案外狭い世間にて
「……アミーシャじゃないか、そいつ」
あの後、変異して地図がほとんど役に立たないダンジョンを進み、階層主を倒し、そこで一度休憩し、そうして更に進んで最後の階層主を倒してダンジョンを出て。
泊りがけのダンジョン攻略から帰って拠点に戻ってきて、今回こういう事があったんですよ、とモリオンが食堂で廃墟都市ルスティルでの出来事を話していたら、アゲートにはどうやら心当たりがあったらしく、そんな名が挙がった。
「アミーシャ、さん?」
モリオンが首を傾げてみせれば、アゲートは「あー……」と言葉を選ぶようにしながらも、懐から紙を取り出す。特に何が書かれているわけでもない白紙の紙だが、質はあまり良いものとは言えず、なんというか力任せに書き込んだらその勢いで破れてしまうのではないか、と思える物だ。
折りたたまれていたそれを丁寧に広げ、アゲートはそこにザカザカと描き込んでいく。
「こんな奴じゃなかったか?」
「あっ、そうですそうです! この人です!」
わぁ、と驚きの声を上げるモリオンの背後から、ステラがそっと覗き込んだ。
「うわ、絵、うま……」
細めの木炭で描かれたそれは、正直クレヨンとかで絵を描くより難しいだろうにアゲートが描いたものは驚く程あのダンジョンで見た彼女そっくりだった。
「えっ、アゲートってもしかしてアビリティに似顔絵、とか絵画とかそういう……?」
「いや、絵は趣味で描いてた時期があってな。アビリティは魔術関係だ」
「でも、これ、普通に絵の仕事とかできそうなレベルよね。そっくりだもの。モリオンの話聞いてもしかして、って思って描いたにしたってそっくりすぎるわ」
ステラからすればとても描きにくそうな画材だというのに、紙を破く事もなくそして木炭であっても細やかな描きこみをしている時点で、ちゃんとした画材で絵を描いたらどうなるんだろうという興味が湧く。
「っていうか、じゃあアゲート、知り合いなの?」
アゲートの絵のレベルの高さに驚きは勿論あるのだが、それよりもまずはあのダンジョンで遭遇した彼女について知りたい。
そのうちまたどこかで会うだろうとは思っているが、それがいつになるかはわからないし、それまでに何の情報も得られないのも対策のしようがなくて困る。けれどもまさか、ここで彼女を知っているであろう人物がいただなんて……世間って狭い。ステラは思わずそんな風に考えてしまった。
「知り合い、という程のものでもない。ただ、少し名が知られている探索者だ」
「具体的には?」
名が知られている探索者、と言われてもすぐにピンとこなかったものの、ステラたちの世界で言うところのちょっと有名な冒険者と同じようなものだと考えればある程度わからないでもない。
とはいえ、冒険者はダンジョン以外でも魔物退治だとかの依頼を請けたり護衛の仕事なんかもしているからこそそれなりに名前が知れ渡ったりもするわけだが、探索者はそういった名の広まり方はしないはずだ。何せこちらの世界の魔物はダンジョンの中にしか出ないのだから。
転移機能を使えない人物が他の場所に行くのに護衛を雇う、というのも中にはあるかもしれないが、探索者が一緒なら転移機能を使う事も可能になるという話だったし、それを思うと探索者が冒険者と同じような活動をしていると思うのは早計だろうか。
では、ダンジョンの中でレアなアイテムを見つける事が多いだとか、そういうやつだろうか。
幸運なルーキーとかそんな名があっさり広まるくらいだ。ダンジョンでレアアイテムを発見して持ち帰る事が多ければ、それなりに知られる事だってあるだろう。
「そうだな、探索者としての実力はそれなりに上。今は上級者向けと言われるダンジョンを主に探索していたはずだ。
ただ、あいつの仲間が……」
「仲間?」
「顔を一切見せないんだ」
「それはそれで、別の意味で目立つわね……?」
アゲートの話を聞いてステラはあれ何か思ってたのと違うな? と思ったもののそれを口に出すまではしなかった。
