奇襲にすらならない
「よく辿り着いたわね!」
階層主を倒しその先にある安全地帯と呼ばれるフロアへ足を運べば、そこにはアミーシャが待ち受けていた。
「……あぁ、じゃあ前に階層主とやりあってたの貴方たちだったのね」
先客がいるのは理解できたけれど、それが勝って先へ進んだのか、それとも負けてダンジョンに取り込まれてしまったのかは判別できなかった。けれどもここにアミーシャとその仲間たちがいるとなれば、直前に階層主と戦っていたのは彼女らである、と理解もできる。
「……見たとこ、あんま怪我してないけどそれでもこのダンジョンの恐ろしさはわかったんじゃないの?」
ふふん、と腕を組んで得意げに言うアミーシャと、その背後に控えている三名。得意げなのはアミーシャだけで後ろの三人は特に得意げというわけでもなく、ただじっと佇んでいる。
まぁ、普通に考えて確かに罠の存在は脅威ではあるのだ。
普通の探索者であるならば。
魔物に警戒するだけではなく、罠の存在にも気を付けなければならない。
多くの探索者がきっと罠に酷い目に遭わされてきたのだろう事は想像に容易い。
けれど。
「まぁ、罠に関しては面倒とは思うけど、ここのダンジョンの罠はそうでもなかったわよ」
これはステラの嘘偽りのない本心であった。
キールならそこでアミーシャの言葉に素直に頷いていただろう。確かに魔術師だけでダンジョンに挑むのであれば、罠の存在は魔物以外にも警戒すべき存在で、危うく魔物と戦う前に全滅する恐れだってあるのだから。
けれどもステラたちは大体どこら辺に罠があるのか、というのを把握していたし、であれば気を付ければ引っかかる事もない。というかあえて罠を発動させたりする余裕すらある。
「引っかかったら多少困った事になるだろうな、と思える罠も中にはあったけれど……あくまで引っかかったら、だからね」
便乗するようにルクスが言う。
一体何を言っているんだろう、とばかりにアミーシャの口がぱかりと開いた。
だってこのダンジョン、探索者はどうしたって罠にかかるようになってるはずなのに、と彼女は思う。
一見すれば何の変哲もない通路であっても、そこにはたくさんの罠が仕掛けられている。魔物と戦っている時はもとより、そうじゃなくてもただ移動しているだけでも絶対どこかで引っかかるようになってるくらい罠が溢れているといっても過言ではないのだ。
「なんていうか、偏ってるのよね、仕掛け方が。下手くそと言ってもいいわ」
これもステラの嘘偽りのない本心からの言葉だった。
例えば一つの罠に引っかかって、そこでどうにか回避しようとした先にまた新たな罠が、とか相手の動きを誘導させて追い込んではめる、というものであればまだしも、そうではないのだ。
なんというか手当たり次第に罠を仕掛けているだけにしか思えないくらいに、罠を仕掛けている場所が偏っている。しかも発動する罠もなんというか……通路ギリギリの幅で転がってくる大岩、とか回避するにも苦労しそうなものであるならまだしも、壁から矢が飛んでくるとかある程度回避できなくもない罠が立て続けに仕掛けられていたりする。
正直、長い棒とかでその辺叩きながら移動したら大体どうにかなってしまうんじゃないかしら、と思えるような罠の仕掛け方が多かった。
岩が転がってくるような大物は滅多になかったのもそう思える原因かもしれない。
ルクスが面白半分に発動させた罠がいくつかあるが、一つの罠が作動した途端隣に仕掛けられていた罠も一緒に発動。威力が倍になって探索者に襲い掛かるかと思いきや発動した罠同士がぶつかり合って……なんていう無駄なものもあった。
単純に世界の差、と言ってしまえばそれまでの話だ。
何故ならこちらの世界で罠を仕掛けるという事はそもそもあまり無い事のようなので。
例えばステラたちが暮らしている世界であれば、ダンジョンを中心に町を作る、なんて事はまずない。基本的には人が暮らすために適した土地に人々が集まって発展する形だ。
魔物はダンジョンの外にも存在している。
だからこそ、そういった魔物が近づかないよう仕掛けをしたり、魔物でなくとも動物を獲物として捕獲するための罠を仕掛けたりする事はある意味で当たり前の事でもあった。
けれどもこちらの世界ではそれは一般的ではない。
ダンジョンを中心に町が作られる。外に魔物は出ないので防犯面で罠を仕掛けたりする必要がほとんどない。盗賊だとか野盗だとかいう存在は確かにあるが、それだって極僅かだ。彼らを警戒するために罠を仕掛ける、という事もなかった。
それというのも基本的には探索者が存在しているし、もしそういう外から襲い掛かりにきた何者かに抵抗する際彼らがどうにかできればそれで終わる。
初心者向けのダンジョンしかないような平和な所であったとしても、最悪ダンジョンの中に逃げ込んでしまえばいい。転移機能を使って他の場所へ逃げる事もできるし、探索者が手引きできない状況であってもダンジョンの中へ逃げ込めばどうとでもなる。
