生死不明の
魔女、という言葉を聞いてそれはもう大聖堂内がピリピリしたわけだが。
一先ず只者じゃなさそうなお爺さんを引き連れて戻ってきた司祭様の様子から、その只者じゃなさそうなお爺さんが司教様であると理解する。
すっかり血の気もなくなって死んでいるアミーシャを見てそれが魔女か、と疑わしげに見ていた司教であったけれど、探索者たちが一連の出来事を話せばふむ、とうめくような相槌を打って自らの顎を撫でつけた。
「ま、騙すにしても大がかりすぎるな。だが、それだけで信じるかと問われれば……」
まぁそうだろう。
直接見た彼らは信じる以外の選択肢がないけれど、こうして話だけを聞かされただけならばとても胡散臭い。
自分だって司教様と同じ立場なら、タチの悪い冗談はやめてちょうだい、とか言っていただろう。
ステラはそう思っているので別にすんなり信じてもらえなくてもなぁ、とじっと話を聞いていた。
「一つのチームの探索者だけがそう言うのであれば、偽証の可能性もなくはない。けれども、ここで名を挙げている探索者チーム複数が訪れたとなれば、嘘だろうと一方的に切り捨てるわけにもいかぬ」
「他に、何かないのですか?」
「他に、って言われてもなぁ……」
探索者は困ったように首のあたりに手をやって、特に何も浮かばなかったのだろう。何か、あったか? と近くの探索者に問いかける。
彼らは闘技場でのアミーシャとベルナドットとの戦いしか知らない。その流れでアミーシャが魔物を仲間として連れていた事しか知らない。
まぁ、やっぱりあっさり信じてもらうにはねぇ……とステラは内心で呟いて、そっと手をあげた。
「あの、いいでしょうか」
えっ、そこであんたが話すのか? とばかりにベルナドットに目を向けられたが、正直今ベルナドットに説明している余裕はない。というか、流石に茶番すぎて司祭様か司教様のどっちかがブチ切れる可能性すらあるのですっと前に出て、鞄の中からある物を取り出す。
「それは……!」
「アミーシャが所持していました」
「なんだと……?」
ひくり、と目元が引きつったのを確かに見た。
それもそうだろう。それはアビリティを消滅させる事が可能な神器と呼ばれる物なのだから。
「アミーシャが魔女だと言われた一連の流れは先程申し上げた通りです。
そして私たちは少し前から彼女に難癖をつけられておりました」
そっと差し出された神器を手に取った司祭は、マジマジとそれを凝視する。
「本物……何という事だ……しかも使用した形跡があるだと……」
「はい、私の仲間が使われてしまって……」
その言葉にどよめきが起きた。
アビリティを消滅させる神器を使われた。それも国の決めた事ではなく、個人の意思で。
この神器はダンジョンの中でも極まれに発見される事があるが、ダンジョンで見つけた道具はそれを見つけて入手した者が所有権を得る、という中でも例外アイテムだ。
これを発見した場合、確実に国に提出しなければならない。
勿論提出した場合、それなりに褒章は出る。タダで回収されるわけではない。
まぁ、褒章が褒章として適切なものであるかはさておき、提出せずに持っていたのであれば国に反逆する意思あり、とみなされる可能性もあるし万一適当な所で気に食わない奴に使ったなんて事があって大々的に訴えられでもしたらそいつは重罪人となる。
私怨で他者のアビリティを勝手に消滅させたとなるのだ。仮にアビリティを消した相手がどれだけ非道な人物であったとしても。そうなればそちらが今度はアビリティを消されても文句は言えない。
「あの、それについてはいいのです。幸い、といっていいのかは微妙ですけど、その人生まれつきノーアビリティだったので」
その言葉にまたもやざわめくが、まぁそれはどうでもよかった。
「だからアミーシャはその神器を無駄に使っただけ、という結果になったのですが。その時にこれ、落としたまま撤退したので拾っておいたんです。
神器を直接見た事なかったから、私もよくわかってなくて。その、アビリティが最初から無い人に使った場合、その力を失ってなかったのでは? と思って」
「では、貴方はすぐにこれを提出しようとしなかったのですか?」
「それについては謝ります。ただ、入手経路がわからなくて。ダンジョンで見つけるのってとても稀な事なんですよね? もし、これが保管されているような所にアミーシャが侵入しただとか、そこに出入りできる人とのコネとかあったら、って考えると……その、仮に返したとしても、私たちが盗んだという言いがかりとか、それがなかったとしてもまた新しく持ち出される可能性とか、ない、とは言えないじゃないですか。
