難しく考えすぎている
キールを説得、はいいのだがそれよりもまず先にやるべき事があった。
ダンジョン攻略である。
闘技場でのアミーシャとのあれこれですっかり忘れてしまいかけていたが、王都パルシアのダンジョンをステラたちは攻略したわけではない。
途中の闘技場までだ。
この状態で他の国のダンジョンもちょっと見てみたいだとか言っても、キールだって納得しないだろう。
むしろここで上級者向けダンジョンの中でも最大規模のものを攻略しておけば、他の大陸へ行った時に行けるダンジョンはかなり自由に選べるようになるらしいので、まず攻略しておくに越した事はないだろう。
王都のダンジョンに毎回足を運んでも何かいいアイテム出る気しないから、ちょっと他の国のダンジョンにも行ってみたいんだけど、とか言えばキールだって無条件で却下はしないはずだ。
ダンジョンごとにドロップアイテムが異なるのは今更言うまでもない話であるし、ここで無理そうなら他の国へ、という考えはそこまでおかしなものでもない。
アミーシャの魂が入ったどんぐりと、ダンジョンを管理していただとかいう魂がINしているどんぐりと玉に関してはルクスが所持する事になった。空間収納は基本的にかつてステラが使っていた魔法の袋と原理的には似たようなもので生き物をそのまま入れるのは中々に難しい。一応植物程度なら生きていても入れる事は可能だったりするし、あまり大きな生命体でなければどうにかなるようではあるのだが元は人の魂だったり神族の魂だ。
ステラやベルナドットは流石にそれを自分で持って管理できるかとなると、うっかり知らない間に死んでても気付けないだろうし、そうなると流石に責任も取れない。クロムは問題ないかもしれないが、彼もあまりそれにばかり注意を払っていられないだろう。やはり気付いたら何か死んでた、なんてオチになりかねない。
その点ルクスなら気付いたらうっかり、はないと言える。意図的に殺すのはやるかもしれないが、知らない間に死んでたわ、ごめーん☆ とかいうのがないのは確実だ。
あと、何かよくわからない謎のパワーとか唐突に得て復活して実体を得ました、とかそうなった場合でもルクスならきっと何とかできる。この中で急な不意打ちだとか闇討ちだとかに対応できるのは断トツでルクスだ。
そもそも不意打ちも闇討ちも急であるのは当然だろう、というツッコミはしてはいけない。
とりあえず日を改めてキールを連れて、再び王都のダンジョンへと足を運ぶ。
一日やそこらでクリアできるものではないし、アミーシャの一件で戻ってきたとはいえそこからすぐにまたダンジョンへ、というには少しばかり疲労が残っている。流石にそんな状態でダンジョンへ行けば、余計な怪我をしかねない。キールが。
闘技場までの道のりは苦戦する事もなかった。出てくる魔物ががらっと変わるわけでもなし、内部が若干変化したとかそういう部分はあっても、基本的に大きな変化はない。
そうして闘技場で他の探索者と戦うだとかそういう事もしないで次の階層へ行けば、後はひたすら最奥目指して進むだけだ。
ダンジョンに仕掛けられた罠は既にどこにあるか把握できている状態で、出てくる魔物もステラたちの敵ではない。途中キールの体力が尽きかけてはいたものの、罠のない空間で休憩をとったりして無理のないペースで進行した。
「……次が、最後の階層ですね……」
キールが感慨深げに言ったものの、その表情――というか目は死んでいる。
階層主を倒してその次にある安全地帯ともいえる場所で休憩をして進んではきたものの、それでも途中で体力が底をついた時はもうだめかとも思っていた。
一緒にいたのが同士たちであれば、お互いにもうだめな状態になっていただろうし、そうなればいっそ諦めもついたが共に行動しているのはステラたちだ。
「あら、キールったらもう限界? 仕方ないわね。ここ罠なさそうだし、じゃあちょっと休憩しましょうか」
なんてステラが言いだした時は若干正気を疑った。
いやあの、ここ安全地帯ですらないんですけど? 魔物出ますよ?
