新鮮味が全くない
少しばかりの時間が欲しい、といったものの正直そこまでもったいぶる必要はなかったかもしれないな。
ルクスは内心でそう思いながらも、いやでも来て早々何もかもわかった! なんて言ってダンジョン突入するのもな……と思いなおした。
そもそも本来の勇者召喚をされた相手であればきっともっと時間が必要になったはずだ。
この術は本来自分が暮らす世界とは別の世界に住んでいる人間を召喚するものだ。
とはいえ、一応本来の術式にはちゃんと一定の条件が組み込まれている。
まずはある程度の文明がある事。折角異世界から勇者を召喚したといっても、例えばその勇者が文明以前の生活をしているような相手であればまずこちらの常識から叩き込まねばならないし、そうなれば折角召喚したとしても無駄な時間が生じる。
文明がそれなりに発展している世界から、というのが本来の前提ではあるのだ。
召喚した勇者が文明以前の生活していて腰蓑一丁で呼び出されてみろ、挙句そんな恰好で外をうろつかれてみろ。とても困る。いや、他人の振りをしてしまえばいいのかもしれないが、本当に完全に他人の振りができるかどうかは微妙なところだ。
見なかった事にして野生にかえすにしても、召喚者に残されたのはじゃあなんだ、という話になってしまう。
儀式のやり損だ。
言語に関しては術式の中で召喚者の世界の言葉が翻訳されるようなものが組まれているはずなので、意思の疎通ができないはずはないのだが、文明以前の言語もままならないような世界から召喚された相手がマトモな言葉を喋れるかは微妙なところ。
相手の言葉の意味を理解できていても、自分の言葉の意味が相手に通じない、という可能性がでてきてしまう。
異世界であるのだから、勿論こちらの世界とは異なる文明を歩んでいる可能性はある。
そういった場合であっても他の文明に関してある程度の理解ができる程度の知能の持ち主である事が召喚される側にも必須だ。
勇者、というものの、召喚された相手が戦えるかどうかは運だ。
一応いくつかの条件の元それに適した相手が召喚されるはずなのだが、場合によっては戦った事なんて生まれてこの方一度もありません、なんていう人物が召喚される事もある。
とはいえ勇者に適しているはずなので、そういった相手はある程度訓練をすればどうにかなると思われる。
ステラが聞けば「あぁ、高校生とかが異世界召喚されて何か特殊能力に目覚めたり付与されたりしてちょっと訓練した程度で何かすんごい力が目覚めちゃったとかいう王道物の異世界召喚ラノベ展開ね」なんて言いそうだが、ルクスは彼女にそこまで詳しく説明していないのでステラがそんなセリフを吐く事はなかったし、ルクスもちょっと意味が分からないんだけどなんて? というような事を呟く事はなかった。
ステラの発言のいくつかは正直クロノも理解できていないようではあるが、それでもニュアンスで汲み取っているので問題はないらしい。理解していると思えるのはベルナドットくらいのものだ。
ちなみにその勇者召喚の術はこの世界ではとっくの昔に禁忌とされて正確な情報は消失してしまったようだし、だからこそアズリアは興味を持ってしまったのだろう。
流石に使うつもりはなかったらしいが、弟子がその術を使ってしまったのだから目も当てられない。
何せ復活させたとはいえ、その術式は不完全。本来ならば成功するはずはないものだ。
とはいえ召喚自体は成されてしまった。
もしアズリアの意識があってマトモにこちらと会話できる状態であったなら、果たしてどう思った事だろうか。成功した事に対する達成感で喜ぶか、はたまた自己満足で復活させて使うつもりはなかったのに成功して召喚してしまった人物に対する後悔か。
キールはあれで素直に成功した事に喜んでいる側だろう。
大体、本来の術式には召喚された側は召喚主に対して逆らえないようなものが組み込まれているはずなのだ。しかしそれすら組み込まれていない。呼び出した相手が必ずしも従順であるとは限らないのにその対策をせずに呼ぶとか自殺行為もいいところである。
本来ルクスが住んでいた世界では勇者召喚なんてものは神族の話でふんわり知る程度であって、知る者もかなり少ない。だからこそ魔法陣が展開されたあの時、内心ではかなり驚いていたのだ。
あれって確か神々との協定あったはずなんだけどな……さてはどこか別世界の神族が喧嘩売りにきたのだろうか、くらいには思った。
いざ召喚されてみれば事故であったのがまるわかりだったので逆に拍子抜けしてしまったものだが。
大体こちらは従属の術が組まれているはずだったのにそれはないし、開幕クロムが召喚した連中ボコボコにしてるしで、挙句向こうは服従を選択してしまった。現状主従が逆転してしまったわけで。
