基準が異なる
上級者向けダンジョンに足を踏み入れて、確かに今までのダンジョンと違うわね、とは思ったのだ。ステラも。
初心者向けのダンジョンは基本的に見晴らしが良く、遮蔽物が少なく道もある程度わかりやすい。戦うにしても平地が多くそこまで苦労もしない。言い方からしてどうかと思うが全体的にシンプルなのだ。
魔物だって出てくるには出てくるけれど、苦戦するような相手ではない。探索者になろうと決めたド素人であってもまぁどうにか攻略できるだろう、とは思える。
とはいえ、そういった相手の目の前に大量に魔物が出た場合は流石に死ぬ事もあり得るので、油断は決してしてはいけないわけだが。
中級者向けのダンジョンとなると、確かに魔物もそれなりに強くなってはくるし、場合によってはなんともイヤな戦い方をしてくる奴だって出てくる。
ゲームで言うなら状態異常を連発してくるようなやつ、とでも言おうか。とはいえそれも毒だとか麻痺だとかわかりやすいもので、そこまで強力なものでもない。ある程度耐性ができてしまえばすぐに治るようなものではある。けれど最初の頃は明らかに苦戦するだろう。慣れて対処法を覚えてしまえばなんてことはない、と言えるものが多数だが、慣れる前が大変なやつだ。
更にはダンジョンも見た目的に色々な場所を模しているので、ダンジョンによっては本当に進むだけでどっと疲れるような所もある。
草木が生い茂る場所の、かろうじてある獣道を頼りに進まないといけないようなのだとか、はたまた沼地にかかった細い橋の上を進まなければいけないような所だとか。
初心者向けのダンジョンと比べて戦うにしても自分がいる場所を把握しないと足下がとんでもない事になってしまいかねない。
足を滑らせる程度でもタイミング次第では大怪我確定だ。
上級者向けダンジョン、とは言うもののまぁまだ中級者を受け入れる最初の方のダンジョンみたいだし、と思っていたステラはアミーシャの言葉もある程度流していた。
絶望に叩き落される程のダンジョンだとは思えなかったのだ。
今回足を運んだダンジョン、見た目はどこかの建物のようではある。
レンガ造りの床、壁、天井。通路と所々にある部屋。ダンジョンと言われなければただの建物の中で、場合によっては何らかの施設に見えなくもない。
最初の頃に足を運んだ石造りのダンジョンと似ているが、こちらの方が人工建造物っぽくはあった。何というか全体的にビシッとしている。
もっというならキール達の拠点よりも造りがしっかりしてるんじゃないだろうか。
ところでそんな建物内を歩いていると、壁にかけられている燭台の灯りに照らされて影が伸びているのが見えた。あ、魔物か。シルエットからしてそうとしか思えなかったので一先ず警戒態勢をとりつつ、姿が見えたら即攻撃でいいかと思ったものの。
パシュッ。
そんな音とともに、矢が正面を突き抜けていった。
突き抜ける、という言い方もどうかと思うがあと一歩前に出ていたら明らかに突き刺さっていただろう。
矢、という時点でベルナドットを疑ったが、彼がこちらに攻撃を仕掛けるにしても背後にいるのだからわざわざこちらの視界に入るような事をするよりも、そのまま後ろから狙えばいいだけの話。
「もしかして、罠?」
「そのようだね」
かこっ、という音がして足下を見れば、ルクスの足下が僅かにへこんでいるのが見えた。そして再び目の前を横切っていく矢。
「なるほど上級者向けってこういう……」
とか言ってるうちに通路の角から魔物が現れる。罠がどこにあるのかも判別しきれてないうちに魔物と戦い立ち回れ、となると確かに探索者からすれば難易度跳ね上がったとみてもいいだろう。
上手く利用する事ができれば有利になるが、そうでなければ魔物と罠と両方に気を付けなければならない。
「ベルくん」
「はいよー」
とはいえ、罠があるとわかっていて動き回るつもりもない。
ステラはその場で足を止め、ベルナドットに声をかけた。ベルナドットも心得たとばかりに魔物を容赦なく射抜いていく。
