新たな国へ
一度攻略した程度ではまだ説得するにも微妙かな、と思ったステラはその後三回程ダンジョンを攻略し、そしていずれもあっさりとクリアしてみせた。
けれども出てきたアイテムはキールの望む物ではない。
ちょっと強そうな斧だとか、加工しがいのありそうな大きな宝石だとか、瓶の中に液体が満たされ、その中に保存されている薬草らしき物はドロップしたけれど、いずれもキールの探し求めている物ではなかった。
瓶の中の薬草らしきものは最初いかにもそれっぽく思えたが、残念ながら全然別の物だった。
一応、とある病気に効果のある薬草だとは判明したけれどそれだけだ。アズリアは呪いにかかっている状態なので、残念ながらこの薬草は効果がない。
薬草系アイテムが一度も出なければ良かったが、出てしまったものは仕方がない。
とはいえ、出たといってもキールが望む物ではなかったわけだし、とりあえず、といった感じでステラたちは拠点の食堂で、そこそこ人が集まっている中でキールに話を振った。
「ところでキール。あのダンジョン以外の上級者向けダンジョンに行きたいのだけれど」
「……と、申しますと?」
「他の国のダンジョンもちょっと行ってみたいのよね」
「他の、ですか……いえ、それは、問題ないと思いますが。けれどもどうして」
「そうね、まず同じダンジョンにずっと潜るのも飽きてくるというのが一つ。
あと、途中の階層に闘技場あるじゃない。そしてそこ必ず通らないといけないでしょ? そうなると場合によっては勝負を挑まれたりするのよね。キールも一緒にいたんだからそれは知ってるでしょ?」
「それは、確かにそうでしたね」
「あれ毎回断るのも面倒なのよ。他の国の城がある、最大手ともいえるダンジョンにももしかして闘技場とかあるのかしら?」
「流石にそこまではわからないです。けど、言い分としてはわかりますよ」
キールは勝負を挑まれる事はないけれど、ステラたちはそうではない。
アミーシャと戦った次のダンジョンの時は攻略するのメインだから、で通り過ぎてきたけれど、その後の三回は三回とも勝負を挑まれたし、しかも前に攻略したなら今回は勝負を受けてから先に進んだっていいんじゃないか? なんて言うような相手もいたのだ。
一対一だろうとチーム戦だろうと、ステラたちが負けるとは思っていない。
けれども、毎回挑んでくるとなると流石に面倒にもなってくる。
他の国のダンジョン、それも城があるような国の中でも最も重要なダンジョンと呼べる所全てにあのような闘技場があるとは聞いていない。とはいえこの国のダンジョンにもあんなものがあるだなんてキールは知らなかったし、もしかしたら他国の最大級のダンジョンにも闘技場がある可能性は高い。けれども、無いかもしれない、という希望もある。
それに毎回ダンジョンに行って絡んでくる探索者が毎度同じ顔触れというわけでもないが、それでも同じダンジョンに行けば遭遇する確率は上がる。
それなら他国のダンジョンに行きました、という感じでそいつらを避けるのも有りではないかとキールには思えた。
それは奇しくも探索者として行動していた時のアミーシャの行動基準と同じような考え方だった。
毎回同じ顔に勝負挑まれるのが面倒になれば、あとは他の国に行って、そっちをしばらくメインにすればいい。そしてそこでも鬱陶しいのが増えてきたら、また別の国、というように移動していけば最終的にこの国にまた戻ってくるにしても、その頃にはそれなりに日数が経過しているだろうし多少ほとぼりもさめるだろう、と思えてくる。
数日程度ならまだ気長に待って狙う探索者もいるかもしれないが、数か月も過ぎれば他の狩場へ行ったのだなと流石に理解できる。
とはいえ、また戻ってきたとなった時に嬉々としてそういう奴らもまた復活しないとも限らないわけだが。
「探索者ギルドで申請すれば、可能でしょう。申請理由としては、他の上級者向けダンジョンも気になるとかそういう理由でも貴方がたなら問題はないかと。既に王都のダンジョンを攻略してますからね。他国に興味を抱いた、というのも何もおかしな話ではない。
あのダンジョンを数度攻略しているという時点で実力のある探索者であるというのは確かですし、他国へ行くとなると惜しまれる事はあるでしょうけれど、引き留められてこの国から出られない、というのもないはずです」
そう、キール達と違って、仲間から追放されて居づらくなった、という理由とは大違いだ。
惜しまれて、けれど快く見送られるだろう。
「それで」
