安全地帯にて
ステラが肩からかけている鞄の中は一体どうなっているんだろうか、と思われそうだがキールは既に彼女がマジックボックスのアビリティにも等しい能力を持っていると知っている。だからこそ、階層主を倒して安全地帯へと進み、一先ずここで休んでから出発しましょうか、となった時に鞄の中からテントだとかを出されても特に驚きはしなかった。
本当だったら小屋とかも入るけど、と言われていたが、流石に小屋を出すのは不味い。何せ安全地帯には既に先客がいた。
ステラたちよりも先にダンジョンに足を踏み入れていた探索者たちだろう。三人で焚火を囲んでいる者、少し離れた位置で寝袋に入って眠っている三名と、起きている一名。
二チームの探索者がそこにはいた。
全員が眠っていないのは単純に見張りだとわかる。
安全地帯であるとはいえ、そこにやってきた別の探索者が何かしでかす可能性は捨ててはいけない。
こちらに危害を加えよう、とまでは思っていなくとも深い層の安全地帯だと疲労も大分溜まって本人たちですら思いもよらない『何か』をしでかす場合もある。自分の事だというのに何をしたのかわかっていない、なんて場合でも第三者がその場にいて「何やってるんだ」と突っ込まれて正気に戻る、なんてのもよくある話だった。
とはいえここはまだダンジョン最初の階層主を倒した次のフロア、最初の安全地帯だ。
この時点で疲れ果てて先へ進むのが厳しい、というのであれば素直に引き返した方がいい。
ダンジョンとしてはまだ序盤ではあるが、最初から地形がわかっているダンジョンとは違い、そういったダンジョン以上にあちこち歩くはめになるせいかここでしっかり休息をとっておかないと次の安全地帯までは中々に大変な事にもなる。
しっかり休んでからなら先へ進むのも問題ない、という探索者たちはここでしっかり休んで次に行くが、そうでない探索者たちは素直に転移装置で脱出する。
ステラたちより先にいた二組の探索者たちは休んだ後で先へ行くつもりだというのは理解できた。
先客たちは新たにやってきた探索者にちらりと目を向けたが、それだけだった。
ステラが鞄からテントを取り出すまでは。
「えっ、嬢ちゃんその鞄もしかして魔法の鞄か!?」
「え?」
焚火を囲んでいた三人のうちの一人が立ち上がって問いかけてくる。
立ち上がらなかった二人も驚きに目を見開いていた。
「いったいどこのダンジョンで見つけたんだそれ!」
「魔法の鞄?」
「知らないのか? 見た目に反して容量がたっぷりな鞄だよ。たまに袋だったりする事もあるが、とにかく見た目以上に物が入るから便利なのは確かだ」
「……えーっと、これ、普通の鞄よ? そう見えてるのね、ごめんなさい、これ私の能力によるもので」
「……なんだよ、アビリティか。マジックボックスだったか?」
「それとはちょっと違って、でもそれに近い感じかしら……」
困ったように首を傾げて言うステラの言葉を嘘だと判断できる者は、少なくとも探索者の中にはいなかった。
それだけの言葉で、マジックボックスではないが恐らくは自分が身に着ける鞄などにそれに近い性質を付与させるアビリティなのだと判断する。上位互換ではなく下位互換。彼らはそう判断した。
それが事実であるならば、その鞄を売ってくれ! なんて言って購入したとしても、彼らが手にした時点でただの鞄だ。意味がない。その能力が手放した鞄にもずっと付与されるのであれば、話は違ってくるがステラの反応を見る限りは違うのだろうと思われる。
確かに事実は空間収納しているアイテムを鞄経由で取り出しているに過ぎないので探索者たちの考えは間違ってるものの間違ってないとも言えた。
「でも、そんな便利なアイテムもあるのね」
ステラは一応自分の世界にもあるにはあったなっていうか作ってたな、と思いながらもそんな風に話を続ける。
「あ、あぁ、一部の探索者は持ってるみたいだぜ。あれ一つあれば探索するにも大分楽になるからな。
今持ってるのとなると……このダンジョンによく潜ってる有名な連中とかだったか……」
「確か黄金の空、でしたっけ。何かそんなチーム名の」
「あー、そんな名前だったか……? ともかく持ってる奴はいるな」
チーム名。幸運なルーキーのように周囲が勝手につけた二つ名のようなものではなく、自分たちで名乗っているのか……と思ったがまぁ、呼び名はあった方がいいのかもしれない。
複数の探索者が集まった時にいちいちそっちのチームだとかあっちのチームだとか言うよりは余程。
キール達も一応簡単に魔術師団とか名乗ってるらしいし、まぁ、あった方がわかりやすいものね。