「顔を見せない、って私たちがここに来た時の貴方達みたいにローブを目深にかぶって、とかそういう?」
思えばあれも中々に怪しい感じだったな、と少しだけ懐かしむ。直後にクロムにボコボコにされて目深にかぶっていたローブから素顔があっさりと晒されたものの、あの時の彼らの顔は大体殴られて腫れていたので別の意味で顔がわからなかったっけ。
「いいや。アミーシャの仲間は全部で三名。彼らは全員鎧を身に纏っているが、フルフェイスで顔が隠れていて今の今まで誰もそいつらの顔を見た事がないって話だ」
「はー、それは……なんというか……」
ある意味インパクトはある。
顔どころか身体も鎧で全体的に隠れていれば、中身がどんなものかわかりようもない。声が聞ければ性別の区別くらいはつくだろう。けれども鎧で全身を覆っているとなれば、恐らくは男性だろうか。女性であっても鎧を身に着ける事はあるが、流石に全身鎧などの重量があるものを装着している女性は多くない。
素顔もわからない相手が三名、そこに一人だけ素顔がわかる相手――となれば、確かに覚えやすくはある。仮にアミーシャの名前がわからずとも、全身鎧の仲間三人連れてる奴、とかで通じそうだ。
「どこを拠点にしてるとかは知らないな。というか、まず探索者の多くはどこを拠点にしているとかそこを気にする事はあまりないわけだし」
それはまぁ、そうねとステラも頷く。
その探索者に直接用があるならまだしも、そうでなければ別に拠点を気にする必要はない。
ステラたちの世界であれば、例えば攻略するダンジョンの近くの町や村を拠点にする冒険者はいるだろうけれど、こちらの世界はダンジョンの一階層に存在している転移装置で他のダンジョンへ行く事も可能なわけで。
転移機能を使わずすぐにダンジョンに行きたい、とかならともかく、転移機能を使うにしてもそこまで時間がかかるわけではない。そういったこだわりを持つ者はほとんどいないだろう。
それに、キール達のような仲間たちから追放された、なんていう話が広まってしまった者からすれば拠点の場所もあまり知られたくはないだろう。別にやましい事をしているわけではないが、やはり何というか周囲の目が気にならないというのは嘘になる。
拠点の位置をオープンにしている者もいるけれど、そういった相手は自分の実力に余程の自信があるだとか、他の仕事の依頼を請け負っているだとか、ともかく他の繋がりがあるタイプだろうか。
「アミーシャの名前は知られているけど、仲間の名前知ってるってやついたかな……」
「とりあえず、彼女の名前だけでも知れただけ充分よ。何も知らなかった状況から少しとはいえ前進したわけだし」
少なくともこうこうこういった見た目の人物について調べてます、って外見の説明から入って聞きこむよりも、アミーシャという探索者について知りたいんですが、という方が圧倒的に話も伝わりやすい。
アミーシャの名前を知らない誰かであっても、見た目の説明をすればあぁ、あの、となるかもしれないが、最初からいきなり見た目の説明をするよりはいいだろう。何せ見た目の説明から入ると似た女性が何名もヒットしかねない。名前から入れば、似てるけどあの娘は別の名前だったしなぁ、となるだろう。
まぁ、アミーシャとやらが別の場所で別の名前を名乗って行動しているなんていう可能性も無きにしも非ずだが。それこそ、ルクスのように。
冒険者と違い探索者の拠点は大っぴらにされていない。
ある意味自宅でもある場所をそう簡単に周囲に教えるかどうかは探索者次第である。冒険者であれば、長期滞在の為に家を借りるだとか宿をとるだとかするだろうけれど、探索者に関してはダンジョンの中の転移機能を使えば別の町のダンジョンへ行くのだってそう時間がかかるわけでもない。毎回拠点を移すわけでもないので、基本的に拠点はそう変わらない……が、そのためにあまり周知したくないという者もいる。
探索者ギルドに問い合わせる事も考えてみたが、恐らくは無駄だろう。