初心者向けのダンジョンしかない所だと、ダンジョンの規模もそこまで大きなものでもないし、魔物もそう脅威でもない。であればダンジョンの中へ逃げ込んで、それを追ってきた盗賊などを撒けばいい。探索者じゃなくとも自分が住む場所のダンジョンの構造は初心者向けの所であれば割と把握している者が多い。
そうでなくとも自警団などがいるので、余程の事がない限りは大惨事にもならない。
初心者向け以外のダンジョンがある場所であれば、探索者が高確率で存在しているし、賊の討伐はその場合彼らの仕事にもなる。とはいえそれも滅多にない事ではあるが。
外に出て動物を狩る、という事もあまり一般的ではない。
どちらかといえばダンジョンで魔物を倒してそこでドロップされる食料になり得るものだとかを狙った方が手っ取り早く、そうでなくとも狩るより育てた方が確実であるからだ。
一般的でなくとも罠の存在がないわけではないが、探索者にとって馴染みが薄いのは言うまでもなかった。
もしダンジョンを作った者が罠に関してもう少し知識を持っていたら、こんなただひたすらに置ける罠手当たり次第に置きました、なんてしなかっただろう。
森で狩りをする事の多かったベルナドットからすれば、見ていてとても雑な仕掛け方としか言いようのない配置。
ステラやルクスも何となくどこに仕掛けたら効果的か、くらいはわからなくもない。
クロムは罠を仕掛けるのは得意でもないが、それでも今までそういった罠を仕掛けてくるタイプと戦ったことがないわけでもないので何となく今までの経験から察する事はできた。
この中で、キールだけが罠に関して馴染みがなくそういう意味では最も危険だったわけだが、しかし今では罠がどこにあるかわかる眼鏡をかけているのでうっかり引っかかるという事もない。
「な、罠仕掛けるのが下手くそ、ですって……!?」
「そうね。正直、アレはないわ」
連鎖させるならともかく、罠同士が発動した結果お互い打ち消し合うような事になってるのはホント無い。罠の無駄とも言える。
あれは何も考えずにただその辺に配置しました、とか言われてしまえばそうでしょうねとしか言いようがないくらいに、雑な仕掛け方としか言えなかった。
ベルナドットに比べればステラは罠を仕掛ける事はそうないので詳しくはないが、それでも何となくどこにどういう風に仕掛けるべきか、くらいはわからなくもない。
それは転生する前の世界でゲームなどで培った程度の知識ではあるが、そんなある意味にわかでもわかるようなこれはないわ、レベルの仕掛け方をされてしまったら、そりゃもう下手くそと言ってしまうのも仕方のない事だろう。
「ふざっけんじゃないわよ馬鹿にして!」
きぃっ、と喚くようにアミーシャが叫ぶ。
「取り繕うつもりゼロかよ……」
クロムが呆れるのも無理もない。
ダンジョンに罠を仕掛けた相手に対してあれはないわー、と言っただけで、別にアミーシャを馬鹿にした覚えは一度もない。けれどもそこでアミーシャが自分を馬鹿にされたというのであれば、それ即ちこのダンジョンを作ったのは自分だと宣言したも同然であるからして。
「もう! 皆、やっちゃって!!」
背後に控えていたいかにも騎士です、みたいな相手にアミーシャが声をかける。仲間なのはそうだろうけれど、まさかここで他の探索者にけしかけられるとは思っていなかったのか、一瞬だけ動きが鈍った気もしたがすぐさま彼らは剣を抜き駆け出していた。
全身を鎧で覆っているのでそう素早くもないだろうと思ったが、こちらの予想を裏切って思っていたよりは素早く接近してくる――が。
「せぇいっ!」
接近してくるのがわかりきっているので、クロムは速やかにステラたちよりも前にでて、そうして一人で迎撃した。相手が剣を振り上げてから下ろすまでの間に接近し、そうして胴体を薙ぐように蹴りを入れる。
重く鈍い音がしたが、クロムはそのまま流れるように他の二名も同じように蹴り飛ばし――胴体に蹴りを入れられた三名の胴体部分は鎧がべっこりとへこんでいた。
「えっ、えっ、えぇぇ!?」
やっちゃって! とか言って指をこちらにつきつけたままの姿勢だったアミーシャの横を通り過ぎるように吹っ飛ばされ後ろに転がった三名が止まる様子もないまま壁際まで転がっていき、何とも言えない音を反響させる。
がしゃ、と鎧と床とがこすれ合ったような音がしたものの、それきり音はしなくなった。ぴくりとも動かなくなった三名は、ステラたちからは丸見えだがアミーシャはそうもいかなかった。自分よりも後ろにすっ飛んでいったので、恐る恐るといった具合に振り返っている。こちらに突き付けていた指が、へにゃりと曲がりややあってアミーシャはこちらに再度向き直った。
「お、おお、覚えてなさいよ!!」
そうしてくるりと身体の向きを変えて転がったままの仲間のところへ駆け寄って――
バシュン。
そんな音とともにアミーシャたちの姿が消える。
転移機能を使って、というよりは特殊能力で移動したとみて間違いない。
「いやだから、捨て台詞……」