なんて思ったものの、それにしても黄金の空、とは……? と思ってしまう。
空をも埋め尽くすほどの財宝を見つけるぞ、とかいう思いを込めてるのかしら……? とりあえず名前から連想されそうなものをいくつか想像してみようとしたが、あまり浮かばなかった。単純に名前のイメージから想像した名前の由来はとてもシンプルなものだ。
途中途中で休憩できるとはいえ、それでも持てる荷物の量に限りはあるし、場合によっては引き返す事も確かにあるのだろう。このダンジョンをクリアして戻ってくるまでに大体十日前後、と職員は言っていた。
過去にクリアした人以外でも今現在の探索者でもクリアは可能だが、それでも毎回クリアして帰ってこれるわけでもなく途中で引き返す場合も多いとか言ってた気がするし、若干の運も絡んでくるのだろう。
すんなり先に進めればいいが、そうでなければ一つの階層を延々彷徨う事だってあるわけだ。そうすれば途中で食料が尽きたりする事だってあるだろう。
あとは物欲センサーが仕事しすぎて薬とか食料っぽいもの一切ドロップしなかった場合だとか。
それをアテにしないで荷物を準備しておけばじゃあ問題ないかと問われれば、万全だと思っても毎回ダンジョンで次の階層に行く階段見つけるのほとんど最後の方、とかだとやはり難しいのではないかとも思う。
とはいえ、このダンジョンは他のダンジョンと比べれば大きい分稼げるのだと探索者たちは言う。その分危険もたっぷりではあるけれど、生きて帰ってこれる範囲での探索を続けていけば、たまに運よくレアなアイテムを見つける事もあるそうなのだ。
彼らはそういった、行けるところまで行って無理せず途中で引き返すのを繰り返すタイプの探索者だった。
少し離れたところで眠っている三人と一緒にいた起きている探索者もどうやらそうらしい。
同じダンジョンに何度も足を運んでいると、顔見知りが増えてくるようで、彼らは距離をとって休んでいるものの一応それなりに親しい間柄なのだとか。
はー、やっぱある程度同じダンジョン行くようになると顔見知りってできたりするものなのね、なんてステラは声には出さずに思うだけにしておく。
このダンジョンを攻略したとして、果たして運よくキールが求める世界樹の雫が手に入るかは謎だ。仮に一度クリアしたとして、次からずっとこのダンジョンに潜り続けるのか、それとも他の大陸のダンジョンに望みを賭けるのか……それによってはステラたちもここでの知り合いが増える可能性はある。
話しかけられたものの、その間テントはベルナドットとクロムがせっせと組み立てていた。
大きめのテントと小さめのテント。
言うまでもなく小さいのはステラだけが休む方だ。
たった十階層を移動してきただけに過ぎないが、それでも中々に時間がかかったのでここで軽く眠ってから次の階層に行くつもりである。
とはいえ、その前に腹ごしらえもするつもりだが。
鞄の中から調理道具を取り出して、ついでにキールに合図する。
最近覚えた生活魔術でキールが火を熾すと、その上でクロムがフライパンを熱し油を注ぎ、ついでに材料を投入していく。
ジュウ、と食材が焼ける音がする。
わざわざここで下ごしらえからするのが面倒だったので事前に材料をある程度の大きさにカットしたものを用意しておいた。今は野菜がフライパンの中で炒められている真っ最中だ。
そこにステラから他の材料を手渡されたルクスが更に材料を追加していく。油の跳ねる音がして、ベーコンが追加された。
その次にソーセージが。肉の焼けていく香ばしい香りが周囲に漂った。
「ちょっ、何でそんなソーセージばっかり入れるんですか伯父さん」
「あ、このソーセージ味は違うやつだから気にしなくていいよクロム。ちょっとピリ辛のやつとかハーブ入ってるのとか黒コショウのやつとか色々あるから」
「そういう問題かなァ……?」
フライパンを揺すって具材が焦げないようにしているが、クロムから見たフライパンの中身は最初は野菜炒めであったはずなのに今ではソーセージがメインになりつつあった。むしろその前に入れたベーコンの影が薄い。
ソーセージの方に結構しっかりめの味がついてるらしくて、ルクスは塩と胡椒は気休め程度にしか入れなかった。それでも既に漂う香りからあっ、これ美味しいやつだなとわかるのでクロムも文句を言うに言えない。
もういいだろう、というくらいに火が通ったのでフライパンを火の上から移動させる。その頃には皿を用意していたベルナドットが準備万端とばかりに待ち構えていた。
鞄からローテーブルを取り出したステラが他の食器も取り出していく。