至極当然のツッコミをしたものの、ステラはだから? と全く気にしていなかった。
それどころかベルナドットもクロムもルクスもすっかり休憩していくムードになっている。
あれ、ぼくがおかしいのかなこれ。
キールは割と真面目にそう思った。むしろ思わないはずがない。
確かに途中で魔物を警戒しつつ休息をとる探索者はいる。
いるけれども、警戒している事が前提である。
しかしステラたちはキールが休憩してある程度体力が回復するまで私たちも休憩しましょうか、なんて言って警戒している様子すらない。
にゅっと収納している空間からイスとテーブルを取り出してお茶とお茶菓子まで出していた。
ここ安全地帯じゃないんですけど。
というとても真っ当なツッコミがキールの口から出たものの、そうね、とあっさり返されてキールは自分がおかしいのかな、これ……と再び思ってしまった。
休まるどころの話ではない、と思っていたが魔物が出て来てもルクスが魔術で一撃で仕留めていたので、キールが思っていたよりも安全であったけれど。
そうだけど、そうじゃない。
これがキールの心境であった。
いやもう、何となく理解はしていたけど、この異世界の人たち強すぎじゃないか? と途中からキールも開き直ってすっかりくつろいでいたけれど。おかげで早い段階で体力も回復した。
とはいえ、ダンジョン最下層。このダンジョンのボスを目前にしてしまえば流石に先程までと違って余裕かませるはずもない。
途中の階層主とは違って、ダンジョンの最奥を守るまさに番人。強さは今までの階層主と比べて段違いだろう。
現に最下層までやってきて、この先がボスです、と言わんばかりの扉の前まで来た時には何というか言葉に言い表せないプレッシャーのようなものすら感じていた。
勝てるだろうか……
そんな不安がよぎる。
いや、ステラたちがいるなら大丈夫だろうとは思うのだけれど、自分は明らかに足手まといだ。
勝てたとして、どれくらいの被害が出るだろうかとどうしたって考えてしまう。
「はい、それじゃサクサクいきましょうか」
しかしそんなキールの胸中の不安など知ったこっちゃないとばかりにステラはさっさと扉を開けてしまったし、ベルナドットもクロムもその後に続いてさっさとボスが待ち構えている空間へ入ってしまう。
「まぁ、そう気負う必要もないさ」
「え、あ、はい……」
にこやかにルクスが言うものの、それが気休めなのか本心なのかキールにはさっぱりわからなかった。
結果としてキールが思っていた以上にあっさりと、呆気なくダンジョンの最奥を守る番人は倒された。
むしろ瞬殺だったと言ってもいい。
それこそ、目の前で起きた光景が夢だったのではないか、とキールが疑うくらいにあまりにも簡単に倒されてしまったので、その事実を認識する方に時間がかかったくらいだ。
ちなみにボスを倒した結果ドロップしたアイテムは、残念ながらキールが望んでいた物ではなかった。大ぶりのサファイアがくっついたペンダント、というよりは首飾りと言うべきだろうか。貴族とか身分の高い女性が身に着けてそうな、売ったらいくらになるんだろう、と思える物だ。
とはいえキールはほぼ何もしていない。貢献度合い的にまったく何もしていないので、流石にそれを貰うなんてできるはずもない。ステラに「いる?」って聞かれたけど首を横に振って否定した。
いや、あったらあったで売り払って研究費用だとかその他雑費に振り分けたいところではあったけれど、流石に明らかに値打ちものだとわかるものをキールが売りに行ったら何か色々と言われそうだというのもあって頷けるはずもなかった。
もう少し自分も活躍した、とかそういう実績があったら素直に頷けたのかもしれない。
とりあえず「いる?」という質問に無条件で頷くだろう物は世界樹の雫か、それに近いアイテムだろう。
庶民には一生かかってもお目にかかれないような首飾りを、しかしステラは事も無げにルクスに放り投げるようにして手渡した。動じる事なく受け取ったルクスはそれをサクッと空間に収納してしまう。
「あれ? 自分で身に着けたりしないんですか?」