だから、アミーシャが言い逃れできない状況まで……と思って、その、すみません」
ステラのとてもしおらしい態度に、司祭もそこまで厳しく追及するつもりはなかったらしい。そうか、と小さく呟かれた。
「ところで難癖、と言っておったな。それはまたどうして」
「私たちが幸運なルーキーだからです」
司祭も司教も、幸運なルーキーという言葉だけは知っていたらしい。では、そなたらが……とどこか物珍しそうに言われた。噂だけは聞こえていたようだ。
「初心者向けダンジョンで隠し部屋を発見して、そこで財宝を見つけたんです。私の持ってる短剣もその一つ。
けれどアミーシャはインチキだって。隠し部屋なんてあるはずないって」
いや、確認したけど確かにあったぞ、と離れた所からぼそりと聞こえた。どうやらわざわざ確認しに行った探索者がいたようだ。
「で、嘘つきって言われて。裁きを下すとか言われて、それでその神器を……」
「なんと、そのような事が……」
何という事だ……とあってはならない事が起きてしまったとばかりに司祭は首を横に振った。信じたくない事実が、しかし起きてしまったのだという苦悩からか表情も苦々しいものになっていた。
「それ以降、他のダンジョンでも彼女と遭遇した時は大体難癖をつけられてしまって。以前には彼女の仲間だという鎧を纏った人たちにボウガンで狙われて」
なんてやつだ……という声が小さくはあるがあちこちで上がった。
探索者たちからすればダンジョンに隠し部屋はあったし、だからこそアミーシャはそれを認められずに難癖をつけているようにしか見えない。
実際この部分に関してはアミーシャが正しいとしてもだ。
死人に口なしとはまさにこのこと。
誰もステラたちが隠し部屋を偽装したのだなんて思う事もない。
その事実に気付けるのは、やはりダンジョン関係者である者くらいなのだろう。
だからこそ、そうではない者たちはまんまと騙された。
とはいえ、騙されるのも仕方のない事なのかもしれない。
嘘を見抜けるアビリティ、とかそういうのがあったなら話は別だったかもしれないが、少なくともこの大聖堂の中にいる者たちの中にそういった人物はいないようだ。
いたらいたで、ステラも困りながらもどうにかしたわけだが。
「お嬢さん」
「はい?」
「ギルドカードを持っているかね?」
司祭に言われ、ステラは困惑しながらも自分の探索者としての身分証明にもなるギルドカードを取り出した。
「少し、借りるよ」
そう言われ、ステラのギルドカードは司祭の手によってすぐ近くに控えていた教会の人間だろう人物へ渡される。
それと同時に隣の部屋からだろうか。別の神官らしき人物が両手に収まる程度の機械のようなものを手にやって来る。
探索者ギルドにあった探索者カードの情報を読み取る機材に似ていない事もない。大きさはこちらの方が大分コンパクトではあるが。
それっぽいな、と思ったのは間違いではなかったらしく、ステラのギルドカードは読み取られ、司祭の近くの空間にモニターのような物が表示され文字が羅列されていく。
どこそこのダンジョンを攻略しただとか、ダンジョンで誰それとアイテムと魔物コインを交換しただとか、そういった情報がずらずらと表示されていく。
ダンジョンの中で起きた出来事を記録するものなので、ダンジョンの外で起きた出来事までは記されていないが、それでも廃墟都市ルスティルでアミーシャと出会いそこで神器を使われ回収したという部分も記載されてはいた。
ちなみにダンジョン内で作ったアイテムに関しては、錬成魔術とは別の方法だからなのか、どういったアイテムを作った、と記されるでもなくただアイテムの錬成に成功したとかそういった当たり障りのない情報しかない。
ステラの探索者としての情報は、こうしてみると驚く程にクリーンだ。
少なくともステラたちがどこかのダンジョンで神器を見つけ、それを使ったなんていう情報はない。そして使った後のそれをここでさもアミーシャが持ってました、なんて言いだしたわけではないという事は確かだ。
「情報を見る限り、そなたらに問題はなさそうではあるな」
ステラのカードではあるが、ダンジョンの中での出来事を記されている以上仲間の情報もそこには表記される。闘技場では一部別行動をする事になったが、それに関してもステラのカードには逃げ出したアミーシャを別の仲間が追って捕獲、程度にしか記載されていない。
