尻尾を巻く暇もない逃走
試合が終わり、勝者が称えられる。闘技場ではよくある光景だ。
敗者に対しては……まぁ、戦い方次第だろうか。とりあえずアミーシャに対してのブーイングはそこまで大きくない。
大きくないが、やっているのはどちらが勝つかで彼女に賭けて見事に負けた者たちだろう。
そんなアミーシャは現在手足に矢が突き刺さっているせいでロクに身動きが取れず、舞台の上で仰向けになっていた。
とっととこの矢を引っこ抜きたい、というのはそうなのだがちょっと動くだけでも痛いので誰か抜いてくんないかなぁ、と遠くなりそうな思考でぼんやりと考える。
「さて、そういうわけだし顔、晒してもらおうか」
ベルナドットのその言葉に、彼らは何の反応も示さない。それはそうだ。アミーシャの指示なくして勝手な行動はとるはずがないのだ。ただじっと、佇んでいる。試合開始当初時点にいた位置から一歩も動くことなく。
逃げて! と叫べたらどれだけ良かっただろう。
けれども決闘は始まってしまったし、そして何よりもう勝負もついてしまっている。
こちらが勝てばステラが持つ短剣を。
けれど負けたので試合途中で言われた景品、すなわち彼らの顔を晒さねばならない。
最初からそれを指定されていたら断るつもりだった。自分から勝負を仕掛けておいて、と周囲に言われたとしてもあれこれ言い訳を重ねて断るはずだった。そうだ、まだ始まる前であれば彼らの経歴を何とでも捏造して、顔を出せない理由があるから無理なのだと印象付ける事だってやっただろう。
元々アミーシャの仲間である彼らの素顔を気にする者は一定数いた。
そりゃそうだろう。一度たりとも顔を晒したりなんてしなかった。中身が気になるのは、ある意味で当然だ。
アミーシャだってきっとただの探索者で、自分の周囲にそういった謎の存在がいたら気になっていたに違いない。無理矢理顔を暴こうとしたものは幸運な事にいなかったけれど、それがここに来て最悪の展開になろうとしている。
どうしよう。
どうしたら。
どうすればいいの?
身動きの取れない状態でアミーシャは必死に頭を巡らせる。
けれども考えようとすればするだけ思考が空回るのを感じた。今、そんな事を考えてる場合じゃないでしょう! と言いたくなるようなことまで思い浮かんでくる。
「そういうわけだ。あまりもったいぶるよりはさっと外した方がいいと思うぞ。
それとも」
あぁ最悪だ。
どうしてここで暴こうというのか。
せめて、選手控室だとかであればまだ良かったのに。
「指示がなければ行動できない、っていうならこっちから実行させてもらおうか」
「――!!」
その言葉に、アミーシャは悟ってしまった。
こいつ、知っててやってるのね……!? と。
どこだ。どこで気付かれたんだろう。
だってそんな、バレるような事したはずはないはずだ。
今までの出会いを思い返したって顔の中身がちょっとでも見えたはずがない。
待って、せめて人目の少ないところで、と足掻こうと思ったものの、ベルナドットにそう言うよりも早く彼は弓矢を手にし、あっという間に射ってしまっていた。
「ぁ……」
アミーシャの視界を通り過ぎていったそれは、間違いなく矢なのだろう。一条の流れ星のようなそれは、実際一つだけではなく立て続けに通り過ぎ――
会場がざわめいたのは直後の事だった。
あぁもうだめだ。
こんなところでこうしてる場合じゃない。
痛いだなんて言って寝てる場合じゃなかった。
情けない顔をしつつもアミーシャは必死に起き上がった。そうして痛くて痛くて仕方がないが、それでも強引に刺さった矢を引っこ抜く。
「い゛っ……」
本当は叫びたかった。でも、そうしてこっちにまで注目を浴びるようなのは駄目だ。
逃げなきゃ。
とにかく逃げなきゃ。
血が流れているが、大量にというわけでもない。これくらいならどうにかなる。
仲間だった彼らを気にする余裕はもうどこにもなかった。
とにかく今は我が身の安全が一番大事で。
立ち上がった時にずきんと両足が痛んだけれど、危うく膝から落っこちそうになったけれど。
でも、倒れたら駄目だ。そしたらもう一度立ち上がるのがとても大変になってしまう。
観客たちの視線が彼らに集中している隙に、こっそりと持っていたポーションを飲み干してアミーシャは足音を消し、気配も消してとにかく必死に走り出した。
――ベルナドットが放った矢は、寸分違わずアミーシャの仲間であった彼らの首元に命中した。
ガッ、という鈍い音。
そして次にガシャンという重々しい音がして、首から上の鎧だったものが落下する。
本来ならば、首に命中しているのだからその時点で死んでいてもおかしくはない。
けれどもベルナドットの矢は首に突き刺さって彼らを絶命させたわけでもなかった。
「なんだ……!?」
「おい、嘘だろ……!?」
「あれは……あれはっ」
観客席からもざわめきが起こる。
アミーシャの指示もないためにただその場に立ち尽くした状態の彼らの首から上は無かった。
