備えあれば憂いなしっていうから
不満があっても出ていけない、なんていう人からすればディストピアだろうけれど、アビリティが使えるもので、それを有効に活用できる人からすればこの国は居心地がいいのかもしれない。
とはいえ、ステラたちからすればそれもいつまでもつのかしら……といった感想にしかならないが。
逆にこの先生まれてくる子がほとんどいい感じのアビリティを持って生まれて、それに不満を抱かず進んで活用するようなのばかりであれば良い方に転がるかもしれないが……その可能性はあってもゼロじゃないけど限りなくゼロに近いとかそんなところだろう。
ともあれ、他人事とはいえちょくちょく揉め事を見かけるのもあまりいい気分ではないのでさっさと用を済ませてこの国から脱出しよう、という意見にキールとモリオンは即座に頷いた。
とはいえ、この国を出るにしてもルクス次第という面もあるのだが……
ルクスが大体もう用は済んだ、とならない限りは難しい。
一応宿に戻っては来ているけれど、どうにも戻ってくる時間が遅かったり逆にこちらがダンジョンに行っている間に戻ってきているようで、会話をする暇はほとんどない。
寝る時は流石に部屋に鍵をかけているものの、ルクスも一応部屋の鍵は持っているので戻ってきたけど部屋に入れない、とかそういう事はないとはいえ、朝起きて寝ているのだけは確認したりだとか、逆に帰ってきたら戻ってきたんだなとわかる痕跡しかないとか、現状どうしているのかとかそういった情報が全く入ってこない。
寝ているところを無理に起こすのも……と思う部分もある。
これが連日遊び歩いているだとかであれば叩き起こす事も辞さないのだが、ルクスはルクスなりにベルナルードの情報を集めているようだし、それと並行してアズリアに呪いをかけただろう相手も探している。
キールとモリオンを連れてダンジョンに行ってのんびり攻略しているステラたちと比べると、明らかに働いているわけで、流石にこちらに緊急の用でもない限り無理に起こすのも忍びない。
なのでルクスとは顔を見ていても会話をしないという状況がそれなりに続いていた。
そんなこんなでこの国にやって来て、そろそろ二週間が経過しようという時に、事件は起きた。
中級者向けダンジョンは正直向こうと大差ないし、入手できるアイテムもそこまで違いがない。
出てくる魔物はそれなりに違いがあったけれど、強さ的にはどうにでもなる感じで。
流石にキールとモリオン二人だけでダンジョンに突っ込むのは問題しかないけれど、ルクスがいなくともステラたちだけでもどうとでもなる、という事で上級者ダンジョンに足を運ぶようにもなっていたが、そろそろ城のあるこの国最大規模と言われているダンジョンへ行こうかという話になった。
パルシア王国のあのダンジョンと比べて、どれくらい規模に差があるかはわからない。
けれども、違いはそれだけではなかった。
パルシア王国のダンジョンは基本的に入口付近にあまり人は集まっていなかったけれど、こちらはそうではなかった。
ダンジョン近くには数多くの露天商が並び、それを見る探索者たちもそれなりの数がいる。
向こうでは見る事のなかった賑わい。
見ればダンジョンで発見したアイテムを売る探索者たちの姿もあった。
ギルド経由で売るのではなく、直接、少しでも高値で売りつけようという商魂逞しい者たちの姿はいくつか見受けられた。
パルシア王国のダンジョンはどちらかといえば中の闘技場に集まっていたけれど、こっちはそうじゃないのかしら……なんて思いながらもダンジョンへ行くべく通りを進んでいく。
時折客引きの声がかけられるが、並べられている商品は特に目ぼしい物があるわけでもない。
「今日は市がたってるんですね……」
モリオンの言葉に、そういや最初にここに来た時はこんなのなかったな、と気付く。
あの時は時間帯的にもう終わったか、それともこれからだったのか微妙な時間であったので気にしていなかったけれど、モリオンの言い方からすると毎日やっているというわけでもないようだ。
毎日ではない、定期的にやっているかもわからないが、不定期であったとしても何らかの掘り出し物を求める者や、少しでも値切って安く買おうとする者などが集まっているようで、何も知らなければ今日はお祭りですなんて言われたら案外簡単に信じた事だろう。
「モリオンの言葉からして、前々からやってるやつなのね」
「そうです。大体月に三度程は確実にやってました。他にも露店でやりたいっていう探索者が多い場合は回数も増えますけど」
「ふぅん」
確実に高値で売れるとわかっている物であればギルド経由で売るのもありだろうけれど、それ以外のダンジョンでやたら大量にドロップした消耗品だとか、ギルドで引き取ってはくれるけれど値は微妙というような物であっても、それらを欲している別の誰かはいるわけで。
そういった相手の目に留まればギルドに売るよりいい値がつく事もある。
資金はいくらあっても困るものでもないし、だからこそこんな風に市ができているのか……なんて思いながら進んでいくと、ステラの背後からとんと軽い衝撃がやってきた。
「おっと、すまないな」
「あら、いえ、大丈夫よ」
探索者らしい男がどうやらぶつかったらしい。ぶつかった、とはいえ勢いがあったわけでもないのでステラに怪我がだとか、そういう事はない。これが例えば明らかに危害を加えようとして、というのであればクロノが作った防御アイテムが仕事をしているわけで。
