気分は完全に物見遊山
夕食の支度ができた、と外側からドアを叩かれたのはそれから少し後の事だった。
内部の音が漏れないように術をかけていたけれど、外側の音はちゃんと聞こえるようにしてある。だからこそノックされたドアの音に驚く事もなく、四人はそのまま書庫を出て食堂へと案内された。
出された食事はやや質素ではあったものの、それでもマトモなものだった。
味は、と聞かれればまぁこんなもんじゃないの? こういうとこなら、と言った感じで可もなく不可もなく。
勿論本来ステラたちが暮らしている世界で食べている物と比べれば劣る。そもそも追い出されたらしい魔術師集団の拠点か何かは知らないが、そう裕福ではない場所で出される食事と城で出される食事を一緒にするつもりは最初からない。
これが異世界から勇者を召喚したのがどこぞの国の王だとかであれば、これから先奴隷のようにこき使うべく最初にサービスしておいてちょっといい気持ちにしておくところなのかもしれないが、キール達には流石にそんな芸当はできなかったのだろう。されたらされたで逆に清々しいくらいにわかりやすい! と笑いを堪えていたかもしれないが。
「そうだキール、これはこちらの都合なんだけど、きみのお師匠様を確認させてくれないか?」
食事を済ませたルクスがそんな事を言い出した。
「師に、ですか……? 何故」
「意味があるか、と問われると難しいところだけど。けど、顔も知らない相手のために頑張れるかっていうとまた微妙なところだろう? あとは、そうだな……無いとは言い切れないけれど、お師匠様とやらの顔を知らないままだとどこか別の相手が偽の師匠でこちらを騙しに来る可能性だってあるかもしれない、って考えると、ね?」
「成程……言われてみれば」
案外あっさりとキールは納得した。
ステラやベルナドットからすればいやそこでそんなあっさり納得すんの!? という気持ちで一杯だったのだが、ツッコミはしない。あくまでも内心で留めておく。
ルクスが敵対勢力にある相手ならともかく、今は味方だ。いくら胡散臭かろうとも味方なので、足を引っ張るのは最終的に自分の首を絞める結果になりかねない。それくらいは理解しているので、ステラもベルナドットも「そうだね、一応確認だけはしておきたいな」とか便乗してのたまっておいた。
クロムだけはその必要あるか? と言いたげであったものの、一人反対する意味もないと思ったのだろう。じゃあ一応、みたいな感じで席を立った。
案内された部屋は、書庫から更に奥の部屋だった。
シンプルといえば聞こえはいいが、簡素、殺風景と言ってしまってもいい。寝るためだけに戻ってくる部屋です、と言わんばかりだ。恐らくは書庫こそが、彼女の私室なのだろう。
寝台に横たわり眠ったままの女性は、年の頃なら二十代から三十代くらいに見えた。まるで病院着のような白い寝間着と白い寝具。淡い水色の髪だけが、やけに目立って見えた。
顔立ちは整っている方なのだろう、とは思う。
目鼻立ちをざっと見ただけの印象だが、眠っているだけでもそう思えた。起きて動いているのを見ればまた違う印象を受けるのかもしれない。
「ちょっと失礼するよ」
言いながらルクスは眠ったままのキールの師――アズリアの瞼に手をやった。
そうして親指と人差し指とで瞼を開く。
「えっ、あの、何を……!?」
キールが困惑するのも無理はない。しかし構わずルクスは右目の様子を確認した後、当たり前のように左目も確認した。
強制的に開かれた彼女の目の色はどちらも髪と同じく淡い水色であったが、特に何の反応を示すでもなくされるがままだ。
「うん、一応目の色も確認しておきたかったんだ。万一彼女に似た人物を寄越すような敵対勢力がいないとも限らないからね。見た目は似てても目の色が違う、なんて事もあり得るから念の為」
「そ、うでしたか……」
ステラからすれば確かにそういう、見た目そっくりなのに目の色だけ違う偽物とかアニメとかで見た記憶はあるけれども……と思ったが、キールは果たしてそこでそんなあっさり納得していいものなのだろうか。
