思ってたのとなんか違った
このままいけば間違いなくキールの吊し上げに発展する。
ベルナドットもクロムもそう思っていた。
ベルナドットもクロムもアズリアがどういった人物であるかなんて知らない。
直接見たのはこの世界に召喚されて、ルクスの言葉で一応確認しておきたいとか言い出したからその時に眠っているようにしか見えない彼女を見たきりだ。それ以降様子を見る事も何もなく、むしろ同じ拠点に存在しているという事すら忘れるくらいに二人にとっては関りのないものでもあった。
ただ、彼女を助けるために世界樹の雫を欲しているという事を理解している程度だ。
目的を把握しているものの、彼女に関して知っているというわけではない。
けれども、アビリティ至上主義らしいプリエール王国で、ここにいる魔術師たちが不遇な目に遭っていたのは聞いている。あのまま国にいたままであれば、きっとここにいる魔術師たちの大半は探索者としてマトモな活動ができるわけでもなく、そしてまた周囲からの笑いものにされ、尊厳だとか自尊心だとかプライドだとか、まぁそういった心の大事な部分をへし折られたまま潰れていったか、はたまたいいように周囲に使われてゴミのように捨てられていたことだろう。
今の面々を見る限りは身体も鍛えて何かもうその辺の剣とか持って戦う探索者と体格もそう変わらないようなのがいるし、とてもそうは見えないけれどこの世界に召喚された最初の頃の彼らのまま、きっと野垂れ死にしていた可能性は高い。
だからこそ、あの国を出て他の国で一からやり直そう、と手を差し伸べたアズリアに恩義があるという話を聞いて、理解できないわけではなかった。
確かにずっとあの国にいても自分たちにチャンスが巡ってくる、とはどうしても思えなかっただろう。
逃げ出すような状況に良しとするかどうかはさておき、一度折れかけた心を回復させるにしても、自分たちの周囲の状況を変えた方がいいのはわかっている。
あの国を出るにしても税金とかそういった問題点もあったようだが、それもアズリアがどうにかしてくれたらしい。
そうして新たな居場所を得たのだから、彼ら魔術師がアズリアに恩を持っているというのはわかる。
そしてアズリアの弟子でもあったキールをアズリアが呪いにかかり眠るようになってしまった後、仮のリーダーとして活動していたという話も聞いている。
途中で離脱してしまった者たちもいたけれど、それでも彼らは全員がアズリアに対して恩を感じていたし、だからこそ助けようとしていたのだ。
だが、ここにきて少しばかり状況が変わってきた。
アズリアが何らかの呪いにかかってしまったのは彼らも調べた結果としてわかってはいる。
けれど、それがどういう呪いで何をどうすれば解呪できるかまではまだわからなかった。
幸いにして彼女は眠るようにしているとはいえ、彼女の時間そのものが停止したようなもので、でも生きたままという状況で、とりあえず時間がかかったとしても大丈夫そう、ということしかわからなかったのだ。
何もわからない状況からそれだけわかるようになればある意味充分でもあったが、解呪に至るまではいっていない。
全然違う解呪方法を試した結果、呪いがより強固に、なんて話だってある。
だからこそ解呪には慎重にならなければならなかったし、それならば万能の秘薬とも言われる世界樹の雫を探した方が確実であったのは当時の魔術師たちの総意でもあった。
だが、それはアズリアが呪いにかけられた時点で何も知らない者たちであった、というのが前提である。
この時点でキールがアズリアの呪いについて知っていたというのであれば。
それは、キールが彼らを裏切っていたと言われてもおかしくない話になってしまう。
「あ、ごめん。今そういうシリアスな話じゃないんだけど」
魔術師たちの目がキールに向けられて、これから糾弾されかねない状況であったにも関わらず、しかしその状況を止めたのはルクスであった。
この状況を招いた人物がやらかしたという事で、周囲の魔術師たちも「え? 何どういう事?」とばかりに目を見開いている。
いや今絶対そういう流れだっただろ、とベラクルスは思ったが、下手にそう言ってルクスの矛先がこちらに向くのも何となく面倒そうであると感じたのでベラクルスはそっと口を閉ざした。
「あれ? もしかして私の見込み違いかな……? えーっと、ちょっと確認するけど、キール。きみ、呪いをかけたのが彼だってのは知ってたわけだよね?」
ルクスの肩の上でどうにか身を捩って脱出しようと目論んでいるベルナルードを指差して問いかける。
ちなみにルクスは片腕でがっちりロックしているので、ちょっとやそっと肩の上でびちびち跳ねたところで脱出できそうにないのは誰が見ても一目瞭然であった。
「……えぇ、知って、いました」
この状況で何を言ったところで誤魔化しようがない、というのは理解できたのだろう。キールはそっと目を伏せて、小さくはあるがしっかりとした口調でそう言った。
「けど、信じたく……なかったんです……」
「ん?」
それからすぐに続いた言葉に、ルクスは思わず肩の上に抱えているベルナルードを見た。それからキールを見ると、彼は俯いたまま膝の上に置いてあった両手の拳をぎゅっと握りしめている。
「師は、確かに優秀です。だから国を出た後、時間がかかったとしてもまたその存在はどこかで注目されるでしょう。けど、あの国がそれを良しとするとは思えない。だから」
あれ? と言い出しそうな表情でルクスはステラを見た。
視線を向けられたステラは、何でルクスそんな顔してるのかしら、とばかりに見ていたがそんな一瞬の視線でのやりとりに気付いたわけでもないキールはそのまま言葉を続けている。
「ほとんど賭けでしかなかったけれど、師を守るにはこれしかないと思っていた。