例えば何らかの犯罪に加担しただとか、そういう今すぐ捕まえなくてはならないとか、場合によっては何らかの事件に巻き込まれかけているので早急に保護しなければならないだとか、のっぴきならない事情があるならともかく流石にステラたちの口から彼女ダンジョン作ったかもしれない人なんで、とか言えるはずもない。
そんな突拍子もない話で彼女の居場所を尋ねると、ステラたちも無駄な注目を浴びかねないしそれは後々自分たちにも面倒な事がありそうなので。
「それにしてもあの財宝実はお前さんが作ったってんだろ? いいのか? あの杖とかこっちで使ったままとか」
「あぁ、それはいいのよ。ただ、こっちも何でもかんでも作れるわけじゃないし、そもそも材料がないとどうにもならないから欲しい物があるからって気軽に頼まれてもできない場合の方が多いって事は念頭に置いといて」
ギルドカードから読み取れる情報の中にはどのダンジョンを攻略しただとか、どういった魔物を倒しただとか、何を手に入れたか、とかそういうものはあるが、最初から所持しているアイテムなどは表示されない。
だからこそ所持アイテムから錬成してそれらをダンジョン内で見つけた、という事にするにしても可能ではある。
とはいえ、まさかダンジョンに新しく部屋作るとかなぁ……とアゲートも話を聞いてとんでもなく驚いたものだが。
ま、異世界から召喚した勇者さんだしなぁ、それくらいはできてもおかしかないか。
アゲートは割とあっさりとそう納得した。ステラたちが同じくこの世界で生まれ育っていたのであればアビリティ関係かな? と思ったが、そもそも生まれた場所が違う。この世界の道理全てが罷り通るわけでもなし、ちょっとこっちの理解が及ばないような事をしでかしてもそういう事もあらぁな、で片付ける事にした。
むしろこの魔術師団の連中は大体そういう納得の仕方をする。
だって相手異世界の人間だし。自分たちの知らない特殊能力とか持っててもおかしな話でもないし。
思考停止に近いかもしれないが、そう納得する事で自分の精神面を守っているともいえる。
「……つまりそれは、素材があればできるって事だな?」
「そうなるわね」
「ここのリーダー、アズリアさんを助けるのに必要な薬とか作るのに必要な材料、わかるか?」
「……世界樹の雫を作るっていうならそれに近い素材を多く集めないとだし、彼女にかけられた呪いを解くにしても具体的にどういう呪いであるのか、がわかってないと何とも言えないわ」
声を潜めて問いかけられたそれに、ステラはいっそ白々しいまでに深刻そうな表情を浮かべて返す。
治そうと思えば秒で治せるが、それはあえて伝えない。
彼らの目的がアズリアを治す事であるのは事実だろうけれど、どうにもまだ何か裏がありそうなので気軽に治していいものかどうかがわからないのだ。
キール達魔術師団の目的がアズリアを助ける事と、あとは追放された魔術師の意地ってやつを見せてやらぁ! みたいなものなのは何となくわかるのだが、ルクスも疑念を抱いていたが本当にそれだけなのか、と思えてならない。
今すぐ彼女を目覚めさせなければならない理由だとか事情がない限りは、引き延ばしていこうというのがステラとルクスの意見だった。とりあえず徐々に衰弱するだとか、そういう事があるわけでもない。何せ彼女の時間ごと凍結されているらしいので。
見た目こそ普通に眠っているアズリアだが、特別な装置に入ったわけでもないくせにコールドスリープされたようなものだ。それならもう少し眠らせたままでも大丈夫だろう。
「じゃあ、何か使えそうな素材があったら持ってくる」
言うなりアゲートは席を立ち、そのまま近くにいた仲間に声をかけてダンジョンへ行く事に決めたらしい。
後日、他のダンジョンに出る魔物でこういった相手に効く武器を作って欲しい、なんて頼まれたわけだが。
その大半が打撃武器になったのは言うまでもない。
魔術師団が物理でぶん殴って解決団に変わりかけた瞬間である。




