決闘とはまた随分な言い草
闘技場で行われる探索者同士のファイトクラブとか正直全くこれっぽっちも自分たちに関係ないだろうと思っていた。
けれども実際はそうではなかったらしい。
どこからツッコめばいいのかわからないくらいスムーズな展開で戦う事が決まったのは、アミーシャが登場したからだろう。
「見つけたわ!」
そんな第一声と共に探索者たちの間をすり抜けて彼女は姿を現した。
少し離れた所には彼女の仲間である三名の姿も見える。
本当にそれが仲間かどうかは疑わしいが、とりあえず顔もわからない全身鎧装備をしている三人組は他に見当たらないのでアレが仲間で正解なのだろう。
こんな大勢いる場所でいきなり攻撃仕掛けてくるとは思ってなかったが、今度は一体どんな言いがかりをつけてくるのだろう、と思えば決闘を申し込むわ! なんて宣言されて。
一応先程探索者同士での決闘もここでは行われていると説明はされたけれど、あまり詳しくはわかっていない。
だからこそまずルクスが前に出た。その拍子にちょっとだけアミーシャがたじろいだものの、周囲の探索者たちはそんな些細な動きは気付いた様子がなかった。
「生憎たった今ここに到着したばかりだから詳しい事はあまりわかっていないのだけれど。確か探索者同士で戦う場合は事前にお互いそれぞれ景品になるものを賭けるんだったね。
それは、どういう基準で?」
「こっちが欲しい物を指定する。そっちも好きに指定すればいいわ」
「あぁ、そっちから言い出すわけではないんだね。成程」
闘技場という場所にいるのはとても不似合いに見えるルクスがにこやかに微笑む。
スポンサーです、とか言われたらまぁ、おかしくはないんじゃないかなぁ、と思わなくもないのだが参加者側ですと言われるととても違和感があった。
とりあえずあたしこれ賭けるからあんたそれ賭けなさい! みたいな強引な景品決めは無いらしい。
「それで、そっちは何を景品に選ぶのかしら?」
ステラが問えば、アミーシャはすっと指を差した。
ステラが腰につけている、ダンジョンの隠し部屋で見つけた事になっている短剣を。
幸運なルーキーが隠し部屋で財宝を見つけた、という話は今ならこの大陸の探索者たちのほとんどが知っている話だ。他の初心者ダンジョンにももしかしたら隠し部屋があるかもしれないフィーバーはとっくに過ぎ去ってしまったけれど、幸運なルーキーの話自体が風化したわけではない。
むしろ他のダンジョンで遭遇した探索者たちは時に食事を振舞われ、時に必要な素材を魔物コインと交換し、時に足りないアイテムを魔物コインと交換してもらったり、などとまぁちょっとした話題には事欠かない。
そういやあの幸運なルーキー、こないだあのダンジョンで見かけたぜ、なんていう話はちょっとした酒の肴になった事もある。
相変わらず武器以外の装備は大したことがなさそうなのに、とうとう上級者向けのダンジョンで見かけた、なんて話が出ればあいつら実は結構凄いんじゃないか? なんて言われるようになったりしたくらいだ。
他の探索者たちもまぁ、ここで見つかる武器と比べて遜色ない、どころかもしかしたらそれより高品質なものではないだろうか、と思えるそれらを見て、あぁ、とアミーシャがそれを指差したのは納得した。そりゃそうだよなぁ。あちらさんが勝負を受けるかどうかはさておき、受けるっていうならそれ狙うよなぁ。一連の流れを面白半分に見守っている周囲の探索者たちの心の声は大体一致していた。
とはいえ、相手が引き受ければの話だ。
こちらがいくら目ぼしいアイテムがあったとしても、相手がそれに乗るだけの物をこちらが差しだせるかはわからない。
景品とかどうでもいいからとにかくここでお互い勝負つけて白黒ハッキリさせようや、みたいな状況であればともかく、そうでなければ断られる可能性の方が高い。
勿論勝負を逃げる奴だっている。
腰抜けだとか周囲に言われたとしても、負けが確定している勝負にわざわざ乗る馬鹿もいない。
確かに周囲の声を味方につけて勝負に持ち込む奴も中にはいるが、そういうのは流石に相手の一番大事な物を狙うようなやり方はしない。
というのも過去にそういった手段で周囲の空気を見事に作り上げて相手から景品と称して色々なものを巻き上げていた奴がいたのだが、そいつは最終的に酷い目に遭った。
この場にいる探索者たちの中で三割ほどは当時のその一件を目撃しているため、アミーシャが決闘を申し込んで断られて引き下がらないようであれば一応周囲でヤジを飛ばしつつアミーシャを引き下がらせるつもりである。
余談だがその当時起こった事件は、例えば相手の装備で一番いいやつだとか、金銭的価値がなくとも相手が大事にしている物だとかを狙う奴が引き起こしたのだが。
当時執拗に狙われていた探索者から貴方の持ち物でほしい物は有りません。その決闘はお断りします。と何度も断られていたのにそれでも諦めず、何なら数名小金を握らせて周囲からいい加減一度くらい受けてやれよー! なんて野次を飛ばさせ強引に勝負をする方向性に持ち込んだのだ。
