どんぐりに声帯はないけれど
「――っていうのが一連の流れだったわね」
アミーシャの死体が焼かれ、その後の事は司祭様と司教様にお任せしてステラとベルナドットを含めた探索者たちは各々自分たちの拠点へと帰っていった。
そして戻ってきて早々にステラは一足先に戻っていたルクスとクロムに説明する。
キールに聞かれて困るものではないが、彼には既に簡易的に説明してある。
実はこっそりアミーシャが使った神器を回収していた事に驚かれたが、それだけだ。
キールからすれば死んでるはずのアミーシャのギルドカードに彼女は生きているとかいうとても意味深な言葉が出ていた事は気になったものの、それでも既に死んでいる状態のアミーシャの身体は焼かれて灰となった。
気になった事があったとしても、既にアミーシャ本人に聞く事はできないし事態はひとまず解決したと考えたのだろう。
今日の所はゆっくり休んでください、と気遣わしげに言われたので、遠慮なく休む事にしてルクスの作った別空間へとやってきたわけである。
「で、そっちはどうなの?」
大聖堂での出来事は正直ステラからすれば予定調和も同然だった。
ただ、探索者たちだけに任せていれば後日改めてステラたちも呼び出された事だろうし、それまではアミーシャの死体もどこかに保管されていた可能性がある。
いや、こっそりギルドカードから情報を調べる事はできただろうし、そうなれば結局はあの結果になっただろうとは思うのだけれども。
だからこそあの時ベルナドットを伴ってついていったのだ。
アミーシャがルクスに使った神器を差し出せば、まぁ大体話の流れはステラたちの思う方向にもっていく事ができるだろうと考えて。
そして事実その通りになった。
アミーシャが魔女、というのは果たしてどうなんだろうかと思いはするが、アミーシャの身体は既に焼かれ、事実として彼女は死んだ。
実際はまだ生きていたとしても。
「どう、と言われてもね。生憎口を割ってくれなくて。いやぁ、困ったな。ははは」
全然困ってない口調で言うルクスに、ステラは思わずじとりとした視線を向けた。
「別に口を割ってくれなくたってどうとでもできるんでしょ? っていうかもう大体把握してるんでしょ、ルクスは」
「はい母さん」
「何、クロム。どうしたの」
「話が見えない」
「俺もだ」
「えっ、ベルくんも? 一緒に大聖堂に行っておきながら?」
「あんたが引っ張ってったんだろうが。正直なんで俺連れてかれたのかもよくわかってないんだぞ」
ベルナドットからすればステラに引っ張られて大聖堂まで行く事になりはしたものの、あの中での会話は大体ステラが済ませたので本当に何で一緒に連れていかれたのかさっぱりなのだ。
むしろつい先程まで闘技場で戦っていた相手が死んで、しかも魔女だと言われて更にはあのギルドカードだ。
展開についていけていないという自覚すらあった。
クロムに至ってはもっとついていけていない。
ステラがベルナドットを連れて出ていったあと、流石に三人でダンジョンの先へ進むわけにもいかないだろうとなったので、まずはキールとクロムを連れてルクスは拠点へと戻ってきた。
残っていた魔術師たちに今回の出来事を話して、結果はステラが戻ってきたら教えてくれるんじゃないかな、なんて言いながら部屋に戻ったのだ。
そうしてステラたちが戻ってくるまでの間、クロムは何が何やらわかってない状態で待つ羽目になった。
ルクスは少しの間離席していたが、すぐに戻ってきたので二人で待っていたもののクロムはやはり詳しい話は知らないままだ。
だというのに、待っていたルクスと帰ってきたステラの中では既に話が纏まったかのような言いよう。
どういう事なんだと思うのはある意味当然の流れだった。
「そっか……実は二人にお知らせがあります」
あれどうして伝わってなかったのかしら、と言いそうな顔をしてステラは気を取り直したかのように改まって口を開いた。
「ルクスは既に探索者ギルドにあるギルドカードを読み取る機材の仕組みを何となく把握してるんだけどね?」
「はいいきなり初耳案件きた」
「ベルくんはちょっと黙っててちょうだい。で、どうにもこっちの世界では古代の魔術に関する技術が使われてるらしい、っていう感じなんだけどルクスからすればそこまで難しい術でもないらしくて」
「ギルド職員ですらどうして読み取れるのかわかってないふんわり技術に対する扱いが相変わらず伯父さんらしくてどうリアクションすればいいやら、って感じだな」
