異世界他人事事情
先程までとは違う声が玉からする。
とりあえず魔力を注がれた事で何やらステラに感謝しているし、役目がどうとか言っていたのでとりあえずそこを突っ込む事にした。
いや、役目を果たすも何も、玉の状態で何ができるの? という疑問があったからというのもある。
力を奪われるだけだった、とか言ってたし、奪っていたのは言うまでもなく今どんぐりにINしている奴だろう。
本来であれば一触即発の空気になってもおかしくない状況のはずなのに、片方は玉だし片方は身動き完封されたどんぐりだしで、何かが起こる様子もない。
さて、そんな玉から役目って? とかあいつ何? とか色々と聞きだせば、恩人でもあるステラだからか玉はやや言い淀みはしたもののそれでも最終的には答えてくれた。
まず最初に。
この世界は当初、こんな風ではなかったらしい。
いきなり世界の成り立ちから語られるとか随分と壮大だな、としか思わなかったがダンジョンに関わってた時点でそういう要素はあるのだろうし、ある程度予想していたのもあって壮大過ぎない? なんてツッコミは誰の口からも出てこなかった。いや、アミーシャは小声でぽそりと呟いていたけれども。
聞けば最初の頃はステラたちが暮らす世界と大差ないようなものだったらしい。昔、大昔は外にも魔物がいたらしい。そう考えると今は割と平和な気もしてくるが……そこだけを切り取ればという話であってなんとも微妙な気分である。
ところがある日、この世界の創造神たる存在に弓引くものたちが現れた。
悪魔の大軍勢を引き連れての争いは、世界を巻き込む大きな戦となり世界は崩壊するかと思われた。
ここら辺も割と神話関係でよく聞くような話である。
最終的に神側が勝ったとはいえ、痛手を負ってマトモに動けなくなったのだとか。
そこで、唯一残っていた神の仲間たちが魂を結晶化させ、人々に復興の手助けをしてもらおうという流れになったとかどうとか。
うん、まぁ、なんで? という思いは勿論ある。
あるのだが、そこら辺は色んな事情があったのだろう。
神族がマトモに動けなくなって、じゃああとは動ける誰かに託すしかない、となった結果かもしれない。
人間の善性に賭けたともいえる。随分ろくでもない賭けだなとしか思わないが。
世界は荒れに荒れ、人々も住む場所を求めてさまよう有様。
結果として、ダンジョンを起点に周囲に町や村を作るようになったのだとか。
そこら辺随分端折られていたけれど、外を闊歩していたはずの魔物がダンジョンに封印されるようになったわけだし、そういう意味では見張りも兼ねているのかもしれない。
ダンジョンに転移装置があるのはつまりそういう事か、と一応納得もした。
神様関係してるならそういったとんでも装置があってもおかしくはない。
ダンジョンは本来魔物を封印するためのもので、人はそれを見張る。
討伐するのも勿論だが、万一ダンジョンから外へ出る可能性があるなら転移装置を使って他の場所へ逃げる事もできるようになっていた。
魔物は転移装置を使えない。人間が魔物を引き連れて転移すれば可能ではあるが、魔物単体では扱えないようになっているのだとか。
それを聞いて一応納得はできた。アミーシャの仲間にしていた魔物は基本的にアミーシャの転移能力で移動していたし、だからこそ今の今までこれっぽっちも怪しいと思われなかったのだろう。もし彼らがダンジョンの中で転移装置を使おうとして使えないなんて光景が他の探索者の目に触れればもっと早くに怪しまれていたはずだ。
かつては人間であれば誰であっても転移装置を扱えたはずなのに、だがしかし今は探索者登録した者にしか使えないのはどういう事? と問えば、玉はやや言葉を濁した。
やや言い淀んだあとに、手を加えられたから……とわかるようでわかりにくい言い方をした。
「つまり、あなたを乗っ取ってたらしきそいつとかそいつの仲間とかが微妙に手を加えたって事でいいのかしら?」
そう問いかければ玉は言葉を濁そうにも濁すだけ無駄だと察したのだろう。そうです、と素直にこたえた。
ダンジョンは本来特に宝物だとかそういうものはなかったらしい。最初の頃は。町や村の中心部にダンジョンがあるという事で、勿論当初の人間たちも危険を承知で探索をしたらしい。最初の頃は宝になりそうなものはほとんどなかったのだけれど、手を加えられた後から徐々に増えて、それを目当てにする人間たちがこぞってダンジョンへ足を運ぶようになったのが探索者の成り立ちなのだとか。
