それは予想外の再会
かつて、ステラがウォーターガンを最初に使ったのはまだ世界樹の精だとかになる以前の話。人間だった頃の話だ。その時まぁ色々あって閉じ込められた館の中で魔物と呼んでも大差ない代物と戦う羽目になった事があった。
一体の実力は大した事がなかったのだが、地下室に施されていた魔法陣から何だか次々に同種のそれらが呼び出され、倒しても倒しても終わりが見えない、なんて時にステラが使ったのがウォーターガンである。
水の魔石を組み込んだ、魔力を注げば魔力の続く限り水を出し続ける事ができるという、本来の水鉄砲などを考えると水を追加したりしないだけでも何それチートじゃん、と言いたくなる代物。
聖属性の魔石も組み込んだため、そこから出る水は聖水と化し、描かれていた魔法陣はその聖水とあと洗剤によってみるみる落とされていった。
完全に深夜の通販番組のお掃除道具のようなノリで落とされていく汚れ――もとい、魔法陣。
その後はまったく使う機会もなかったのだが、世界樹の精として復活した後、やっぱり色々あって家族で地上界の海へ遊びに行った事があった。
その時に放置状態だったそのウォーターガンを少しばかり改良して、ついでに見た目もそれっぽくしたものが今ステラが手にしているウォーターガンである。
あの頃と比べると威力もそれなりに上がったし、完全に高圧洗浄機のようになってしまったのでうっかりそこらの人間にぶっぱしちゃうと大変な事になってしまうが、まぁ身内は頑丈なのが多いのでこれくらいしないとノーダメージであった。
そんな見た目はウォーターガン、中身は高圧洗浄機、みたいなおもちゃと呼ぶにはいささかどうなの? と言いたくなるようなそれを、ステラは周囲にいるゾンビたち目掛けて向けると遠慮も何もなくトリガーを引いた。
ぶしゃああああああああ!
同時に迸る、鉄砲水か何かかな? と言いたくなるくらい勢いに満ちた水。
聖属性の魔石を更に追加してしまった事で、完全にアンデッドとか命中しただけで召されるレベル。水を勢いよく放水したまま、ステラはゆっくりと身体の向きを変え全方向に聖水スプラッシュをかます。
「そういうのあるなら、もっと早く出そうぜ……?」
途端死んだ目になってベルナドットが呟いた。
まぁ無理もない。先程まで延々矢を射続けていたせいで流石にそろそろ手が疲れてきたとか言っていたのだ。もっと早くにそれ出してくれれば、自分の負担もっと減ったんだけどなー、となるのは言うまでもない。
勢いよく命中したゾンビは勿論、飛沫がちょっとかかっただけのゾンビもどんどん浄化されていく。
魔力を流し続ければ水はずっと出るし、ウォーターガンを持ったままじりじりと身体の向きを変えたりすれば、前方も後方もさして変わらない勢いで殲滅できる。射程もかなりの距離があるので、あっという間にステラたち周辺のゾンビは消滅したし、近づこうとしていたゾンビも射程内に入った途端召されていく。
「いやあねベルくん、人間楽する事に慣れてしまったら後が大変なのよ。ずっと苦労し続けるのも嫌だけど、それでも適度な苦労って大事だと思うの」
答えながらもステラは少しずつ移動しながらくるりくるりとステップを踏むように身体の向きを変えて全方向のゾンビを浄化していく。周囲に飛び散りまくった聖水が色んなものを浄化していったからか、気付けば何だかじめじめしていた気がするダンジョン内が何だかちょっとだけクリーンになった気がした。
とりあえず見える範囲のゾンビは大半消滅したし、悪臭も大分おさまったようだ。
ステラたちがやってきた時点でほとんど全滅一歩手前だった探索者たちはステラのようなマスクをしていなかったが、一応顔の下半分に布を巻いていた。とはいえそれは気休めといった程度のものにしか見えない。
実際気休めだったのか、浄化されてゾンビの姿がほとんど見えなくなったあたりで、生き残った探索者は止めかけていた息を大きく吸い込んで吐き出す。
深呼吸できる程度には周囲の空気も浄化されたらしい。
心なしか周囲の空間も何となく明るくなったような気がするが、それはまぁ気のせいだろう。
「た、助かった……いや、マジで死ぬかと思った……」
剣をおさめてそう言った探索者はがくりと膝から崩れ落ちた。命の危機的状況を乗り越えて安堵が勝って力が抜けたのだろう。それから少し遅れて仲間たちの存在を思い出したようだがその頃には既に死んでしまった仲間たちはダンジョンに取り込まれていくところだった。
「今は周辺のゾンビも全滅させたから少しの間は安全かもだけど、多分のんびりしてられる時間はそんなないはずよ。どこからともなく湧くもの」
「あ、す、すまない。こんな事を頼むのはどうかと思うのだが、最下層のボスの所へ行ってダンジョンを出るまで同行させてくれないか!?」
この通り! と頭を下げてくる探索者に、ステラはベルナドットと顔を見合わせてそれからキールとモリオンを見た。
確かに彼一人ではどうにもならないだろう。
状況的に詰んでいる。
今はゾンビも倒したけれど、そのうちまた大量に湧くだろうしそうなれば今度こそ一人で戦うしかない状況となれば、下手をすればあっという間に囲まれて先程の仲間たちと同じ末路を迎えるのは目に見えている。
引き返すにしても途中にいた階層主のところまでは遠く、近いのは次の階層、最下層にいるボスだ。少なくともそちらへ向かった方がまだ生き残る可能性はある。とはいえ、一人だけであればその可能性もとても低いものではあるのだが。
このダンジョンに出る魔物は全部が全部ゾンビである。
