そしてどんぐりである
「――これが全部、これが全てよ。これ以上話せる事なんてないわ」
カラコロと転がされながらも、アミーシャは必死に今までの事を喋った。泣きたい。けれども今のアミーシャに涙腺なんてものはなく、流そうにも涙なんてものは出るはずもなかった。
何せ今のアミーシャはドングリである。
ドングリに適当に目とかついてはいるけれど、それは作り物でついでに言うなら手のようなものはあるけれど足はない。
人形っぽいものを作るにしたってやっつけ仕事にも程があるでしょ、というような誰が見ても手抜きだとわかるもの。
それが今のアミーシャの身体であった。
どこで人生間違ったんだろう。
アミーシャは簡易檻の中でコロンコロン転がされながらもそう思うしかなかった。
商人を目指した事が悪かったんだろうか。
一生懸命やってたけど、実の所あたしには向いてないんじゃないかなぁ、とも薄々思ってはいたのだ。けれどもあの頃は若さ故に、その事実から目をそらしていた。
今は駄目でもいつかは……! なんて希望を胸に抱いていた。何とも可愛らしいものである。
それともあの玉を拾った事だろうか。
けれども、あの玉には確かに救われた部分もあるのだ。
あのままだったらきっと胸にぽっかりと穴を抱えて生きていただろうし、それでいてあのまま緩やかに死んでいったに違いない。
ダンジョンを作るという行為はどうにも自分の力が弱かったのもあって思うままに、とまではいかなかったけれどそれでも楽しかった。ダンジョンを作った事でそこに人が集まって村や町を作ったりして、それを見ていると自分が何だかまるで神様にでもなった気分だったのだ。
自分がした事は微々たるものであれど、それでもあの瞬間、あの光景を思い出すと何ともいえない高揚感がある。
自分の作ったダンジョンを傷つけられて、尚且つ力をごっそり失う羽目になった元凶を自らの手で倒そうと考えた事だろうか。正直これが一番原因ぽい。
一見すると全然強そうに見えないのに、そんな事はなかった。
そうだ、虎の子の神器まで持ち出してダンジョンを傷つけた張本人であるルクスのアビリティを消そうとしたのに、まさか最初からアビリティがないとか誰が思うだろうか。
じゃあ、その能力一体何なのよ! とドングリコロコロしながら叫べば「魔術だけど」とあっさり返されて。
魔術関係のアビリティすら持ってないくせに魔術使ってそんなえげつない威力出せるの!? と混乱するしかない。
長い間共に行動してきたリビングメイルたちを一撃で簡単に蹴飛ばせるようなクロムだって、隙をついて攻撃しようにもアミーシャの実力では無理だと早々に判断するしかなかった。
実のところダンジョンの中で魔物を使って彼らの様子を見ていた事もあったのだが、大体そういう時にその魔物を倒していたのはクロムだったのだ。
こいつ、もしかして気付いてる……!? とアミーシャが勘繰るのも仕方がない。
そっと観察していた時にベルナドットもそれなりに注意を払う相手であったのもそう。
けれどもあくまでも弓使い。近距離戦に持ち込めばどうにでもなるとは思っていた。
……まぁ、結果として直接対決したものの見事に負けたわけだけど。
やっぱり、唯一紅一点でもあるステラを狙うべきだった。そしたらもしかしたらこんな目に遭ってなかったんじゃないかしら、とアミーシャはカラコロ音を立て転がりながらもそう思っていた。
「ところであたしなんでこんな事になっちゃってるの!? あたしの身体は!? なんでドングリになんてなってるのよ!? ねぇ、これ元に戻るの!? ねぇったら!」
最初は勿論今までの事なんて話すつもりはなかった。
けれどもカラコロ転がされ続けて、どんぐりに三半規管はないはずなのに目が回ってこの状況から抜け出すためにはせめて知っている事を話して相手と対話する意思があると見せて少しでもこちらも情報を引き出せるようにしなければならない。
それくらいはアミーシャだってわかっている。
こっちは何も話さない。でもそっちの情報教えなさい、じゃ向こうだって話す気すら失せるというものだ。
それどころか現状立場的に向こうが上。それなのにこちらが一切情報渡さないけどそっちが話せ、なんて態度に出してもアミーシャの立場が悪くなるだけで何の得にもなりはしない。