恐らく明確な答えはこないだろうと思いながらもキールは問いかけた。
「どこの国に行きたい、とかそういうのはあるんですか?」
ステラたちはキールたちの勇者召喚によって呼ばれた。だからこそこの国の事だって最初は何も知らなかったし、他の国ならもっと知らないだろう。
だからこそ、まずはどこがいいかしら? なんてステラあたりから言われるのではないか、とキールは思っていた。そうしたら、一通りの国について教えるつもりでもいた。
だがしかし。
「そうね、プリエール王国にしようと思うの」
予想に反してステラがはっきりと他国の名を口にした事で、キールは一瞬次の言葉が出てこなかった。
他の国については、きっと他の探索者から聞いたとしても。
まさかいきなりその国の名を出されるとは思っていなかったのだ。
「え、えぇと、プリエール王国、ですか……? それはその、他の国にした方が良いのでは?」
「どうして? 何か理由でもあるの?」
ステラがそう問いかける事に関しては、深い意味などないのだろう。
どうして。それはこっちのセリフだ。
そう言いたい気持ちは確かにあったが、恐らくそれを口に出したとしてステラはきっと事も無げに言ってくるだろう。
他の探索者から話を聞いて興味があるから、とかそういった至ってなんて事のない理由を。
「…………その、とても言いづらい事ではあるのですが」
考えてる暇はほとんどなかった。
ただ駄目だと言ったとしてもステラは納得なんてしないだろう。キールだって同じ立場であれば正当な理由を求めるのだから。理由を聞いて、それで納得できれば良し。そうでなければ知った事かと切り捨てる。
あまり言いたい事ではない。けれども言わなければきっとステラは納得しない。
「プリエール王国は、かつて師がいた国です」
だからこそ、話す必要があった。
「アズリアさん? そう、その国にいたのね」
「はい。ぼくも、かつてはその国にいました。同士の大半もそうです」
「……成程ね、だとしたら、戻るにしても色々と気まずいってこと」
「えぇ。他国のダンジョンへ行くとなると拠点を移す方がいいのですが……正直ここの大半の者はあの国にいい思い出がありません」
ちら、とキールは周囲に視線を向けた。
食堂にはそこそこの人がいる。そしてステラの話が聞こえていた者たちは一様に何ともいえない表情を浮かべていた。
「拠点を移した方がいい、っていうのはどうして」
「転移装置で毎回他国のダンジョンへ行くとなると、色々と手続きが必要になるんです。面倒が少ないのはギルドに申請して他国に移動して、そっちで拠点を作ってその国で活動する事ですね」
だからこそ、キール達はこうしてこちらの国に来た後グリオ農村に拠点を作ったわけで。
転移装置があるとはいえ、各国を自由に移動できるわけでもない。最低限の届けは必要になる。
「……そう。それじゃ一時的に貴方たちとはお別れして私たちだけ向こうに行くっていうのは?」
「それは……」
キールは返答に詰まった。そうだ。ステラの言っている事はある意味当たり前の提案だ。
魔術師団の者たちの大半はかつてあの国にいた。そしてあの国にあるダンジョンを探索していた。仲間たちから追放されて、居づらくなってこちらの国にやってきた。
ただ立ち寄るくらいなら何を思うでもない、と言う者はいるけれど、流石にそちらでまた探索者としてダンジョンに潜って、かつての知り合いと遭遇したらと考えると流石に気は進まない。
あの頃と比べて多少変わった自信はあるけれど、それでも見返す事ができるかと問われれば頷ける程の自信まではなかった。
けれどステラたちだけを行かせるのも不安があった。
あの国は優秀な探索者たちには優しい。けれどそれは裏を返せばアビリティ至上主義のような面もあるから、というのもある。何かの拍子にステラたちにアビリティが備わっていないと知られたら、優秀であっても手のひらを返されて冷遇される可能性がとても高いのだ。
「あの国は、表面上はともかく中身はどうしようもないところですよ……こっちの国と比べると正直……やめておいたほうがいい、とぼくは言います」
「国は、ね。ダンジョンは?」
その問いにキールは答えられなかった。
なにせ今はこうしてステラたちにくっついて上級者向けのダンジョンを攻略できたとはいえ、かつて、まだあの国にいた頃は上級者どころか中級者向けのダンジョンに行くのがやっとであったのだ。