「とりあえず私たちが異世界から召喚された事がわかりそうな部分は誤魔化す事ができるようになってるっていうか、既にギルドカードの情報一部書き換えられてるっていうか、まぁ、偽装工作は完璧って話なんだけどね。
あ、キールとか一緒にダンジョンにいった魔術師のも一部こっちと矛盾が生じないように書き換えてあるわ」
「割と重要な話じゃないかそれ。いつから!?」
「少し前からよ」
「いや、何でそういう重要な話をしないんだよ伯父さん!」
「わざわざ自分の実力をひけらかすような真似はどうかと思って」
「ここぞとばかりに普段絶対言わないような謙虚さを前面に出されてもさぁ!?」
ベルナドットとクロムの反応は概ね想像通りだった。
まぁ、そうなるわよね、とステラも納得である。
けれどもこういうのは事前に言ったとして、ベルナドットはさておきクロムは演技とか自然にこなせるかどうか微妙な部分があるので、事前に言うのは得策ではないと思っていた。こうやって少し後になってから暴露すれば今更感も出て挙動不審な言動はなくなるだろうと思ったからこそ、あえて黙っていたというのもある。
ベルナドットに知らせなかったのはクロム一人に教えないとそれはそれで後で拗ねるかもしれない、と考えての事だ。クロムも既にいい年した大人扱いではあるものの、それでもステラからすれば我が子の一人だ。
露骨に子ども扱いをするつもりもないが、こういった時にハブったのがクロム一人となれば後で事情を説明されて納得してもやはり心のどこかにしこりは残るかもしれない、と考えた結果だった。
少なくとも自分一人だけのけものにされたわけではないと知れば、同じ扱いをされたベルナドットと愚痴を言い合うなりできるだろう。
とはいえ、クロムの性格上そういう事をするかどうかは微妙なところだが。
「で、ここまで言えばわかると思うんだけど、アミーシャのカードも当然偽装工作されたわけよ。
っていうか、何あの文字。見知らぬ不明言語の羅列とか不気味すぎて探索者たちと大聖堂の人たちドン引きしてたんだけど」
「あぁ、あれ? 下手に異世界言語だともしかしたら一部伝わってる可能性もあるかなと思ったから、昔作ったオリジナルなんちゃって言語を少々いじったやつにしたんだけど」
ここまで言えばわかると思うんだけども何も、いきなりそんな情報投下されて直後に閃けるはずもない。
いやわからんて、と小声で突っ込んだベルナドットではあったが、まぁ案の定スルーされた。
ルクスの言い分にステラも一応理解は示した。
そういえば今は使われてないらしいけど、大昔には勇者召喚の術、一応使われてた事もあったんだったわね、と。そうか、そうなると確かに異世界の言葉であっても一部伝わっている可能性は存在する。ステラたちの世界ではその勇者召喚に協賛していないとはいえ、似たような世界があるのなら文字だって似た系統で発展していてもおかしな話ではない。
自分たちの世界の文字とこちらの文字、言語は異なるようだが召喚された時点で翻訳されるようになっているのか不自由はしていない。恐らくこちらの世界で自分たちの世界の文字を書いたとして、相手に翻訳されるかどうかは微妙なところではあるものの、今回は翻訳されると困るわけで、ルクスのオリジナルなんちゃって言語とやらはある意味でファインプレーと言えるだろうか。
正直あまり大っぴらに褒めたいとは思わなかったが。
それ以前に異なるとはいっても、大きく異なってる感じでもないので仮に翻訳機能が組み込まれていなかったとしても恐らく最初だけだっただろう。困ったのは。
「あの文字見て皆不安定な気持ちになって挙句最後の一文はしっかり皆にわかるようになってたせいで、余計に彼女が魔女だという説は確かなものになっちゃったわよ」
「いやあの、俺も正直驚いてるんですけど。そういう心臓に悪いドッキリやめてくんないか? やるにしてもせめて俺には事前に話通してほしい」
「あの状況でベルくんに説明する余裕とかなかったから、なるべく自力で真実に辿り着いてちょうだい」
「また無茶振りをする」
生憎ベルナドットは探偵ではないので、ほんの少しのヒントから真実に辿り着けるなどとはこれっぽっちも思っていない。
「えっと、つまりは偽装工作でアミーシャを魔女に仕立て上げたって事だよな。どうしてそんな事を?」
何もそこまでしなくとも、という思いはある。ベルナドットとしてはアビリティだので得体の知れない能力を授けられてる相手がそういう風に見なされる事だってあるだろうに、とすら思える。