キールは恐らくそれがどれだけ深刻な状況なのか、これっぽっちも気付いていなさそうだが。
てっきり神に弓引くような相手が宣戦布告を兼ねてやらかしたのかと思っていたが蓋を開けてみればなんともガッカリな展開である。召喚事故に巻き込まれる直前の心配とかその他諸々の心情を返してほしい。
本来ならば、戦に慣れ親しんだ相手を呼ぶわけでもなかった可能性もある。だからこそ準備のための時間は相手によってもっと多くとる必要があったはずだ。
戦闘経験がなければ一月、はたまた三月、流石に半年まではくれないだろう。ともあれそれくらいの時間がほしい、と言われる事くらいは想定していた……と思いたい。
実際ルクスが少し時間が欲しいと提案したものの、果たしてそれをキールはどう思っただろうか。
余計な事を知られずに済む、と考えているなら手遅れだ。
既にあの書庫にあった書物は全てルクスの頭の中にばっちり記憶されている。ついでに後々面倒な事になりそうな部分はこっそりと書き換えておいた。書庫の主はアズリアだが、彼女があの書庫の本の内容をどこまで把握しているかにもよるが……まぁ、内容が変更されている事に気付くのはきっと当分先の話になる。
翌朝、キールが様子を確認しに来るよりも早くに目覚めた一同は手短に支度を済ませ食堂へと赴いた。
食事自体は他の者とそう変わらない。質素ではあるが栄養バランスはそれなりの食事を済ませ、かねてよりの宣言通り建物の外に出る事にした。
とはいっても、本当にさらっと見ただけだ。
キール達の拠点がある場所は、やや寂れてはいるものの一応村と呼べる感じのものではあった。もしかしたら町なのかもしれないが、ルクスの目からは村にしか見えない。ついでに中心部にはダンジョンに続く入口らしきものもあった。とはいえ、恐らく難易度はあまり高いものでもなさそうだ。人気のあるダンジョンには連日探索者とやらが潜るらしいのでもっと人の出入りがある。
魔術師の一団、とキールも言っていたし、ダンジョン探索もそうスムーズでなさそうだし、難易度のあまり高い場所にはまだ行っていないのだろう。それは昨日の時点で察しているので別段何を思うでもない。
一通りこれから行くであろう場所を確認だけして、ルクスは一足先に拠点へと戻ってきた。
ステラたちは一応まだ見て回るそうだが、まず間違いなく面白いものはないのですぐに戻ってくるだろう。
一足先に戻ってきたルクスは拠点にいた他の魔術師たちに話しかけ、時として怪我の手当てをし、人手が足りていなさそうな部分の手伝いをし――
拠点の魔術師たちの大半を懐柔した。
懐柔というか、一部は信者化させた。
元々そういった口先三寸で言いくるめたり騙したりするのは得意な方だが、それにしたってちょろすぎる……!
内心でドン引きしながらも、手駒はあるに越した事はない。元の世界にはたくさんいるけど今は手駒ゼロだ。流石にステラやベルナドット、挙句にクロムを駒扱いするのは後が怖いのでやるはずもない。
部下、と呼ぶには心許ないがいないよりはマシだろう。部下よりも使い捨てたところで心も痛まない。
本当ならもう少し時間をかけてじわじわとこちら側に引き込むつもりであったのだが、思っていた以上にちょろすぎてルクスの予想以上に事が早く済んでしまった。ちなみに魅了系の術とかそういうのは一切使っていない。
もしかしてこっちの世界の人間てものすごくちょろいのでは……? などと思いながらも、どうせ弟が迎えにくるまでの暇潰しだ。そう思う事にする。
ちなみに弟でもあるクロノが迎えにくるのはあくまでもステラなのだが、その事実にはそっと蓋をする事にする。ルクスだけが異世界に召喚されていたとして、確実にクロノが来る事はなかっただなんて事は決して……決して考えない事にしておくのである。
ちなみにルクスがちまちまと拠点にいた魔術師の一団を懐柔している途中でステラたちは帰ってきたし、その反応も大体予想通りだ。異世界っていっても正直自分たちが住んでるところと大きく違うわけじゃない。
大きな違いはただ一つ。
どの町や村にもダンジョンが一つ存在している事くらいだ。
むしろそれさえなければ他は案外似たり寄ったりというべきか。
ルクスは思う。
正直もっと若い頃に呼ばれてたらもうちょっと新鮮な気持ちで楽しんだかもしれないけれど……何ていうか今更なんだよなぁ、と。
ちなみにステラもほぼ同時刻、同じような事を考えていた。
流石にダンジョンに潜る事に関しては既に何度も体験した後だ。新鮮味はこれっぽっちも存在していなかった。
若干新鮮な気持ちで挑めるのはこの中ではクロムくらいのものだが、恐らくクロムもそこまで楽しんだりはしないだろう。
そういう意味でもキールは呼ぶ相手を激しく間違えている。それを親切に教えてあげるつもりはこれっぽっちもないが。




