帰る前の一コマ
「正直な話、どうなるかと思いました」
アルドが仲間にしてくれ、なんて言いだした時、キールは危うく「えっ、やめてください冗談でしょう!?」と叫びそうになっていた。
正直いい思い出はない。
思い返せば思い返すだけ、なんというか……当時のぼくに今の力があればな……と思わなくもないのだ。
こう……魔物もろとも魔術で吹っ飛ばしたりしても誤射ですよね? という意味で。
当時は詠唱に時間がかかっていた。
詠唱をおかしなところでとちれば当然発動しなかった。だからこそ確実に、正確に、神経を張り詰めて発動だけはするように慎重に慎重を重ねていた。
結果として詠唱が遅くなり、そのせいで発動できる状態になる頃には大体魔物は退治されていたのだが。
仮に慌てて魔術を発動させたところで、術が暴発して仲間ごと巻き込むか、はたまた不発に終わるかだ。
そんな失敗を重ねていけばやはり余計に役立たずの烙印を押されていたのは間違いない。
正直、何度思い返したって全くいい思い出なんてなかった。
後の師でもあるアズリアと出会った事は別にして、かつての仲間だったアルドやバーグ、そしてケイターの事は思い出したところで「あぁ……」というなんとも言えない声くらいしか出てこない。
それは道端で潰れて死んでいる虫の死骸を見るような、そんな心境にも近かった。
決してどこかの町の中の酒場だとかで再会して、
「あっ、お久しぶりです」
だなんて親しげに声をかけようなんて思うはずもないのだ。
ましてやそこで挨拶から入って一緒の席について酒を酌み交わすような事になど。
ギリギリ評価できるのは、雀の涙程度とはいえ一応キールにも報酬は渡していた事くらいだろうか。
流石にその金まで巻き上げられていたら宿で寝ている間に魔術でこいつら殺して金目の物持って逃げようか、とか考えていたに違いない。ギャンブルにつぎ込んで借金重ねていたバーグは、キールのなけなしの金に手をつけようとまではしなかった。そこだけは評価する。
ケイターはダンジョンから戻れば自由時間の大半を娼館に費やすような色狂いとでも言うべき存在であったが、ダンジョンの中ではマトモであったし、他の探索者、それも女性と遭遇してもそこで口説きに走るような真似もしなかった。
性欲を解消するためにキールで代用しようなんてトチ狂った事を言い出す事もなかった。
キールは自分の顔立ちがどちらかといえば中性的である事を自覚している。
穴さえあれば構わない、とか言い出さなくて本当に良かったと思う。
いくら顔立ちがそう見えたとしても、キールは男だ。
ケイターもそこまで見境がないわけではなくて、本当に、本当に良かった。
アルドは常に何か食べていたような記憶しかないけれど、キールの食料を全て奪う真似まではしなかった。
一応、本当に最低限ではあったけれど食べ物はこちらにも分けられてはいたのだ。
ダンジョン内だと最悪魔物掻っ捌いて消える前に肉だけとってそれ食ってろ、とか言い出す日がくるのではないかと思った事もあったが、流石にそこまで酷くはなかった。
まぁ、でも。
そういった最低限マシな部分を思い出したところで、それ以外の部分で大体クソ、という評価が消えるわけではない。
人間誰しも短所は存在するけれど、普通に長所と思える部分をいくつか見た後で一つ二つ短所が目に付く、なんてのであればまだしも、マイナス面ばかり立て続けに見せられていればちょっと良い面があったとしてもそれだけで何もかもが帳消しになるわけもない。
いくらいい人だと思っていても、とんでもない短所があった場合その一つだけで「あ、もう無理だ」と思うような事だってあるのだから、一つ一つが許容範囲かもしれない程度のマイナス部分であったとしても立て続けに積もるように見せられてしまえばむしろ長所らしき部分がなかったらもっと駄目すぎるだろうとしか思わないわけで。
最悪あまりにも控えめな長所であれば大いなるマイナス面に隠れて気付けない事だってあるのだ。
あの頃に比べてアルドは人並みの体格になっていた。
あの頃は何ていうか、階段とか下に降りる時は転がっていけそうな気がするくらいに丸かったもんな……という感想しか出てこない。
今のアルドは最初アルドだと気づかなかった程度には、一般男性の体格、といった具合だった。
「だって、仲間に入れてどうするのよ」
少しばかり物思いに耽りかけていたところに、ステラの声が聞こえてキールの意識は引き戻される。
「アビリティが使えるから何? ダンジョンの魔物相手に有利に戦える? 別にそれ、アビリティのない私たちでもそうですけど?
