人間キャンドルショーは中止になりました
「お、おれの、おれの腕ぇ……っ!!」
ほんの少し前には確かにあったはずの腕は、今はもう何も残っていなかった。
手にしていた短剣は黒い炎に包まれた割に無事であったらしく、今は地面に落ちている。
短剣を掴んでいたはずの腕があった場所には今はもう何もなくて、肩口、そこはしっかりと肉が焼けたらしく血の一滴すら流れてはいなかった。
突如起こった何らかの事件に、周囲にいた者たちは何も言えなかった。
一体何を言えというのだ。
今の炎なんだ? という質問か?
そんなの当事者だろう男にだってわかっていないだろう。
その、腕は大丈夫か? という安否確認か?
そんなもの見ればわかるだろう。聞くまでもない。
一体何があったんだ? というもっともかつシンプルな問いか?
そんなもの、むしろこっちが教えてほしいという言葉しか返ってこないだろう。
何が起きたのかわからないせいで、誰も何も下手な事は言えなかったし、余計な行動もできなかった。
何かをやらかせば、同じような現象が自分にも降りかかるのではないか、そう思えたからだ。
だがしかし、そんな空気の中全く気にした様子もなく口を開いた奴がいた。ベルナドットである。
「で、あんたは今何をしたんだ?」
問いかけた先は勿論ステラだ。
「何って……別に大した事はしてないわよ。私の持ってた短剣探しただけ」
「探した? どうやって」
「この宝玉と連動してるから、こっちに魔力流すとね、燃えるのよ」
「へー」
「例えばダンジョンで魔物と戦ってる時に短剣取り落としたりした場合、短剣から黒炎だして魔物を燃やすっていうのにも使えるかもしれないけど、言ってしまえば防犯装置みたいなものね。
私の手元にない場合、盗んだ奴の手にあるって考えるべきでしょ? そこで魔力流して燃えれば窃盗犯も使い物にならなくなるし、私も盗まれた仕返しできるしスッキリ☆ ね?」
ね? と言って笑うステラはそれはもう可憐な少女にしか見えなかったのだが。
周囲の探索者は悟ってしまった。
つまり、今の黒い炎は紛れもなく彼女が起こしたのだという事を。
そして今の話で何もかも理解するしかない。
「おれ、オレサマの腕ぇっ……! 返せ、返せよぉ……っ!!」
「何言ってるの? その短剣は私のじゃないんでしょ? 貴方の短剣だって自分で言ってたし、仲間っぽいそこの人たちも言ってたじゃない。ずっと前から持ってた、って。
じゃあそれ私のじゃないんだから、貴方の腕が燃えた事なんて知ったこっちゃないわよ。私たちこの国に来てまだ日が浅いんだし。
ダンジョンで見つけたか人から譲り受けたか知らないけど、道具の手入れを怠った貴方の自己責任じゃない。人のせいにしないでほしいわ」
その言葉に。
即座にすいません嘘ついてました盗みましたとでも言えればよかったのかもしれない。
けれども言えなかった。
「それで、いつまでその短剣放置してるわけ? 落としたのそのままにしとくわけにもいかないでしょ? 拾ったら?」
「安全なのか?」
「知らない。私の短剣はまだ見つかってないみたいだし、相変わらずこれに魔力流してるから、下手に触ったらまた燃えるかも」
「ふぅん? で、拾わないのか? それ、お前のなんだろう?」
「ひっ……ひぃっ……!!」
そんな会話を聞いて拾えるはずもない。
だってまだ魔力を流しているというその言葉を信じるならば、今また残っている方の手で拾えば今度はこっちの手が燃えるという事ではないか。
流石にそれくらいは理解できる。
利き腕が跡形もなく燃えた。
それだけでももうこの男の探索者人生は終わったといってもいいのに、更にもう片方の腕も失うのがわかりきっていてやるはずもない。
短剣を盗みさも最初から自分のだと言っていた男は、しかし今は地面に落ちた短剣から距離をとろうとして後ずさった。
「あら、拾わないの?
