思い出補正もボイコット!
ぎゃんぎゃんとけたたましく吠えたてるアルドと名乗った男の言葉をどうにかこうにか翻訳してみれば。
とりあえずかつてキールと一緒に探索者として行動していた人物で間違いないようではあった。
ただ、キールの証言から今のアルドと当時のアルドとは姿がかなり異なっているようなので、キールも本当に本人か? と疑うのも無理のない話ではあったが。
かつての仲間、と言われても、キールが役立たずと言われ追い出された事を聞いているステラたちからすれば、正直アルドの心証はあまりよろしいとは言えない。
確かに使えない人物とダンジョンなんていう危険な場所に行けば足を引っ張られるだろうし、そうなれば自分や仲間の命も危険になるというのもわかっている。
ステラだって同じ立場になればこいつと組んでたら命がいくつあっても足りないぞ? なんて奴がいたらパーティ解散しようぜ、とか言い出しただろうし、アルドの気持ちが全く理解できないというわけでもない。
ただ、追い出した後でわざわざ彼らの風評を貶めるような事をしていた話も聞いているので、その部分でアルドには全く寄り添えないのも事実だった。
キール曰く、当時のアルドはもっと丸く、端的に言えば太っていたしもっと端的に言うとデブだった。
ただ、彼のアビリティは剣術に関するもので、実力はあったのだ。見た目がまるっこいだるまのようなデブであったとしても。
普通に考えてついてるのが筋肉ならまだしも、脂肪であっても問題なく戦えていたという部分でアビリティって凄いな、と思わなくもない。
剣術アビリティを持っているものの生まれてこのかた一度も剣なんて持った事ない、という相手でもそれなりの実力を得ているという話はこの世界に来てアビリティの話をルクスから聞かされた時にもちらっと言われたので、驚いたりはしなかったけれどそれでも動き回るのにとても支障がありそうなまんまるボディでも剣の達人レベルで動けるというのは色んな意味で凄いと思う。
激しい動きとかして戦って、腰はともかく膝とかに負担とかこなかったのかしら?
いくらアビリティが戦えるものであったとしても、そのアビリティが膝にかかる負担を軽減してくれるものでなければいずれ足が死んでいたのではなかろうか、なんてうっかり口に出せばかなり失礼な事も考える。
生まれつきふくよかな体質で、というわけでもなくキールの話からするとアルドは当時とても食事に執着していたそうなので、まぁ普通に消費カロリーよりも摂取カロリーが圧倒的に上回っていたに過ぎない。
更には食事のマナーもどちらかといえばあまりよろしいものではなかったそうなので、実力はあっても影で結構色々言われていたのだとか。
その話を聞いてアルドは若干気まずそうに「ぐぅっ……」と呻いていた。自覚があったというよりは、どこかで誰かにその事実を突きつけられたのかもしれない。
野良犬の方がまだ上品だった、とまで言わしめられればそりゃいずれどこかで指摘されるだろうなとも思う。
「キールの言うアルドと今のこの人、そうなると確かに見た目が違い過ぎるわね。一体何があって劇的ダイエットに成功したの?」
人間時代であれば多少は気になる話題であったが、今のステラは世界樹の精として復活し、本体は世界樹。つまりは木なのと、こちらの姿はそういう意味でいくら食べたところであまり変化しないのもあって、そこまで前のめりになって問いかけようとは思わなかった。
食べた分は大体エネルギーに回るけれど、脂肪になるとかではないので。
気にするべきは世界樹本体の方だ。そっちに大量に栄養剤だとか水だとかやりすぎればステラも体調を崩したりしかねない。まぁ、そこら辺は向こうにいる家族がきっちり管理しているだろうからそこまで心配もしていないが。
ステラの言う劇的ダイエット、という言葉にアルドは何だかとても嫌そうに顔を顰めていた。苦虫を噛み潰したような、というのはまさにこういった表情を言うのだろう、というお手本のようだった。
ぎゃんぎゃん喚いていたアルドではあったものの、キールの話を聞かされてそりゃまぁ気付けって方が無理だったか、と今更ようやく冷静になってきたらしい。とはいえ、話そう、という感じはしない。自分にとってあまり良い話ではないから言いたくないのだろう。そこら辺は流石に察した。
「あの、ところでバーグさんとケイターさんはどうしたんですか? さっきの仲間の人たち、違う人たちでしたよね?」