他国の情報であっても師の事が知られるまでになれば、あの国がどう出るかわからなかったし、だから、時間稼ぎの意味もあった。言って大人しくしてくれる師ではありませんし、それについてはその、意見が一致していたので」
キールの独白にも近い言葉に、周囲にいた魔術師たちも困惑したようにそれぞれが顔を見合わせていた。
「にいさんが、そんな呪いを扱う事ができていたなんて事も、そうする事でしか師を留めておけない事も、自分の無力さも、信じたくはなかったんです……」
どさ、という音がして魔術師たちが音のした方を見れば、ルクスの肩に担ぎあげられていたベルナルードが床に叩き落されたところだった。いきなりそんな行動に出るとは思ってなかったらしく、痛みに呻くようにしているがすぐさま跳ねる元気もないらしく縮こまっているベルナルードに一部から同情の視線が向けられはしたがそれだけだった。
「キール、一応聞いておきたいんだけど、もしかしてこいつとは昔からの知り合い?」
「え? えぇ、両親が親交のあった間柄で、幼い頃からの知り合いです。とはいえ、にいさんはぼくが物心ついてすぐに城で働く事になって長らく会う事もなかったんですが」
「そうか」
ぺしん、と自分の額を片手で軽く叩いたルクスの様子から、ステラは「あぁ、予想が外れてたんだな。珍しく」などと思っていた。
恐らくルクスが考えたのは、ベルナルードとキールが共犯であったという事なのだろう。
キールが異世界からの勇者召喚なんてものに手を出した理由はまぁ、言葉通りだろう。師――アズリアを助けるため。けれど、あの時点でステラたちはキールが何もかも真実を全て白状したわけではないと思っていたし、だからこそ何かはあるだろうとも思っていた。
その何か、がわからないままであったが、その時点での予想ではアズリアの呪いに関係しているか、もしくはアズリアの呪いを解くついでにステラたちを別の何かに利用しようと思っているか。恐らくはそのどちらかだろうと考えてはいたのだ。
もし呪いに関してであれば、その目論見はすぐさま解除可能であった。その気になればいますぐ解除可能なわけだ。
最終的に呪いを解除したい、というのが目標だとしてもその途中経過に何らかの思惑が絡んでないとも限らないし、解除するタイミング次第では向こうの思惑にまんまと乗せられる可能性もあるなと思えば、そう簡単に利用されてやるつもりもなかったステラたちはまず相手の出方を見るしかなかった。
呪いを解くというかアズリアを助けるという名目での世界樹の雫をダンジョンに探しに行く、という行動にこそキールの狙いがあるのであれば、共にダンジョンに行けばそのうち何かしら情報を漏らす事もあるだろう。そう思ってもいた。世界樹の雫目当てです、と言いつつもしかしたら他にも目当ての物がある可能性。それだって捨てきれなかったわけだし。
ステラは勿論、ルクスだってその可能性を考えてはいた。
だからこそ、キールが何をこちら側に言わないままであったのか、というのは一応探ってはいたわけだ。
キール一人の暴走であるのか、それとも仲間たちともいえる魔術師たちも関わっているのか。そのあたりでこれからこちらがどういう行動に出るかも変わってくるかもしれない。
ベルナルードがアズリアに呪いをかけていた、という事実を知ったのはステラからすれば割とついさっきの話だ。ルクスが彼を捕獲して、そこから聞いた話で知ったに過ぎない。
けれどもルクスは城に潜入してベルナルードを捕獲して情報を吐かせたりした時点で知る事になったわけで。
恐らくその時点で、キールとベルナルードが繋がっていて二人で共謀してアズリアに呪いをかけた、とかそういう方面で考えたのだろう。
プリエール王国は使えるアビリティ持ちの探索者を集め、国の依頼という形で彼らにダンジョンへ行ってもらいそこでいくらか必要なアイテムの探索もさせていたようではあるし、繋がりはないわけではない。
確実に献上しなければならない神器のような物以外はそれこそ依頼でも出さなければ確実に入手できるわけでもないし、国から多少の支援もあるのであれば探索者にも利はある。
キールがかつて国に依頼されていた探索者であった、という話はステラはあのダンジョンでかつての仲間とやらと遭遇した時にふわっと知ったくらいではあるが、ルクスの方はもしかしたら魔術師仲間たちから聞きだしていた可能性もある。
そういった小さな情報の数々を繋ぎ合わせれば、キールがベルナルードと繋がっていて裏でひっそり手を結んでいたという可能性に辿り着いても何もおかしな話でもなかった。
ベルナルードを捕獲してこの場に連れてきたのだって、恐らくはそう考えて本人を目の前に転がせば動揺して何らかの情報を追加で吐かないかと思ったから、というのもあったのだろう。
けれどもどうやらルクスが思っていたのとは全く別の方向性に話が転んでしまったらしい、というのはステラにも理解できた。
「あのさあ、ちょっとキール、意図的に私たちに黙ってた情報とか全部開示してくれる? 何か思ってたのと違うなっていうのは理解できたんだけどそれだけだから」
見ればルクスの表情は、先程までとは違いなんだかとても興ざめしました、みたいになっている。
ほんの先程までは一体どんなとんでもな野望を持っているんだろう。とかワクワクしていたのに。
そんなルクスの態度に周囲の魔術師たちも何か思う部分があったのだろう。
キールの言葉に一歩間違えれば他の魔術師たちとキールとの戦いが勃発しかねなかったというのに、今はすっかりそんな空気もなくなっている。
もしも途中で魔術師たちがキールに殴り掛かるような事になったら、一応止めるつもりでいたけれどその事態はどうやら回避されたようだ。
止めるつもりといっても実際実行するのはステラではなくベルナドットかクロムなのだが。
ともあれ、ここでだんまりを決め込むわけにもいかないとキールも観念しているようで、少しの間をおいてから彼は口を開いた。