本来はただの見張りで良かったはずなのに、そこら辺も徐々に時間をかけてそいつらが……と玉が言ったので、ダンジョンに関しては何となく理解した。
宝だとか財宝だとか言われるようなものを餌に人間をおびき寄せてる感は確かにあったし、なんでわざわざ……と思ったりもしたけれど、意図的にやらかしているならまぁ理解はできる。理由にまで理解・共感ができるかはさておき。
「ちょちょちょ、ちょっとまって? え、じゃあもしかしてダンジョンに色々手を加えたりしたのって、実はものすっごく駄目な事だったの……!?」
アミーシャがひきつった声で問いかける。
なにせ玉の言葉を信じるならば、見張りだけで良かったはずなのだ。本来は。
なのにわざわざダンジョンを強化したりだとか、人を招いて力を溜めたりするというのは……玉の望んでいたこととは真逆の事になってしまうのではなかろうか、と気付いたからだ。
見張るだけで良かった。中に入る必要はなかった。
だというのに、大勢の探索者を呼び寄せるようにあれこれ手を加えて、挙句中で命を落とす探索者だって出てしまった。いや、アミーシャがダンジョンに手を加えられるようになる以前から既にそうであった事を考えるとアミーシャだけが悪いわけではないのだが、それでもその事実に気付いてしまえば「うっわ、やっちまった」みたいな気持ちになるのはある意味当然の事で。
「ま、想定の範囲外、って感じだっただろうね。とはいえ力を集めて回収するには手っ取り早かった。だからあえて乗ったんだろう?」
その言葉がどちらに向けて言われたかは明白だった。
玉からすればまさかそんな事になるだなんて……という感じだっただろうし、ルクスが視線を向けているどんぐりは沈黙を守っている。単純に恐怖で声が出せないだけかもしれない。だからどんぐりに声帯なんてないとかそういうツッコミはさておくとしても。
「ダンジョンに魔物封じ込めて、ひとまずは平和にした。あとは人々がどうにか復興させる頃にはそっちも力をある程度取り戻す算段立ててたんじゃないかな。ところが、敵対勢力の生き残りが寄生虫みたいに取りついて力を奪っていた。挙句その力で人々を唆しダンジョンは単なる魔物封印施設ではなくなってしまった。
うん、まぁ、私からすればウケる、としか言いようがない話だよね」
ははっ、ととても軽薄な笑みを浮かべるルクスに、アミーシャは明らかに困惑していた。
「あの、ねえ、あたしの頭が悪いだけかもしれないけど。何か、その、貴方達、どっちの側からの視点で見てるの? 今までの話を信じるなら、あたしに力を与えた玉はその、神様と敵対してた相手だってのはわかったんだけどね? でも、神様側の本来の玉に対してもその……」
その反応とか態度はどうなんだろう? と思えるのだ。
アミーシャはこうなる前までは自分が魔女と呼ばれる事になるだなんて考えてすらいなかった。けれども、今は魔女と言われるのも仕方ないかなと思っているのだ。
だって神と敵対していた奴の甘言にまんまと……いや、乗った覚えはないけれど、まぁ手を貸す事にはなっちゃったわけだしそういう意味では、うん、魔女と言われてもなぁ、と今なら納得できるのだ。
魔女って言われてもピンとこない部分は勿論あるのだけれど。
アミーシャは別に信心深くはないけれど、だからといって神様なんているはずないじゃないとまで言うつもりはない。だってアビリティがある以上、神はいる。確かにいるのだ。
もしかしてこのアビリティとかいうのも神と敵対していた相手によるものだった、とかなら世界中が大混乱に陥りそうだが、アビリティに関してはどちらも何も言っていないので恐らく神様からの祝福という事でいいんだろうと納得する。
下手に藪をつつくような真似はするつもりはなかった。
けれどもステラたちの――というかルクスの反応を見ると、何というか神側も敵対者側に対してもこれといった感情を抱いていないようにしか見えない。
アミーシャは神に弓引く側に知らず加担していたという事実に何だかとんでもない事をしてしまったという自覚はあるし、取り返しのつかない事になっている状況だし、それはもう内心で言葉には言い表せないくらいの感情が渦巻いているというのに、ルクスはそういった事実を知ってもなんだかとてもどうでもよさそうにしか見えないのだ。
いや、ルクスはアミーシャと違って騙されて手を貸したとかそういうわけでもないからなのかもしれない。けれども、仮にアミーシャがルクスの立場だったとしても、もうちょっと何かこう……思う部分はあるはずなのに、と思ってしまうと何とも言えない気分になる。