ある程度情報を読み込んで、少なくともステラの証言に嘘はないと判断したのだろう。司祭は神官から返されたカードをステラへと渡した。
「そちらの……アミーシャとやらのカードはあるか?」
「え、そういや確認してなかったな。……死体とはいえ女、こっちで勝手に探っちゃっていいんですかね?」
「この場で死体に欲情するのか、お前は」
「まさか、司祭様冗談キッツイ」
探索者もそういう意味でいったつもりはないだろうに、あえて冗談にされてしまった言葉に仕方なく探り始めた。必要な事とはいえ死体から荷を漁るような真似をするのは正直勘弁してほしいと思っているのが表情に滲んでいる。
アミーシャのギルドカードは胸の内側のポケットに入っていたらしく、それをつまみ上げた探索者は直接神官へと渡した。
死体のカードという点で、神官の表情も少しばかり険しさが見える。とはいえ、確認するのが一番手っ取り早いのも確かだ。神官はなるべく速やかに済ませようと思ったのか、ステラの時よりも手早くカードを機械で読み取っていった。
先程のステラのように、一連のダンジョンでの行動が表示されるはずだった。
だがしかしそこに表示されていたのは……
「おぉ……なんだこれは、なんという事だ……」
司教の声は僅かに震えていた。
「まさか本当に魔女だとでもいうのか……」
司祭の声も同じく震えが混じる。
探索者たちからはざわめきが起こった。
ステラのカードが読み取られた時は、文字が宙に浮かび一通りの行動がその周辺にいた者たちに把握されていた。アミーシャのカードもまた同じようにそうなるはずだったのだが、実際にそこに浮かび上がったのはこちらの世界の文字とは異なる……文字と呼ぶにはどうかと思うような記号めいた羅列であった。
ステラたちの世界の文字とは違うもの。
正直ステラにも何が記されているのかわからない。
「え、何あれ」
ベルナドットの困惑した声がほんの一瞬静まり返った大聖堂の中でやけに大きく聞こえた。
転生する前の世界での、インターネットなどでたまに見かけた文字化けとはまた違う何か。
文字であるはずなのに読めない。意味はわからないけど海外の文字だな、とわかるのとはまた違う別の代物。
文字、なのだろう。けれどどこの国の文字なのか、そもそも本当に文字なのか、そう疑うばかりの見ていて不安定な気持ちになりそうなナニカ。
それがゆらゆらとかすかに揺れながら表示されていく。
所々は読める文字が入っているが、大半はその読めない文字で覆われている。虫食いのようなもので読めない部分が少しだけ、程度であればまだ良かった。けれども読める部分がほんの僅かでしかないという事で余計に不安を煽られる。
ほとんど読めない文字の最後。
一番最後のアミーシャの記録。
そこには。
彼女は生きている。
そこだけははっきりと読める文字で記されていた。
その一文にざわめきが広がる。
ギルドカードを探った時にアミーシャの身体は既に床に横たえられていた。ここはダンジョンではないのだから、床に置いたところで取り込まれたりする心配もない。
けれど。
その一文を目にした探索者たちは咄嗟にアミーシャへ視線を向けていた。
出来の悪いホラーなら、ここでアミーシャの死体が起き上がったりするのかもしれない。
しかしそんなステラの予想に反してアミーシャが動き出す事はなかった。
死体を運んできた探索者が覚悟を決めたようにアミーシャの死体の近くにしゃがみこみ、手首をとる。そうして次に首筋に手をあて、最後に心臓部分。
「生きては……いない」
探索者の言葉に周囲が安堵の息を漏らす。
けれども、ギルドカードの一文に変化はない。
彼女は生きている。
そこだけはハッキリと誰の目にも読めた。
司祭と司教がひそひそと何やら言葉を交わすのが聞こえたが、内容までは聞き取れなかった。
けれども、何となく予想はつく。
「事情はわかった。そのものが魔女であるというのも信じるしかないだろう。このままその死体を放置しておけば、いずれ復活するやもしれぬ。
急ぎ、浄化の炎で清める事とする」
司教がそう告げると神官に目配せをし、神官は機械を一度停止させた。
そうして「すぐに準備を致します」と言うと神官は再び隣の部屋へと消える。
――アミーシャの死体が焼却処分されたのは、それから僅か十分後の事だった。




