弁解の余地はなく
キールからすればそれを告げるのにもそれなりに勇気のいった話であったと思う。
けれどもルクスからすればその気持ちの重さというのはどうでもよく、事実確認ができればよい、というものであった。
だからこそ、ルクスはあっけらかんと告げたのだ。
既にベルナルードはキールが知るベルナルードではない事。
彼の身体を乗っ取った者が今はさも本人を装っている事。
元々の人格は既に消滅している事。
いきなりそんな事を言われても、キールも周囲の魔術師たちも理解が追いつくわけでもない。
何を言っているんだ……? と困惑するのはある意味当然の流れで、しかしルクスはそれすらどうでもよさそうではあった。
「ちょっと、流石に思うんだけど、相手に対する思いやりとかないわけ……?」
「どんぐりから声が!?」
そう叫んだのは誰だっただろう。まぁ、誰でもよい。この場にいる者の誰かの声であればまだしも、聞こえてきたのは女の声。しかしステラの声でもない。音がした方へ視線を向けた魔術師たちはルクスが腰にぶら下げている簡易檻にそこでようやく気付いたようだった。
「あれ? その声……もしかして、アミーシャ……?」
何がなんだかわからないけれど、キールにはその声に覚えがあった。
何度か顔を合わせる事にもなっていたし、声も何度か聞いている。忘れるにはまだそこまでの時間も経過していない。
「そうよ、とても不本意だけどあたしよ」
アミーシャはむしろ開き直っていた。ここで違うといえばじゃあお前はなんなんだとなるし、ルクスがあっさりと正体をバラすだろう。気を利かせてアミーシャではない、と言ったとしてでは今度はその存在をどう捏造されるかわかったものでもない。
「生きて……えっ、なんでどんぐり?」
「そこにどんぐりがあったからでしょ」
アミーシャはダンジョンの中で逃げ出して、その後ルクスに殺された。
殺された、という言い方もどうかと思うが身体から魂引っこ抜かれた時点で殺されたも同然だろう。空っぽになった器は他の探索者たちによって持ち運ばれ、そちらで火葬されてしまった。直接手を下したわけではないように思えるが、どう考えても元凶はルクスだ。
引っこ抜いた魂をどんぐりに入れるというのもどうなんだろうと今でも思っているけれど、わざわざどんぐり、というのもいかがなものか。
いや、場所がダンジョンだったわけだし、あのダンジョンは自然を模したものではなくどちらかといえば人工物といった感じの場所であった。下手をすればその辺に落ちている石とか天井や壁の破片でした、みたいな小石にアミーシャの魂を突っ込まれていた可能性もあるわけだ。
石とどんぐり、どっちがマシなんだろう……と考えたけれど正直どちらも微妙である。
「まぁ、アミーシャの事は一度置いておくとして」
むしろなんでそうなっているのか、という疑問は尽きないがルクスはそれを一先ず後回しにして、捕らえたベルナルードから得た情報を告げる。
キールに対してはさもアズリアのためを装っていたが実際はそうでもないという事実を。
ベルナルードを乗っ取った奴からすれば、アズリアは単純に利用するためにそうなっただけの事。
キールに告げていた解けるはずの呪いは、実際今のキール達には決して解けないだろうと思われていたことも。
それを聞いて、魔術師たちのヘイトは明らかにベルナルードへと向けられる。
先程のキールの話ではまだキールに同情とか共感できる要素もあった。
けれど、ルクスの口から告げられるベルナルード側の話は、彼に対して共感や理解できる要素がない。
正体を明かされ、それが神であると言われても全く敬おうとも思えない。むしろこの世界を創った創星神に対して敵対していたのだから、敬うもなにもあったものではない。
「うーん、当初予想していたものと大分違ってるから戸惑うけど、どうやら本当に二人が裏で繋がってたってわけでもないのか……」