倒された魔物がコインへと変わり、場に静寂が訪れた。
「ルクス」
「あぁ、そうだね」
ルクスもまた何を言われているのか理解はしたのだろう。魔術でもって出現した魔物コインを集めてこちらへと引き寄せた。
恐らく普通の探索者なら魔物を倒したという安堵からか、罠の存在を一瞬でも忘れて魔物コインを回収するべく駆け寄ったりしたかもしれない。そこを先程の罠が射抜くような事になれば、まぁ、無事では済まないだろう。
「魔物を警戒して罠の存在を忘れても危険、罠の存在に意識をとられすぎて魔物に襲われるのも危険。地図には罠の位置が記されてないって事は、罠に関してはランダムか存在に気付けなかったか、どっちかよねこれ」
「多分罠の種類もいくつかあるんだろうね。飛んでくる矢ばかりに意識を向ければ他の罠が、って感じかな」
試しに何度か罠が発動した部分の床を踏んでみれば、やはり矢が飛んでくる。矢の射出される部分があるのかと思って反対側の壁を見ても、そういったものは見当たらなかった。
人工的な罠、というよりはダンジョンのシステム的なやつなんだろう。それこそ魔物が発生するのと同じように自然に湧き出るとみるべきか。
「確かにこれは……きついものがありますね。足下ばかりに注意してるわけにもいかないし、魔物が出たなら罠を気にして立ち回っていられるはずもない」
それを気にした結果魔物の突進を食らう、なんて事もあり得る。しかし魔物の攻撃を回避した先で罠が、なんてのもあり得るのでおちおち好き勝手に動けなくなる。
罠が先程のように矢が飛んでくるものだけであればいいが、それ以外の罠も勿論あるのだろう。
キールの言葉にステラたち全員が思わずキールに視線を向けていた。
「な、なんですか……」
「いえ、罠が発動した場合、真っ先に死にそうなのって誰かしら、って思ったらつい自然に目がいっちゃっただけよ」
「えっ、ぼく!? 真っ先に死にそうって思われてるのぼくなんですか!? 一番罠に引っかかりそうとかではなく!?」
それもそれでどうかと思うが、まさか真っ先に死にそうとまで思われるのも心外であった。確かに上級者向けダンジョンには今回初めて足を踏み入れたわけだけど、それでもダンジョンそのものに足を運んでいる回数はまだまだステラたちよりも断然多いのだ。ダンジョン内での危険とかそれなりに察知できるとは思うのだが、それでも真っ先に死にそうとか思われるとそれはそれで心がへこむ。
「えー、だって、ねぇ?」
「なぁ?」
「えぇ」
「あぁ」
言葉を濁すようなステラにベルナドットが視線をルクスへ向け、ルクスはあっさりと頷いて、クロムもまた相槌を打った。誰も面と向かって言葉に出さなかったが、明らかに言いたいことは一致している。
罠の種類にもよるが、どの罠だとしても真っ先に死ぬのだーれだっ☆ なんて聞かれた場合間違いなく満場一致でキールだとこたえる。
死ななくても重傷とか普通にありそうだし。
そもそもこの中で人間であるのはキールだけだ。
人間、存外しぶとくはあるものの死ぬときはあっさり死ぬ。
ステラとベルナドットもかつてはそうだったけれど、今は違う。
本体が元の世界に存在しているので、まず何かあったらそっちで延命処置とかやるだろうしそういう意味では一撃で屠る、くらいのダメージでも受けない限りは死ぬ事はないと思われる。
ルクスとクロムは魔族だ。クロムは若干魔族の血が薄い……と思われがちだがそうでもない。母親が魔族ではない割にそこらの魔族とさして変わらぬ……どころか結構頑丈な方なのでこちらもそう簡単に死ぬ事はないと言える。
流石に首が胴体からころり、とか心臓が一撃でぐしゃっ、なんて事になれば死ぬとは思うけれど、そうなる前に防御できる余裕があれば即死はない。ルクスもクロムも色々あって毒にはそれなりに耐性があるので、そちらの心配もない。
そう考えるとやはりすぐ死ぬのだーれだっ☆ と言われればキールと全員一致で答えるわけだ。
