殴りソムリエ
「と、その前に一つ聞きたいんですが、どうしてあれが魔物だと気づいたんです?」
魔女っていうのは、と話始めようとしたもののキールはどうしてもそれが気になって思わず先に問いかけていた。それが気になるせいで説明が中途半端になってしまいそうな気もしている。
いや、こんな事で集中力が乱れるとかどうかと本人も思ってはいるのだけれども。
「気付いたのはクロムよ」
あっさりと答えたステラの口から出た名前に、キールは咄嗟にクロムを見ていた。
「いつ!? 一体いつから!?」
気付いていたなら教えてくれたっていいじゃないか! とも思いながら聞けば、クロムは割と前なんだけども、と一拍置いてからこたえる。
「ほら、前にダンジョンであいつら蹴飛ばしただろ。あの時だあの時」
「蹴とばし……あぁ、あの時。えっ、あの時!?」
ちょっとばかし声が上擦ったがそれも仕方のない話だろう。
何せつい先日どころの話じゃない。
アミーシャと出会ったのは片手で数える程度ではあるけれど、その中でクロムが彼らを蹴飛ばしたのは一度しかない。
あの時に気付いていた、というのであれば、どうしてもっと早くに教えてくれなかったのだろうかとも思う。
その後にもう一度アミーシャとは出会って、そこで王都のダンジョンに来いだとかそこで決着つけましょうだとか言われていたというのを考えると、本当にかなり前の話になってしまう。
「あの時に? 気付いたんですか!? どうして!?」
気付けるような要素があっただろうか、とキールは疑問でならない。
あの時、かすかに首から上の鎧が外れそうになっていただとかそういう事はなかったはずだ。
「どう、って。中に人がいる割には蹴った時の感触が何か違うなとしか」
「はぁ!?」
「んだよ、何か文句あんのか?」
「いや文句とかじゃなくて。え、蹴った時の感触で中に人がいるとかいないとか思うものなの?」
「あー、ま、お前人殴った事なさそうだもんな」
「しみじみ言われても困るけど、確かにそういう事したりはしないかな。いや、え、そんな違うの? ホントに?」
「嘘だと思うなら試してみればいいだろ。ただの鎧蹴るのと、中に人がいる状態で蹴るのとだとやっぱ違ってくるぞ」
「いや、試してもぼくの足が痛いだけで終わるだろうし」
「それはそうだな」
あっさりと否定される事なく頷かれ、そこはかとなく釈然としないものはあったけれど。でもクロムの言う通りなんだよな、と思い直してキールはそれ以上何を言うでもなかった。
「せめて、それはぼくにも教えてほしかった、かな」
「つってもなぁ……あくまでもオレの感覚だけで根拠は他になかったし、もしかしたら中に入ってる奴が小柄で鎧の方が大きくて、とかそういう可能性も捨てきれなかったし、ともかくお前に言って納得させられるだけのものはなかった。
だから、もし確認できそうなら確認してからにしよう、って話になってたはずなんだけど……」
「そういう事か……」
やや困ったような顔をして言うクロムに、まぁ確かに蹴った時の感触が何か違ったからとかいう理由で中に人入ってないんじゃないか? とか言われてもキールは何言ってるんだ? で終わらせた可能性が高い。
確証も何もないうちから騒ぎにして、実はなんて事のない話で終わったら後々気まずさだって残るだろう。
それなら、言い出さなかったのも仕方ない、かなぁとキールは思い直した。
何か変だな、と思ったクロムは、だからこそ身内にだけ話をした。それだけの話なのだろう。
――と、キールは案外ちょろく納得してしまったが実際は微妙に違う。
クロムは中の人がいない事を確信していた。
キールはクロムの事を自分と同年代かそれよりちょっと下、くらいに見ているからかもしれないが、実際は違う。
クロムの年齢は既に三桁突入しているのだ。
その間に彼は色んな相手と戦っている。ちょっとした喧嘩から、ガチで命の奪い合いなどなど。
相手も人間種族だけではなく、魔族に神族、その他の種族、魔物と選り取り見取りだ。
いくら見た目が人間種族らしくとも、戦ってみて何か違うなとなってそこから実際の種族を当てる事だってあった。
ルクスやクロノは相手の魂を視る事ができる能力があるけれど、クロムはその能力が若干劣っている。けれども、多くの戦いを経て感覚で察知できるようにはなっていた。
だからこそ、蹴飛ばした時点で「あ、こいつ中身人間じゃねぇな」と気付いたのだ。
とはいえ異世界。
もしかしたらクロムの知らない種族の可能性もあったからこそ、少しばかり言うのを悩んだりもしたわけだが。
けれどもその話を聞いたルクスがいざ次に会った時に彼らを意識して確認してみれば、確かに人間ではないなとなって。
じゃあ、中身は何? となったわけだ。
正直もっと早くに気付けなかったのか? と思われがちだが、ルクスだって常に相手の魂チェックをしているわけではない。視ようと思えば視えるけれど、ずっとそうしているとなると中々に疲れるのだ。
年のせいか眼精疲労が酷くてね、とか言っているが、それは嘘だろう。
けれども疲れるのは本当の事のようだったので、ステラもベルナドットもそこを深く突っ込んだりはしなかった。ただそれだけの話だ。
「で、魔女ってぇのは?」
もう質問に答えたしいいだろ、とばかりにクロムが促す。
ステラたちの世界にも魔女と呼ばれる存在はいるけれど、魔女ってだけで殺せ! みたいな流れになる事はない。そりゃ中には殺した方がいいような悪逆非道の限りを尽くすようなのもいるけれど、全部が全部そうでもない。