それはもう何かの手抜きか? と言いたくなるくらいゾンビしかでない。
死んでるけれども動く死体、という意味で人間の姿をしたもの以外にも動物のゾンビとか出ればまだしも、全部同じだ。
そのくせ倒すと出る魔物コインは銀色だったり金色だったりと若干の偏り。
強さもさほど変わらないので、そういう意味ではカモではあるのだが……まぁ、油断した場合は目の前の探索者たちチームのようになってしまうわけだ。彼らが本当に油断したかどうかはさておき。
途中にいた階層主もゾンビだった。
とはいえ、そこらに出るゾンビと比べてやや身体の大きな個体ではあったし、やっぱり階層主を倒すまではどこからともなく配下ゾンビとでも言うべきものが湧いてきたが。
実力に自信があるのなら、配下ゾンビを延々と出して魔物コインをガッポガッポ、という戦法もとれるがまぁゾンビなのでいつまでも延々顔を合わせて戦いたい相手でもない。
唯一の救いである安全地帯は悪臭も漂っていない完全なる安全地帯であるのでむしろそっちを目当てに階層主と遊んでいる暇などないとばかりに早々に倒してきたけれど。
最下層にいるボスもゾンビであるというのはステラたちも薄々理解はしている。
ただ、普通のゾンビと比べて若干何らかの捻りを加えられてるんだろうな、と思うだけだ。
けれども目の前の彼にとっては普通のゾンビも今では脅威だろう。何せたった一人。仲間がいればまだしも、一人だけとなれば周囲にゾンビが湧いた時点で囲まれる前にサクサク倒していかなければならない。
とはいえ、そう簡単にいけば苦労はしない。というか仲間も死んでなかっただろう。
既に死んでるだけあって痛覚なんてものはないのでちょっと斬ったくらいでは怯む事もなくひたすらに獲物目掛けて襲い掛かって来る。
一撃で倒せればいいが、普通の人間ならとっくに致命傷レベルの傷を負わせてもまだ動く。
何度か攻撃を叩き込んで動けなくなるまでにダメージを与えなければならない。普通の探索者が倒すのであれば。
これが魔術での攻撃なら焼き払うだとか、凍り付かせて動きを止めてその隙に逃げるだとかもできるのだけれど、生き残った探索者は魔術を使えそうにないし、仲間たちも見た所完全に前衛職と呼ばれるようなものだった。
(ゲームなら脳筋プレイでも問題なかったのかもしれないけど、ここにきてその弊害が……とは流石に言っちゃダメよねぇ……)
完全に他人事のように眺めていたが、とりあえず返事はするべきだろう。
「つまり生きて帰るのに助けて欲しいって事よね。私はどうでもいいけど、皆は?」
「俺も構わないぞ。こっちの足を引っ張らなければ」
「まぁ、見捨てるのもちょっと罪悪感ありますし……ステラ様とベルナドット様が良いなら構いません」
ベルナドットとモリオンが即座に頷く。
残るキールへ視線を向ければ、彼はどこか戸惑ったようではあったけれど、
「事情が事情ですから、今回限りは……という事で」
一応同意の意を示す。
「ん? その声……もしかしてキールか……?」
その声に下げていた頭を上げて探索者は彼へと視線を向けた。
「なんだそのダサい眼鏡……いや、っていうか、何でお前がここに? ここ上級者ダンジョンだぞ!?」
信じられないとばかりの反応を見せた探索者に、しかしキールは困惑している気配はあれど何かを言うでもない。言葉が出ない、というよりは、相手が自分の事を知ってるようだけどこっちは知らないな……誰だ? といった雰囲気すらあった。
「あの、失礼ですがどちら様で……?」
「はぁ!? 何忘れてんだよお前! オレの事忘れたとかどういうつもりだ!?」
信じられないとばかりに探索者は立ち上がった。
彼がキールに気付かなかったのはどう考えてもクソダサ眼鏡のせいだろう。
正直これのせいで顔の造形がどうだとかいう以前にとにかくクソダサ眼鏡に意識が向くので、最終的にそこらの探索者がキールの事を思い出そうとすればどういう顔してたかは覚えてないけどとにかくダサい眼鏡かけてた、という証言にしかならないはずだ。
実際そこらの探索者に何かダサい眼鏡かけてるあの人、と言えば大体はあぁ、あの! と理解は示すもののそれ以外の特徴はあまり出てこない。
クソダサ眼鏡の人、で通じるがそのせいでというかおかげでというか、キールの名はあまり知られていなかった。むしろその眼鏡の存在感がありすぎて、彼がかつてこの国で、仲間から追い出された魔術師であるなんて気付く者は出てこなかったのだ。
まぁ、アビリティ至上主義、みたいな部分があるこの国だ。
切り捨てた役立たずなどいつまでも覚えていないだけかもしれない。
けれどもどうやら彼はキールの事を知っている人物だったらしい。
「お前……まさかかつて共にチーム組んでたアルド様の事忘れたわけじゃねぇだろうなぁ!?」
そんな風に言って詰め寄る。
確かにかつて共にチームを組んでいた、というのであればキールの事を知っていてもおかしな話ではない。
けれども、キールの反応はなんだかとても微妙であった。
「アルドさん……? えっ、いやぼくの知るアルドさんは貴方のような人ではなくて、もっとこう、みっともなく肥え太った肉だるまみたいな人でしたけど……? あの、アルドさんの御親戚とかそういう……?」
目の前の本人が名乗っているにも関わらず、本当に本人か……? と疑う始末。
みっともなく肥え太った肉だるま、なんて言われたアルドは最初何を言われたのか理解できずにぽかんとした顔をしていたが、言葉の意味を理解した直後何とも言えない鳴き声――いや、奇声を上げていた。




