遭遇 生存者
ステラたちがやってきたのは十四階層。
つまりはこのダンジョンのボスが待ち構えている階層の一つ手前だった。
流石に疲れてきた、とは言ったもののそこで諦めたら命も終了なのでどうにか先へと進んできたけれど、もう正直さっさと帰りたい。
確かに攻略は容易かもしれないけれど、労力がとんでもない。
もっとこう……大した稼ぎにならないようなところでも景色がいいとかまったり進めるとかそういう、気分転換に丁度いい感じのダンジョンが良かった。
とはいえ、ギルド職員に悪気があったわけでないのは言うまでもない。
探索者なんてダンジョンに入って稼いでなんぼ、みたいな部分もあるのだから、ステラたちがお勧めのダンジョンってあります? なんていう質問に的確に答えただけだ。ステラたちの思うダンジョンと職員の思い浮かべたダンジョンにちょっと差があっただけで。
もっとこう、事前にある程度時間を潰すのが目的で、稼ぎとかはあまり気にしないで気晴らしになるようなところ、なんていうダンジョンありませんか? とか聞いていれば別のダンジョンを勧められたはずだ。
流石にその質問でここをお勧めはされないだろう。された場合はもうあの職員と分かり合えない。
「もうとっととボス倒して帰りましょうか……」
「ですね」
「賛成ですぅ……」
見ればキールとモリオンも大分ぐったりしている。
今までと違って今回は主戦力とみなされているわけだし、そりゃそうなるよな、というのも当然か。
今のところ誰も怪我をしたりはしていないので、本当に精神面での疲労だけだ。色濃いのは。
ダンジョンの内部は地図が既に売り出されていたし、それを見てある程度進んできた。
そもそもあんな大量にゾンビが出てくるのなら、地図を確認する余裕があるかも疑わしいが、それでもステラはあまり動かず大半を見物していたので地図を確認してルートを把握して次こっち、その次あっち、と指示する役目に回っていた。というか、私も戦いましょうか? と乗り気で短剣片手に参戦しようとしたらベルナドットに止められたに過ぎない。
ここでうっかりステラに攻撃が向けられてクロノが作った防御系アクセサリーが発動でもしてみろ。最悪ダンジョンもろとも崩壊しかねない。そういう意味で止めたベルナドットはナイス俺! ファインプレー! と誰も褒めてくれないのは理解していたので内心で自分を盛大に褒め称えた。
少し前にステラの持っている短剣を無謀にも盗もうとした探索者がいたけれど、あれはただ盗もうとしただけでステラに危害を加えようとしなかったからお守りが発動しなかったに過ぎない。もし盗みついでに危害を加えようなんてやらかしていたら、片腕が焼けただけで済むどころではなかった。最悪あの瞬間、ジュッという音を立てて蒸発していたっておかしくはなかったのだ。
それでなくとも人間だった頃だって割かし物騒思考だったステラが、今はもう人間卒業してるわけだからあの時自分が口を挟まなかったら考える間もなく人間キャンドルショーが開催されていた可能性だってある。
内心正直な話敵に回らなければ割と無害です、とかいう触れ書きでも出しておいた方がいいんじゃないか。そんな気がしている。
もう少しで次の階層で、そこから少し進めばボスが待ち構えている。それを倒せば帰れる。
それだけを支えに足を動かしていたベルナドットたちであったが、その足は一瞬止まってしまった。
進行方向、まだここからは肉眼で何があったのか確認できないが、とにかく向かう先でとんでもない悲鳴が聞こえてきたために、ほとんど反射的といってもいい。ベルナドットもキールもモリオンも同時に足を止めていた。
「あー、こりゃ食われてるわね」
少し遅れて一度立ち止まったステラだけが、とても冷静に場違いなくらいのんきな発言をしている。
「食われてるわね、じゃないだろ……えっ、それじゃこの先に俺たち以外の探索者が、って事だよな? どうする? 一応急いで向かって救出するか?」