ねぇ、そこの。そう、その短剣が彼のって証言した貴方よ貴方。知り合いの落とし物なんでしょ? 拾ってあげたら?」
「い、いや……それは、その……」
「おかしいわね。魔力流してるけど一向に見つかる感じがしないわ。今ならもれなく全身燃えるくらいの勢いで黒い炎が立ち上るはずだから、盗まれてそう時間も経ってないしすぐに見つかるはずなんだけど」
その言葉に。
露店を開いていた探索者たちは一斉に荷を纏めて距離をとった。
誰が近づこうと思う。
彼女の言葉が真実であるならば、それはつまり、次にあの短剣に手を触れたが最後、全身が先程の男の腕と同じ結果になるという事だ。
触れるつもりがなくても万一うっかり近づいた拍子に触れるような事があれば、その一瞬で自分の命は文字通り燃え尽きるのがわかっているなら、近づこうなんて思うはずもないし、ましてや何かの拍子に押し出されたりして触れたりする事があるとするならどう考えたって距離を取るに決まっている。
男の証言に同意していた仲間だろう相手もそそくさと距離をとっていた。片腕を焼失した男を置いて。
「あっ、あぁ……」
その事実に気付いた男は絶望したように周囲を見回すも、既に誰もかれもが距離を取り、男の近くにはもう誰もいない。いるのはステラたちだけだ。
ステラは落ちた短剣を拾い上げる。勿論彼女が燃える事はない。
そうして鞘に収まっている刃物側を持ち、柄の方を男に向ける。
「はい。貴方のなんでしょ? どうぞ?」
そう言って差し出すも、男は必死に首を横に振って受け取ろうとはしない。まぁそうだろう。本来の持ち主である彼女は無事であっても何もおかしな事ではないが、持ち主を自称しただけの男が再び手にとって無事で済むはずもない。既に片腕という代償を支払って次はどうなるかなんて充分すぎる程理解しているというのに、これで素直に受け取るなんてあるはずがなかった。
「ねぇ、早く受け取ってくれない?」
「ひ、い、いや、それは……いいです、いらないです」
口調も先程までとはすっかり変わってしまったが、男は必死に受け取るまいと首を横に振った。早く受け取りなさいよ! とかステラが言って柄の部分を強引に押し付けでもされたら今度こそ終わる。なるべく刺激しないような口調を心がけて、じりじりと後ろに下がる。本当は一気に逃げて距離をとりたいが、追いかけられたらたまったものではない。刺激しないように少しずつ、それでいて確実に距離を取ろうと試みているのが目に見えて明らかだった。
「いらないの? え、って事はこれ、どうすればいいのかしら?」
「自分のじゃないので、拾った貴方のものです」
「あら、くれるの? そう。じゃあ有難くいただくわ」
言ってステラは腰に短剣を括りつける。盗まれる前と同じように。
「とんだ茶番だな」
呆れたように言うベルナドットではあったが。
男からすれば茶番の一言で済むはずもない。
茶番一つで利き腕を消失してたまるかという話であるが、しかし既に手遅れでもある。
「あら、見た目大人しそうで無抵抗で泣き寝入りしてくれそうに見えるからって、中身まで本当にそうだなんて限らないのにそんなのも理解しないで手を出した方が悪いと思うの。
生憎私、傘とか自転車とかオフィスの机に常備してある割り箸とか、許可なく勝手に持ってくタイプに容赦と情けはしない主義よ」
「にしたって殺意が高くないか?」
「え? ちゃんと初回は片腕だけにとどめたでしょ? 初っ端から人間キャンドルショー開催しても良かったのよ?」
人間キャンドル、という言葉に短剣を盗んで結果片腕を、それも利き腕を失った男は後ろにじりじりと下がっていた足から力が抜けるのを感じた。
かくん、と無様にその場にへたり込み、ひっ、ひっ、と小刻みな悲鳴が上がる。
人間キャンドル、という言葉の意味も理解したくはないが、目の前の少女は何と言った。
人間キャンドルショー、とのたまったのだ。
一歩間違えればそれは男の命が見世物にされるところであったのだ、と理解するまでに時間はそうかからなかった。
同時に、遠巻きにしていた周囲の連中も察する。
今回はこれで勘弁してあげるけど、次はない、という彼女の警告を。
今更すぎる話ではあるが、とんでもなくヤバい相手に手を出した、という事だけは理解するしかなかった。
ちなみに。
一連の光景、それこそ短剣が盗まれた直後は口を挟もうとしていたキールとモリオンではあるが。
ちょっと黙ってろ、とベルナドットに手で制されていたためじっと見ているだけであったが、男の腕が燃えて焼失した時点でお互いがお互いに手に手をとりあって縋りつくようにしていた。
もうこの時点で口挟もうなんて気力もなかったのは確かだ。
そうして何度目かはわからないが思うのだ。
ぼくたちが召喚した勇者、もしかしてとんでもない相手なのでは……? と。
完全に今更である。
そしてこの一連の事件は瞬く間に他の探索者たちにも噂として流れる事となるのだが……
まぁ、ステラたちからすれば心底どうでもいい話でもあった。
少なくとも自分たちに迷惑をかけてこよう、という相手でなければ基本的に無害であるのは確かなので。
とはいえ、噂だけを聞いた探索者がその事実に気付けるかどうかは……とても微妙な話であった。