挑んだ探索者は自分が確実に勝てそうな相手しか狙わなかった。何度も決闘を申し込まれていた方は、物静かで控えめな探索者で、見た目だけで言えばとても強そうには見えなかった。とはいえ、闘技場まで来る事が出来る程度には実力があるので決して弱くはないのだが。
そんなしつこく挑まれていた探索者は、しぶしぶ一度だけです。と言い切って引き受ける事にした。勝負の結果がどうであれ、次の試合は引き受けない。皆さん、証人になってもらえますね? と周囲の探索者に念まで押した。今まで一度も引き受けなかった探索者がそう言ったとはいえ勝負を引き受けた事に周囲はそれはもう沸いた。一体どんな戦いを見せるのかと盛り上がり、すぐさまどちらが勝つかの賭けが行われた。
勝負を挑んだ探索者が狙ったのは、相手が身に着けていたペンダントだった。母の形見だとかいうそれを、探索者は面白半分で狙っていたのだ。挑まれた方からすれば冗談ではない。価値があろうとなかろうと、母の思い出の一つをそんな気軽に差し出せるはずもない。けれどもいい加減うんざりもしていたのだろう。
挑まれた方は、正直貴方が持ってるもので欲しいものは特にないので……そうですね、では妹さんをください。なんて言いだした。
一瞬たじろいだ探索者ではあったが、それでもそいつは勝負に乗った。片や生きた家族。片や家族の形見の品。つり合いが取れているようには思えるが、そもそも賭けていいものではないだろうに。
探索者は妹の了承を得ないままに引き受けて、そして負けた。
それはもう、完膚なきまでに負けた。
こんな勝負は無効だと騒ぎ立てたところで意味がない。勝負を仕掛けたのはそいつからで、妹を景品にすると頷いたのもそいつだ。目撃者がいない所であればまだしも、大勢いる状況で何を言ったって今更すぎた。
決闘をする前に契約書をお互いに書いていたために、かくしてその探索者の妹は挑まれた側の所有物となってしまった。妹は探索者ではなかったために、そんな勝負がダンジョンの中で行われていたなんて知るはずもない。しかし契約書にはそう記されているし、目撃者も大勢いる。
物静かで、それでいて涼やかな雰囲気の探索者はかくしてその探索者の妹をもらい受けていった。
妹からすれば冗談ではない話だが、契約違反をするのであればそれに見合うだけの違約金を、となった。人一人の値段など、適正価格があるわけでもない。はした金で誤魔化そうとすれば、それがお前の妹の価値か、と切り捨てられた。
妹を連れていかないでくれ、と縋りついた時に妹がいかに大事かを語っていたので流石にはした金でなかった事にできるなど、あるはずもない。
しかも勝負をする前に次は二度と受けない、と言われていた事もあって、もう一度戦って奪い返すというわけにもいかなかった。
つまらない理由で勝負を挑み続けていた探索者は、連れ去られた妹をどうにか取り返すために多額の金を用意しようと今まで以上に真剣にダンジョンに足を運ぶようになった。
いやでもまぁ、あいつそれなりにいい男だし、もしかしたら妹ちゃん、大事にされてるかもよ? と仲間の探索者が放った言葉は慰めになっているようで全然なっていなかったし、それ以降あの探索者とは中々顔を合わせる機会もなかった。
再会したのはそれからかなりの日が経ってからだ。
再び闘技場で再会したその探索者に、妹は無事なのか、元気でやっているのかと切々と問いかけた彼に返された言葉は至ってシンプル。
「死んだ」
これだけだった。
どうして、何故と縋るように質問を重ねれば、その探索者はあっさりと答える。
「探索者になってダンジョンに行ったが魔物の餌になった」
――と。
立っていられなくなったのか、膝から崩れ落ちた探索者は、この時ようやく手を出してはいけない相手に手を出したのだと理解した。
妹に与えられたアビリティは戦闘向けのものではない。そんな彼女が探索者に自分からなるはずもない。その探索者には他に家族はいなかった。妹と、兄である自分と。しかしそのたった一人の家族は自分の馬鹿なやらかしのせいで命を失った。
実質手を下したのは目の前の探索者であったとしても、原因を作ったのは間違いなく自分だ。
それでも。怒りの矛先は自分だけではなくそいつにも向けられた。
殺してやる! と叫んだところで他の仲間に取り押さえられた。
「二度とお前との勝負は受けない、と言ったはずだが。それでも改めて決闘を申し込むというのであれば、お前は次に何を賭ける? 自分の命か? 仲間の命か? 両方賭けるというのなら、受けても構わない」
そう言われて。探索者は力なくへたり込んで、涙を流した。失うものが大きすぎる。
一時の感情で自分の命だけを賭けるならまだしも、仲間の命まで賭けられない。
以前であれば勝てると思っていた相手だが、実際戦ってみてわかったのだ。
こいつには勝てない、と。
