確認は大事
「どういう事よ……!?」
アミーシャの狙い通りだったはずだ。少なくとも、決闘を申し込んで勝負方法を伝えたあたりまでは。
「どう、と言われてもな……」
眉を下げ、困ったように言うのは対戦相手。
ただしそれは、アミーシャが思っていた相手ではなかった。
闘技場の舞台の上にいるのはお互いのチームのリーダーであるはずだ。
つまりそこにいるべきは、ステラのはずなのに。
「どうしてあなたがいるのよ!?」
「そりゃまぁ、チームのリーダーだからな」
そう答えたのは弓を構えた状態のベルナドットだった。
――時はステラたちが探索者としてギルドに登録したあたりまで遡る。
キール達魔術師団の中に入るとそのうち別行動させられる可能性もあったために、新しくチームを組んだ。その時に誰をリーダーにするかで少し揉めたのだ。
「で、誰がリーダーやるの?」
「えっ、誰って、きみじゃないのかい?」
「何で。いやよめんどくさい」
「いやでも実質ここに呼ばれたって意味でもリーダーどう考えたってきみだろ」
ステラとルクスが言い合うのをベルナドットは他人事のように眺めていた。
隣でクロムも似たような顔をして突っ立っている。これはどう考えても自分には関係ないと思っている顔だった。
「大体こういうのってあれでしょ、ある程度頭良くて機転の利くタイプがなっておくべきでしょ。って事はルクスじゃないの?」
「私がリーダーとか別の意味で大丈夫かい? 何か途中で空中分解しそうなイメージしかないんだけど」
「そうね。そういった意味での悪名の高さに定評があるのはどう足掻いても仕方ないわね。でも、少なくともこの状況下で、このチームを崩壊させるような真似はしないでしょ」
「そりゃまぁ……いやでもなぁ。私はやはりトップに立つ器ではないよ」
「大袈裟ね。たかがチームのリーダーよ」
「されどチームのリーダーだ」
二人の言い合いはほとんど小声でギルドの職員には聞こえちゃいないだろう。けれども、ちょっと見ていればお互いにリーダーそっちがやれよとばかりに押し付け合っているのは理解できる。そのせいか、受付でやりとりを眺めていた職員はやれやれ、といった様子であった。
たまにいるのだ。誰がリーダーをやるかで揉める奴というのは。
とはいえこれに限ってはどっちがリーダーをやるかで、俺がやるいやオレが、みたいな自分がやると言い張っているものではなく、お互いに押し付け合っているので少しばかりいつもとは違う様子だが。
「よしわかった、クロム、きみがリーダーをやればいい」
「はっ!? オレ!? 何で!?」
いきなりルクスに指名されて、クロムは予想外のところから殴られたかのような声を出した。
「だって、現時点での身分で決めたら一番偉いのはキミだろう?」
何を当たり前の事を、とばかりにルクスが言い張る。
「や、それ言ったら伯父さんだって似たようなもので」
「残念だけど、私は似て非なるものだからね。そんな私がトップだなんてとてもとても」
誰が見ても白々しいとしか言いようのない態度のルクスに口で勝つのは無理と踏んだのだろう。クロムは助けを求めるようにステラを見た。
「私は元をただせば平民だし。生まれついての血統考えると、ね?」
正直今身分については何も関係がない。けれどもあえてステラはそれを持ち出した。
立場、というのであれば勇者であるステラがなるべきだとは思う。
けれどもステラに勇者という自覚はない。あってたまるか。魔王の妻が勇者とかどうなのそれ。いや探せばそういう話はありそうだけど、少なくともステラは自分が勇者であると名乗るつもりはこれっぽっちもないし、ましてやこのチームのリーダーをやるつもりもなかった。いざという時に決定権があるのはどう考えてもステラだろうけれど、だからといって権利すべてこちらに渡されても困る、というのがステラ個人の言い分である。口に出してないのでクロムにそれが伝わる事はないが。
そもそも生まれ、という意味で言われればクロムは確かに魔王の血族であるけれど、母の血を引いているのであればその地位とてそこまで高いわけではない。それならルクスの方が生まれという点ではよっぽどだ。
ルクスの言い分としては高貴なる血、と言われてもなという話ではあるが。確かにそういう意味ではそうだけど、けれども仮に自分が魔王になったとしても三日以内に反乱がおこると確信しているような奴だ。いくら血が高貴だからとか言ってもそんな上の立場に果たして意味があるのだろうか、とクロムが何か言えば堂々と言うつもりだった。
