変異
「地図、ねぇ。売るのは構わないが、正直もう役に立たないと思うよ」
そうステラたちに向けてのたまったのはギルドの職員であった。
職員といってもどちらかといえば酒場で働いていそうなおっちゃんである。真昼間から自分も酒を飲んで働いてそうなイメージがある男ではあったが、流石に飲酒はしていなかったしその手にはステラたちが求めたこの町のダンジョンの地図があった。
「役に立たない、っていうのはどういう事だよ」
ダンジョンの地図の値段はダンジョンの規模にもよるがそこまでの違いはない。
初心者向けダンジョンであれば安く、上級者向けダンジョンになれば高い。ここは中級者向けダンジョンであるので、地図の値段としてはそう高いものでもないが、けれども職員の男は通常の半額でいいとまで言ってのけた。地図の値段を職員の判断で勝手に変更するのはどうなんだろうか……と思いつつも、定価で売ると逆に文句がくるだろうからな、と男はあっさりとステラたちの考えを読んだように言ってのけた。
「言葉の通りさ。確かにここのダンジョンは初期の頃ならともかく今はすっかりハズレダンジョンとして広まってる。それもあって足を運ぶ探索者なんてほとんどいやしねぇ。
とはいえ、それはあくまでも稼ごうという探索者に限るわけだが……」
地図をクロムに手渡して、男はやや言い淀んだ。
中には稼ぎとか一時的に考えないで人の少ないダンジョンで思うさま身体を動かしたいなんていう探索者もいないわけではない。人気のあるダンジョンだと案外近くに他の探索者がいたりして、そんなところで魔物と戦って大技繰り出せば巻き込みかねない。仕方のない事とはいえ、そうやって周囲に気を使った戦い方をしていくうちに、知らずストレスを溜めこむ者がいないわけではないのだ。
だからこそ、そういう時は大技をぶちかましても文句が出そうにないダンジョンへ足を運ぶ探索者というのは全くいないわけでもない。
「滅多に人が来るわけじゃないがな、それでも月に一度か二度はやってくるのさ。そういった憂さ晴らしに周囲の事なんて考えないで暴れまわりたいっていう奴らが。
だが……いつからか、ダンジョンに異変が生じた」
「異変、ですか……?」
「あぁ、どうせ人なんて滅多にこないダンジョンだ。そういった話は一応他の探索者ギルドに通してはいるけれど、大っぴらに広まったわけじゃない。なんせ不人気のハズレダンジョンだからな」
職員の男が皮肉気に笑ってみせる。
確かに、不人気のハズレダンジョンという部分は否定できそうにない。仮に何らかの変化がダンジョンに起きたとしても、わざわざそれらを確認しに来ようという探索者が果たしてどれだけ出る事だろうか。であれば、ギルドにだけでも情報を流しておいて、聞かれた時に対応できるようになっていればそれで充分とでも考えたのだろう事は想像に容易い。
「これがハズレダンジョンの汚名を返上するような変化であればよかったんだがな……違うのさ。今まではダンジョン地図も役には立った。けれども今、ダンジョンの中は変化したらしく、今までの地図はちっとも役に立ちゃしない。とはいえ、前の面影がないわけでもないから、もしかしたら何かの役に立つかもしれない部分はある。けど、全部を信用できるかとなるとな……」
「……まぁ、何かよくわかんないけど行くだけ行ってみるわ」
どういった変異であるのか、と聞いたところで職員が直接確認しに行ったわけでもない。以前に足を踏み入れた探索者の報告程度の事しか知らないだろう。であれば直接自分たちで確認した方が早い。
ともあれ職員の話しぶりから地図が役に立たないという事は、とりあえず内部が変化したという事で間違いではないはずだ。
例えば内部の魔物が強化されたとか、そういった話であればもっと深刻な話になっていただろうし、そうなればもう少し大々的に話が広まっていたはずだ。
「とりあえず地図、見せてもらっていいかな?」
「あ、はい」
クロムが手にしていた地図をルクスが受け取る。そしてざっと見るとすぐにキールへと渡した。
「私は覚えたから、念の為それはきみが持っておけばいい」
