闘技場
さて、そこから更に進んでステラたちが今いるのは二つ目の階層主を倒し、三つ目の階層主がいるだろう手前のフロアである。
二つ目の階層主を倒した後もその隣の面している安全地帯で休憩しているので、ダンジョンに入ってからとっくに一日は経過している。一階層滞在時間が一定であればまだしも、広さも若干異なるらしい階層なので一時間しないうちに次の階層に行ける事もあれば三時間以上歩き回っても次の階層にいけない、なんて事もあった。
一応時計がないわけではないが、わざわざ懐中時計だとかを取り出して確認するのも面倒。
時間を確認できたとしても、規則正しい生活がダンジョンの中でできるかという話である。
あっ、そろそろ寝ないといけない時間だわ、なんて思ってもそこが安全地帯でもなければ魔物がいつ出てもおかしくない場所で眠る事になりかねない。自殺行為か。
徐々にダンジョンの中で昼夜が逆転していざ脱出したら感覚がちょっとおかしな事になるのは割とよくある話だそうだ。
だからこそ、ダンジョンをクリアして脱出した後の探索者は数日休んで体内時計をある程度戻してからまたダンジョンに挑むのだとか。
体内時計が狂ったまますぐにダンジョンに潜る者もいたが、そういう相手は大体どこかで普段はしないような小さなミスなどをおこすようになり、結果大怪我を、なんて事もあったらしい。
随分昔の探索者の話だ。
そういった話もあってか、ある程度感覚を戻してからダンジョンに行くようになったのだとか。
そういうものなのね、とステラはピンとこなかったが、自分でも知らないうちに疲労を溜めこむというのが理解できないわけでもない。特別な訓練をした結果昼夜関係なく、みたいな相手もいるかもしれないが、ここらの探索者はそういった特殊な訓練を受けた軍人のような存在とは異なるのだろう。
二つ目の安全地帯で休憩した時も、そこには先客がいた。
女性二人と男性一人の探索者チームだった。
男性がリーダーで両手に花とかそういうアレかしら、と思ったものの姉二人に連れられている弟というのが実際だった。
この三人もステラたちが安全地帯に来る少し前に辿り着いたらしく、これから休んで次に進むつもりなのだと言っていたのだが。
結論から言おう。転送装置で帰っていった。
あっ、貴方達も休憩なのね。と和やかに会話しつつステラたちも再び食事の支度をして休むためのテントを設置して、とやって、一つ前の安全地帯同様に魔物コインと交換でご飯融通するよ? と言えば二人の姉はひそひそと――とはいえステラたちに普通に聞こえる声だったが――相談し、この魔物コインで換金できる金額の範囲で! と交渉に乗ってきた。
換金すれば三人が酒場で飲んで食べてそれなりに満足できる金額にはなるだろう。適正価格ね、とステラは内心で頷いてじゃあ、とばかりに振舞った。
ワインに合う料理。まさかワインが出るとは思わず姉妹は最初驚いていたが、でも出されたし、と飲む事を選択した。そして秒でハマった。
やっだ美味しい飲みやす~い。
ホントだとってもフルーティー。
そんな風にキャッキャしながらワインを飲んで、出された料理に口をつける。
あっ、これも美味しい、なんて言いながら次々に食べていくその食べっぷりはステラから見てもいっそ気持ちのいいものだった。
食べっぷりもさることながら、本当に美味しそうに食べるのだ。
それを見ていると何だか田舎の祖父母がたまにやってきた孫にアレもお食べこれもお食べとやる気持ちが理解できそうな気がして、ついついあれこれと出してしまったのだ。
弟は最初姉がノリノリだったので少しだけ控えていたようだが、アルコールが回って更にご機嫌に酔っぱらう姉たちを見て諦めたらしく、彼もまたワインを飲んで料理を食べ始める。
姉たちも良い食べっぷりであったが弟もそうであった。
お腹いっぱいお食べ……! などと言いながらあれもこれもと更に出す。
そうして最後にもうお腹いっぱいって言われたあたりで、デザートまで出してしまった。
ダンジョンの中でこれだけの食事を食べる機会はまずないけれど、まさか甘い物まで出るとは思ってなかった姉二人のテンションはとんでもなく上昇した。どうやら甘い物に目がないようだ。
ベルナドットが厳選して選んだフルーツを練り込んで焼いたクッキーと、同じく厳選した果物から作ったシャーベット。ステラがこだわった乳牛からゲットしたミルクで作ったソフトクリームと生クリームをグラスに盛って、ちょっとしたパフェを作って出せば、姉二人の目は輝いたし弟の目もダンジョンでこんなん出るとか思わないよ……と驚きに染まっていた。
お腹いっぱい。お酒飲んじゃったしここで休んでアルコール抜けてから進むにしても……うーん、何かもうダンジョンの固い床で寝るより戻ってふかふかのベッドで寝たい。
そんな感じで早急に帰る事にしたようだ。
「……うちの拠点でも料理振舞ってもらっといてなんですけど、出会った相手ことごとく料理とお酒で潰すのどうなんですかね」
転移装置で帰っていった探索者たちがいなくなってから、そんな風にキールが呟いていたが。
そんな事を気にするステラではなかった。
キール達魔術師団がいる拠点でもステラたちはたまにではあるが料理を振舞っていた。
ついでに酒が飲める相手には酒も出した。
グリオ農村は食料だけなら手に入れるのはそう苦労しない。だからこそ別に飢えているわけではなかったが、肉とか魚は若干手に入りにくい。他の町や村にいけばいいだけだが、食料調達のためだけにあちこち移動するにしても、魔術師たちはあまりそういったものに詳しくはなかった。
ステラたちはダンジョンに行くついでにあちこちの町や村も見て回っていたし、気になる物は大体買ったりしていたので拠点で滅多に出ないような食材を使った料理などを時々振舞ったに過ぎない。