「間に合うかしら……?」
流石に一人だけでこんなダンジョンにやってくるとか普通の探索者であれば自殺行為もいいところだ。聞こえてきた絶叫は声からして一人だけ。恐らくは近くに仲間もいるのではないか、と思われる。
ゾンビに遠慮とか気遣いなんてものはない。獲物に接近して噛みつく事ができたなら、それはもう遠慮も何もなく全力で肉を食い千切ろうとするし、そうなればやられた側は当然叫ぶ。多少の痛みならまだ我慢もできるだろうけれど、流石に生きたまま食われかけている状況でそんな我慢ができるはずもない。
声をあげて音を発生させて、更に他の所から別のゾンビを呼び寄せるような事になると頭では理解していたとしても、許容量を超えるような痛みと、生きたまま食われるという本能的な恐怖。そういったものから本人の意思など関係なしに口からは絶叫が迸る。
恐らく近くにいる仲間から声の一つや二つはかけられているとは思うが、それを上回る声量で叫んでいるのだろう。ステラたちのいる場所からは叫び声しか聞こえてこない。
間に合うかしら? なんて言っていたステラも一応足を速めてそちらへと向かっていた。
辿り着いた時点で一名は完全に手遅れだろうと思うのだけれど、残りの仲間も駄目でした、というのも何となく嫌な気分だ。ステラたちの知らない場所で勝手に死んでるのであればどうでもよいけれど、居合わせてしまった以上は一応駆けつけておくべきだろう――そんな、ある意味投げやりな考えで。
そうして辿り着いた先は、開けた場所であった。
いっそ狭い通路であれば、と思ったがどちらにしても絶望的な状況である事に変わりはない。
狭い通路であったなら間違いなく通路の両方をゾンビに塞がれて身動きがとれない状況になっていただろうし、開けている場所であっても埋め尽くさんばかりにゾンビはいる。
そこに、確かに探索者たちはいた。
ゾンビに囲まれて逃げ場もすっかり失った状態で、それでも必死に自分の周囲に近づけまいと剣を振るう者が一名、既に叫ぶ気力もないのか時折小さな呻き声のようなものを出しながらもゾンビに食われている者が一名。そこから少しだけ離れた位置に、既に事切れている適度に食い散らかされた探索者だっただろう者が二名。
生存者は現状二名ではあるが、そのうち一名はじきに死ぬなと思えるもので。
ついでに約一名かろうじてまだ無事な者もこのままでは死ぬのは時間の問題だろう。
ダンジョンで探索者たちが全滅する典型的な状況、といったところだった。
入ってすぐだとか、ある程度引き返せるような場所で怪我をしてポーションも尽きた、とかそもそも最初から数が不足していた状態で来てしまった、なんていう開幕から運がなかった状況だとか、それとは逆に自分で自分の首を絞めるようなやらかしだとかでピンチに陥る者はそれなりにいる。
入ったばかりでそこまで深く潜っていないのであれば、まだ引き返せる。
この時点で仲間が全滅するのであればそれは実力が圧倒的に不足しているというだけの話だ。
こういった状況で引き返そうとして無事に帰れない、なんて場合もあるにはあるが浅い階層であれば全滅する可能性はまだ低い。低いだけであってゼロではないのでここで全滅するのであれば実力と運が圧倒的に無かったというだけの話になる。
転移装置を使わず引き返そうとして、途中で仲間の一人や二人が死ぬ、というのがこの場合よくある展開だ。
全滅する事が多いのは、むしろ戻るよりも先に進んでこの先で階層主やボスを倒して転移装置を使う方が確実に帰れる、という状況の時だったりする。
戻るにしろ進むにしろ、どっちにしても同じくらい危険な状態だと進む事を選ぶ探索者は多い。
ステラたちの目の前にいる探索者もそのパターンにまんまと陥ったのだろう。
実際十五階層までしかないダンジョンの、ここは十四階層。あと一階下に降りて、そうしてボスを倒せば帰れるとなれば進んだ方が確実に思える。
