれど、ステラも流石に人体にそこまで詳しいわけではない。転生前に習った生物の知識とか人体関係なんて、もう随分大昔すぎて朧げだ。今思い浮かべたものでも厳密に違うものがあるかもしれないが、そこら辺どうなんだろうなーと思うだけで正解など今更知りようもない。
それ以前にこちらの世界の医療技術がどれくらいなのかはまぁ……恐らくステラたちの暮らす世界とそう変わらないだろうし、あまり専門的な話にはならないだろうと思っている。大体怪我治すのにポーション使ってる時点でお察し案件だと言えよう。
「あの、もう一度言ってもらっても?」
流石にすぐには信じられなかったであろうベラクルスが、若干震えた声でそんな事を言うものだから。
「汗と涙と血と、鼻水と尿と唾液と胃液……まぁ、胃液の場合は大半ゲロよね」
と、やはり真顔でのたまって。
流石に黙っていれば美少女判定下されるステラの口からゲロ、という単語が出るとは思っていなかっただろう複数名の魔術師たちは、困惑したように隣にいるそれぞれとひそひそと小声で話し合う。
「汗、って事はつまり、ダンジョンから帰ってきてシャワー浴びたりしてる時に世界樹の雫がうちの拠点で遠慮も何もなく流されていた……?」
「いや、流石に汗はないだろ汗は」
「いやでも、彼女の汗ならいけるとおもべぶぅ!?」
「おっと悪い手が滑った」
小声で何だかとんでもない流れになりかけていた話の途中で、一人の魔術師が吹っ飛んだ。
悪びれた様子もなくクロムが告げる。
手が、なんて言っているが別に殴ったわけでもなく、むしろ蹴り飛ばしたのだが。
正直、そこに突っ込める勇者は悲しい事に今この場に存在しなかったのである。