「元には戻れないんじゃない? だってあなたの身体、焼かれちゃったし」
「はぁ!? 焼かれた!? なんで!?」
「魔女だって言われて」
そう言われるとアミーシャもそれ以上何も言えない。
「ルクスが貴方のギルドカードちょっと手を加えてほとんど読めない文字にしちゃったんだけど、最後の一文に彼女は生きている、とかそこだけ読めるようにしたせいでそれ見た皆が不気味がっちゃって。魔女だ。魔女が復活する前に早急に身体を処分しなければ、みたいな流れになってとてもスムーズな火葬だったわ」
「私としては一応アミーシャの生存を知らせておくべきかな、と思っての事だったんだけどねぇ」
「ちょっとそれまんまと裏目に出たじゃない! どうしてくれるのよぉ!?」
「裏目に出た、っていうか伯父さんの事だから計画通りだろうよ」
クロムが冷静に突っ込む。
アミーシャが実は魔女なんてものではなく、その身体も大切に保管しておくべき、みたいな流れにするのであればギルドカードだってもう少しそういう風に沿った内容にしていたことだろう。けれども実際はこの世界の住人には読めない文字で、最後の最後にたった一文、彼女は生きているとか逆に意味深さが増すだけで悪い想像しか掻き立てられない。
魔女だと信じて疑ってない死体が、いつ蘇るかわかったものではないとか思ったら後はもう速やかにこの身体を炎で清めよ! みたいな流れになるのはある意味で当然のものだろう。
「そ、そうだ。そうじゃない、えっと、貴方達あたしに一体何をしたの……?」
今に至る経緯というか、ダンジョンを作る事になった流れというのは話した。生い立ちから話したのはちょっとくらい同情してもらえれば自分の立場が少しは良くなるんじゃないかな、とかとりあえず元の身体に戻してくれないかなという打算もあったが、その打算は脆くも崩れ去った。
身体がないとかそんな、これから一生ドングリのままなの!? と思わなくもないが、何故かアミーシャの意識はそのドングリだ。
もしかしたら、せめてもうちょっとマシな……例えば人形とか、そういったもうちょっと可愛らしい見た目の何かに移る事もできるのではないかしら? とちょっとした期待もある。
ステラたちに関わる流れは話したし、闘技場で逃げた後の事なんて言うまでもない。
逃げた先でルクスがやって来て、気付いたらドングリだった。
それもかなり重要な状況ではあるけれど、問題はそれだけじゃない。
あのダンジョンは、アミーシャの管轄しているダンジョンでもあるのだ。彼女の管理するダンジョンの中で一番大きなダンジョンで、力を溜めるのにも最適。むしろあのダンジョンがあるから他のダンジョンをどうにか回していけるというもので。
けれども、あの時。
勝敗が決まって仲間が魔物である事を暴かれた時、逃げるしかないと思った。
今はもうこの大陸にいる方が危険だ。数年どころか数十年、百年単位でこの大陸からは遠ざかった方がいいとすら思ったくらいだ。
だからこそ、あの時アミーシャは管理者権限で転移して逃げるつもりだった。
けれどもそれができなくなったのだ。
結果としてこそこそと逃げ出して、ダンジョンの転移装置を使って逃げる羽目になったのだけれども。
「何、って。いやあね、貴方がやった事と大体同じよ?」
不思議そうな表情でステラが言った言葉をアミーシャはすぐに理解できなかった。多分ドングリになっちゃったから脳みその容量減ったのもある。いや、実際そうならアミーシャという人格、意識があるはずもないのだが……ドングリのせいにしただけで、もし本体であったとしても理解できたかは微妙なところだ。
「初めて貴方が私たちの前に出てきた時に使った神器あるでしょ。あれ、拾っておいてちょっと調べてみたのよね。力を失った、とはいえそれでも全部が全部壊れて砂のように崩れ去ったわけでなし、外側は完全に残ってたし、中身はアビリティを強制的に消し去るもの、ってわかってるなら調べようはあるもの」
調べようはある、とはいえ、それとんでもなく凄い事なのでは……とアミーシャは思った。口に出すと何だかステラが「ふふん、すごいでしょう」とか勝ち誇るのではないかと思ったので言わなかったが。これはアミーシャの単なる被害妄想である。