キールとしてはてっきりステラが自分の物にするのかと思ったのだが、その予想はあっさりと外れ、だからこそ思わずといった感じで問いかけてしまった。
「うーん、別に、こういう装飾品とかあんまり興味ないっていうか、見るのは好きだけど自分で身に着けるのはちょっと、っていうか。
それに、私一応つけてるのよね、ペンダント」
服の下に隠すようにしてあったらしいそれを指でつまみ上げて、キールに見えるようにする。
シンプルなデザインだが、使われている石はかなりの値打ちものではないか、と思えるような意匠だった。というか一見するとシンプルだけどよく見ると滅茶苦茶凝ってる、みたいなやつだ。
使われている石は宝石のように見えるけれど――
「魔石、ですよね、それ」
「そうよ」
しかも石そのものはあまり大きいとは言えないのに、何というか途轍もない力を感じる。
こちらの世界では魔石は大きければ大きいほど力を持つのが常識だが、ステラたちの世界では違うのだろうか。なんというか、シャレにならないくらい力が凝縮されているな、とキールでも目にした途端に理解できてしまった。
目にして理解したけれど、ステラが服の下から出す前まではそんなものがあるだなんて気付けなかった。
堂々とわかるようにしてあったらきっとアミーシャはステラの持つ短剣ではなくあのペンダントを賭けていたかもしれない、と思えるようなものではあったが、それを警戒して隠しているのだろうか……?
アミーシャ以外でも闘技場で機会があれば狙おうと考える者はいたようだし。
今回は攻略メインだから先を急ぐの、と言ってさっさと次の階層に来たため絡まれたりはしなかったが、次はどうなるかわからない。
いや、でも、何というか、勝負方法にもよるけれど、多分負けないんじゃないかな、と思うので単純にキールが気にし過ぎているだけかもしれない。
あまり深く考えないようにしようと思っていると、クロムがポンとキールの肩を叩いた。
「あれな、父さんが作ったやつなんだ」
「へぇ……え?」
「父さん、母さんと出会った直後にも渡したらしいんだけど、そっちは未熟もいいところだったから、って改めて作ったやつでな。
……うっかり間違っても母さんに魔術で攻撃したりするんじゃないぞ。あれ、あらゆる防衛魔術が内部に刻まれてて、下手に攻撃したら攻撃した奴が死ぬから」
「え……?」
「そういう意味ではアミーシャが闘技場で母さんを指名してなくて良かったよ。下手な攻撃してたら即ミンチだっただろうしな。お前も死にたくなかったら気を付けるんだな」
クロムはそう言うともう一度キールの肩、というよりは背中をポンと叩いて立ち去っていく。最下層のボスを倒した以上いつまでもここにいても意味がないから、転移装置を使って戻るのはキールも頭では理解している。
しているのだが……クロムの言葉のせいでなんというか理解を拒んでいる部分があるのも事実だった。
ステラの夫が作った、という部分だけ聞けばとても微笑ましいものなのに、えっ、何かその後に続いた言葉がちょっと理解できなかったんだけど? という気持ちでいっぱいだった。
ステラに攻撃を仕掛けたら死ぬ?
防衛魔術……?
いや、防衛魔術は一応知ってる。知ってるけれど、あんな小さな石の中に刻まれて……? そこちょっと理解できない。
巨大な魔石に刻まれているのであればわかる。けれどもあんな小さな石にそれが刻まれているというのが理解できない。
一体どれだけの魔術的な技巧を凝らしているんだと理解に苦しむ。
けれども同時に理解できた部分もあった。
守られていると理解しているからこそ、ステラはダンジョンで魔物に囲まれても焦ったり動揺したりしなかったのだな、と。
無造作に魔物に向かって踏み込んだ時も、万一の事があっても大丈夫だと知っていたからこそだったのか。
本来ならいくら夫の作ったものであってもそこまで信用しきっていいものだろうか、と思う。少なくともキールはそれがいくら凄いとわかっていても、絶対ではないと思うに違いない。
けれどもステラは一切の疑いを持っていない。
(あぁ、きちんと帰さないとな……)
だからこそ、というべきか。
何度目かの後悔が胸をよぎったのは確かだった。




