地域密着型ダンジョン
服従か死の二択。
こいつに従うくらいなら死んだ方がマシだ! と啖呵きれる相手であればいっそ潔く死を選ぶとは思うのだが、まぁ大半の人間はどうにか助かる道を模索するべく服従を選ぶ。生きていれば活路が見いだせると信じて。
結果としてそれが余計自分を酷い目に遭わせる事になる、なんて考えもせずに。
キールも勿論服従を選んだ。
ここで死ぬわけにはいかない――そういう思いもあったのは確かなので。
言っている事は確かに物騒ではあるのだけれど、まだ彼らとは交渉の余地があると判断できた。
もし本当に目の前の連中が物騒極まりない奴らで話し合いなんてものができないような蛮族であったなら、同士たちの命はとっくに失われている。
床に倒れた同士たちはまだ生きている。それもあったからこそ、まだ交渉の余地はあるとキールは踏んだのだ。
確かに急にこちらの一方的な都合で呼び出したのはこちらに非があるわけだが、こちらにもどうしようもない事情があった。それを話せばもしかしたらわかってくれるかもしれない。
そんな甘い考えがあったのも否定はしない。
――キールのその考えは、まぁ、間違ってはいなかったかもしれない。
ただしそれは、相手が異世界に召喚された事実を知らない、だとかそれ以外のあれやこれやを把握していない場合に限り、ではあるのだが。
同士たちが心配ではあったもののキールはまず場所を移動した。
何せ周囲の床には同士がひしめいて倒れている。
呻き声をBGMに説明をして、果たして相手の理解が得られるだろうか。罪悪感を煽る感じでいけばもしかしたらいけるかもしれないが、それは悪手だろう。何せ相手の都合を無視して呼びだしたのはこちらだ。現に向こうも誘拐犯だと思っていたようだし、そうであればボコボコにしてしまったのも無理はない。むしろ命だけは奪っていない時点で慈悲深いと思うべきだ。
長い通路を進み、階段を上がってキールは最初自分の部屋へ案内しようと思ったのだが、よく考えなくとも部屋が狭いので諦めた。
これが自分と召喚した勇者一名、という二人きりの状況であればまぁキールの部屋でも問題のない広さなのだが、流石に自分含めて五名は無理がある。そもそも椅子が足りない。他の部屋から持ってくればいいかもしれないが、持ってきても狭いものは狭いので相手の不快感というかストレスというか、まぁイラっとポイントを上昇させるだけなのは明白だ。
キールだって彼らの立場になってそんな事になれば、こいつ段取り悪いな、と脳内で悪態の一つくらいはついたかもしれないので。
だからこそキールは同士たちと儀式を実行する前に一度全体的な流れを説明した会議室を使う事にした。そこなら複数名が部屋に入ったところでまだ余裕がある。
そうしてそこに案内して、まずは自己紹介をした。
相手の名を尋ねたいところでもあったが、下手に礼儀を欠けばまたクロムあたりに胸倉引っ掴まれて「ちょっと礼儀ってのが足りねぇんじゃねぇか? なぁ?」とかやられそうな気がしたので。
会って間もないというのに、脳内で想像したクロムの一挙手一投足は驚く程スムーズに想像できてしまった。やる、彼なら間違いなくそれくらいやるし言う。
向こう側の認識でこちらは誘拐犯扱いだというのはさっきの言葉で察するしかない。むしろあれだけ言われて察していなかったら自分の命はあと僅かだ。
ローブを目深に被っていたもののそれを外し顔を見せてきちんと名乗ったキールに対し、一同の反応は表向きそこまで悪いものではなかった。
キール自身、正直あまり顔を晒すのはなぁ……と個人的な理由で思っていたが、ここで顔を隠したままだとやっぱやましい事してる自覚があるのでは……? なんてこそこそ言われそうな気がしたのだ。
ちなみにキールは別にブサイクだから顔を晒したくないとかではなく、単純に目の色を見られるのが嫌なだけだ。髪の色は両親譲りの明るいオレンジ色であるものの、目の色は両親のどちらとも違う灰色で、自分の周囲に同じ目の色をした者はいなかった。顔立ちは父に似ていたからこそ不義の子であるという噂が立つ事もなかったが、もし母に似ていたらどうなっていただろうか。
とはいえ、もういない両親の事を思い出している場合ではない。
キールが名乗った後、一応、とばかりに向こうも名乗ってはくれた。
女性がステラ。
髪の色的にステラの身内だろうかと思っていた青年がベルナドット。
スーツの男がルクス。
そして……既に知ってはいるがクロム。
そしてここからがキールにとっての正念場だった。
異世界からの勇者召喚を実行した事。
召喚に応じてやってきたそちらは勇者である事。
一方的に呼び出した事は覆しようのない事実ではあるし、勝手な願いだとわかってもいるが、どうか、どうか助けて欲しいと頼み込んだ。
「助ける、ねぇ? 本当に身勝手な願いだけれど……何をさせようとしているのかな?」
特に責めているでもない口調で問いかけたのはルクスだった。