「正直な話、どうでもいいからね」
「そうよね。割とよくある話だな、くらいの認識よね」
「まぁ他人事であるのは否定しないな」
「だな。オレらは間違いなく部外者だ。巻き込まれている時点で部外者かどうかっていう疑問はあるけどな」
あっさりと言ってのけたルクスに続いてステラ、ベルナドット、クロムまでもが淡々とした反応だった。
ステラたちからすれば当然の反応なのだが、アミーシャからすればある種異常に見えた。
「なん……だって、他にもいるんでしょ!? こういうの! あたしが管理してたダンジョン以外のダンジョンがあるって事は、他の誰かがあたしと同じようにやってるって事じゃないの!? そしたら、他にも」
「いるだろうね。誰が、とかは知らないけど。むしろアミーシャ、きみは知らないのかい?」
「……っ、知らないわ。いえ、一人、知ってるけど全員は知らない。むしろ全部で何人になるかなんてわかるはずないじゃない」
「ふぅん? まぁ、力を溜めて一足先に自分だけ復活しよう、みたいなノリなら他の仲間というか同胞に関していう必要ないでしょうしね。でも一人は知ってるの? それは意外」
確かにアミーシャから聞いたダンジョンで力を溜めてダンジョンを強化したりだとか、ついでに管理している相手の身体能力とか上げたりだとか特殊能力使えるようにしたりだとかいう部分を聞けば、他にそういった誰かがいたとしても協力して一緒に、とか言い出す事もなさそうだ。
大っぴらに言えるものでもないし、お互いにお互いがそうである、というのも隠す傾向にあっても別におかしな話ではない。
『あの、この流れで口にするのはとてもどうかなと思うのですけれど。
状況が状況ですので力を貸してはいただけないでしょうか?』
玉からおずおずといった感じでそんな言葉が出てきて、アミーシャは「えっ、何この玉空気読まない」と素で思っていた。いや、もともと空気読まないのはどんぐりにINされた方もだったけど、人の都合をあまり考えないのは人間とか召使か何かだと思ってるような種族だからだろうか、とも思う。
「力を? それってつまり、ダンジョンをあるべき姿に戻すとかそういう方面で? 仮に貴方が管轄してあるだろうダンジョンをそうしたところで、他のダンジョンはダンジョンのままだし、世界中のダンジョンをはるか昔の姿にまで戻したとして、それでもダンジョンに足を運ぶ探索者がいなくならないわけじゃないのに?
もうお宝目当てでダンジョン潜るのとか当たり前みたいな風潮になってるのに今更それ撤廃しますとか言われて納得するとでも思う? ヘタしたらダンジョンを守れとか言い出して貴方と敵対している陣営に手を貸す人間が増えたりする可能性とても大きいのだけれど」
ハイリスクハイリターンであればまだしも、場合によってはハイリスクローリターンであるダンジョンも多い。けれども、それでもダンジョンは一部の人間にとって稼ぐための場所になっているし仕事場でもあるのだ。
それを今更ダンジョンの中の宝物とかなくして魔物を隔離するだけの場所に戻します、なんてなったとして、そこで生活している人間が他の町や村に移動しないとも限らない。
「それに、ダンジョンにも寿命みたいなのあるんでしょ? ダンジョンがなくなった後で新しく別のところにできた、なんて話さっきアミーシャからも聞いたし、そこら辺どうなってるの?」
魔物を封印するにしたって、ダンジョンの寿命とやらがなくなってダンジョンが消えた時に中の魔物も消えるなら、それこそ世界中のダンジョンを一気に消せば魔物ともおさらばできるのではないのか。
むしろそれが一番手っ取り早く思える。
しかしそれをやらないのは、できないか、やったとしても意味がないかのどちらかなのだろう。
『それは……』
困ったような声が出た玉に対して、嘲笑めいた声がかすかに漏れる。
黒い針に囲まれて身動きすら取れなかったどんぐりがどうやら嗤ったようだった。
「できるわけがない。それをすれば、最悪世界が滅びかねませんからね。
時にそちらの皆様方、先程の暴言を謝罪させていただきますので、どうかお力をお貸しいただけないでしょうか?」
先程までの上からすぎる態度が一転して何だかとても低い位置からの態度に、ステラとルクスは思わず顔を見合わせた。
どうやらステラたちが玉に協力的な態度でもないと判断してか、付け入るスキがあるとでも思ったらしい。
「なんというか……どんぐりの中に入った事で知能指数まで低下したのかな?」
呆れた口調のルクスに、全く同意するわ、とばかりにステラも頷いた。




