猫を脱ぐ
ゼロに何かけてもゼロ。
まぁそれはそうだろう。ゼロに何か足した場合はさておき、掛け算であれば片方の数字がどれだけのものであってももう片方がゼロなら答はわかりきっている。
アビリティを消し去るらしい凄いアイテムがあったとして、それを使った相手にアビリティがなければ全く意味はない。だって最初からないのだから。
結果として一つのとても貴重なアイテムを無駄にした、という事を一応理解はしたのだろう。
「な……なんで……!?」
カラン、と乾いた音がして彼女の手からアビリティを消し去るらしき神器とやらが落ちる。
そしてコロコロと転がったようではあったが、かすかに残っていた石畳部分から草の生えてる所へ転がったらしく、乾いた音はすぐに聞こえなくなった。
「だって、おかしいでしょ、そういうアビリティがあるからダンジョンを傷つける事ができたって話じゃないの……!?」
「生憎生まれつき持ち合わせていなくてね。けれども別に困った事はなかったから、不自由はしていない。
さて、それはそうと聞きたい事がいくつかあるんだ」
アビリティを消滅させる、というだけのアイテム。
確かにアビリティに頼り切った者からすればそれはとても恐ろしい道具ではある。
今まで与えられていた神の祝福を剥奪されるとなれば、今までのように振舞えない。
特にアビリティの恩恵を受けていなくとも、アビリティが消えるというのはつまり神から見捨てられた。もしくは見放されたと思われるもので。
そういった者は基本的に人間扱いされない、なんて事もあったりするのだ。
勿論、アビリティが普段あまり役に立たない、という感じで普通に生活していくだけならどうとでもなる事もある。けれども剥奪された場合、その情報は確実に残る。
特に役に立つわけでもないアビリティを持っているだけの人物と、アビリティを失った人物とでは周囲の評価も大きく異なる。前者は運が悪かったのねぇ、とかそういう同情を向けられる程度で済むかもしれないが、後者は何をしでかしたのか、という目を向けられるし大半が罪を犯したものだと思われる。
つまりは、人としての扱いですらなくなる。
不自由してないだなんて、嘘でしょ……と小さく呟くのが聞こえたが、嘘ではない。
事実ルクスは今の今までアビリティなんてものがなくとも好き勝手自由に生きてきたわけだし。
というか神の祝福とかそういうものが無い世界で生きてきたのだ。困るはずもない。
ついでに人間扱いされなかったとしても、元から人間種族ですらないのでルクスの言葉は今回は困った事に全部事実であり真実であった。
強がりを言っているわけでもなさそうな雰囲気に、彼女は思わず一歩、二歩と後ろへ下がっていた。
アビリティの能力を使ってダンジョンを傷つけたとばかり思っていたが、そうではなかった。
では、目の前のこの男はやろうと思えばいつでもダンジョンを、アビリティの力なくとも破壊できてしまうというわけで。
苦笑を浮かべているものの、こちらに向けて聞きたい事がある、なんて言いながら一歩踏み出した彼に、彼女は顔を青ざめさせた。
捕まったら最後。
そんな言葉が脳裏をよぎる。
アビリティを消滅させれば済む話だと思っていた。幸運なルーキーとか言われて調子に乗っていたとしても、アビリティがなくなればあとは落ちぶれる一方。
そう信じていたからこそ、こうしてわざわざ出向いたというのに。
「お」
「ん?」
絞り出すように声を出す。
何かを言おうとした彼女の様子に、近づこうとしていた足を止めて、ルクスは彼女の次の行動を待った。
「お、お……」
声が震えている。
明らかに動揺しているのがまるわかりだった。
「おお、覚えてなさいよー!?」
精一杯振り絞ったであろう声。
そうしてやや裏返りながらも叫んだその声と同時に、彼女の姿は煙のように消えた。
「逃げたわね」
「そうだね」
ステラもルクスもただ、彼女がいた場所を見て事実だけを口にする。
それは、とても見事な捨て台詞だった。
「――さて、キール、きみに聞きたい事があるけれど、彼女、知ってるかな?」