そんなキールの疑問にますますアルドの表情は苦々しいものへと変化する。苦虫噛み潰したっていうか、もう食べようとしていた食事に苦虫が異物混入していたレベル。危うく吐くんじゃないだろうか、と思えるくらいに酷い表情だった。
「…………た」
「え?」
「……した」
「え?」
「解散したんだよ!!」
小声でぼそぼそと喋るアルドに何言ってるのかさっぱりだったキールが聞き返したものの、それでもやっぱり聞き取れなかったので再度聞き返したら軽率にアルドがキレた。
キールとしては聞こえていてあえて嫌がらせで聞き返したわけでもないだろう。何せ近くにいたステラにもベルナドットにもよく聞き取れなかったのだ。この場にいる全員がほぼ聞き取れていないのだから、嫌がらせで聞き返したわけでもない。
アルドの方もあまり言いたくない事だったのだろう。気まずさから必然的に声が小さくなっただけに過ぎない。ただ、そのせいで聞き取る事ができずに聞き返されて、結局言いたくない事を何度も言う羽目になったわけだが。
「うるさいわね。そこまで大声じゃなくても聞こえてるわよ。さっきの声量くらいで言えばいいのにあえてぼそぼそ喋ってるのはわかるけど何言ってるかわからないレベルまで声おとすからこうなったんじゃない」
「う、それは、悪かった」
キールに言われていたらもしかしたら逆切れしたかもしれないが、ステラに言われたためかアルドはややたじろいだ。少なくとも先程までこの場を覆いつくさんばかりに存在していたゾンビの大半を葬った、というか浄化したのはステラだ。もしまたゾンビが大量に出た時に彼女の機嫌を損ねるのは不味いと思ったのだろう。
正直現時点で割と損ねている。
キールは最初何を言っているのかわからない、という顔をしていた。
事実本当にわからなかった。
アルド、バーグ、ケイター、そしてキール。
かつてこの四名でチームを組んでダンジョンに行っていた。
アルドは剣術の天賦の才というアビリティを持っていたために見た目に反してとても強い剣士であったし、バーグは鷹の目、というアビリティを持つボウガン使いであった。具体的にどういったアビリティかはわからなかったけれど、彼が狙った獲物を外した事はなかったので命中率とかそういうのに関係するアビリティだったのかもしれない。
ケイターは槍術の達人というアビリティ持ちだった。更には治癒魔術を少しだけではあるが扱えた。
近距離・中距離・遠距離の攻撃ができる相手がこうして揃っていた。
それもあって、キールがお荷物と思われるのも時間の問題ではあったのだと思う。
当時のキールは魔術を扱えこそすれど、詠唱短縮などはまだできなかったし、何より杖やロッドといった媒介を使おうとすると高確率で壊していた。確かに発動すればそれなりに有用ではあったかもしれないが、詠唱にかかる時間だとか、三人に比べると明らかに劣る体力だとか、色んな部分で彼らから足手まといだと思われる要素はあったのだろう。
だからこそ、お前がいてもいなくても大して変わらない、と言われて追放されたのは今更の話だ。
けれど、キールが抜けた後、この三人でダンジョンを探索するにしても、解散する理由がキールにはわからなかった。
何で? と今にも言い出しそうな表情のキールに、アルドも開き直ったのだろうか。
「解散されたんだよ!」
改めてそう叫ばれた。
「つまり、キールを追い出した後今度は貴方が追放されたってこと?」
ステラの問いかけにとてもしぶしぶではあったが、アルドは頷いた。
「どうして」
そして今度こそキールの疑問はほんの一瞬の間を置くことなくするりと口から出ていた。
「どうも何も、あいつら他の探索者チームと組む事にしたらしくて、オレとのチームは解散するって言い出したんだよ。取り分が減るとかで」
「あぁ……」
そう言われてキールは大体察したらしい。更なるどうして? という言葉は出てこなかった。
当時、キールが彼らと共に探索者としてダンジョンに行っていた時、ダンジョンで得た収入はほぼ三分割されて配分されていた。ほぼ、というのはそこから雀の涙程度の分をキールに渡されていたからだ。
キールも最初は文句を言った事だってあったが、けどあまり役に立ってなかっただろ、なんて言われてしまえば反論もできなかった。ましてや一人にそう言われるだけならまだしも、キール以外の全員がそう言うのだからそうなれば不満を訴えたところで、だったらもっと働いてくれよと言われて終わる。こっちはお前の何倍も働いて魔物だって大量に倒しただろうが、なんて言われてしまえばキールもそれに関しては何も言えなかった。