今の所男は五体満足で生きているので、つまりはそういう事なのだろう。
だからこそステラはあまり気にしていなかった。
「おい、ちょっとまて、お前その手の短剣――」
ベルナドットが男に声をかけるまでは。
気にせず先に進もうとしたステラだったが、ベルナドットの声に動かそうとした足を止め、腰、というか背中側に身に着けていた短剣がある場所に手を伸ばす。
いつもならそこに短剣があるはずだが、ステラの手は短剣の柄に触れる事なく空振った。
そして振り返って見れば、ぶつかった男の手にはステラの短剣があった。
成程、スリ。窃盗犯ってやつね。
流石にわからないなんて事もない。ぶつかったあの一瞬で短剣を奪い取った手際は見事だと言える。
とはいえ、直後に気付かれているようでは三流だなとしか思わないが。
だがしかし男はにやりと笑うとその手の短剣をやや上に掲げてみせた。
「これか? こいつぁオレサマの相棒よ。いい武器だろう?」
「ふざけるな、それはこいつの――」
「オレサマが盗った、ってぇ証拠はあるのかい? こいつはな、大事な大事な相棒なんだよ。それをあんたらみたいないかにも初心者みたいな探索者が持ってるだなんて、あるはずないだろう。なぁ?」
最後の「なぁ?」は周囲で露店を開いている探索者に向けて言ったものだった。
ベルナドットは思わず周囲を見回す。
露店を開いていた探索者が目撃していれば、この男の悪事はあっさりと露呈するだろうけれど――
「そうだな。それはそいつの武器で間違いないぜ」
「前々から持ってたしな」
「は?」
周囲の探索者からは、その武器が男のもので間違いないという肯定の言葉だけが返ってくる。思わずベルナドットの表情が抜け落ちた。
こいつら……グルか……!
ダンジョンで見つけた、とかいうのであればギルドカードを見ればその男がダンジョンで本当にその短剣を見つけたかどうかがハッキリしそうだけれど、随分前の事だしもうカードにも表示されてないんだよなぁ、とか言い出されれば調べる時間がかなりかかるだろう。探索者のギルドカードにある程度ダンジョンで手に入れたアイテムだとか倒した魔物の情報は記されるとはいえ、最初から何もかも全てが記されるわけではない。
その穴を突く形でダンジョンに隠し部屋とか財宝でっちあげたのは誰だと言われれば俺たちですねと答えるしかないわけで。
それに、男も周囲の仲間らしき奴らも一言も言っていない。ダンジョンで見つけたなどとは。
男の身内か仲間が探索者を引退する時に譲った、なんて言われれば、ギルドカードに表示されていないだろうし、そうなればギルドで調べても意味がない。
クロムが視線で「こいつら殺っちゃいます?」とか言っていたが、ベルナドットは「流石にそれは不味い」とそっと気付かれないように却下する。場合によってはこちらがあの男の短剣を奪おうとした賊扱いを受けかねない。
けれども黙ったままでいるわけにもいかない、と思ってベルナドットがなおも言葉を言い募ろうとしたその時。
「ベルくん。いいのよ」
ステラがそっと止める。
「ほら、お嬢ちゃんだってわかってるみたいだぜ?」
「そうそう。こいつは確かにオレサマの武器なんだからな。下手な言いがかりはよしてくれってもんだ」
言うなりガハハと笑う男たちに、ステラは、
「えぇ、本当にそれ、貴方の武器なんでしょ? だったら何も問題ないわよね」
なんて言ってみせる。
あ、と思った。
問題しかない。ベルナドットは即座に察した。だからこそクロムにも視線で余計な事はするなと訴える。今クロムまで動けば最悪彼も巻き込まれかねないからだ。何に、と聞かれるとよくわからないが、とにかく何だかイヤな予感しかしない。
ベルナドットのこの勘は正しいと思っている。長年、どれだけの付き合いだと思っているのだ。いい加減イヤでも学習する。
ステラの手に、小さな丸い石、というか宝玉のような物が握られる。
そしてそれに魔力を灯した直後――
「ぎゃああああああああああ!?」
すぐ近くで絶叫が響き渡った。
「なっ……」
「おい、おいっ!?」
突如響き渡った絶叫に、周囲で露店を開いていた探索者たちの目が一斉に向けられる。
短剣を盗んだ彼の仲間だろう者の目も。
絶叫の原因はあまりにもハッキリしていた。
燃えていた。
短剣を盗んだ男の、その短剣を持つ手が黒い炎によって燃えていた。
黒い炎はさながら柱のように燃え上がっており、男はその炎を間近で見る事でただ悲鳴を上げるしかできなかった。
何が原因で燃えたのか、とかそういうのがさっぱりわからない。火元が近くにあってそれで燃えた、とか魔術師が術を使っただとか、そういった事のない状況下でそれでも確かに男の腕は燃えたのだ。
炎はとんでもない熱をもっているはずなのに、しかし不思議な事に男の腕以上は燃え広がらなかった。
時間にして僅かなもの。
けれど男にしてみれば、何がなんだかわからないまま突然自分の腕が燃えたのだ。叫び声をあげたのはただ燃えた事に驚いたからではない。とんでもない痛みを感じたのもあった。
燃え広がる事のない黒い炎は、その後唐突に消えた。
もう燃やすものがないから消えたのだと理解したころには――
男の利き腕はすっかりなくなっていたのである。