何だか前にも同じ捨て台詞聞いたぞ、と思いながらもクロムはこれ以上の脅威――と呼ぶ程のものでもなかったが――が無いと判断して向き直る。
「……何がしたかったんだろうな?」
「そんなもの、私たちがこのダンジョン難しいよふぇぇ、とかいうのを楽しみにしてたんでしょ、きっと」
正直ちょっと無駄な罠が多いダンジョン程度でそんな泣き言を漏らすはずもないのだが。
どちらかといえば、まだ人間だった頃にクロノに連れていってもらったダンジョンとかに一人で置き去りにされたら流石に生きて帰れるかしらふぇぇ……とか言ったかもしれない。いやまぁ帰っただろうけれども。
魔力粉があって素材があれば後はもうどうにでもなるわけだし。
この世界では確かに上級者向けと言われているダンジョンで、実際にそれなりの難易度だろう事はわかるけれど、それでもステラたちからすれば「あらそうなの」で済むようなダンジョンだ。
どう足掻いたところでアミーシャが望んだ展開になる事はない。
「というか、攻撃仕掛けてきたよな!?」
遅れてキールが叫ぶ。今更すぎるがその通りではあった。
探索者同士での戦いは基本的に御法度、みたいな部分がある。
勿論魔物との戦闘中、乱戦になって、だとかで巻き添えを食らう事はあるかもしれないが、それ以外でこいつ亡き者にしよう、みたいなのは禁止されている。とはいえ、抑止力はあまり無い。ダンジョンの中で何があったかを明確に周囲に知らしめることができるならまだしも、そうでなければ生き残った方の証言が真実とされてしまうからだ。
ダンジョンの中で死んだとされる探索者のうち、それでも何割かは魔物ではなく探索者によって殺された者もいるだろうな、とは思うものの、ギルドカードでそれらの情報を全て洗い出すとかでもない限りは明るみに出る事もないだろう。
ギルドカードをギルドにある特殊な機材で読み取って、なんていうのは余程不審な点がない限りはやらないのだから。
自主的に毎回読み取ってもらう、というのは基本的に仲間内でどれだけ貢献したかによって分け前を変える、とかそういう風に決めている探索者チームくらいではないだろうか。
「これ、ぼくたちがギルドで訴えたらあの人探索者としての資格取り消されたりしませんかね?」
「無駄だと思うよ」
キールにすぐさまそう答えたのはルクスだった。
「恐らく、彼女は探索者としての資格を消されたとしてもダンジョンに普通に入り込める。転移装置を使わずともダンジョンから仲間を連れて脱出していただろう? あの能力があるならそもそも探索者である必要もない」
ダンジョンの入口に見張りが常にいるわけでもないのだから、入り込もうと思えば普通に入れる。
転移装置を使えない状態であってもあの能力があれば確かにダンジョンの出入りに困る事はない。
「それに、恐らくだけど。彼女は探索者としてギルドを利用している事もあまりないんじゃないかな」
「え、なんで」
「…………ダンジョンを作った、と暗に宣言したよね。アミーシャは。
であれば、その自分が作ったダンジョンで出るアイテムだとか魔物コインだとかを果たして本当に必要としているかっていう話さ。
魔物コインをギルドで換金できなくても、別の方法で生活に必要な物は揃える事ができるんじゃないかな、きっと」
「……無い、と断言はできないですね」
仮にそんな方法がなかったとしても、ギルドに関わらずにどうにかする伝手はあるのかもしれない。というかあるからこそ攻撃を仕掛けてきたと考えるべきだ。
「あれ、でもそれって、彼女の背後に他の仲間だとか、後ろ盾になり得る誰かがいる、って事ですか……?」
「そう考えておくべきだろうね」
というか、そうでもなければいきなり攻撃仕掛けたり挙句目撃者そのままに逃げ帰ったりしないだろう。仮にこちらが外でアミーシャに関する何かを言ったところでそれらを揉み消す事ができるからこそ、と考えておくべきだ。
「それに、彼女の探索者としての資格を剥奪したとしても、私たちには何の得もないんだよね」
アミーシャがダンジョンに入れなくなって困るか、と言われれば別に困らないだろう。資格を剥奪されたからとて、彼女には何らかの特殊能力でダンジョンを脱出したりする力がある。アミーシャさん、ダンジョン出禁です、とか言われて素直に従うかも微妙。資格を剥奪されたところでアミーシャが痛手を負うでもないだろうし、ついでに言うとステラたちにも何の得にも損にもならない。
「ま、あっさり尻尾巻いて逃げ帰ったんだ。次はどこで出会うか、気楽に待とうじゃないか」
捕獲して情報を吐かせたいというのはそうなんだけど、アミーシャはとりあえず一度何か仕掛けてきてそれが通じないとなれば逃げる事に躊躇いのないタイプなのだろう。であれば、ある程度相手をして徹底的に心へし折って逃げる気力がなくなったあたりで捕まえればいいかな、と雑にルクスは考えていた。
それよりもまずは。
(微妙な顔してるクロムから話を聞きだすのが先、かな?)