人数分に分けられた野菜炒めならぬソーセージ炒めと、いつの間にやら用意されたスープ。ついでにパン。ダンジョンの中でとる食事としては充分だろう。
「くっそめちゃくちゃいい匂いすんなぁ!」
焚火を囲んでいた三人のうちの一人が羨ましそうに声を上げた。安全地帯なので匂いに釣られて魔物がやってくるなんてことはないが、同じ空間にいる彼らは釣られたも同然だ。眠っている探索者たちは今の所目を覚ます様子もないが、それでも起きていた一人は鼻をひくひくとさせていた。
彼らも食料を持ってきていないわけではないが、安全地帯で必ずしも食事をするわけではない。場合によってはダンジョンの中で移動しながら食べることもあるので、そういう状況を考えて手軽に食べられる保存食がほとんどだった。むしろ調理する必要のある物を持参すると、その分調理するための道具なんかも必要になる。
なるべくダンジョンから多く持ち帰りたいので、途中で消費できる食料はさておきそれ以外の道具も軽くしておきたい、という考えもあった。
「魔物コイン一枚でソーセージ串にさしたやつと交換するけど」
「どの魔物コインだよ」
「なんでもいいわ。手持ちの魔物コインの中で多くあるやつでもいいし、換金率低めのやつでも。串にささったソーセージは三つ。味付けがそれぞれ違うやつ」
「はいおれ二つ交換しまーす」
真っ先にノッたのは見張りをしている一人の探索者だった。手元には魔物コインが二枚ある。
「ついでにそこの火で軽く炙っていいか?」
「それくらいなら構わないわ」
「あざーす」
早速渡されたソーセージ串の表面を火で炙っていく。熱で表面が割れてそこから肉汁が溢れ、またもやいい匂いがした。
「あふっ、はふ、ん、んま……」
いい感じに焼き目のついたソーセージにかぶりついた探索者が口の中でまだ熱いソーセージをどうにか冷まそうとしてはふはふ言っているのを見て、焚火を囲んでいた三人の探索者もそっとコインを差し出した。
そうだね、何か滅茶苦茶美味しそうに食べてるもんね……人が食べてるの見てると余計美味しそうに見えたりするよね……なんて思いながらもステラは出されたコインの枚数分ソーセージ串と交換していく。
てっきり換金し損ねた価値の低い魔物コインでも出てくるんじゃないかと思ったが、出された魔物コインはこのダンジョンで倒した魔物のものだったのでどちらかといえばソーセージ三本刺さった串との交換にしてはちょっとぼったくった感すらある。
「スープもつけましょうか? こっちはサービスで」
「頼む」
即答だった。
焚火を囲んでいた三人組の方は自分たちで熾した焚火でソーセージを炙っている。ぱちっと途中ではじけたソーセージの音がして、油が火に落ちたせいで一瞬だけ焚火の勢いが増した。
「あと他に出せるのあったかしら」
「芋は? 何かバターと一緒にしたらいけるだろ」
「完全にお酒欲しくなるパターンに突入しちゃうじゃない。この人たちこれからまだ先に進むっぽいのにお酒はまずいでしょ、流石に」
ベルナドットの言葉にステラは否定するように首を横に振った。
「ちょっと固めのパンを火で軽く炙ってそこにチーズとか」
「それもお酒のおつまみにしちゃう人いるでしょ、多分」
「その話しぶりだと酒もあるのか?」
「あるわよ。あるけど、流石にお酒飲んでダンジョン進むのは危険すぎるでしょう」
探索者に声を掛けられたので素直に答えるも、焚火を囲んでいた三人は素早く目配せして更に手の平の上に魔物コインを乗せて差し出してきた。
「魔物コイン何枚で出してもらえる?」
「本気?」
「ここからなら転移装置で帰れるしな、ついでにソーセージ串あともう六本追加で」
「……しょうがないわねぇ……」
三人組の方は完全にここで食べて飲むつもりになったらしく、手の平の上には途中で倒してきただろう魔物コインが乗っているが、流石に食事代と考えると多い。ステラは大体これくらいかしら、と相場とそう変わらないだろうコインだけを手に取って、かわりに鞄の中から酒に合いそうな食べ物と酒を追加で取り出した。
こっちの世界のお酒とか詳しくないけど、ワインとかビールとかならまぁ大丈夫でしょ、と思いながら。
ちなみに。
この後寝袋で眠っていた探索者たちも起きだして、えっ何それ美味しそうと乗り気になり彼らもまた魔物コインと引き換えに食べ物と酒を堪能した。
ステラの出した酒はどうやら彼らのお気に召したらしく、完全に先に進むよりもここで飲む事がメインになってしまった。
そのため彼らは転移装置で一度ダンジョンの外に引き返すらしい。
ですよね、としか思えなかったがやらかした本人でもあるステラが口に出す事はなかった。