「いいえ」
彼女が消えてから割とすぐに、彼らは先へ進むべく歩みを再開した。
ダンジョンの中で軽口が叩けるのは、そこが自分の実力的に余裕な場合か安全地帯のどちらか、くらいだとは思っているものの、ルクスはそんな事知ったこっちゃないとばかりにまるで世間話をするかのようなトーンでキールへと話しかけていた。
嘘は言っていない。
モリオンにも視線を向けてみたが、彼もまた困ったように首を横に振った。
キール達は国から、はたまた仲間から追放された魔術師だ。
役に立たないと言われ、こちらの言い分なんてお構いなしに仲間から追放された者たちの集まり。
甘んじて追放されたのは、ごねて無理矢理くっついていったところでダンジョンで囮にされて終わるのが目に見えていたからだ。ダンジョンで魔物の餌にされるくらいならまだいい。場合によっては追放したい仲間たちが半殺しにしてくる可能性だってあったし、場合によっては死んだ後の肉塊を魔物の餌にしていた可能性だってある。
流石にそんな目に遭うだろう事を考えれば、追放される事に納得がいかなくても無理にでもついていこうとは思わない。ただ、それでも一方的に役立たずと言われた事は悔しいしそう簡単に許せるものでもないので、いつか見返してやらぁ! とかいう気持ちもあってアズリアの誘いを受けて今に至る者が大半だ。
今までかつての仲間たちとダンジョンを行っていた時に、それなりに他の探索者と見知る事はあった。
とはいえ、アズリアが城を追放された時点であの国にはいられない、と思ったからこそこうして別の国にやってきて、そこから一から始めよう、となったのだ。
この国の探索者たちもある程度知ってる人物はいるけれど、そこまで親しいわけでもない。
何せ、国を移動する時点で転移装置を使うにしても国から出る理由はギルドに知られていたし、そこからキール達が仲間から追放された魔術師たちの集まりである、というのは少しずつではあるが広まってしまっていたのだ。
そんな状態で、他の探索者と親しくやっていけるかと問われれば、まぁ無理だ。
あからさまに見下してくる連中もいたけれど、中には同情めいた視線を向けてくる奴だっていた。
魔術師だけでダンジョンを探索するという事に、まぁ頑張れよ、なんて言ってくるのもいたけれど、親しいかと言われれば違う。
キールよりはモリオンの方が人懐こい印象があるので、もしかしたらモリオンなら知っているだろうか、と思ってキールは聞いてみようと思ったのだが、聞くよりも先に向けられた視線の意図に気付いてモリオンも否定する始末。
唐突にステラたちの前に現れて、唐突に消えた彼女。
こげ茶色の髪は肩にかかるかどうか、くらいの長さだった。とはいえ戦闘中に邪魔にならないわけでもないのか、羽飾りのようなものが頭の左右についていて、それで軽く留めていた。まるくぱっちりとした目は髪の色よりは明るい茶色で、顔立ちもどちらかといえば――出会ったばかりの時のセリフを向けられる前であったならば、愛らしい感じであったし、ダンジョンの中でなければパン屋だとか花屋あたりの看板娘と言われれば納得していたと思う。
親しみやすい雰囲気というのだろうか。まぁ、向けられたセリフからして親しみとは程遠いのだが。
彼女も探索者なのか、一応軽く武装はしていたが、革製の軽鎧などではなくどちらかといえば心臓などを守る程度のプロテクターだとかで最小限、といった感じであった。腰のあたりにいくつかの短剣が見えたので、あまり防具で固めてしまうと動きに支障が出ると判断したのかもしれない。守りよりも速度重視と言われれば納得のいく装備ではある。
「……ま、本当に探索者かどうかも微妙だから知らなくても仕方ないかな」
キールにもモリオンにも心当たりはないと察したルクスは、特に落胆した様子もなくあっさりとしたものだ。
「……何だったんだ……」
「ダンジョン関係者だろうね。十中八九」
キールからすればいきなり出て来て難癖付けた挙句唐突に消えた、最初から最後までわけのわからない人物であったが、ルクスからすればそうではなかったらしい、というのがキールにも理解できた。