とはいえ、魔女だと最初に言ったのは自分たちではなく闘技場でベルナドットとアミーシャの戦いを観戦していた探索者たちだ。それに関してはこちらの不可抗力だとしか言いようがない。
「どうして、と言われてもね。アミーシャは生きているし、素直に身柄を渡すわけにもいかなかったからね」
彼女は生きている。
あの一文がベルナドットの脳裏に浮かんだ。
「生きてる?」
いやそんなはずはない。ベルナドットはアミーシャの死体を運んだりしていなかったけれど、それでもその死体と一緒に大聖堂まで行って、尚且つその後彼女の身体が焼かれていくのを見たのだ。
生きていたならそれこそ断末魔に等しい叫びが彼女の口からは迸っていただろうし、一緒にその場にいた探索者や大聖堂の者たちだってもっと混沌に叩き落されていた。
けれどもアミーシャの死体は何事もなく焼却された。彼女の口から悲鳴が上がる事もなく、だ。
「さて、では紹介しようか。彼女がアミーシャだ」
困惑しているベルナドットの期待に応えるように、とかそんな事は一切思っていないのだろう事だけはわかるリアクションで、ルクスはすっと空間から何かを取り出した。
空間に収納できるものの中に人間だとかの大きな生物は入れる事ができないはずだが、小さな虫だとか鉢植えの花だとか、生きているものを全く入れる事ができないわけでもない。そこら辺は個人の能力次第なのでベルナドットは基本的に植物の種を多めに保管しているし、ステラも素材になりそうなものであればいくつかは空間収納している。
ルクスくらいの実力になれば人間くらい簡単に収納できてしまうんだろうか、とベルナドットが思っていたものの、ルクスが取り出したのは人間サイズの何かではなくそれよりももっと小さな物だった。
大きさとしては……小さめの缶飲料くらいのものだろうか。上下に蓋のようなものがついていて、その蓋同士を繋ぐように上下外側にいくつかの棒が突き刺さっている。
かご、と言われればまぁ、分からなくもない感じの代物ではあった。虫だとかを閉じ込めておくためのもの。そういったものに近い。
棒と棒の間の感覚はそこそこ開いているものの、その隙間から逃げ出せるものではないらしい大きさ。そいつはちょこんと檻にも見えるその中に置かれていた。
「伯父さん、何かの冗談?」
「まさか」
クロムの目がわずかに細められ、何言ってんだこいつ? みたいな表情に変わる。
けれどもベルナドットもまたクロムと同じ心境だった。
随分とつまらない冗談にしか見えないが、冗談ではないと言われてしまうと戸惑いしかない。
中に入っていたのはそこまで大きくもないドングリだ。そこに目と口を描かれ、ついでに紐で作られた両手がドングリから伸びている。紐というより糸といった方がしっくりくるかもしれない。
足はついていないが、仮につけられたからといっても自立できるか疑わしい。
「やっつけ仕事にも程がないか、これ」
ベルナドットは思わず口に出していた。
だってこれ、どう考えても誰でも作れそうなくらいにやる気のない工作レベルの代物だ。
もっというならベルナドットならもうちょっとマシなものを作れるとすら思える程の。
これをアミーシャと言われても、頭大丈夫か? とか何かの冗談なのか? くらいしか言えないのはもうどうしようもない。というか他に何を言えというのだ。
例えば長年の恋人を失って心を壊してしまったせいで、これを彼女だと思い込んでしまった可哀そうな男の話などであればまだ、まだ、ベルナドットだって発言に配慮しようとは思う。
けれども別にルクスとアミーシャは恋人同士ですらなかったし、そんな仲に発展する程親密でもなかった。
むしろアビリティ消滅の神器を使ったくせに能力にまったく翳りのないルクスをアミーシャは得体の知れない生き物みたいに思っていて警戒していたくらいだ。
そんな悲しいエピソードがあるはずもない。
「やっつけ仕事なのは仕方がないよ。だって彼女が逃げて、それを追って捕まえてその後の事を、ってなったらまずこれ用意できただけでも充分だと思うんだよね」
ベルナドットの割と何の配慮もない感想に、ルクスは気を悪くした様子もなくこたえ、かすかに檻――カゴと言うべきだろうか? ともあれ、それを揺らした。
「あわわわわ、ちょっとぉ、何するのよぉ!」
カゴの中でコロンコロンと転がされるドングリ人形から抗議の声が上がった。
それは、冗談みたいな話だが確かにアミーシャの声であったのだ。




