そしてまた一人
「少しの間、クロムかベルを貸してほしい」
ダンジョンの最下層まで行って無事攻略して帰ってみれば、宿にはルクスが待ち構えていた。
戻ってきたばかりのこちらを見るなりそう言い出したので、一体何事かと思う。
「クロムかベルくん? えぇ……一体何してんの?」
「まぁ、ちょっと。それで、どっちを貸してくれる?」
「じゃあクロムで」
「オレ!?」
即決した結果、何で!? とばかりにクロムから声が上がったが、ステラからすればその何で!? が何で? だ。
「だってベルくんは最終的に私のストッパーみたいな扱いでしょ? 止められるかどうかは別としても」
「わかってるならせめて俺がストップかけたら止まれ。突っ走るな」
「止まる止まらないに関わらず結果は同じ事よ。でも、じゃあクロムが残ってベルくんを送り出したとして、クロムにベルくんと同じような事できると思う?
母さんのやる事だし……みたいな感じでスルーして止めるとかしないんじゃないかしら。まぁクロムがストッパーになっても止まるかどうかはその時の私次第だけど」
止まるかどうかはさておき、制止するかどうかが重要である。
「あと、一応私たちのチームのリーダーってベルくんでしょ? じゃあできればこっち側に残した方がいいんじゃないかしら」
「ふむ、確かにクロムの方が適任か……じゃあクロム、この後すぐ用意して出る準備を」
「えっ、伯父さん!? 何するつもりでそんな事言ってんの? 説明、せめて説明して。オレたち今ダンジョンから戻ってきたばっかで風呂とか入りたいし飯も食いたいしぶっちゃけ休みたい」
「生憎時間が惜しい。これは私の、というよりは、ステラたちのという意味だ。クロム、説明については後でする。ごたごた言わずに準備したまえ」
「えぇ……わかったよ、ちゃんと後で説明するんだよな!? なんかわけわかんない状況に叩き込んで察しろ、っていうのは説明って言わないからな!?」
言いつつ生活魔術の洗浄でざっと整える。
ほんの数秒で終了した支度に、ルクスは特に何を言うでもなく部屋を出る――直前で振り返った。
「あぁそうだ。この宿、期間は一月でとっていたね。その後は延長する必要もないよ。期間内じっくり残るのも良し、そうでなくとも期間が終わったら拠点に戻っていてくれると助かる」
「え、ちょっとルクス?」
「私たちが戻っても戻らなくても、戻っていてくれて構わない。では」
「……行っちゃった」
ほとんど一方的に通告して、ルクスはクロムを引き連れて出て行ってしまった。
少し時間をおいて、なーんちゃってー、みたいなノリで戻ってくる様子もない。
いやまぁ、ルクスがそういった冗談をする事はまずないのだが。むしろルクスの冗談は笑えないものの方が多い。ステラが想像したなんちゃってー、はむしろまだ微笑ましく笑えるレベルだ。
「ダンジョンの中で数日経過してたわけだから、まずは一月、でとった宿の期間はもう半分以上過ぎてるわけだが。戻って構わないっていうのはどういう事なんだろうな?」
「情報交換とか何にもしてないものね。でも、ルクスがそう言うならある程度どうにかなってるって事でしょ。
え? なってないとかないわよね? 何の成果も得られませんでした、は流石にないと思うのだけれど」
「……まぁ、税金の話聞いたら長々滞在しようとはならないから、ルクスの申し出はそうなんだけど……」
何も言われず数日戻ってこない状態で、まず一月が経過したとしよう。
そうなればルクスが戻ってくるまで更に宿の期間を延長する事になっていた。
だからこそベルナドットが言うように、ルクスの申し出は確かに言われておいて良かった、と思えるものではあるのだが。
「……キールとモリオンになんて説明すればいいのかしらね」
進捗どうなってるかわかんないけどルクスが戻っていいって言ってたから帰りましょうか、で素直に納得されるとは思えない。
そもそもこの国に来た理由は一にベルナルードに関して調べる事。二にアズリアの呪いについて調べる事だ。
本音と建て前に理由が存在してるものの、何の説明もされていないのでどっちがどうなっているのか、というのもさっぱりである。
「……すぐに宿引き払って戻ろうぜ、は流石にキールもモリオンも何で? となるだろうから、とりあえずあと数日期間内はいるとして」
「そうね。で、延長無しで一度戻っていてほしい、と言われた、で戻ればいいんじゃないかしら」
今すぐ戻る必要性をあまり感じないし、何より戻るための理由もない。
この国にいてあまりにも胸糞、とかいうのであればまだしも、なんかギスギスしてるわねぇ……と思う事はそれなりにあってもそれが決定的な理由にはならない。
それなのに今すぐ戻りましょうそうしましょう、なんて言ってもキールからすれば不自然すぎて必ず突っ込んでくるだろう。
「ルクスからそんな感じで言われたけど、とかいうにしても、戻ってきたばっかだしキールもモリオンも多分今とても疲れてるだろうから、話は明日でいいわよね?」
「そうだな。俺も疲れたし今日はもう何もしたくない」
言うなりベッドに倒れ込んだベルナドットにステラもそれ以上何も言わなかった。
四十階層から先の階では空を飛ぶタイプの魔物がやたら多く出るようになったせいで、ベルナドットはいつも以上に活躍していた。キールやモリオンも魔術で魔物を撃ち落としていたけれど、ベルナドットはその何倍も働いたと言えよう。
ステラも自分のベッドに腰かけて、これからの事を考える。
プリエール王国、王都と言えるこの地のダンジョンに入ったのが、この国に来て二週間が経過したあたり。
そこからダンジョンの中で数日経過して、帰ってきたのが今。
