魂の欠片
「なんという事でしょうどうしてこのような事に……!? えぇい、今すぐ元に戻しなさいそうすればこの無礼は許してさしあげます」
「はははどんぐりが何か言ってる」
言葉尻に草でも大量に生えてそうなくらいに笑いを含んでルクスがプギャーとばかりに指を差しているのを、アミーシャはやはりどんぐり視点で眺めていた。正直コロコロ転がされまくったから目が回るかと思いきや、三半規管とかないからかそこまで視界はぐるぐるしていない。
というか声帯もないのに喋れるどんぐりってどういう事……? とか思っているのだが、考えたところでアミーシャにはわかるはずもない。
とりあえず隣に転がってるどんぐりからぎゃんぎゃんと抗議の声が上がっているが、ルクスが彼……彼女かな? よくわかんないや――の言い分に耳を傾ける事はないだろうというのだけはわかる。
「許すだとか言ってるけど、許さなかったらどうなるわけ? どんぐりボディできみに何ができるというのかな? 自分の力を行使するのだってまず他者から魔力を渡されないとロクに実行できないくせに?」
「う、うるさい黙れッ!! 真の姿を取り戻せばお前のような下賤で矮小な存在など一瞬で――」
「ひっ」
ぞんっ、という音が聞こえた気がして、アミーシャはどうにかちらりと視線を横に向けた。そして悲鳴が口から無意識に零れ落ちる。
簡易檻の中ではあるが、その檻の中に黒い針のようなものが隣のどんぐりを囲むように下から突き出ていた。
どんぐりの表面ギリギリに接するように出ているのでここで簡易檻を揺らしたとしてもあのどんぐりだけは転がりようがないだろう、というのはわかる。わかるけれど。
何だろう、黒い針にしか見えないそれが、妙に恐ろしい。
本能的な恐怖とでもいうのだろうか。
明確に何が、というわけでもないのに妙に恐ろしく感じられるのだ。
実際それに囲まれてしまったどんぐりは言葉の途中で黙り込んでしまった。
「真の姿を取り戻す。うん、そうだね。取り戻せたらの話だね。現状どう足掻いても無理だと思うけど。
さて、お前が真の姿を取り戻すのと私がここでお前の魂を消滅させるのと、どっちが早いと思う? 精々口のききかたには気を付けた方がいい。あぁそれと。
相手の実力もきっちり判断しないと、うっかり死ぬのは誰かって話なんだよね」
「っていうか、真の姿を取り戻したところで果たして伯父さんに勝てるものかね? 正直これ、どう見ても三下だろ?」
きゃんきゃん喚くのは三下得意技だもんな、とかクロムが言っているものの、それに対しても何も言葉が返ってこない。
どうやら本気で恐怖で固まってしまったようだ。
「もしかしてルクス、それの正体もう大体察しついてたりするの?」
ステラが問えば、にこやかな笑みを浮かべたままルクスは視線をどんぐりからステラへと向けた。
「まぁ、そうだね。何となくは」
アミーシャが持っていた時には全く気付けなかったけど、こうして玉そのものを見て、尚且つそこから魂とやらを引っこ抜いてどんぐりにINした時点で気付かないはずもない。
しかしこれは……とルクスも少しばかり考える。
いや、一応こういう展開を想定していなかったわけではない。
こういう、というのが今の状況であるかと問われれば多少の違いはあるけれども。
ダンジョンに関係しているのが神に連なる存在であるだとか、ダンジョンに意図的に傷をつけた以上関係者が殴り込みに来るだろうとか、確かに考えてはいた。
結果としてやってきたのがアミーシャだったので正直ちょっと思惑から外れてしまったな、とも。
けれどもこうしてアミーシャの更に背後、彼女を操る、というか体よく使うという意味での黒幕を引きずり出すだとか、そういう部分においては成功したといってもいい。
いい、のだが……何というかルクスの思っていたものとは若干方向性が違ったのだ。
むしろ。
ルクスは玉をそっと手にとった。
「…………どういう事なんだろうね。一体何がどうなってこんな事になってるんだろう。不思議でならないよ」
「伯父さん?」
「あぁ、うん。そうだね、どう言えばいいのかな。
少なくともそいつが重要な情報を握ってるとは思えない。アミーシャを利用してダンジョンをあれこれできる程度には好き勝手できたようだけどじゃあこいつ単体の力かっていうとそうじゃない。
引っこ抜いてどんぐりに突っ込んだけど、この玉もまた魂の核のようなものであるんだ」
「それって……例えばゴーレムの核みたいな?」
「まぁ、同じだとは言えないけど近いかもしれない」