まだその考えを捨てきれないらしいルクスではあるが、自分は騙されていたのだと理解したキールと、騙してなお悪いとも思わないベルナルードの反応から演技でもなさそうだと判断する。
猿轡を噛まされているベルナルードが何かを言っているようではあるが、むぐぐふぐぅ、と音になっているだけの言葉ですらないそれを理解できるはずもない。
何を言っているのかわからない、とイラっとしたようにキールの眉間に皺が寄ったが、しかし猿轡を外そうとは思っていないようだ。
外した途端に魔術が炸裂する可能性は確かにあるわけで、それを考えれば軽率に外そうとは思わないのだろう。詠唱無しで発動できるのであれば全く意味がないが。
実際ベルナルードの中にいる存在は詠唱せずとも魔術を発動させることは可能であった。しかし何をどうしたのかルクスに完全に力を封じられているので現状こうなっていると言ってもいい。
本来ならば魔術を発動できるし、そもそもこんな縄でぐるぐる巻きにされた程度であっても引きちぎって脱出も可能のはずなのに、何故だか今、魔術は発動できないし縄も引きちぎって脱出しようとしてもできない。千切るどころか緩む気配もない。
完全に無力化されている事を知っているのはルクスだけだ。
「私はまたてっきりこいつと裏でキールが繋がってて、世界を裏から牛耳ろうだとか新たな神にでも取って代わろうとでも思っているものだとばかり思っていたのに」
「いや、流石にそれはちょっと……ぼくには荷が重すぎるというか……」
「もっとこう、表面上は真面目にしてるけど裏では世界とか何もかも全てを舐め腐ってるタイプだと思っていたのに……そういう奴の計画を頓挫させるの割と面白いのにどうして……」
「えっ、もしかしてそっちをお望みだったんですか? いや、あの、しませんよしませんからね!?」
「どこかでちょっとでも尻尾出さないかなとか思ってたのにそういうのないから、これはもしかして手ごわいタイプかな? とか思ってちょっと楽しみにしていたのに」
「やめてくださいそういう謎の負の信頼。されても困ります」
「だって異世界からわざわざ人を誘拐するような奴だよ? 裏で一体どんなえげつない計画立ててるものかと思うだろう普通」
「いや言い方。確かに召喚しましたけど! 色々と申し訳ないなと思ってますけれども!」
「申し訳ないと思ってるならもうちょっと行動とか言葉に出そうよ。裏切られた感がしてとても悲しい」
などと言っているうちに、ぽろりと一粒ルクスの目から涙が零れ落ちる。
その光景に思わずぎょっとしたキールであったが、それも一瞬だった。
「いや、露骨なウソ泣きが過ぎませんか……?」
「おや? ステラから教わった涙を零す上級者向け嘘泣きだったのに。一体何が悪かったんだろう?」
「やっぱ野郎の泣き顔とか需要ないのよこんな野郎ばかりの集団の中だと。そこ私がやった方が動揺誘えたんじゃない?」
すんっ、とした表情で嘘泣きを指摘すれば特に否定するでもなくルクスはあっさりと認めた。
そこにステラが軽い口調で言うものだから、あ、やっぱ嘘泣きなんだなとほんのちょっとだけもしかしたら本当に泣いたか……? と思っていたキールの考えはあっという間に消滅した。ついでにそこで確かにステラが泣いたのであれば動揺はしたかもしれない。
……いや、どうだろう。状況による、といったところか。
こう……場合によっては召喚した直後とかに「帰してよぉ……」と悲痛な感じで泣かれたら間違いなく動揺していた。けれども今はどうだろうか。罪悪感がないわけではないが、何というか今更感が凄い。
「じゃあ仕方ないな。こいつ用済みか」
「むぐ!?」
茶番めいたやりとりから一転、ルクスの声から一切の感情が消える。
「えっ、あの、用済みって……どうするつもりですか?」
「本来のベルナルードはとっくにこいつによって消滅してる。生かしておく意味もないだろう? 野放しにしてもロクな事にはならないよ」