確かに助けてと言われても何をすればいいのかわからないうちからいいよ、なんて返事をするのは幼子か考え無しの馬鹿だ。
それは……と言葉を口に出したキールではあったが、その言葉は思っていた以上に小さなものだった。
「……ダンジョン攻略、です」
「ダンジョン」
「はい……」
「え、それくらい自分でやるとか冒険者雇うとかすればいいだろ。わざわざ異世界から召喚してまでさせる事か? それ? 勇者呼んだんなら世界救ってとかがセオリーだろ」
ダンジョン、と一言呟いたのはベルナドットで、ある意味ごもっともな発言をしたのはクロムだった。
「それができればそうしてるんですけれど……」
これにはのっぴきならない事情があるんです、とどうにか言葉を絞り出す。
「続けて」
先を聞くつもりがあるらしく、ステラが促す。
だからこそ、キールは促されるままに話し始めた。
キールが勇者召喚に至るまでの事情を。
まずこちらの世界にはダンジョンが複数存在している事を告げた。
ただの洞窟に魔物が棲みついただとか、何らかの目的で建てられた塔に棲みついただとか、怪しげな宗教団体が住みついてそこで何やら怪しげな儀式をして魔物を召喚してしまっただとか、そういった話にありがちなダンジョンでもなく。
文字通りのダンジョンだ。
この時点でキールの説明は異世界に召喚された勇者側からすれば普通は意味不明であるはずなのだが、ステラたちは一切口を挟まなかった。ステラとベルナドットは転生前の日本でそういった話を多少なりとも知っていたからこそ、はいはいテンプレテンプレ、くらいの心持ちだったし、ルクスとしてはそこら辺は想定の範囲内ですとばかりに聞き流している。
若干理解しきれていなかったのはクロムだけなのだが、ステラもベルナドットもルクスも誰もが口を挟まず大人しく聞いていた中で、自分だけわけわかんねぇからもっと詳しく話せ、とか言うのもちょっと癪だったので彼もまた黙って聞いていた。
わからない部分は後で誰かに聞けばいいや、と思っていたのもある。
ダンジョンの中では魔物が棲息し、どのダンジョンも危険な場所である事に変わりはない。
それだけなら足を踏み入れる必要性はどこにもない。けれどもそこに足を踏み入れるというのは、つまりそれだけの価値があるという事だ。
ダンジョンの中では、外では決して入手できないような宝も存在しているらしく、そういった物を求める連中がこぞってダンジョンへ乗り込むのである。
ただの金銀財宝であればまだしも、中には魔剣や聖剣の類なんていう強力な武器、どんな傷をもたちどころに治してしまえる秘薬など。
危険はあれど、見返りはある。
それによってダンジョンに潜る連中は絶える事がない。
どうにか宝を持ち帰って売り払えば一生遊んで暮らせるかもしれない。
その薬を手にする事ができれば病気の家族が助かるかもしれない。
そういった己のための欲望から誰かの為の望みは勿論、国の思惑も絡み始めてきた。
ダンジョンに挑む強き者が国に多く居れば国力としても周囲の国に対して牽制できる、というものもあるが、挑戦者たちが持ち帰ってきた宝の中に貴重な物があれば。
武具なんかは国の威信を示すシンボルになるかもしれないだとか、まぁそれ以外のあれこれも大体は見栄の張り合いなわけだが。
武力という点に興味のない者はダンジョンの中で発見される宝石類にも目をつけた。
そこら辺は割とどこの世界も変わらないものなのかしらね、とステラは半分くらい聞き流しつつあったし、ベルナドットはベルナドットで若干うんざりした表情になっていた。
しかしそこから先はステラたちが思っていたのとは少しだけ違った。
なんとこの世界、ダンジョンの外に魔物はいないそうなのだ。
ダンジョンの中にだけ魔物は存在している。
ダンジョンに入りさえしなければそういう意味ではとても平和に思える。ダンジョンの中に入りさえしなければ、生まれて死ぬまでの間に魔物を見る機会がないのだから。
町から他の町へ、なんて移動の途中でも魔物と遭遇する事はないのだ。とはいえ、時々そういった旅人を狙う盗賊だとか山賊野盗の類は存在しているので、絶対的に安全ではなさそうだが、それでもステラたちが住んでいた所と比べれば平和に思えてくる。
「じゃあこっちの世界、冒険者とかいないの? 外を移動する商人とかの護衛とかしたりだとか」
そうステラが問いかければ、キールはダンジョン探索中心に行う探索者というのはいます、と返した。
探索者ギルドというものも存在するらしい。
言葉は違えど聞いてみればステラたちの住む世界の冒険者とそこまで変わりはないようだ。
キールはステラがふぅん、と言いながら頷いたのを見て、他に質問は今のところないと判断したのだろう。話の先を続ける。
ダンジョンの中でしか魔物は存在しない。
そしてダンジョンの中には魔物こそ出るが、その分様々なアイテムが存在する。
となれば一獲千金を夢見てダンジョンへ足を運ぶ者も当然でてくるわけで。
ダンジョンが世界的に周知されるようになってから今まで、ダンジョンの外に魔物が出てきた、という話はほとんどない。だからこそ、というものなのか、この世界のダンジョンは基本的に街中に存在していた。
