よくある少女の不幸譚
ダンジョンから脱出したアミーシャはまず周囲を気にせず泣きながらダンジョンの外に出た。
ウソ泣きなんてしなくとも、死んだばかりの父の事を思えば簡単に涙は出たし涙が出ればあとはもう感情のままにわんわんと泣くだけだった。
ダンジョンから出てきたアミーシャを見て、近くにいた人たちはぎょっとして彼女を見たし、何があったのかと心配して声をかけてくる者もいた。
だからこそアミーシャは泣いてひっくひっくと嗚咽混じりにその場にいた人たちに中での出来事を話したのである。
勿論、真実などではない。
アミーシャが探索者たちを殺したなんて言うはずは勿論あるはずがない。ギルドカードはないから探索者ギルドで調べるという方法はない。けれどもまだアミーシャの復讐は終わっていないのだ。
アミーシャはまず雇われている商人に頼まれてとある素材を採りにいくべくダンジョンへ行く事になったと話した。それは真実だ。
そしてアミーシャとその父だけでは当然危険であるため探索者たちと一緒に行く事になった事も。
けれどもここからはアミーシャの嘘が混じる。
商人が何故だかアミーシャとその父を殺そうとしたこと。
そしてそれらの手引きを探索者に頼んだこと。
けれども探索者たちが仲間割れをおこしたこと。
こちらを助けようとしてくれた探索者と父とともにとにかくダンジョンから脱出しようとしたこと。
けれどもダンジョン脱出目前で、助けてくれた探索者は追ってきた仲間に襲われて、死ぬ間際にどうにかしてアミーシャだけを脱出させてくれたこと。
父はアミーシャを庇って死んだこと。
これだけなら、探索者のうちこちら側についた事にされる奴がいい人扱いをうけてしまうが、それはやむを得なかった。
逃げている途中であの商人が実は後ろ暗い事を過去何度もやっていたなんて話をきいた。
今までもそういった依頼をうけていた。
そんな風に語っていた、とアミーシャは捏造したのだ。
仮にあの商人が今までそんな後ろ暗い事をしていなかったとしても、実際今回はやらかしている。
過去が実際どうであったかなんて知らない。けれども、そういった悪い噂というのはあっという間に駆け巡るものだ。事実無根であろうとも。
完全に根も葉もないものであればまだしも、少しでも事実が混じっていたならば。
いくら本人が嘘だと否定したところで、完全にその噂が消えるまでにはかなりの時間がかかる事を、アミーシャはよく理解していた。
泣きながら語るアミーシャの言葉は時々嗚咽によって聞き取りにくい部分もあったけれど、それでもどうにかして伝えようとするアミーシャの声をその場にいた者たちはそれこそ真剣に聞いていた。
それが表面上のものであれ、本心からであれどちらでもよい。
とにかく、商人に事の仔細が知れ渡る前。まさにダンジョンを出てすぐの時点で彼女は商人をとんでもない大悪党に仕立て上げたのだ。
実際町で働くアミーシャの姿を目撃していた者はこの場に数名いるし、後からやってきたアミーシャの父もまたよく働く男であった。
だからこそ、アミーシャの言葉はすんなりと信じられたのだ。
まさか全員をアミーシャが殺したなど、誰も思っていなかった。
返り血を浴びているものの、それは最後に庇ってくれた探索者のものだろうと周囲は勝手に納得した。
アミーシャが探索者を殺せるはずがない、とその場にいた者は信じて疑わなかったのである。
探索者ですらないアミーシャと、何度もダンジョンで魔物と戦っている者たちと、それを考えれば確かにアミーシャが、とは思わないだろう。もう少し後になって冷静に考えたらおかしくないか? と思う者は出るかもしれない。けれどもダンジョンから泣きながら出てきたアミーシャのそれは到底演技には見えないし、泣いて涙だけではない、鼻水も出て顔面ぐしゃぐしゃにしている状態でウソ泣きだとか言えるはずもない。
話はあっという間に駆け巡って、憲兵に連れられてきた商人がアミーシャのところへ着いた時にはもうすっかり手遅れだった。
泣きながら商人の顔を見たアミーシャが、
「どうして、どうしてあたしと父を殺そうとなんてしたのですか。どうして。あたしたちは何も見ちゃいなかったのに!」
と叫べば、商人は何が何だかわかってないのもあって言葉に詰まってしまった。
事情を事前に知っていれば、それは誤解だと口先だけで言えたかもしれない。
けれども商人は、町の住人がアミーシャの事を憲兵に知らせ、そこから憲兵が事実確認のために商人を連れてきた、という状況で何があったかを聞く間すら与えられなかったのだ。
確かに商人は事故にみせかけて二人を始末しろと指示を出した。
それもあって、アミーシャが生きていたという事に少しだけ、ほんの少しとはいえ初動が遅れた。
真っ先にアミーシャを心配していた言葉をかけていれば少しは周囲の町の住人の心証も変わったかもしれない。けれども真っ先に思ってしまったのは、あぁ、あいつら失敗したのか。という当たり前の事実であって、そして次に自分がどう出るべきかを考える間もないうちにアミーシャの悲痛な声が響き渡ったのだ。
殺そうとしたのは事実なので商人としてはどうにか誤魔化すにしても、その後の言葉にぎくりとしてしまった。
何をどう調べられても後ろ暗い事のないクリーンな人物であったならまだしも、確かにこの商人はいくつか後ろ暗い事をしていたのだ。しかもアミーシャはまるでそのどれかを知ってしまったかのような言い草。
何を、どれの事を言っているんだ……!?
