彼の葛藤
キールももう黙ったままではいられないと思ったのだろう。観念して話し出した事は、しかしルクスの予想とは異なる話であった。
内容的にはきっとよくある話だとは思う。
キールの両親とベルナルードの両親が知り合いで、それなりに仲が良かった事。その繋がりで幼い頃に面識があった事。ベルナルードの方が年上で、彼は早々に城で働くようになった事。
そこから数年会う事などなかったけれど、キールは両親が死んだ後アズリアと出会い彼女の弟子となり、そうして彼もまた城で働く事となった。
その時に彼は国の依頼としてダンジョン探索をするチームに選ばれたらしい。
とはいえ、魔術師であった事もあって役立たず扱いを受けていたようではあるが。
この時点ではベルナルードとあまり話す事もなかったようだ。キールがベルナルードの存在を認識していたのは城に入った時点ではあったけれど、働く場所が違い過ぎて顔をあわせる機会もあまりなかった。
キールがベルナルードと話をしたのは彼がチームの仲間たちから追放されて、ついでにアズリアも城から追い出される事になってしまった時である。
城から追い出されるとはいえアズリアが優秀であるのは一目瞭然で、彼女が他国へ行ったとしてもきっとやっていけるだろう、との算段はあった。他にも追い出された仲間たちと一緒というのもあって人手という意味では足りてるかもしれない。
けれど、この国からすればきっとそれは良しとはされないし、実際彼女を目の上のたんこぶくらいに思っている者は城の中にもそれなりにいたらしい。これはベルナルードから聞いた話で直接誰が、というわけでもないのでキールに詳細などわかりようもなかったけれど、その頃には城の中心で働くようになっていたベルナルードが言うのだからそうなのだろう、と疑う事なく信じてしまったようだ。
ベルナルード曰く、そういった者の中には過激派と呼ばれる者もいるようで、だからこそしばらくは大人しくしていてほしい……との事だったが、それを言ったとしてアズリアが素直に頷くとは考えにくい。
仮に彼女が引き連れていく仲間たちにも被害が及ぶとなったとして、多少躊躇いはするだろうけれど仲間たちの事だ、自分の事は気にしないでくれと言い出しかねない。
直接アズリアに被害が及ぶのであれば、アズリアは気にしなかったかもしれない。けれども魔術師たちがそれを良しとするはずもなく。その逆も同じであった。
魔術師たちも自分たちに害が及ぶ程度は覚悟していただろうけれど、それがアズリアに向けられるとなれば下手な行動もできそうにない。
ある意味お互いがお互いに身動きをとれないようにしている状態になるが、それだっていつまで続くかわからない。
この国を離れて少ししてから彼女に呪いが発動するように仕掛けてある、とはいえ、死ぬような呪いではなく解呪も可能なものだ。
他国で情報探らせてアズリアの動向を調べる相手も彼女が呪いで倒れたとなればそれ以上どうこうするつもりもないだろう、と言われキールはそうするしかないのだと言い聞かせた。
確かにアズリアはこの国を出ると決めた時点で、他の国でバリバリ活動してやるわよ! とばかりに息巻いていた。彼女の宣言通りに活動していては、彼女が目障りである人物が他国に紛れ込ませた部下を使って何をしでかすかわかったものでもない。
アズリアや魔術師たちだけに被害が及ぶだけならばいいが、同じ土地にいる無関係の者まで巻き込むことになってしまえば……と考えると確かにアズリアにはしばらく大人しくしてもらう必要があったのだ。キールにとっても。
アズリアに呪いがかけられている事に関してキールは誰にも言わなかった。言ってどうなるわけでもないし、仮にアズリアがそれを知って自らにかけられた呪いを発動前に解呪するなんて事になれば意味がない。