グリオ農村で入手しにくい食材の中で気に入ったものがあったらしき魔術師には、それどこそこの名産らしいよ、と伝えておいた。今まで見向きもしなかったダンジョンに行く魔術師が増えたのは、恐らくそれと関係ないと思いたい。
ともあれ、一つ目と二つ目の安全地帯にいた探索者たちをよりにもよって全員追い返す形になってしまった。
次の階層主を倒して、その隣の安全地帯へ行ったとして。
ここでも追い返すような事しちゃうのは問題かなぁ……と何となく思い始めていたステラであったが、三十階層の安全地帯には誰もいなかった。
ここに来るまでの途中で見かけた探索者たちは追い越してきたようなものだし、ここで待っていたらそのうちやってくるかもしれないが、別に彼らに用があるでもない。
食事を済ませて、ついでにキールの魔術の練習だとばかりに洗浄魔術で特に目立った汚れはないが服を綺麗にして。
テントの中で軽く一眠りしてから出発する。
この調子なら特に苦戦しないで最下層まで行けそうね、と思っていたものの。
このあたりの階層からやたらと罠が増えてきた。
そういえば二人の姉と弟で構成されていた探索者たちがご機嫌になりながらも言っていたなと思い出す。
三十階層過ぎてから罠が多くなるから、行くとなると本当に注意を払わないといけないのだと。
キールが眼鏡越しに見たそれらは、別に床一面にびっしりあるだとか、そういうわけではない。
けれどもちょっと狭い通路だとか、こんなところで魔物に挟まれたら立ちまわる際にどうしたって引っかかるだろ、みたいな絶妙に嫌な位置に配置されている事が多かった。
とはいえ、気を付けていれば引っかかる事もない。魔物が出ても慌てずベルナドットが弓で射貫いていたし、勢いよく接近してきた魔物はクロムが殴り飛ばして仕留めた。
明らかに硬いのがわかるような見た目の魔物であってもぶん殴って壁に激突させて仕留めるクロムを見て、キールは口元が引きつるのを感じていたが特に何を言うでもなかった。
言うにしても、何を? という話である。
初対面の時かなり手加減して殴ってくれたんだな、とか自覚はしてもそれを口に出せるかという話だ。
あの時クロムが本気で何人か殺してもいいや、とか思ってやってたら確実に首から上がパァンした死体が出来上がってたんだろうな、とか思ったとしてそれを口にだせるだろうか。否、余計な事を口に出すのは得策ではない。
そうして気を取り直して更に進んだその先。
三十五階層。
次の階層主まであと半分、といったところでそれはあった。
「何ここ」
「闘技場っぽいな」
そこまで広くなかった通路が徐々に広がっていって、この先何か開けた空間になってるみたいだな、とは思っていた。そうして見えてきたものは、ドーム状の建造物だ。何というかここにあるにはとても不自然、と言えるものだがダンジョンに常識を求めるのはきっと間違っているはずなので、ダンジョン的にはこれは普通の事なのかもしれないと思う事にする。
引き返して他の道を行く事も考えたが、何というかこのフロアの中心部がここなのではないかとも思えた。
ここに繋がっているであろう通路が先の方にいくつか見えたからだ。
引き返して他へ行くにしても、まずはここを調べた方が良さそうだと思える。
この中に次の階層に行く階段があるかもしれないし。なければ他の道にはどのみち行くのだ。
確認しないで他に行くよりは、確認して先に進めそうにないのであれば他に行こうという結論になりステラたちはいかにも闘技場です、みたいな建物の中に進んでいく。
「えっ、何ここ」
中に入ってつい先ほどと同じように呟く。
入ってすぐはロビーのような場所だった。受付めいたものがあり、そこには人の形をしているが人間ではないのが一目でわかる絡繰りが置かれている。
それだけならば別に驚くような事もない。
探索者がいた。
一人や二人、といった少数ではない。
数十人単位で探索者がここに集まっていたのである。
見た目からしてこのダンジョンの常連ですといったような、熟練の、とかいう言葉がついてそうな探索者たちがそれだけの数いて、特に警戒するでもなくあちこちに思い思いに存在している。
設置されたベンチに座って雑談している者や、少し離れたところで何かを見ながらうろうろしている者。
言い争っているような雰囲気の者もいたが、喧嘩というのとは違う気がしたのでステラたちはそちらへ注意を向けたものの、内容が聞こえるわけでもなかったので早々に視線を他に移した。
この建物の外では魔物が出たというのに、ここにいる探索者たちは魔物を警戒した様子がない。
「何だ? ご新規さんか?」
建物に入ってすぐに立ち止まり、周囲をきょろきょろと見回している光景はどう見たって田舎から都会に来たばかりの奴と似たようなものだ。
近くにいたらしき探索者が声をかけてきた。
どのみち声をかけられなければ、こっちから声をかけていただろう。
声をかけてきた相手にこれ幸いとばかりに、
「何ここ」
ステラは三度目の言葉を口に出した。
その様子が何らかのツボに入ったのだろう。
声をかけてきた探索者は軽く笑いながらも、馬鹿にした様子ではない。
とはいえ、質問に対していきなり笑ってしまったために、
「あぁ、悪い。ちょっとお前さんがたの反応が面白くてな」
と片手をすまんとばかりにあげた。
「何、と聞かれればアレだ。闘技場だ」
そうして少し笑いが収まったあたりで、その探索者はそう答えた。
闘技場。
外から見てそれっぽいなーとは思ったけど、そのまんまか。
「闘技場」
そのまんますぎて、どういう反応をすればよかったのだろう。
ステラは相手の言葉をオウム返しするだけだった。