「いやでもオレだってそんな二人を差し置いてそんな大役はちょっと……絶対どう考えても駄目出しの連発になるの目に見えてんじゃん」
「余程無謀な事言いださない限りはそんな事言わないわよ」
「そうだとも。余程頭の悪い作戦でも立てられたらそりゃ苦言を呈する事もあるだろうけれども」
「その無謀だとかの基準絶対オレとそっちとで異なってるし。だとすると絶対言われるし」
ビシバシ駄目出しされるのがわかってて誰がやりたいなんて言うものか。
時たまならまだしも毎回そんな事言われたら心が折れる気しかしない。
無理無理、とばかりにクロムは必死に頭を振った。
それら一連の流れを、ベルナドットは凪いだ目でただ見つめていた。
少なくとも自分にとばっちりはこないと思っているからである。
三人が言い合っているリーダーの立場は、現時点魔王であるクロムがやりなさい派といやオレまだ若輩者だし先輩たちに任せるっすよ派に分かれている。自分たちがやりたくないが故にステラとルクスは既に手を組んでるようなものなので、クロムに勝ち目は正直言って無い。この時点で多数決ですら負けている。
正直誰がやったって同じだろうになぁ、と思うのだが、それを口に出さないままでベルナドットは静かに事の成り行きを見守った。気分は日当たりのいい場所に置かれた植木鉢である。
しばし三人が言い合うのを適当に聞き流していたのは確かだ。けれども話の内容はそこまで変わったわけでもないし話題が転換したわけでもない。だというのに。
「じゃ、ベルくんで決まりね」
「賛成」
「了解」
「は……?」
どこで打ち合わせたのかと思うくらい流れるように、決定されていた。
「いやちょっとまて」
「最適だと思うの」
「あぁ、ベルがリーダーって考えるととても最適だと思う。むしろ適切な結果だよ」
「そっすよベルさんなら安心して任せられます」
「うわ……」
この時のベルナドットの表情は心底ドン引きしていたに違いない。鏡がなかろうと見なくたってわかる。
先程までは現時点での魔王がやればいいだとか、いやいやもっと血筋的に立場が上の伯父さんが適切だろだとか、この中でどのみちトップにいるのステラしかいないんだから、とか押し付け合ってたくせに一転して手の平返すように意見を翻してこっちに押し付けてきやがった。
内心で毒づくも、口に出したところで勝ち目が見えない。三人とも自分たちがやりたくないのは決定しているし、自分じゃなければ誰でもいいのだ。何ならそこらをうろついてる野良犬とかでもいいとか言い出しかねない。いや、外をうろついている野良犬なんていなかったけれども。
ベルナドットの敗因は、自分には関係ないだろうなと思って見守っていたことだ。確かに魔王の妻だとか魔王の兄だとか元魔王の息子にして現魔王だとか、そういったカテゴリの中で言い合っていればベルナドットからすれば自分は蚊帳の外だ。けれども、そこで気付くべきだった。そうなれば三人が結託した時点で勝ち目がない事を。
それ以前に人間だった頃の記憶からして、リーダー的立場なのはステラだった。
だからこそ、自分がその立場になるという事はないとすら思っていた。
まぁ、その油断を突かれたわけだが。
ぴったりだよね、とか、お似合いですよ、とか、きみしかいないと思うんだ、とかとても調子のいい事を言われてはいそうですかと思えるはずもない。自分がやりたくないからこそそう言ってるのがバレバレである。
面倒ごとを押し付けるんじゃない、と言いかけたが、ステラに真顔で言われた言葉に言いかけた言葉は最後まで言い切る事ができなかった。
「この中で常識人でマトモなのがリーダーやるべきだと思うのよね。そうなるとベルくんしかいないと思うの」
確かに普段はいつもどおり振舞うけれど、いざという時、常識的な判断を下さなければならない事があったなら、それこそがベルナドットの役目なのだと言われれば。
それ以上何を言えただろうか。
長い年月のせいで自分も大分染まった感はある。けれども、それでも。
この四人の中で常識的なのだーれだ、ってなったらそりゃ間違いなくベルナドットは自分だと答えるだろう。
ステラも一応常識を理解していないわけではないが、時と場合によってはそんなもの見なかった事にするだろうし、ルクスも常識を理解していないわけではないが、割とあっさりそんなものはなかったのだという態度をとりかねない。