それはいつもの事だった。
キールがステラたちとダンジョンへ行くようになってからというもの、地図は全てルクスが最初に目を通した後は全部こちらに渡される。他の魔術師たちが足を運ぶ際にそう何枚も同じ地図を買うのも……という理由もあるので地図を渡される事に関しては何も文句などないが、それにしても地図を見て覚えるのがルクスだけというのは大丈夫なんだろうか、とも思わなくもない。
もしダンジョンの中で分断されるような事になった時、ルクス以外はどうするつもりなんだろうか、なんて考えたりすると正直少しばかり不安にもなる。
そういった事がないわけじゃないのだ。
今までキール達が行ったダンジョンではなかったけれど、もっと大きなダンジョンだとそういった罠がないわけではない。そんな話を聞いた事はある。
とはいえ以前にも既にダンジョンの中には罠がある事もあるので気を付けて下さいね、と忠告はしてあるので、今また重ねて言ったとしてもそこまで真剣に受け止めてはもらえない気がした。
(けど、まぁ、この人たち調子に乗って痛い目に遭う、ってタイプじゃなさそうだしなぁ。大丈夫か)
なんというか一番そういう目に遭いそうなクロムですら、思っていた以上に慎重派なのだ。考え無しに魔物に向かって突っ込んでいったりはしていない。
それどころか、他のダンジョンで別の探索者と遭遇した場合であっても巻き込むような立ち回りをした事もない。一番最初の出会いを思い返すともっと短絡的で単純な人物かと思っていたが、キールのそんな考えを裏切るようにクロムは思っていた以上に思慮深い面もあった。
どちらかといえば何も考えずに適当に突っ込もうとしているのはステラだ。ま、どーにかなるでしょ、みたいに言って大層雑な踏み込みでもって魔物を手にした短剣で切り裂いていく。素人よりはマシ、といった感じの動き方でそれでもどうにかなってるのは、やはりあの武器が凄いからだろう。
勇者として呼ばれたのはステラであるけれど、ダンジョンの中での動きを見る限りどちらかといえばクロムやベルナドットの方がそれらしく見えるくらいだ。
けれど、この四名の中でリーダーは誰だ、と聞かれれば間違いなくステラなのだろう。仮にクロムやベルナドットだけが勇者召喚で呼ばれたとして、彼らがこちらの言う事を聞いてくれたかどうかは疑わしい。クロムに至っては話を聞く前にこちらをボコボコにした事もあって、余計に。
そうして戻ってきたダンジョン。
一体どんな変異を遂げたのか……と内心でキールが警戒し、モリオンは今まで自分が足を運んだダンジョンとは明らかに違う場所に緊張した様子でいたものの、ステラたちはといえば特にそういった雰囲気もない。
一階層目に関してはどこも同じような見た目であるものの、その次の階層へ行けばダンジョンごとにがらりと変わる。
階段を下りたその先。
そこを、何と言えばよかっただろうか。
「これ、は……」
このダンジョンに出てくる魔物の大半は魔法生物のようなものだ。形は違えど大半がゴーレムと思しきもの。そういった魔物が他のダンジョンで出ないわけでもない。例えば宝を守る番人のような形であったりだとか、はたまた途中の階層のボスであったりだとか。少なくともそこらを闊歩するような感じではなく、要所要所に置かれる厄介な魔物、といった認識が強い。
けれどもこのダンジョンに出てくる魔物のほとんどは、それらと比べればまだ弱くはあるがそれでも倒すとすればそれなりに手こずるタイプのゴーレムばかり。
そして、そんな魔物ばかりのダンジョンなのだからさぞ物々しい場所かと思いきや、キールの予想を裏切ってここのダンジョンは随分と開放的ですらあった。
かつてそこに建物があっただろう事がうかがえるような、けれども既に建物としての役目は果たせそうにない残骸というべき代物。
遺跡だと言われれば納得しただろうし、かつて神殿だった建物だと言われればそうなのかと納得したかもしれない。
そんな建物らしきものの残骸があちこちにある。