キールが魔術を発動させようとして詠唱している間に、まずバーグがボウガンで足止めしつつ仕留められるものは仕留めていたし、更に次にケイターが槍で足止めされていた魔物を貫く。その次にアルドが剣で残っていた魔物たちを一掃。キールが発動させようと思った魔術は、大半が不発に終わっていた。
だから大体報酬は三人で分けて、残った端数がキールに支払われるといった具合だった。
それでも時折ダンジョンの中で見つけた薬草だとか、少しでも換金できそうな素材を見つけていたのでキールはかろうじて食いつなげる程度の稼ぎはあった。かなりギリギリだが。
けれど。
その後今度はアルドが追い出された。
アルドにとっては納得のいかない話であったようだが、バーグとケイターからすれば当然だったのだろう。
取り分、という意味ではキールがいた時は余った端数だけキールに渡して残りを三分割していたわけだが、キールがいなくなったことで余る端数だとかもきっちり分ける事になる。
今まではキールがいたからあまり細かく言わなかった部分もあったのだろう。とりあえずあいつよりマシ、というスタンスであれば文句は出なかった。
キールは覚えている。
かつて行動していたとはいえ、彼らがロクな人間じゃなかった事を。
探索者としての実力を見れば確かに申し分なかったとは思う。
しかしアルドは食に貪欲で食堂などでは大量に注文し、そしてお世辞にも綺麗とは言えない食べ方で食い散らかしていた。食べても食べても満足しないとばかりに貪るその様は、たまたま食堂にやって来ていた他の客も顔を顰める程で。一部の店ではもう来ないでくれ、なんて言われた事もあったのだ。
アルドに関しては一緒に食事をしなければ、食べてる姿を視界に入れなければキールとしてはどうにでもなった。数日ダンジョンに潜る時はげんなりしたけれど。
荷物持ちとして運んでいた食料は、キールがひぃひぃ言いながら運んでもその大半はアルドの胃の中だ。キールはダンジョンの中では最低限の食事を与えられてはいたものの、それだって本当に最低限。
アルドの食事からおかずの一品でもこっちに回してほしいと思うような事は何度かあった。
食べても食べても満たされないからか、アルドは得た収入の大半を食事に費やしていた。
食べた分だけ血となり肉となり、なんてものであれば良かったが、大半は脂肪へ回っていたのは言うまでもない。
食事をするのに同行しなかったキールはかつて、店の外でとてもイヤそうな顔をしていた女性探索者が「この食堂いつから豚を客にするようになったのかしら」なんて言っていたのを覚えている。
視界の隅に入るのですらイヤだ、とばかりに嫌悪感たっぷりだった女性探索者は他にも色々と言ってはいたが、キールは否定できる要素もなかったし、そもそもアルドを庇うつもりもなかったのでそれは放置したが……
「卑しい豚」
そう言い残していった女性探索者のその言葉はもっとも的確だと思っている。
キールがいなくなったことできっとあの三人はもっときっちり確実に活躍した分で報酬を分けようとしたのだろう。そしてアルドはチームのリーダーだった。実力も確かにあったし、そういう意味で少しばかり他の二人より多く報酬の取り分を求めたのは容易に想像できた。
報酬が多くなればその分食事に費やせる。そうなればもっとたくさん食べる事ができる。
けれども、基本的に戦闘で魔物を倒す際、最初に動くのはバーグであり、その次に動くのはケイターだった。率先して倒しにいって、残ったおこぼれを倒したくらいでいい気になるなよ、というのが二人の言い分だったのだろう。その場にいないから知らないけど、キールの知る彼らを思い返せばそう言い出すのはそこまでおかしな事でもない。
対するアルドの言い分は、オレが倒したのはおこぼれじゃなくて、最後に残った大物だ、だろうか。
アルドだけが金を必要としているように見えるが、バーグはギャンブルに稼ぎのほとんどをつぎ込んでいたし、ケイターは稼ぎの大半を娼館に費やしていた。
(……今になって思うと誰も彼もロクでもなかったな)
どうして当時の自分は気付かなかったのだろう。
いや、気付いていたけれど、きっと見ないふりをしていたんだな。
今更のようにその事実に気が付いて。
とても今更ではあるが、キールはなんとも言えない気持ちに陥っていた。