それを聞いてステラは随分と遠い記憶を思い出した。
まだステラが植物の精となる前の話、暮らしていた王都から離れた大陸にわざわざ出向いて聖王国と呼ばれる地のダンジョン村とかいう所に行った事があるのだが、あれと同じような感じの街やら村やらが、こっちの世界でのデフォルトである、という事なのだろうか。
ダンジョン村も村と呼ばれていたもののダンジョン攻略の為に人が集まり発展し、聖王国の王族が暮らす場所よりもそちらの方が発展していたくらいだ。村とは名ばかりの都市。
ダンジョンそのものに関してはそれ以前に連れて行ってもらった事のあるダンジョンの方が余程難易度が高いだろ、と思っていたこともあり特に記憶に残っていない。いや、普通に攻略しようとしたら苦戦するだろうなとは思うのだが、いかんせん当時一緒に行ったメンバー的に苦戦しようがなかったもので。
何せ旦那であるクロノもいたのだ。魔王と一緒に行くダンジョン。それで苦戦する方がどうかしている。
……思い返せば主な戦闘は王都で雑用として扱き使っていたけどいつの間にやら騎士へとクラスチェンジしていたグランと、今もこうして一緒にいるベルナドット任せであった事の方が多かったがそれでも。
回復アイテムはステラが大量に用意できたし何かあってもどうにでもなる布陣であった。
あの頃のメンバーと比べて今はどうだろうか。
そう考えてみたものの正直この面子で苦戦する未来があまり見えない。
むしろただの人間であったグランと違って、この場にいる面々は平たく言えば人外しかいないのだ。
ステラとベルナドットはまだ人間でいた頃とそう心持ち変わってはいないけれどそれでも世界樹の精だとか植物の精、と言えるもので。
クロムとルクスは魔族だ。
この構成、どう考えてもゲーム序盤のメンバーではない。
ゲームに当てはめるのであれば、前衛と呼べるのはクロムくらいで残りは後衛。
……どう考えてもバランスが悪い。ゲーム序盤でこんなんいくら種族ボーナス入ったとしても安定するまでが大変だろうと思えてくる。
さておき、ダンジョンあるところに人が集まる、というのはこちらの世界での常識のようだ。
ステラたちからすれば自分が住んでる敷地内にダンジョンあるとかどうよ? と思えるが、この世界の住人からすればそれが当たり前なので別段何もおかしいとは思わないらしい。
時折新たなダンジョンが発生する事もあるようだが、それも頻繁にというわけでもないらしい。
どこかでダンジョンが消滅した場合にのみ新たに生まれているのでは、とキールは師匠が言っていた言葉を伝える。
「ダンジョン周辺に町や村ができるっていうのはわかったわ。でも、じゃあ権力者ってどこに住んでるわけ?」
ステラのいた世界ではダンジョンというのはそこまでメジャーな存在ではない。勿論冒険者などは知っているけれど、そういった冒険とは無関係の住人は名前は聞いた事あるけど見た事なんてないし勿論行った事なんてない、くらいのものだ。
人里の中にダンジョンがあるわけでもなかったし、場所によっては冒険者でさえも行くだけで苦労するようなものだってあった。
ダンジョン抜きで考えるなら、人が暮らすのはそこそこ便利な土地、栄えやすい場所だ。もしくは攻め込まれた時に城が簡単に落ちないような場所。何せ向こうの世界は普通に魔物が外にもいた。
「ダンジョンの規模が大きいというか、えっと、期待値の高いダンジョン? その近くですかね」
期待値の高いダンジョンて何。
ステラはそう思ったしベルナドットもそう思ったが、言いたい事は何となく理解できなくもないので深くは突っ込まなかった。
要するにアレね、大規模なダンジョンで深く潜った分だけお宝とか何か期待できそうなところって事よね合ってる? みたいな感じである。
そういう所に城とかお偉いさんが暮らす場所があれば、確かに戻ってきた探索者が何か凄いお宝持って帰ってきた時に買取だとかした場合、すぐさま押さえる事ができそうではある。
というか冒険者なら他国にお宝持ってくとかあるだろうけど、こっちはダンジョン探索に特化したもののようだし、そこら辺どうなってるんだろう?
疑問はあれどまずはキールの話の続きを促す。
国はまぁ、各大陸にそこそこあるし、町や村の数だけダンジョンもある。
ダンジョンによって攻略難易度が違うようだし、そういう意味では探索者たちも実力ごとにある程度住み分けができているようではある。
期待値の高いダンジョンは勿論探索者も大勢行くし、その逆だとあまり人が来ない。とはいえ初心者向けという点で完全に誰も来ないわけでもない。
己の実力と相談して行けって事ですねわかります、とステラは勝手に納得する事にした。
「それで、私たちにダンジョン探索しろってのは?」
ダンジョンについて聞いただけでそういやまだ全然本題に入ってないな、と気付いたのは危うく大体の事を納得して自己完結する直前での事だった。