今はなんだかんだ自分たちも強くなってきている、という実感はある。そうしてあの頃は色々と……と思う部分がないわけでもないのだ。けれど、それを踏まえた上で自分の弱さを思い返すのは正直きつい。治りかけている傷をいたずらに悪化させるような、そんな何とも言えないイヤな感覚。
今の自分たちなら、あの頃向こうで苦戦したダンジョンも攻略できるだろう、とは思う。思うのだけれど、苦い記憶はそう簡単に塗り替えられたりしなかった。
それは周囲にいた魔術師たちも同じようなものだったらしい。
ステラがキールに話しかけた時点ではまだ周囲でちょっとした会話をしていた者もいたけれど、今はすっかり黙り込んでしまっている。キールに何か言葉をかけようにも、彼らもまた言葉が出てこないようだった。
そんな状況ではあるが、ステラは特に気にする必要もなく更に言葉を続ける。
「ダンジョンの難易度とか、こっちとあっちじゃ同じ上級者向けでもかなり異なる、とかそういう話があるとかないとかはどうでもいいのよ。同じダンジョンばかり行くのに飽きてるだけだから。
けど、プリエール王国がかつてアズリアがいた国であるなら、行く価値はあると思うの」
アズリアの名が出て、キールはやや逸らしかけていた視線をステラへと戻した。
「彼女、何らかの呪いにかかってる、って言ったじゃない。病気だったらとっくに衰弱してる。けれどアズリアは時が止まったようにかつてのまま。
こっちの国に来てからそうなった、って話だったけど、こっちの国でそうなる原因は特に思い浮かばないのでしょう? なら、あっちの国に原因がある可能性もあるわけじゃない。
それでなくとも彼女、城で働いていたのでしょう? 流石に私たちも堂々とお城に入り込めるとは思ってないけど、調べてみる価値はあるんじゃないかしら?」
「そ、れは……」
そう言われるとキールも反対できようがない。
彼らの目的はアズリアを目覚めさせる事だ。
彼女を助けるために、ダンジョンに潜っている。
ここの魔術師たちにとってアズリアは居場所を失った者たちに新たな居場所を与えてくれた人物で、恩人でもある。
そんな彼女を助けたいかと聞かれれば、それは勿論当然である。
そして、彼女が呪われているならその原因を調べるのは確かに有効な手段でもある。
わかってはいるのだ。キールも。周囲の魔術師たちも。
けれど、あの国は。
仲間たちから追放されて、追い出されて。役立たずと嗤われて。
己の存在を全否定されたも同然な場所で。
そんな場所にあえて乗り込もうという気力はなかった。
アズリアを助けたいという気持ちは本当だ。
けれども。そのためにあの国に戻るというのは、見たくもないかつての汚点と向き合わなければならないわけで。前よりは強くなったという自負はある。けれども、それでも。
一度心に圧し掛かった重石はそう簡単に取り除けなかった。
だからこそ、呪いの原因を調べるよりもありとあらゆるものから治癒できると言われている伝説の秘薬、世界樹の雫を求めたのだ。
けれども確かに呪いの原因がわかれば、そっちから解呪も可能になる。世界樹の雫を探し求めるよりもそちらの方が楽に終わる可能性すらあった。
わかっている。
わかっているのだけれど――
「あの、ステラ様。それ、ボクがキールさんのかわりについてっちゃダメですか?」
水を打ったように静まり返った中で、そんな声がした。
同時に起こるどよめきに、誰もそんな事を言うだなんて思っていなかったのだろう。驚いたように声の主――モリオンへと視線が向けられる。
「そうね、連絡役とかいてくれると助かるから、誰かしらついてきてくれればそれはそれで」
「はい、それじゃ何かあったらこっちに戻ってきて連絡すればいいですよね!」
「待ってくれ。ぼくも行く。確かに師の事だ。それなら、弟子であるぼくが他人に任せっぱなしというわけにもいかない」
「じゃあ、プリエール王国に行くのは私たちとキール、そしてモリオンの六名って事ね。わかったわ。じゃ、明日にでもギルドに話通してくるわ」
モリオンが自分から名乗りを上げた事でキールも咄嗟に言葉を発していた。行きたくはない。けれども、もうこうなったら行くしかない。
師を助けたい。その気持ちに偽りはないのだから。
モリオンはともかくキールはかなり悲壮な決意を秘めた感じになってしまったが、ステラは別にこういう展開を狙っていたわけではない。
むしろ行くだけなら自分たちだけでも大丈夫だとすら思っている。ただ、やっぱりお目付け役とかはつけたかったんじゃないかしらねぇ……と思っていただけだったのだが。
ともあれ、キールが望む望まらず、プリエール王国へ行く事は決定してしまった。