いや、ベルナドットの矢が中身も一緒に鎧の頭部を吹っ飛ばしたとかではなくて。
そこには最初から人の顔などありはしなかった。
そこにあったのは、黒い靄のようなものだ。
その黒い靄がゆらゆらと不定形に揺れている。
「リビングメイルじゃないか!!」
観客席から探索者の声が上がる。
どよめきは一層大きくなった。
それはそうだろう。
リビングメイルはダンジョンの中にいる魔物の一つだ。
(えーと、確か動く鎧だっけ? こっちの世界じゃどうかは知らないけど、少なくとも俺の知ってる知識だと空っぽの鎧に幽霊だとか何か精神生命体が宿って鎧を動かしてる、とかだったか。
コントロールしてるのが幽霊とかの場合大体中身はがらんどう。
リビングアーマー、なんて呼ばれ方もしてたんだったか……うーん、付喪神が宿った鎧、とかとはまた違うんだろうなぁ)
探索者たちのざわめきを聞きながらもベルナドットはそんな事を思い返していた。
「まて、どういう事だよ」
「アミーシャの仲間なんだろ!?」
「でもあれどう見たって魔物じゃないか!」
「魔物……」
「おいちょっと待て、アミーシャは街中でもあいつら引き連れてたって事か!?」
「ダンジョンの外に魔物はいないはずなのに?」
「ダンジョンの外に魔物を連れ出すなんて事、できるのか!?」
「いや、以前試してみた奴がいたって話だけど、それは無理だったはずだ」
「じゃあなんで」
「魔女……」
ざわざわと広がるどよめきの中、たった一言誰かの呟きが漏れた途端。
水を打ったように静まり返った。
「魔女……?」
「魔女だって……?」
「けど、もしそうだとしたら」
「そうだ、普通の人間にゃ魔物をダンジョンの外に連れ出す事なんてできやしねぇ」
「じゃあ、アミーシャも普通の人間では、ない……?」
「魔物だ。魔物の手先だ!」
「殺せ! そいつを野放しにしていたら町や村が大変な事になるぞ!」
静かになったと思ったのは一瞬だった。
そこからは火が付いたように騒ぎが広がる。
「おい、アミーシャのやつがいねぇぞ!」
「どこ行きやがった!?」
「逃げたんだ、魔女だってバレたから逃げたに違いない!!」
「探せ、まだ近くにいるはずだ」
「おい、受付側にいって転移装置の確認しろ。まだ間に合うはずだ!」
「逃がすな!」
「魔女を逃がすな!!」
「殺せ!!」
わぁわぁと騒ぎは広がって、観客席にいた探索者たちは一斉に受付があった場所へと戻っていく。
「……凄いな」
とりあえず突っ立ったままの魔物でもあるリビングメイルを倒して、ベルナドットは呆れたように呟いていた。確かにこの事態を引き起こしたのは自分ではあるけれど、まさかここまでとは……
「集団ヒステリーってこういうのも含むのかしらね?」
すっかり誰もいなくなった観客席を眺めながらステラが他人事のように言う。
「い、いやいやいや、そうじゃないでしょう。どうするんですか、アミーシャ逃げましたけど」
キールが戸惑いながらも自分たちも行くべきではないのか、なんて言い始めるがステラはそっと首を横に振った。
「問題ないわ。ルクスが追ってるもの」
「えっ? あ、ホントだいない!?」
いつの間に!? なんて叫んでいるキールはさておいて、ルクスが追いかけているのだから逃げられるなんてヘマはしないだろうし、ましてや他の探索者たちに横からかっさらわれるなんて事もないだろう。
「ところでキール、アミーシャが魔女っていう流れになってから探索者の勢いが凄い事になったけど、どういう事なの? あれ」
正直魔物連れ歩いてるとかそれがバレたらまぁ、大変な事になっちゃうんじゃないかなーとは思っていた。
けれども、ステラの中ではかつての異世界物の作品の中で魔物使い、なんていう存在もいたわけだし、ファンタジーみのある世界ならそういうのいてもおかしくないでしょ、とも思っていた。
彼らの反応を見る限りこの世界にテイマーだとかそういうものがいないのは何となく把握できたが、正直な話全く事態についていけてない。
キールは何を言っているんだ、という顔を一瞬したもののすぐにステラたちは異世界の存在だという事を思い出す。違う世界であるならば、彼らがあれだけの事になってしまった理由を知らなくたって何もおかしな話じゃない。
それに、まさかこんな事になるだなんて思っていなかったのだから、キールもそういったものに関して知識を与えていなかった。事前にこうなると知っていたならキールだって魔女についてステラたちに教えていたと言える。
今向こう側に戻るにしても、きっと大騒ぎになっているのは言うまでもない。
それなら、もうしばらくここにいる方がいいだろう。
ルクスがアミーシャを追っているという話だが、仮に捕まえたとして……どうするんだろう? 疑問はあるけれどどちらにしてもキールにできる事はない。
できるのは、とりあえず今ステラたちに魔女について教える事くらいだった。
「そうですね、おはなししましょうか……」