とはいえダンジョン関係者、と言われて何を言っているのだろうかと思ったが。
「正直異世界出身の私たちからすればこの世界のダンジョンて違和感しかないんだ。こっちの世界みたいなダンジョンの近くに町がある、っていうのもないわけじゃないけど、全部が全部そう、というわけじゃない。むしろ、ダンジョンには魔物が出るし、その魔物がうっかり外に出てこないとも限らないから、普通はダンジョンから離れた場所に町や村を作る」
「異世界ってそうなんですね……」
モリオンが感心したように言う。ダンジョンのない町や村、と言われてもピンとこないのだ。
「こっちの世界だと、ダンジョンが何らかの理由でなくなったらそこはもう町や村として機能できなくなるので、そうなると他の場所に移住したり、新しくできたダンジョンの情報が出たらそっちに、とかですかねぇ」
なんでもモリオンの祖父母が暮らしていた所もある日ダンジョンが機能しなくなって、それで別の場所へ移住する事になったのだとか。
てっきりダンジョンはずっとそこにあるものだと思っていたが、そうではないらしい。
ルクスもダンジョンに関してそこまで詳しいわけでもない。情報源は大半がアズリアの書庫だ。そしてそこにはダンジョンが終わった後の話なんてものは記されていなかった。
「ダンジョンが終わる、というのは?」
「理由はわからないんですけど、ダンジョンの寿命とか言われてたりしますね」
「成程? まぁ私の目から見てもこの世界のダンジョンは一つの生命体だと思えばある程度納得できる部分もあるから、寿命と言われても別におかしな話でもないか」
実際魔法生物的な何かだと思って話を進めていたようなものなので、ダンジョンの寿命とか言われても別段何を思うでもない。
街や村、更には城なんてものができたりもするくらいだ。新しくできたダンジョンが規模が大きくて財宝も色々と入手できそうなものであった場合、恐らくは他に城があったとしてもこちらに城を移す、なんていって移動する事もこちらの世界では当たり前のようにあるのだろう。
そうでなければある日突然規模の大きな、城のある場所のダンジョンの寿命とやらが来た時点で一つの国が亡びるという事になってしまう。
国としての在り方に困惑する部分はあれど、まぁ他所の世界の事情だ。ルクスからすれば別段どうでもいい話でもある。
「ダンジョン関係者、というのは一体どういう意味で?」
眉を顰め、キールが問いかける。言葉の意味は理解できる気がするが、それがどういう意味合いのものなのかがよくわからない。そんな顔をしていた。
「あぁ、言葉の通り。ダンジョンを作っただろう側の人間って事さ」
「ダンジョンを作る……? 何を、言って……?」
「そんなコト、できるものなんですか!?」
戸惑い、動揺しているキールと、驚きつつも流石にそれは無理だろうというのが顔に出ているモリオン。二人の反応からして随分と突拍子のない事を言っているように思われているのは理解できた。
「先程、隠し部屋なんてあるはずがない、と言っていたね。まぁ事実さ。隠し部屋なんてものは存在しなかった」
あの女がこれから先、どういう風に出てくるかわからない。下手にあれこれ隠し立てするにしても、こちら側の事情を知っている人物にまで隠す必要性はないなと判断して、ルクスはあっさりと暴露する。
「え、でも、確かにあの場所に、今までなかった部屋はありましたよ……?」
モリオンも隠し部屋の話を聞いて、思わず自分の目で確認しにいった一人だ。
今更何か別の宝にありつけるとは思っていなかったけれど、今まで散々足を運んでいたダンジョンにそんな部屋があったなんて全然気づかなくて、だからこそ直接自分の目で確かめたくて他の仲間を誘って見に行ってきた。初心者向けのダンジョンだったので、一人か二人仲間を誘えば魔術師しかいないとしてもそこまで苦戦するでもないところだったのと、拠点がある村のダンジョンであったからこそ気軽に足を運べたというのもある。
そしてモリオンは確かに見たのだ。