難しい顔をしているルクスにつられてクロムもまた何やら考え込むようにしているが、恐らくあれはわかっていない顔でもあった。
というかだ。
ルクスの言葉を聞いたままそのままに受け止めるのであれば。
「魂の核、結晶化したみたいなやつよね、それ。で、そこにそっちの魂が入り込んでた、って事? それってどうなの?」
明らかにおかしい。
何かの間違いではないかとすら思える。
肉体を器としてその中に魂が、とかいうのはよく聞く話だ。
魂魄だとか、陰陽だとか、前世でなんとなく漫画とかゲームとかに手を付けていればどこかで一度は目にする内容だろう。
体から魂が何かの拍子に抜けちゃって、自分の身体を見下ろしていた、なんていう幽体離脱的な話だって似たようなものだ。
時にコメディ、時にホラー展開でやっぱり何かの拍子に魂が一度抜けて、たまたま近くにいた別の人の身体のなかに入っちゃった、みたいな入れ替わりネタとか。
けれども。
ルクスの言い分を素直に信じるならば、器ですらない。
何でまた玉になってるかはわからないけれど、それも魂であるのならそこに別の魂が入るのはどうしたっておかしな話ではないか。
皿の上にケーキを乗せる、とかそういう話ですらない。ケーキの上にもう一つ別のケーキを乗せる、みたいなやつだ。隣に並べるとかそういう話ですらない。最初から二段三段構成のケーキを作るならともかく、これに限ってはそういうやつですらない。
「それって……大丈夫なの?」
「普通は大丈夫じゃないかな。とりあえずステラ、きみの魔力、注いでみるかい?」
すっと玉を差し出してルクスが問いかける。
先程は即答で却下したけれど、今は少し状況が変わっている。黒い針に囲まれて身動きできないどんぐりからはまるで否定するような呻き声がした。先程は魔力を欲していたくせに、今はそうではないとか随分とわかりやすいものである。
ルクスと立場的に敵対しているとかであれば、彼のこういった親切そうな提案だとか勧めは乗るべきではないけれど、敵対しているわけではない。敵対するような事になるとすればそれは、ステラがクロノを裏切る時であり、もしくはルクスがクロノを見限った時だけだろう。
現状どちらもあり得ないので、その提案は面白半分というわけでもなさそうだ。
まぁ魂だけの状態であれば、もし何かあっても即座に破壊すれば仕留める事は可能だ。
いざとなった時にはクロムに破壊を頼もう。
そんな、とても物騒な事を考えながらステラはルクスから玉を受け取った。
じっと見てみるが特に何かおかしいと思うような部分はない。魂が形になったもの、と言われなければ普通にただの玉だと思っただけだろうくらいに普通の玉だ。
手にしてみたけれどうんともすんとも言う気配のない玉に、本当にこれ大丈夫なのかしら? と思う。
危害を加えてくるだとかそういった心配はしていない。ただ、魔力を注いだとして果たしてこれは生きているのだろうか? という疑問はあった。
どんぐりの中に入れられた何者かの魂は、沈黙を貫いている。いや、先程まではうるさかった事を考えるとルクスが実行した魔術、どんぐりを取り囲んでいる黒い針が余程の脅威なのだろう。それがなければきっとやめろだとかそんな事しても無駄だとか、もしくは自分を戻してからやれだとか、そういう風に言っていたかもしれない。
むしろ魔力を注ぐなら早く! とか叫んでいたら逆にやらない方が良さそうだと判断しただろう。
口を噤んで魔力を注がれるのを待っているだけ、という可能性もゼロではなかったけれどどんぐりはそれを止めるつもりなのかやめろという念を込めるように唸っている。
早く注いで、とかそういうリアクションでないのは確かだ。
どれくらい注げばいいのかはよくわからないけれど。
それでもアミーシャの話を聞いて、多めに注いでおいた方がいいんだろうなと思ったので。
「はいそれじゃいきまーす」
ステラは遠慮も何もなく魔石に魔力を込めるのと同じ要領で玉に魔力を注いだのだった。
空のコップに勢いよく水を注ぐような勢いで注がれた魔力は玉の中に満ちるようにして循環していく。
そうして玉はうっすらとだが輝きはじめた。
そのまま更に魔力を流していく。
輝きはみるみる増して――
『あぁ、力が満ちていく……今まで奪われるだけだった力が蘇るのを感じます。
ありがとう、親切な人。貴方のおかげで今ひとたびわたしは役目を果たす事ができそうです』
玉から声がした。
いや、さっきもしていたから別に驚く事ではないのかもしれないけれど、それでもまさかまた玉から声がするとは思っていなかったらしいアミーシャが「えっ?」と困惑した声だけはしっかりと聞こえた。