実際アミーシャはそんなもの何も知らない。けれども、心当たりがあったせいで商人は無駄に頭を巡らせて考えてしまった。彼女が知っているものによっては本当にとんでもない事になってしまうぞ……? なんて思いながら。
今回ばかりはその態度が悪かった。
そのほんの少しの態度と反応で、アミーシャの言葉がすべて、それこそ全部真実であるように見えてしまったのだ。そうなれば商人がどれだけ否定しようとも駄目だった。それこそ必死になればなるほど。
何をどう言い繕ったところで信用なんてされなかったのだ。
憲兵が商人を連れていき、他の――町の治安を任されている者たちが商人の家に踏み込んで色々と調べると、なんとまあ確かにいくつかの犯罪の証拠が出てしまったのだ。
そうなればいくら商人が否定したところで手遅れだった。アミーシャの言葉は正しかったのだ、なんて可哀そうに……お父さんまで殺されてしまったのでしょう? あんないい娘さんをねぇ……そんな、アミーシャに対する同情と憐憫の言葉が周囲で広がっていく。
同時に、商人に対して内心嫌っていた連中がここぞとばかりにあいつは今までああいう事をして~だとか今回の件に関係のない悪い噂も吹聴した。
そして今までそれなりに仲良くしていた者たちも、黙っていたけれど実は……なんて彼の悪いと思えるような話を広め始めたのだ。
勿論最後まで商人の事を信じていた者もいる。
いるけれど、それでも世間の……というか町の空気は完全に商人はとんでもない悪党だった、という一色で、下手に擁護すれば自分たちもいずれかの犯罪に加担していたのではないか、と疑われかねない。
信じたい気持ちは勿論あるが、けれどもそれを大っぴらに宣言できないために――町はあの悪党をきっちり裁け! という空気一色になってしまっていた。
商人の家族には妻がいた。こどもはいなかった。
だからこそ、アミーシャはまず妻に、旦那さまには今までお世話になりましたがそれでも、殺されるような目にあわされてまで尽くそうとは思えませんと告げ、速やかに町を出る事にした。
妻としては今まで面倒見てやったのに、という気持ちは確かにあった。あったけれど、夫が実際に殺そうとしていたのは本当のようだし、既にアミーシャは父親をそのせいで喪っている。
ここでアミーシャを罵れば、夫だけではない、妻まで実は殺害事件に関与していたか加担していたのだろう、なんて噂があっという間に流れるだろう。
そう考えれば妻もまたアミーシャに手出しはできなかった。
商人は捕まったが、まだ生きてはいるのだ。
とはいえ、彼が戻って来ても商売人としてこの町でやっていくのはもう不可能だろうけれど。
町を出る、といっても行く先などあるはずもない。
けれどもアミーシャはまず、周辺の町や村の情報を教えてもらってどうにか自分の故郷があった場所を目指す事にした。もう既にダンジョンはなくなってしまったので転移装置で行ける事もない場所だ。
行ったとしてもかつて村があったというのがわかる程度に廃墟となってるだろうそこへ、それでもアミーシャは一度行くべきだと思ったのだ。
だってそこには母の墓がある。
幸いにもダンジョンの外に魔物はいない。
時間がかかっても、辿り着ける。
そう考えて、アミーシャはたった一人、旅に出たのだ。
ここまでならばまだ、可哀そうではあるが割とよくある話だろう。
彼女の人生が変わるのは、数か月後。どうにかして故郷があった場所へ戻ってからだった。