「私たちは何となく罠の場所とかわかるけど、キールわかる?」
「えっ? さっき普通に引っかかってたくせにそれ聞くんですか?」
さっき、というのはルクスが仕掛けを踏んだ事だろう。
「あえて踏んだだけなんだけど。これなんだろうの精神で」
あえて罠を発動させておいて、しれっとしているルクスの表情からはそれが本心からなのか、それとも強がったかは判別がつかなかった。
「ホントにわかってるんですか……?」
「とりあえずそこの壁、押したら何かの罠が発動すると思うんだけど。押してみる?」
「わざわざやらなくても」
「でも、本当に罠があるかどうか知るには手っ取り早いだろう?」
正直危険な事に自分から突っ込むような真似はしたくない。けれどもルクスの言い分もわからなくはないのだ。そこの壁に罠があるよ、と言われてもキールには本当かどうかもわからない。であれば、試しに実行してみて本当に罠があれば信じるしかない。けれども同時にそれは罠にもよるがこちらが危険な目に遭うわけで。
「まだるっこしいな。押してみりゃわかることだろ」
「あっ、おい……!」
クロムがつかつかと大股でルクス曰くの罠のある壁の所まで歩み寄ると、加減も何もなしに壁を押した。
位置的には何かの拍子に手をついてしまった、というような高さだ。何らかの拍子に寄りかかったりしたらそこに圧がかかるよな、というような場所。
ごぅん、と鈍い音が響いて壁が少しだけへこむと、ゴゴゴ、と何やら低い音が聞こえてきた。
「うわっ……!」
音のした方を見れば、キール達がやって来た方向から大きな岩が転がってくるではないか。このままここにいたら間違いなくあの岩に潰されてしまう。岩は通路の幅ギリギリで端に避けても避けきれないのが一目でわかるもので。
急いで先程魔物がでてきた通路の先、曲がり角の向こうへ行ければ大丈夫だろうとは思うけれど、クロムは「あー、こういうやつか」となんともつまらなそうに呟いてこちらへ引き返してくる。
「おい、逃げないと」
「慌てて動けば次の罠が発動するよ」
ルクスの声に、キールは踏み出そうとしていた足を止めた。
ルクスの言う通り本当に壁には罠が発動するスイッチが存在していた。そのルクスにそんな事を言われれば、自分のすぐ近くに他の罠が発動する何かがあると思っても無理はない。
しかしそうこうしているうちにも岩はゴロゴロと音をたてて転がって来る。
キールの横を、クロムが通り過ぎた。
岩の方へ進むクロムを、キールは呼び止めようとして手を伸ばし――
「どっせぇい!」
ばぎょっ。
「……へ?」
掴もうと思っていたその背中へ伸ばした手は、結局何に触れる事もなかった。
掛け声とともに唸る拳。粉砕された岩。
そして、今目の前で起きた光景が信じられずに出てしまった、何とも間の抜けた自分の声。
「つか、この程度の岩でぎゃあぎゃあ喚くな」
「いや喚くよ普通は! どう考えたって逃げないといけないやつだし!」
「つか、お前も魔術であの程度の岩くらい砕けんだろ」
「そんな余裕あると思うか!? どう考えたって逃げ一択だろ!?」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人を見て、ステラは微笑ましげにふふ、と思わず笑っていた。
「いや、微笑ましげにしてるけど、あれキールからしたら全然微笑ましくないやりとりだからな?」
「わかってるわよベルくん。でも、何か、ちょっと懐かしいわねああいう反応」
「それはまぁ、確かに」
かつてはベルナドットもステラに振り回された時にああいった反応をしていたように思うが、今はもうすっかり慣れてしまった。いや、慣れたから何もかも許容できるかと言われれば話は別なんだけれども。
けれど、あの頃のような反応はもうそこまでする事もない。そういう意味では懐かしくはあるのだけれど……
直後に魔物がやってきたので懐かしいわぁ、とか微笑ましいなぁ、なんて気配は即座に霧散した。