アズリアの呪いはキールにとって事前に知らされていた事態であったので、実際にアズリアが倒れた時もまだ安心しきっていた。解呪できないものではない。
けれど、最初から自分が何もかも知っていたなら仲間たちからすれば何故言わなかったとなるだろうし、原因不明の事としてまずはアズリアに関して仲間たちと調べる事にした。
事態が変わり始めたのは、ここからだ。
解呪できないものではない、というベルナルードの言葉をキールは素直に信じていた。精々解呪までにかかる時間は数か月程度だろうと、何の根拠もなく信じ込んでしまっていた。
しかし仲間たちと調べた結果、確かに呪いである事は判明したけれど今の時点で彼らにそれが解呪できるものではないという事になれば話は別だ。
この時点でキールは内心で大層狼狽えた。
多少手順が面倒であっても自分たちで解呪できるものだと思い込んでいたせいだ。
しかし調べれば調べる程、今のキール達ではどうにもできないという事実だけがハッキリしてしまう。
解呪するための術がわからない。色々調べた結果、そんな自分たちでもどうにかできる方法は最早秘薬に頼るしかないとなってしまった。
しかし秘薬を手に入れるにしても、ダンジョンに行かなければならない。
仲間たちから役立たずの烙印を押され追い出された彼ら魔術師たちが行ける範囲のダンジョンで秘薬など入手したなんて話もない。となれば、あるだろうと思われる上級者向けのダンジョンに行かなければならない。
どう手を打てばいいのかわからない、という時に比べれば目的ができた時点で他の仲間たちもやる気を出したものの、この時点で彼らが行けるダンジョンは中級者向けのダンジョンがやっとといった有様だった。それも攻略するにしてもかなり慎重にいかなければならないという、決して楽勝でもなんでもないという事実。
上級者向けダンジョンに行けるようになるまで、はたしてどれくらいかかるだろうか。
また、上級者向けダンジョンに行けたとして、そこで秘薬が見つかるのはいつになる事やら……
先の事を考えると、キールにはとても気の遠い話に思えてしまった。
今のペースでダンジョンに挑んでいったとしても、上級者向けダンジョンに行けるようになるまでに年単位でかかりそうだし、そこから秘薬を見つけるまでダンジョンに行き続けるにしても、いつ見つかるかなんてハッキリわかるものでもない。
遅々として進まないダンジョン探索、先が見えているけれどゴールだけがハッキリしない状況。考えれば考えただけこれから先の事に不安しかない。
アズリアの時間は止まったままだけれど、キール達はそうではないのだ。一年、三年、五年と経過していっても何の進展もなければ。今はまだいい。けれどいずれ体力は衰える。年齢とともに老いていく。
そうして、今いる仲間たちの中で最年少である者ですらもうマトモに動けなくなるくらいに年をとってしまったら?
そしたら誰が師を助けるというのだ。
ベルナルードに連絡を取る事も考えた。けれど相手は城で働いていて、自分はその国から逃げ出したようなもの。手紙を出すにしてもマトモに届くかも疑わしい。
ベルナルードがわざとキール達に解けない呪いをかけたとは思いたくなかった。
ベルナルードの中でキールの能力はかなり高く買われていたにしても、あまりにも過大評価。助けを求めて、そこで失望でもされてしまったら。
ベルナルードに連絡がついて、助けを求めて、そこでできると思ってたんだけど、と失望されてしまったとしても、ベルナルードが呪いを解けば師は助かる。けれど、今までの事も明るみに出るだろう。
仲間たちにも、師にすらも。
そうなれば今度はベルナルードだけではない。仲間たちからも、師からも失望されて今度はここから追い出されるのではないか。
本当の意味で一人きりになってしまうのではないか……?