今まで壁しかなかったそこに、大きな穴が開いて、その先には自分たちが気付く事のなかった小部屋があったという、その光景を。
モリオンたちだけではない。それ以外の探索者たちも確認し、直接自分の目で見ている。
だからこそ、隠し部屋の存在を疑う者は直接見ていない者くらいのはずで。
「あぁ、だからその隠し部屋というのは本来存在していなかった。だって私が作ったからね」
「え……?」
あまりにもあっさりと。
まるで本日の食事のメニューはこれです、くらいのノリで言われたその言葉を理解するまでにモリオンは数秒を要した。それはキールも同じで、何を言われたのかまだよくわかっていないようだ。
「え、あの、つまり、あの部屋は本来存在していなくて、けど存在しているあの部屋は貴方が作った、と……?」
「そう言ってるんだよ。隠し部屋の存在を信じる者は、ただの探索者。対して、直接あの部屋を見たとしても尚あの部屋の存在を否定できるのは、あのダンジョンを作った関係者という事になる」
「そう、言われると……?」
まだ理解が追いついていないようではあるが、キールは一先ず理解しつつあるようだ。
「ダンジョンを作れるかどうかはさておくとしても、もし本当にそれができるとしたら……確かに自分が作ったダンジョンなら、隠し部屋なんてない、と言い切ってもおかしくはないです、ね……?」
大真面目な顔でモリオンもそう結論が出たらしい。なるほどぉ……! と唸りながら、はたと何かに気付いたようだ。
「あれ、でも、どうしてダンジョンに部屋をわざわざ?」
「あぁ、簡単な話。あの部屋は存在していない。けれども私たちもある程度それなりに強い武器を用意しておこうと思った。でも、初心者がどこでそんな物を入手したか、なんて聞かれても答えるのが面倒。
だから、隠し部屋で発見した、という事にしたのさ」
「そういう事か……!」
ようやく理解が追いついたらしい。
「それにほら、私たち、一応それなりに強くはあるけど実力に関してとやかく言われるのも面倒だったからね。なら、最初からある程度強力な武器を手にしていれば、武器が強いから強いんだ、という思い込みを働かせられるだろう?」
ルクスのあまりにもあっさりとした言葉に、キールは再度「そういう事か……!」と呻いた。
確かに最初、ダンジョンに彼らを案内した時は周囲を警戒する様子もなければ魔物を見ても怯える様子はないがどちらかというと初心者っぽくはあった。けれども異世界から来たわけだし、魔物をあまり見た事がないだけだとも思っていたのだ。
けれどもその後あっさりと魔物を見ても平然と対処していく様子を見て、少しばかりおかしいな? とも思っていた。思っていたけれど、異世界の差異と言われてしまえばそれまでだろうとキールはそこを深く考えてはいなかった。財宝を見つけた、と言われ、実際に強力な武器であるらしいそれを手に他のダンジョンを次々攻略していったので、そういうものだと思ってしまっていたのは確かだ。
部屋を偽装した時点では錬成魔術に関する事も錬成台の事も知らなかったステラたちだ。
今は同じような能力を持っていると聞いて理解しているが、あの時点でキール達がそんな事を知る由もない。
キール達が使えるような武器も用意したのは、ちょっとしたカムフラージュか。
ステラが作ったとしても、素材がなければ無理だと言っていた。
その素材に関しては空間に収納してあった元々持っていた物からだろう。
最初から言ってくれれば、と思わない事もないが、キールが同じ立場だったとして言うかとなれば言わないなと思うので、責めるつもりはない。異世界から強制的に連れてきた。そんな相手に何でもかんでも喋るはずもない。この先どう転ぶかわからない状況の中、自らの持つ物全部を教えるはずもない。もし、その持ち物の中にこちらから見てとても貴重な何かがないとも言い切れない。手札は多めに持っておくし、切り札は最後にとっておく。
考えれば考えただけ、キールからすると初対面が不味かったよな、という結論にしかならない話だった。