というか、この状況で引き返す方が帰れないかもしれない、と思えるには充分な状況でもあった。
どこからともなく湧いてくるゾンビ。引き返すとなると今まで後ろからしつこくしぶとく追ってきていた奴らと今度は戦う事になる。先に進むべく進行方向のゾンビは多少数を減らしているけれど、戻るとなれば更に多くの敵を相手にしなければならない。
これが一つ手前の階層主を倒した直後であればそちらに引き返した方が確実に戻れたけれど、ゴールは目の前、といった状態でより遠回りになりそうなルートを選ぼうとはなるはずもない。
流石にこの状況でのんびり「助けましょうか?」なんて声をかけるわけにもいかない。事態は急を要する。探索者に気付かれない程度に小さなため息をつきつつも、ベルナドットは弦を引いた。
「っ!? 探索者か!? 助かった……!」
剣を振っていた探索者がどこかホッとしたように言うが、この時点でかろうじて生きていた方からは呻き声すら聞こえなくなったしぴくりとも動かなくなった。この時点で生存者は二名から一名へと変更になってしまったが、ゾンビに群がられて噛みちぎられれば助かる可能性は低い。
これが他のダンジョンでそこまでゾンビも多くなければ話は変わっていたかもしれないが、逃げ場もないくらいに囲まれた状態ではそうなるのも自明の理といったところか。
例えばステラたちがここに来なかったとして、この唯一の生き残りがどうにかしてこの場を脱出したとして、だ。
一人だけで先に進んだところで早々にゾンビに囲まれるだろうし、それを潜り抜けてダンジョン最下層のボスに挑んだとして。
勝率は限りなく低い。
いくらこのダンジョンがギルド職員の攻略するには手ごろなところですよ、のお勧めダンジョンだとしても一人で攻略は流石に難しいだろう。
仮にたった一人切り抜けたとしても、ステラたちがこなければ彼はここか、次の階層のどちらかで死んでいた。それはどう足掻いても確実だった。
「流石にちんたらしてたら私たちも彼らの二の舞になりかねないわね……」
ステラたちがこちらへ向かってくる時に、ステラたちを追いかけていたゾンビもそろそろ追いつこうとしている。最初にここにいたゾンビと、更に追加で増えるゾンビ。速やかに倒さなければステラたちもここでロクに身動きがとれなくなってしまいそうだ。
「……仕方ないわね。とっておきを出しましょうか」
「そんなのあったか!?」
何それ知らない、とばかりにベルナドットの声が飛んできたが、ステラはそっと鞄に手を突っ込んでそのとっておきを取り出した。
キールとモリオンも魔術で周囲のゾンビを焼き払い、吹っ飛ばし、どうにかこれ以上近づけないようにしながらもステラのとっておき、という言葉に彼女が何を取り出すのかと意識をそちらへ向けていた。
そして取り出された物は――
「前回夏のビーチで活躍して以来だったから、デザインそのままなのもあって何だかここではとっても浮くわね……!」
がしゃこん、なんて音を立てて構えたそれは、どこからどう見ても海水浴などで使われる事もあるちょっと勢いよく水が出てくる遊び道具――平たく言えばウォーターガンであった。
ステラの言葉通り、夏のビーチで使っていたためか、そのボディにはいかにも夏、といった感じのペイントが施されており、海水浴場などで遊ぶ分には何の問題もなさそうだが、ゾンビはびこるこのダンジョンでは……
言うまでもないが、大変その見た目は浮いていた。
むしろ違和感しかない。
現に何を取り出すのだろうと注意を向けていたキールもモリオンも、えっ、それがとっておき……? と言わんばかりだ。
「あるならもっと早く出そうぜ……」
ただ一人ベルナドットだけが、呆れた様子を隠す事なく口に出して、俺もう疲れたからあと任せるな、というなり弓をしまい、完全に傍観の流れに入っていた。