けれども先程の探索者たちの様子を見る限り、こちらの世界では違うのだろうなと思うだけだ。
「どこから話せばいいのか、少し悩むのですが」
これは別の国のお話です、と前置いて、キールは所々言葉に詰まりながらも話し始めた。
魔女と呼ばれる存在がいつからいたのかはわかりません。
師もそれについては詳しくないのだと言ってましたし。
ただ、魔女は魔物と違って人里を移動する事ができました。
魔物を従えてダンジョンの中を移動する事もできました。
もう随分と昔の話です。ある国のダンジョンに魔女が姿を見せるようになりました。
最初のうちは探索者たちも魔女を魔女だと気づかず、交流していたようでした。
けれどもある日、魔女が惚れてしまった探索者がいました。
魔女はその探索者に言い寄りましたが相手にされません。
その探索者には恋人がいました。
どうしても探索者が欲しい魔女は、その恋人を殺しました。
魔術で、というのであれば探索者としての裁きを受けたかもしれません。魔女は一応探索者としてダンジョンに出入りもしていたので。
けれど実際は、魔女はダンジョンの中の魔物を連れて恋人のもとへ行き、魔物に恋人を殺させたのです。
ダンジョンの中にしかいないはずの魔物が外に出ている事で、大層な騒ぎになりました。
討伐隊を組まれ、魔物は速やかに倒されました。
けれど、いつまたあの魔女が魔物を外に連れ出すか、わかったものではありません。
本来ならば、魔物はダンジョンの外に連れ出す事はできないはずなのです。
ダンジョンの中の魔物を一斉に外に解き放たれたら。それはとても大変な事になる。
恋人を殺された探索者は、魔女を殺す事にしました。恋人以外に今度は家族や友人を殺されると思ったからです。
話し合いでどうにかできる状態は、とっくのとうに過ぎていました。
魔女が何に機嫌を損ねてまた魔物を外に解き放つか、わかったものではありませんしね。
けれど魔女だってすんなり殺されたわけではありません。
多くの血が流れ、多くの犠牲者が出ました。
それでも最後に魔女は敗れたのです。
けれども、魔女は他にも魔女がいると言い残していました。
この力は私だけのものではない、と。
それからです、魔女は忌むべき存在となりました。
平和を打ち破る存在、それが魔女なのです。
「……という童話めいた話がですね、あるんですけれど。
とりあえず世界中に広まってる話でもあるんですけれど、一応これ、実話らしいんですよね。この国ではない別の国で実際にあった出来事らしくて」
「ダンジョンの魔物を外に連れ出せないっていうのは? 何かさっきもちらっと聞いた気がするけど」
「中には綺麗な魔物とかいるじゃないですか。どうしても飼いたい、とかいう頭おかしい事言いだす奴がいたらしくて、それでダンジョンから連れ出そうとしたらしいんですけれども。
まぁ、魔女ではない相手が連れ出そうとしてもダンジョンの中で見えない壁にでも阻まれたみたいになって外には連れ出す事、できないみたいですよ」
言われてみれば確かに愛玩動物めいた姿の魔物もいたし、魔物コインでそういった魔物の姿を見て一目惚れとかした金だけは持ってる奴が無責任にも欲しい! コインではなく実物が!! とか言い出しただろう事は想像できなくもない。
その魔物がたいして強くないのであれば、探索者も金に釣られてまぁ一匹くらいなら……と実行しようとしたのだろう。けれどもどうあっても外に連れ出す事はできなかった、という事だろうか。
確かにダンジョンから魔物がそう気軽にホイホイ出てくるようなら、ダンジョンを中心に人里を形成するわけがないし、ましてやダンジョンの入口に見張りを置かないはずもない。いつ危険な事になるかわかったものではないのだから。
キールが語った魔女に関する話は童話調になっていたが、実際はもっと血腥い話だったのだろう事も想像できる。
確かにダンジョンの外に気軽に魔物を連れ出す事ができるなら、気に食わない相手が住む場所に魔物をけしかけるなんていう大変はた迷惑な事だってやりたい放題だろう。
初心者向けのダンジョンとかがあるような平和な場所で、しかもそこまで強くもない探索者しかいないのであれば場合によっては大惨事を引き起こせる。
「でも、アミーシャが魔女、っていうのはどうなのかしらね?」
「と言いますと? だって彼女、魔物を仲間だと言って連れてたじゃないですか」
「彼女はダンジョン関係者でしょ? だったら、魔物を連れている、というのは場合によっては可能なんじゃないかしらと思ってね」
いくら周囲に人がいないとはいえ、念の為声を潜めて言う。
「アミーシャがダンジョンを作れるような存在であったとして、ダンジョンに魔物は付き物でしょ。であれば、魔物に言う事を聞かせる方法とかもあるんじゃないかしら、と思うのだけれど」
「それは……」
キールは否定する言葉が浮かばなかった。
確かにステラの言い分も一理ある。
と、そこで闘技場の受付がある方角から一際大きな歓声が響き渡った。
何事かと思うくらいのそれに、思わず視線を向けてみたが勿論中が透けて見えるはずもない。
「事態に進展でもあったみたいね。行きましょうか」
「あ、はい」
選手控室がある通路へと戻り、そこから受付のある場所へと戻ってみればそこにはぐったりと倒れているアミーシャと、そのすぐ近くにいるルクスの姿が。
もうこの光景だけで大体察するしかなかった。