とはいえ、ルクスが瞼を開いても、本当に何の反応もなかった。
ただ寝ているだけであっても、眼球は本来瞼の下で動いていたりするものなのだが、ぴくりとも動かなかった。死んでいると言われた方がしっくりくるくらいに無反応だが、呼吸はしている。胸のあたりがかすかに上下しているからこそ生きているとわかったものの、そうじゃなければ誰が見ても死んでると思ったに違いない。
「とりあえずこの後は準備のための時間をもらうけれども……この建物の中は自由に動き回ってもいいものなのかな?」
「え? あ、はい。個人の部屋などは鍵がかかってるので入れませんが……それ以外であれば大体は」
「外も少し見せてもらうけど」
「はい。ただ、あの……ぼくたちは追い出されたも同然なので拠点はちょっと、その、人目に触れられたくなくてですね」
「わかっているよ。第三者を連れてくる気はないし、行きと帰りに周囲に人がいて見られるような事は避ける事にするさ」
「助かります」
確認は済んだと告げればキールはそれでは……と足早に部屋を出た。
いくら師であろうとも女性であり、その女性の眠っている部屋にいつまでも長居するわけにもいかない。ましてやステラたちは協力者であってもアズリアからすれば見知らぬ存在だ。キールは師の許可を得ずにこの儀式を実行したのもあって、気まずさもあるのだろう。
ステラたちの部屋を用意したと言って、そちらへ案内する。
新たに部屋を用意する、とはいえそれはかろうじて残っていた空き部屋なのだろう。かなり奥の方、それこそ端っこと言ってもいいだろう場所に二部屋。その向かい側の二部屋をそれぞれ使うように、と言われた。
それでも一人に一部屋用意できたらしく、それぞれがドアを開ける。
中はお世辞にも広いとは言えないものだが、先程アズリアが眠っていた部屋に比べると気持ち程度に広い気がしなくもない。とはいえこの部屋も寝るため以外に使い道が果たしてあるのだろうか、という感じだ。
ステラが部屋に入ってドアを閉めるとの他の三人が部屋の中に入ってドアを閉めるのは、ほとんど同時だったように思う。
しかし部屋に入るなり目の前にふわりと光の球が浮かんで現れた。それは存在を主張するように明滅を繰り返す。とはいえ、光自体は柔らかなもので目に痛いというほどでもない。
特に何を考えるでもなく当たり前のようにステラはその光に触れた。
と、同時に。
「はい、そういうわけでさっきぶりなわけなんですが」
気付けば目の前にはルクスの他、ベルナドットとクロムもいた。
周囲を見れば案内された部屋とは似ても似つかない、どころか見慣れた感じの内装である。
よく利用する魔王城の一室。その内装と全く同じであった。
「え、帰ってきた!?」
クロムが驚きの声をあげるも、ルクスは「残念だけど」とそっと首を横に振った。
「似せてあるだけで帰れてはいないよ。あの部屋狭すぎるし四人で集まって相談するにしても狭すぎるし何あの犬小屋にも満たない空間、ってなったから亜空間をちょっとね」
案外ボロクソに貶すな……と思われている事は全く気にしていないのか、ルクスは軽やかな足取りで一人掛けのソファに腰かける。勝手知ったる何とやら、とても見慣れた室内のせいでステラもベルナドットも当たり前のように普段自分たちがよく座る場所へと腰を落ち着ける。
それからやや遅れて、クロムもまた近くにあった椅子に座った。
童話なんかでありがちな、クローゼットの奥には魔法で作った秘密のお部屋が、みたいなものではあるのだが、いかんせん規模が大きすぎる。四人が集まった室内は、本来ならばもっと大人数が集まって利用する事が多かったせいで先程案内された部屋が狭かったのもあってか、余計に広々と感じられた。
いや、単純にこの術を使った相手の魔力量が規格外なだけかもしれない。
思い返せばまだステラが魔王の生贄であった頃、次期魔王の最有力候補と言われていたクロノの二つ上の兄、フォルトゥニーノだって王都の若干ボロめな宿の一室のその奥に新たな空間をこしらえてそこを拠点としていたくらいだ。