とりあえずあと一度くらいはここのダンジョンに行けない事もないだろうけれど、クロムが抜けたので今回と同じように進めるとは考えない方がいいだろう。
ステラとベルナドットはなんとも思わないけれど、キールとモリオンは流石に更にもう一人減ったという状況下でまたあのダンジョンに行けと言われて「やったー、がんばるぞー」なんてノリで行けるはずもない。
仮にここのダンジョンにもう一度行って戻ってきたとして、期間ギリギリだろう。
ヘタしたら部屋をとった一月という期限が一日か二日過ぎて戻ってくる、なんて可能性もある。
「……まぁ、世界樹の雫探してるキールには悪いけど、ここのダンジョンそう何度も足を運びたい感じでもなかったものね……」
少し気になるのは、四十階層のあの死神がいたなんちゃって店舗だろうか。
あの場にいた探索者たちが協力して三つ首のおっきなわんこ……あれどう見てもケルベロスだよなぁ、とは思うものの、果たしてあれに勝てたかどうか、くらいは気になるけれど、多分負けてるとステラは思っている。
もしかしたら奇跡的にアビリティとか優れた連中が噛み合って勝利できたとしても、通常価格であの場にあった商品を入手できたかどうかは微妙な気もする。事前に魔物コインを大量に集めてあの場で換金してもらったとしても、買える商品は何となく限られている気がする。
あの場にいた探索者たちと出くわす気もしないので、あまり気にするべきではないだろう。
あと数日、と考えて、とりあえず適当なダンジョンで時間潰しておけばいいかしら、ととても雑に考えて。
そのままステラは後ろに倒れ込んだ。いい部屋のベッドなだけあって、勢いよくいったにも関わらず大した衝撃もなく包み込むように受け入れられる。
あ、お風呂入りたい、と思ったものの、お布団の包容力に早々に負けてその場で寝落ちた。
ちなみにこの時点でベルナドットはとっくにお休みしていた。
二人そろって目を覚ましたのは、何と翌日である。
「――クロム様もいなくなっちゃったんですか?」
翌朝。
起きたらまさか次の日になってるとは思わず「ファッ!?」とかいう声が早々に口から飛び出たものの、流石に時間の流れを操作なんて芸当は無理なので早々に切り替えて宿の一階にある食堂へ向かえば、既に食事をしているキールとモリオンの姿があった。
そういや夕飯食べました? とか言われたけれど、そこは素直に疲れて寝落ちしたから食べてないと答える。
次に聞かれたのは、クロムは? という至極当然の疑問であった。まだ寝てるんですか? なんて顔に書いてあったものの、説明するには丁度いいと思ってルクスに連れていかれた、ととても雑な説明をすれば、モリオンが目を丸くして驚いていた。
「え、あの、この数日後今度はお二人のうちのどちらかがいなくなったりしませんか?」
「何そのじわじわと一人、また一人と消えてくモード。流石にないわよ多分きっと恐らく」
「おい、流石にその言い方だと何も信じられなくなるだろ」
じっとりとした目をベルナドットに向けられたが、ルクスが何をしているか、というのもよくわかっていないので場合によってはあるかもしれないし、完全にあるわけないじゃない、と断言できないのもまた事実。
「ま、ここで一月経過した時点で先に戻って構わない、っていうかむしろ戻れとか言ってたし、そうなったら私たちは一度戻るつもりよ。
ただ、あと数日、とりあえずこっちで待つつもりもないわけじゃないの」
「確かに……戻っていい、と言われてもこっち何にも成果ないですからね。とはいえ、このメンバーでまたあのダンジョンに行くとなると……最下層に行く前に戻るとかじゃないと期日すぎますよね。戻って来てまた宿の部屋取り直すのも……何というか……」
「だからとりあえず他のもうちょっとサクッと終わりそうな上級者向けダンジョンに行って時間潰そうかなって思うのだけど」
人数的にキールとしては不安なのだろう。
ステラはさておきベルナドットがいればある程度安全だとは思うけれど、それでも接近戦などで魔物に突っ込んでいくクロムがいないのであれば、こちらに接近する魔物には今まで以上に警戒しなければならない。
ましてや王都のダンジョンは毎回中身が変わるタイプだ。
変化も何もないダンジョンと違ってそれなりに時間がかかる。ルクスがいない今、ステラが地図に関してはどうにかしているようだけど、それは何かあっても迷う事はないというだけで、移動速度が速くなったりだとか、最短ルートで進めるだとかいうわけでもない。
それなら既に内部が地図でわかっていて、場合によっては最短ルートで次の階層までの道がわかっているダンジョンへ行った方がいいだろう。
流石に何もしないままあと数日をぼーっとして過ごすのも、気持ちが落ち着かない。
パルシア王国の拠点でもあるグリオ農村であれば、数日ぼーっとして過ごすのもそれはそれで休暇と認識できるけれど、この国だとどうにもゆっくり休む、というのがやりにくい。
部屋の中でぼーっとしていても、たまに外の声が聞こえてくる事もあるからだろうか。
その内容が楽しそうなものであればまだしも、大抵は人間関係がこじれたような話ばかりだ。
「そうですね、そうしましょう」
「早速今日行くんですよね? どこのダンジョンにしますか?」
キールもモリオンも宿の中で大人しくするという選択肢は却下したらしい。
食べたらさっさと出かけよう、とばかりに乗り気である。
「そうね……どこって言われてもあまり詳しいわけじゃないから……ギルドでちょっと情報貰ってから決めましょうか」
そうして食事を済ませた後で探索者ギルドへと赴いて、手ごろなダンジョンについて聞いて、職員の話から「あ、じゃあそこにしましょうか」なんてノリで決めて向かったダンジョンは……
大量のゾンビがうようよしていた。