クロムは魔界の常識はある程度理解しているけれど、人間の常識は若干危うい部分もある。
世間知らずの若造がリーダーというのは、何ともそれっぽくはあるがいざという時に重大な決断を任せるには心もとない。現魔王であるけれど、彼だって多くの存在に支えられての今なのだから。
ステラやルクスがリーダーをしたところで恐らくベルナドットがリーダーであるのとそう変わらないとは思うのだけれど、例えば誰かと交渉する際、二人は確実に容赦なんてものはしない。ステラは一応良心があるけれど、ルクスは限りなく疑わしい。善意で地獄に叩き落すような奴の良心を信用できるかという話である。
この時点ではまだダンジョンに行ってすらいないけれど、悪名が轟くような事になりかねない気がして、ベルナドットは結局しぶしぶとチームのリーダーを引き受けたのである。
――時を戻して。
闘技場の舞台の上にいるのはアミーシャとベルナドット。
闘技場を囲むようにして観客席があり、そこには大勢の探索者たちが観客として見守っていた。
ステラたちやアミーシャの仲間もまたそれぞれ舞台に程近い場所にいる。
「な、なんで貴方がリーダーじゃないのよう!」
声を張り上げてアミーシャがステラを指差した。イカサマだ、とか叫んでいるが、イカサマであるはずもない。
「いやあね、最初に言ったのそっちじゃない。リーダー同士、一対一の戦いだって。それに対して受けると言ったのはこっちだけど、私、自分がリーダーだなんて一言も言ってないわよ」
闘技場の舞台周辺には特殊な術でも仕掛けられているのか、ステラの声は大きく変換されて闘技場全体に聞こえていた。試合中に負けを認めた場合でもそれらが即観客にも伝わるように、とかそういう仕様なのかもしれない。
そう、普段リーダーのように振舞ってはいるけれど、ステラは一度も自分がここのチームのリーダーだなんて言った覚えはない。勝手に向こうがリーダーだと思い込んだだけの話である。
アミーシャは事前に確認するべきだったのだ。リーダーは誰、と。
もしくは戦い方を決める時にあたしと貴方、女同士の戦いをしましょう、とかそういう言い方をしていればステラを引きずり出せただろうに。
今までの行動から詰めが甘いと思われていたアミーシャではあるが、やはり今回も詰めが甘いのよね、と思われている事など知らない。
今更試合は無効だなんて叫んだとしても、観客が納得するはずもない。むしろアミーシャの不戦敗という結末になるだろう。
ぎりっ、とアミーシャが奥歯を噛み締める。
武器だけは立派だけど、特に戦える感じもしないあの女を盛大に負かせば他の仲間も武器だけで大した実力を持ってるわけじゃない、と思われるはずだったのに。
周囲から馬鹿にされて見下されてしまえばいいとすら思っていたのに、これではアミーシャの計画が台無しではないか。
(でも、待って?)
ルクスと戦うわけではない。あの得体の知れない相手であれば何をしでかすかわからないので正直そいつが出てこなかっただけマシではないだろうか。
クロムと戦うわけでもない。仲間を蹴り一発で倒せるようなの、自分一人で勝てる気がしない。
本命であるステラが出てこなかったのは腹が立つしムカつくけれど、ベルナドットは弓の使い手だ。早めに接近してしまえばどうとでもなるのではあるまいか……?
そっと腰にさげてある短剣へ手を伸ばす。
いくつか腰にある短剣は、ただの短剣ではない。いずれも特殊能力を備えたものだ。これらを駆使して戦う事で、そこらの魔物とも渡り合っていけている。
(うん、大丈夫……いける!)
思い直す。
いけすかないステラを痛めつける事ができないのはムカつくけれど、でも。
こいつを倒せばどっちにしろ武器だけの力でここまできた幸運なルーキーという呼び名はより一層広まるだろう。今までとは違うニュアンスで酒の肴になるに違いない。
むしろステラを倒すよりもこっちの方がより幸運なルーキーたちの名声は落とせる。そう判断してアミーシャはすっと構えた。
話が違うとばかりにきゃんきゃん吠えていたアミーシャがどうあれ戦う事を決めたらしいのはベルナドットにも理解できた。彼は既に弓を構えた状態なのでこれ以上何をするでもない。
ブォン、という音がして闘技場の上の方にモニターのようなものが表示される。そこには受付にいるのと同じ形の絡繰りが映っていた。
『それでは試合――始め!』