フォルトゥニーノがやっていたのだから、ルクスができないわけでもないのだろう。というか多分クロノもできる。できないのは長兄でもあるヴァルデマールだけではないだろうか。
「さっきの書庫での話の続きみたいになるんだけど。
とりあえずダンジョンに行くにしても、最初は難易度低めの所に行く事になると思うんだよね」
「ま、いくら勇者召喚したっつってもその勇者が最初から戦える人材であるかどうかは微妙だろうし、向こうだって様子見するだろ。流石にいきなり最高難易度のダンジョンに突っ込むような真似は……ダンジョン内部の様子を確認する事ができて、なおかつ人が死ぬ瞬間が最高の娯楽です、みたいなとこならあるかもしれんけど」
「はは、案外物騒な事を考えるものだね、ベル。
そうじゃなくて、そういう決まりになっているらしいんだ。さっきの書庫にダンジョンについて記された本もあったからね」
「一刻を争う、みたいな感じではないのね?」
「ま、あの人の様子を見た限り、時を止められている呪い、みたいなものだったからなぁ」
「じわじわ死ぬ感じではないの?」
「命の危険は今の所ないよ。あれが私の知らない呪いだったらわからないけど」
いやー、異世界って言ってもそこまで大きな違いがなくて助かったよね、なんて言っているがそれでいいのだろうか。まぁ最終的にクロノが迎えに来るというのは確信しているので、そこまで悲観的になる必要もないとなればルクスくらい開き直った方がいいのかもしれない。
「というかあの呪いもね、正直な話今すぐ解呪可能なんだけど」
「可能なんだ」
「そう難しい呪いじゃないから。とはいえ、こっちの世界からすればとんでもなく難しいものなのかもしれないけど。ただ、今解呪してキールのお師匠様が無事治ったよ、なんて展開になったらそれはそれで面白いかもしれないけど……弟が迎えに来るまでの間暇になるよね」
「あ、そういう判断基準なんですね伯父さん」
「それもあるけど、相手の思惑がまだ何ともわからないから、それ台無しにするにしてもちょっと情報が足りないなって」
それはとても凪いだ笑みだった。見ようによっては儚い、と言えなくもない感じの。
しかし言っている事は割とどうしようもない。
というか解呪できるなら世界樹の雫は必要ないのでは、とすら思う。
「実際のところ、解呪薬で事足りるんじゃないかな。勿論そこらの薬師が作ったやつじゃ無理だろうけどステラ、きみなら余裕じゃないかな」
「あら、あの薬で治せるのね。良かったわ。流石に世界樹の雫と称して唾を吐くとかどうかと思ったし」
「そこは涙にしておこうな!?」
「あらやだベルくん、涙流すのも中々大変なのよ? その点涎ならすぐ出るわけだし」
「おいバカやめろ、世界樹の雫に何か無駄な偏見が発生しかねないから夢を壊す発言はやめるんだ」
「いや、それ以前に解呪薬より世界樹の雫の方がすぐ用意できるっていう異常さに突っ込んでくださいよベルさぁん」
「それはもうこいつが世界樹の精なんだからどうしようもないだろう」
「しょっぱい繋がりで汗ならどうにかいけるかしら?」
「やめてさしあげろ。それで治ったとしてもなんかこう、不快感が残る気しかしないから」
「でしょうね」
わかっていて言うあたりどうなんだ、と思うもののこれ以上続けても不毛でしかないのでベルナドットはさっくりと諦めた。
今後の事について話すにしても、思っていた以上にあっさりと会話は終了してしまったし、明日は明日でやる事があるはずだし、という事で早々に寝る事にした。
どのみちあの案内された部屋に入った時点で寝る以外の選択肢はないも同然だ。
しかしあの部屋に戻って寝るつもりもないので、室内のテーブルや椅子を壁の方に寄せてから適当に場所を作ってルクスが出したベッドに潜り込む。
ルクスが部屋の灯りを消せばすっかり暗くなったし、普段使っているベッドとそう変わらない物だったので寝付けない、なんて事もなく全員あっという間にぐっすり眠りに落ちていった。
異世界に召喚されたという自覚があるかもわからないくらい、普段通りだという事は確かだ。