「同じものを作るにしても、神器って見た目が全部あれで統一されてるなら下手にそこらで使うわけにもいかないじゃない。だからとりあえず……ベルくんの武器に改良しちゃった」
「……え?」
あまりにもあっさりと言われて、アミーシャは自分の理解する能力がおかしくなったのかとすら思った。
神器を再現するにしても見た目が同じであれば、確かにそこらで好き勝手使うわけにはいかない。神器はダンジョンで見つけた場合国に提出しなければならない物だ。
それは、アビリティ能力で悪事を働くような相手からその能力を剥奪するという刑罰には最適だし、それを国が管理する事で一応国としての体裁もあるのかもしれない。アミーシャはそこら辺詳しくないけれど、まぁ国の威光とかそういうのないと纏まるものも纏まらないんだろうな、くらいにはわかっているつもりだ。
逆に国がその神器を好き勝手に使ってのさばるようなら探索者だって神器をご丁寧に提出しないし、むしろその神器を手に王族からアビリティを奪ったりしているだろう。
過去にそういった事件がなかったとは言わない。
けれどもステラの言い分からすれば、既に神器の能力の解析を済ませて、尚且つ見た目はそれとわからない別のものでその能力を発揮できるようにした、というわけで。
アミーシャは闘技場でベルナドットから受けた矢の事を思い出した。
そうだ、両手両足を貫かれた後、確かに力が使えなくなっていた。
「アビリティっていうの私にはよくわからないから、とりあえず一時的に全体的に能力を封じる、みたいなやつになっちゃった感はあるけど。でも、その様子だとちゃんと効果あったみたいね」
「な、なんつーもの作ってるのよ!?」
何か凄いさらっとえげつない話を聞かされた。
あの時確かに逃げる際、前と違って身体が重く感じてはいた。怪我を無理矢理治して逃げた時の事だからまだ完全にダメージが抜け切れていないのと、精神的にあの時は余裕もなかったしでそういったあれこれで万全の状態ではないのは事実だったし、それでだと思っていたのだが。
ダンジョンの管理者になった時に溜めた力でアミーシャは多少なりとも自分の肉体を強化もしていた。
いくら仲間に魔物を従えているとはいえ、アミーシャ本人は不老になったといえど身体的な能力が爆発的に上がったわけでもない。他のダンジョンを探索してみるにしても、身体を鍛える余裕はあまりなかったし、それもダンジョンで得た力を使って少しずつ上げていたのだが……
それらも全部封じられたとなれば、確かに今までと違って身体が重く感じたり動かしにくくなったと思うのも当然だった。
正直アミーシャが上級者向けダンジョンに行けるようになったのだって、その能力の底上げがあったからだ。でなければ仲間の魔物三体引き連れてであってもほぼ無傷で毎回上級者向けダンジョンの中を行けるはずもなかったのだ。
思い返す。
あの時のベルナドットの矢は特に見た目にわかりやすい何かがあるでもなかった。
普通の矢にしか見えなかったのに、それでも命中すれば能力を一時的に封じられるとか、そんなの全部避けるしか――
いや、待って?
「そういえばあの時の矢、どうやって出してたの……?」
ベルナドットが弓を構えた時には既に手には矢があった。けれども矢筒といったものはなかったはずだ。数に限りがある矢であればダンジョンを行く探索者も戦いが終わった後で使える矢は回収したりするのだが、ベルナドットが身に着けているのはポーチくらいで矢筒なんてものは見た覚えがない。
「ん? あぁ、魔力で出してる」
「つまり、それって」
「俺の魔力が尽きるまで矢は出るな」
とんでもねぇ。
アミーシャの内心はまさにこの一言に尽きた。
あの時闘技場で相手の矢がなくなるまで逃げ回る作戦とか立ててたら確実にこっちが先に体力の限界を迎えていたに違いない。
しかも見た目で普通の矢だ。本当に単なる矢であるならともかく、油断してかすった矢が能力封じだったらシャレにならない。
あたし、なんつー相手に戦い挑んじゃったんだろ……
アミーシャはもうすっかり今更ではあるのだが、何度目かの後悔をする羽目になった。