そう思うと、ベルナルードを頼るというのも無理だった。
自己保身であるというのもわかっている。
けれどベルナルードだけではなく、同じ境遇になってしまった同士たちや師からも見放されてしまえば――自分が保てなくなるのではあるまいか……? キールはそう考えてしまった。
現状をどうにかできるだろうベルナルードに連絡を取る事を諦めた以上、自力でどうにかするしかない。仲間たちとダンジョンへ行き、どうにか攻略して行けるダンジョンを増やしまずは上級者向けのダンジョンに行けるようにならなければ話にならない。
しかしそこで振り出しに戻るかのように、遅々として進まないダンジョン攻略。強引に進んだとしても大怪我をするのは目に見えているし、怪我人を増やして行動できる者を減らすのも得策ではない。
ゴールは見えているはずなのに、決してそこにはたどり着けない堂々巡りの迷宮にでも迷い込んだ気分だった。
「このままのペースでダンジョンを攻略していても、何年経っても上級者向けダンジョンに行けそうにない……そう考えて、だからぼくは、師に決して使ってはならないと言われていた勇者召喚に手を出す事を決めました。仮に失敗したなら、本当に、もう諦めてひたすらダンジョンへ行くしかないなと思っていたんですが……
幸運にも、いえ、貴方たちからすれば不幸にも、召喚はなされてしまった。
これが、今まで貴方たちに言わなかった、いえ、言えなかった部分です……」
話している途中から徐々に俯いて、今ではキールの顔はすっかり見えなくなっている。俯いたまま語るそれは、まるで罪人の告白のようで。
周囲の魔術師たちもまた静まり返ってキールを見ていた。
アズリアの呪いについて知っていたという事実には何故黙っていたという思いはある。けれども、キールの話を聞いて全く理解できないわけではなかった。確かにアズリアは優秀であったのだ。優秀であるが故に邪魔に思う者も城には当然いたのだろう。
追放したからめでたしめでたし、で終わる思考の持ち主が追放したのであればまだしも、そうでなければ確かにすぐさま行動して目立つような事になればアズリアの身は危険に晒される。自国でかつて城に勤めていた魔導士が何者かに殺されました、では城で働く者たちにも何らかの嫌疑の目が向けられるかもしれないが、他国で命を落とすようであれば即座にかつての城の人間がやったに違いない、なんて事にもならないだろう。
キールの葛藤もまぁ、理解できないわけではなかった。
確かにあのままずっとダンジョンに行っていたとしても、中級者向けのダンジョンを突破して上級者向けのダンジョンに行けるにはきっともっと時間がかかったはずだ。
ステラたちが来たからこそ、彼らにもそれなりに一部の魔物と渡り合える武器が手に入ったし、ついでにカスタマイズ可能な武器も得た。そしてルクスからいくつかの魔術を教わり、クロムにも護身程度ではあるが武術も教わるようになった。
個人の戦力が底上げされるようになったからこそ、この中の数名上級者向けダンジョンに行けるようになった者だっている。
しかしステラたちがいないままであったなら、きっとそうなるまでにはまだ数年かかっただろう。
詠唱短縮できる部分などに気付ければいいが、恐らくそれに気付けるのもきっともっと先の話だっただろうし、生活魔術なんてものを覚える事ももしかしたらないままだったに違いない。
身体を鍛える事もそこまでしていなかったかもしれない。
今、あの頃を振り返ってみると確かにキールが葛藤するのもそうだよなぁ、としか思えないのだ。
五年後くらいにでも先が見えていればいいが、もし十年経過しても尚解決できそうな見込みがなければこの先どう頑張っても無理かもしれない、と思ったとしても何もおかしな話ではない。
というか魔術師たちの中でももしかしたらアズリアは二度と目覚めないのではないかと思っている者は若干名存在していた。それでもある程度付き合うつもりではいたけれど、そういった者たちは自分の中で何年経過して駄目なら手を引こう、とも考えていた。人によってその年数はバラバラではあったけれど、ステラたちがこなければきっといずれはそうして一人、また一人とこの魔術師団から去っていたのは確かだ。
そういった考えの者もいたので、この状態でキールに気軽に声をかける者はいなかった。
いや、声をかけるくらいはできるだろうけれど、何だかとても白々しいものになってしまいそうで声をかける事ができなかった、と言うべきだろうか。
何ともいえない空気が室内に満ちているのを感じる。
だが、そんな空気の中それでも口を開いた者がいた。
彼はこの室内に満ちている何とも言えない雰囲気なんて全く気にした様子もなく、ただ一言、
「なるほどねー」
空気を読むなんて知った事じゃないとばかりに声を発する。
まぁ、言うまでもなくルクスである。