そう言われて、キールは咄嗟に「でも神なんでしょう?」と言いかけたが途中で言葉を止めた。実際に出たのは「でも」の部分だけだ。
神ではあるが、この世界の創造主たる存在と敵対した相手。
言いかけた途中でそれを思い出したからである。
例えばこの世界の創造主がこちら側視点でどうしようもない存在であって、それをどうにかするために敵対した、というのであればまだしも別に創造主がこの世界を自由好き勝手にしてこの世界で暮らす者たちを虐げたりしたわけではない。むしろそこに敵対した相手の方が平和だっただろうかつての世界を蹂躙した、と考えても間違いではないだろう。
本当に平和だったかどうかはさておくとしても、現状こうなっている原因ではあるわけで。
そんな相手を神であるからというだけで止める必要はあるだろうか、と考えればキールには無い。
むしろルクスのロクな事にならないという言葉は確かに、と思えるものだ。
だって既にキールが知るかつてのベルナルードはこいつのせいでいなくなってしまったわけだし。
ただ、姿かたちがキールの知るベルナルードであるからこそ、ほぼ反射で止めかけたに過ぎない。
猿轡越しにどうにかルクスを止めようとベルナルードが声を出しているが、残念ながら言葉にはなっていなかった。
その必死さは見ている魔術師たちにも伝わる程で、あぁ、これから公開処刑でも始まるんだろうなと思えるものでもあった。
「ん? ちょっと待てよ? そういやぁそいつが仕掛けた呪いに関してはどうなるんですかい?」
アゲートが思い出したように声を上げる。
アズリアの呪いは彼がかけたもので間違いない。
呪いをかけた相手を殺したら二度と解呪できない、なんてものであったなら、まずここで止めておかないと不味い事になってしまう。
キールに言われた当初、解呪できるものと言われていたが実際は彼らでは解呪できない呪いであった、というのは暴露されたものの、だからといってベルナルードを仕留めていいかどうか、となると話は異なってくる。
周囲の魔術師たちも「あ、そうだ」「よく止めたアゲート」なんて小声ではあるが言っている。
キールもその声を聞いて、この短時間で色々な情報ぶち込まれていて忘れかけていたその部分を思い出した。
「それに関しては何も問題はないよ。残念だったね、もうきみが何を言ったところで詰んでるんだ。諦めたまえ」
ルクスのその言葉と同時に。
「っ……!?」
ベルナルードの身体を貫くように黒い針――この場合槍と表現するべきだろうか――が出現し、そして消える。
ほんの一瞬だった。
その一瞬で、ベルナルードの身体は動かなくなる。
痛みを感じたかどうかはわからない。その表情は苦痛に歪んでいるわけでもなく、ただ何が起きたのかわからない、といった感じであったので。
ここで殺したら死体の処理はどうするんだろう……キールはふと場違いな事を思い浮かべた。
ダンジョンの中であれば死体は放置しておけば勝手にダンジョンに取り込まれる。けれどここはダンジョンではない彼らの拠点だ。
こっそりダンジョンに捨てに行くにしても、いくらグリオ農村が長閑で人もそう多いわけではないとはいえ、全く人目に触れないなんて事はできるだろうか?
真夜中、であれば可能性はあるけれど、それでも絶対ではない。
夜遅くまで酒盛りして盛り上がってる連中もいないわけではないのだから。
けれどもキールの内心のそんな考えは意味がないのだとばかりにベルナルードの死体はゆっくりと崩壊していった。ざぁ、と音をたてたわけではないがそれは砂が崩れるようなもので、しかし砂のように残るわけでもない。細かく崩れ去っていったベルナルードだったものは、もう誰の目にもわからない程になってしまっていた。
「じゃ、次いこうか」
そんなルクスの声は、静まり返った室内で、なんだかとても遠くから聞こえた気がした。