事情も何も知らない相手引き入れるにしても、相手が裏切らないって断言できないと後々困るの誰って話でしょ」
「それは……確かに、そう……なんですけど」
「例えばこれから何かするのに人手がたくさんいるから、っていうので仕事として依頼出して雇うとかならあったかもしれないわよ? でも、ないでしょそういうの。
それにアビリティ至上主義なんでしょ? あの人。自分のアビリティが凄いものだと信じて一切疑ってなかったものね。
でも、ノーアビリティでもあるクロムと戦ったら間違いなく瞬殺されるわよ、あれ」
というか、正直な話ステラでも勝てる。
瞬殺とまでいけるかはわからないが、最終的に生き残った方が勝ち、とかいうのであれば間違いなくステラが勝つ。クロノが作ったお守りがなくても、だ。
「大体いくら実力があるからって言っても、私たちノーアビリティ組みと一緒に行動して、あの人納得できるの? 何か絶対途中で見下したりしてきそうだし。誇れるのアビリティしかないわけだから、いくら強くてもアビリティないとかどうなんですかね? とか言い出しかねないわよああいう手合い。
じゃあ、私たちじゃなくてキールの方で面倒見れるかってなったら、無理でしょ」
「ですね」
そう言われれば頷くしかない。
アルドが今更キール達魔術師団の中で仲間としていられるか、と考えればまぁ無理だろうなと思う。
彼からすれば役立たずの集まりだ。そこに混じる? そうなれば周囲から自分も役立たずとしかつるめない落伍者のような目で見られると思えば、そんな立場に甘んじるはずもない。
それにキールだって実力が確かであったとしても今更アルドと共に行動しようとはこれっぽっちも思わない。
大体、今は人並みに痩せたとはいえ、何かの拍子にまたあの暴食が通常化されてみろ。
食費だけで破産する。キール達の拠点はグリオ農村で、野菜だとかは安く手に入るけれど、かつてのアルドの事を思い出すと野菜だけの食事とか文句凄い言いそう。メインに肉があっても野菜の方が圧倒的に多いだけですっごい文句言いそう。
助けを求めてきた時点では普通の探索者だと思っていたけれど、彼があのアルドだと思うと今は前ほどではなくなったのかも? とは思うもののどうしても過去の思い出が消えないのでそっち基準で考えてしまう。
用心棒雇うにしても、アルドだけはないな。キールは考えるまでもなく却下していた。
「あぁ、じゃあ、余計な心配でしたね。ホッとしました」
それでもステラの口から無い、と直接言われるまでは本当に気が気じゃなかった。
「ところで、あとちょっとだけ時間あるけど他のダンジョンとか行く? 期日まではもうのんびりするとか、正直さっさと宿引き払って戻った方がいいような気がするんだけど」
ちょっとした時間潰しに立ち寄ったダンジョンではあったが、思った以上にサクッとクリアしてしまったのでまだ微妙に宿をとった期間的に余裕がある。
キールとしては世界樹の雫を入手したいのでダンジョンに行かないという選択肢はないのだけれど、しかし今からまた王都プリエールのダンジョンへ行くとなると今度は戻ってきたら部屋をとった期間は終了しているし、そもそもすんなり目当ての物が手に入るとも思っていない。
ダンジョンから戻って来て、疲れた状態で更にこの国からパルシア王国へ戻る手続きをするとなるともっと疲れそうなので、大きなダンジョンへは行くつもりがない。
それに、下手にまたダンジョンに行って今度は別の知り合いと遭遇するかもしれないな、と今更のように思い当たったのだ。
流石に立て続けにアルドと会うことはないだろう。
短期間で新しい仲間を見つけて早速ダンジョンへ、なんて仮にあったとしてもいきなり上級者向けダンジョンへはいかないだろう。
仲間になった探索者の実力にもよるが、上級者向けダンジョンへ行けるだけの実力者が仲間になったとしてもまずはお互いの腕を確認したり、連携がうまく取れるか練習がてら中級者向けのダンジョンへ行くだろうし。
けれどもアルドを切り捨てて他の探索者チームの所へ行ったらしいバーグとケイターと出会う可能性はゼロではない。
既にどこかのダンジョンで死にました、とかそういう話があれば別だがダンジョンの中で誰が死んだなんていう話、そこまで転がってるわけでもない。
「……正直、さっさと帰りたいなって思い始めました」
アルドと出会う事がなければ、もしかしたら他のダンジョンにも行ってみましょうか、なんて言ったかもしれない。けれども、かつての仲間だけではない。今度はモリオンのかつての知り合いとかそういうのと遭遇するかもしれない可能性を考えると――
とてもあちこち行ってみようなんて思えなくなっていた。
「そうね、それじゃ戻って今日は休むにしても、明日のうちに色んな手続き済ませちゃいましょう。
正直私もね、そこかしこで人間関係ギスギスした会話が聞こえてくるこの国、とっても居心地悪いから戻れるなら戻りたくなってきたの。まだ向こうの方がマシね」
宿に向かう通りから路地裏に続く道に入りかけたあたりで何やら揉めている声が聞こえ、ステラはやれやれとばかりに肩をすくめた。時々ならまだしも、この国に来て割とよく見かける光景ですらあった。
「……確かに、そうですね」
昔は当たり前の光景だと思っていたけれど。
確かにパルシア王国ではこんな光景日常茶飯事というわけでもなかった。
昔はなんとも思わなかったけれど、今はもうそれが当たり前だと思えなくなっていた。
昔といっても、この国を出てパルシア王国へ行ったのだってそこまで前の話ではなかったはずなのに。
「まぁ、さっさと戻って向こうでルクスとクロムが戻ってくるの待ちましょうか。多分それが一番マシな選択よ」
「だといいんですが……」
この国に来て早々に別行動すると言っていたルクスではあるが、何がどうなっているのかというのをキールは知らない。クロムも連れていかれたらしいけれど、どこで何をしているのか、というのは何一つ情報が入ってこないので本当に大丈夫なんだろうか、という不安はある。
けれどもいつ戻ってくるかわからないし、向こうから先に戻っていていいとまで言われているのであれば。
とりあえず何らかの成果はあるんだろうな、と思いたい。
「大丈夫ですよ、ルクス様ならきっと何らかの成果を持ち帰ってきます」
「ぼくはお前みたいに信頼はできないんだ……悪いけど」
モリオンの方が余程ルクスを信頼しているのもどうなんだろう……とは思ったが。
むしろ何があってそこまで信頼できてるんだろう、とも思ったが。
まぁ、何をどうしたところで結局は待つしかできないわけだ。
これで何の成果も得られませんでした、なんて言われたらとりあえず殴ろう。
キールは自分を落ち着かせるためにそんな風に思う事にした。
魔術の方が明らかに威力は出せるが、相手がルクスなのでどっちにしろ防がれるのが目に見えているので自分に被害が少ない選択でもあった。