その後その探索者たちがどうなったかは知らないが、とりあえずそんな話がひそひそと周囲でなされているのを聞いてステラは思う。
喧嘩売っていい相手かどうかも見極められないでヤバい相手に手を出した末路ってだけの話よね、と。
それから――
「なんかその探索者、ルクスみたいね」
とも。
「そうかな?」
「えぇ、特に大事じゃないアイテムを大事そうに見せかけて、そういう人の大切な物を奪う事に快感を得るタイプ引っかけて弄んでそうな所が特に」
「否定はしないよ」
実際遥か過去にそういった事をしていたのは事実だ。そこからフェルテの書とかいうなんちゃってレシピ本だとか様々な悪戯が広がったわけだが、まぁ若気の至りという事にしておく。
仲間であるステラに結構な言われようをされているにも関わらず否定するつもりが一切ないルクスに、周囲の探索者が若干引いた顔をしているがルクスはそんな事すら気に留めずにこりと微笑む。その笑みを見て更に引いた探索者がいるのは言うまでもない。
ともあれ、アミーシャの狙いが短剣であるというのは理解できた。
けれどもこちらとしては特に欲しい物があるわけでもない。
情報、は確かに欲しいけれど、ここでそれを宣言できるかと言うと少し微妙だ。
ダンジョンについて聞きたい事がある、と言ったとして。そしてそれを了承されたとして。
勝って聞きたいことを聞いた時にそれはあたしも知らないわ、とか言い出さないとも限らない。相手が言い逃れできないレベルで問い詰める事ができればいいが、確実に得られる情報が役に立つかとなると疑わしい。
ステラたちが知らない事を知っているのは事実だけれど、聞き方を間違えればこいつは確実に煙に巻こうとするだろう。
ここで堂々と彼女がダンジョンを作る事に関わっているという事を明かせればいいが、流石に突拍子もない話なのでそんな事を言ってもこちらが頭おかしい扱いされて終わる気がする。
「うーん……景品は、ちょっと保留で。流石に貴方の命とかは言い出さないけど、その前に聞かせてくれる?」
「何をよ」
「試合方法って、どうするの?」
決闘の申し込み、と言われたものの、一対一なのかチーム戦なのか。そこら辺ステラたちはまだよくわかっていないのだ。
「あたしが決めていいなら、リーダー同士の一対一の戦いを申し込むわ」
びしっとステラに指を突き付けてアミーシャはそう宣言する。
「リーダー同士、一対一」
ステラが同じように復唱する。
アミーシャがそう言い出すのは何となく想像していた。
何せ以前出会った時の事を思い返せばそうなるだろうなというのは考えるまでもなくわかりきっているからだ。
アミーシャの目的がはっきりわからないけれど、要するにまぁ、こちらに恥をかかせたいというのはあるだろう。本来あるはずのない場所に隠し部屋なんてものを作った時点で作り手に喧嘩売ってると思われるのはわからなくもない。自分の作品に他の奴が勝手に手を加えるとか、まぁ普通に考えて失礼な行為だ。絵の先生とかにここはもうちょっとこうした方がいいと思う、とか言われるのとはわけが違う。
ダンジョンの隠し部屋を作った事を明かす事ができればいいが、そうなると何故そう言い切れるのかと言われるのも目に見えている。だからこそ、隠し部屋以外で突ける隙として武器に頼りっぱなしで実力があると勘違いしている探索者として周囲で笑いものにしようとか、そういう考えなのではないか、と想像はつく。
しかし戦いを挑む相手を間違えればアミーシャが負けるのも、彼女だってわかっているだろう。
得体の知れないルクス。戦いに関して優れているだろう事がわかるクロム。
アミーシャから見てもこの二人との戦いは避けたいはずだ。
であれば狙いは消去法でベルナドットとステラになる。
一応一緒に行動しているキールを狙うだろうかとも考えたが、もし彼を指名した場合は違うチームのために戦うつもりはないです、とか言って断ればいいだけの話だ。勝負を仕掛けるにしても断られるなら意味がない。
「……チームのリーダーによる一対一のバトルで本当にいいのね?」
「えぇ、そう言ってるわ」
「わかったわ。引き受けましょう」
ステラがそう言えば周囲から「おおーっ」と声が上がった。
であればあとは受付で申し込むだけだ。
まずはアミーシャが受付で一枚、試合申請書を書いてみせる。それに対してステラたちもそれに該当する書類を渡された。
ステラやルクスがその書類を覗き込みながら、記入事項を埋めていく。アミーシャが最初に書いてみせてくれたので、どういう風に書けばいいのかは大体把握できたのでサクサクと記入できた。
「ここまでやって逃げたら探索者としてずっと笑いものになるって事だけは覚えておくのね」
ふふん、なんて勝ち誇ったように言いながら、アミーシャは仲間を引き連れて選手の控室があるだろう方へと歩いていった。
ステラたちもまた同じように受付にいた絡繰りに言われ、アミーシャとは正反対の方にある控室へと足を運ぶ。
かくして、衆人環視のもと、アミーシャと戦う事になったのである。