壊れていなければ一つの巨大な建造物だったのか、それとも小さく同じような建物が並んでいたのか、今目の前にある光景からそこまではわからない。舗装されていたか、はたまた床であった場所なのかわからないが硬質な部分と、それとは別の土だけの部分。草は建物の近くはあまり伸びていないが、少し離れた場所では邪魔をするものがないからかのびのびと育っていた。
そこは紛れもなく廃墟だった。
ダンジョンの外も廃墟都市、なんて呼ばれてはいるが、あちらはまだ人が住めるだけの余地はある。けれどもここは完全に人が住まなくなったあとの廃墟であった。
遠くの方で何かが動いたのが見えた。恐らくは探索者などではなくゴーレムなのだろう。
「まぁ、なんだかテンションあがるわね」
「そうか?」
「だって、まるで人が滅んだ後みたいじゃない。人が死んだ事すら理解できなくて、単純に命令だけをこなそうとしてるゴーレムだけがいる、みたいな」
「わからんでもないが、それでテンション上がるか? 普通」
「えっ、だって前に住んでた人はどうしていなくなったのか、とか今も動いてるゴーレムの動力源は何なのか、とか、稼働年数とかから何か割り出せないかな、とか考察の余地があるじゃない」
「……探検のしがいはありそう、って言われればそうかもしれないけども。でもそこまでテンション上がる気しないわ、俺」
目に見えてわくわくした感じのステラと違って、ベルナドットのテンションは低い。正直キールは今までテンションの高いベルナドットを見た事がないので、彼は通常通りだと思っている。
「これでどっかまだ壊れてない建物の片隅とかにかろうじて動けるけど壊れる寸前、みたいなゴーレムとかがいて、なおかつ人語を解せるとかでどうしてこうなってしまったのか、とか考察燃料投下してくれるのがいればなおの事盛り上がるんだけど」
「流石にダンジョンとはいえいないだろ。そんな好都合な存在」
「そうよね、そこは期待したけどしてないわ」
そもそも文明が滅んだ後の姿、みたいな見た目をしているとはいえ、ここはこの世界に数あるダンジョンの中の一つだ。決してダンジョンで暮らしていた存在がいたわけでもないだろうし、ステラが言うような存在はいないだろうと思える。
ステラとしてはゲームだったら確実にそういうのいて、何ならヒントくれるか場合によっては足りない部品とか集めてそいつ治したりしたら仲間になるかもしれないフラグとか、色々と夢のある展開になるのにな、とは思っていたものの残念ながらキールもモリオンもそこまではわかるはずもなく。
ただモリオンだけはステラの言葉に昔ばあちゃんが話してくれたお伽噺みたいですね! なんて言ってステラに共感していたが。
「でも、こうして見ただけなら別にそこまで異変があるって感じしないんだけど……」
「そんなステラに残念なお知らせをしようか。ギルドで購入した地図と既にこの階層、かけ離れてるよ」
「そうなの?」
ルクスの言葉にステラは思わず振り返ってキールを見た。
ルクスは地図を既に覚えているとはいえ、ステラはそうではない。というかそもそも地図を見てすらいない。
そのままキールに渡された地図は、キールもずっと手にしているわけにもいかないよなと思って丁寧に折りたたんで懐にしまい込んでいたが、ステラの視線を受けて地図を取り出して広げてみる。
「……ホントだ」
先程さらっと見ただけで記憶まではしていなかったキールも地図を見てすぐさま気付く。
入ってすぐの場所からして、既に地図に記されている道が異なっているのだ。
入ってすぐなのだから、ダンジョン部分として地図が記されている最初の部分がそれに該当するはずなのに、別の階層と間違えてしまったのではないか――そう錯覚するには充分だった。
「恐らくは、まだ以前の面影が残っている部分もあるのだろうね。けれども大半は変わってしまった。一度外に出てもう一度入ってみたら、また変わっている可能性もあるかもね」
「でも、それじゃあ……」
キールの喉から水分がごっそり消えてしまったかのような、掠れた声が出た。
確かに入るたびにフロアが変化するダンジョンは存在している。けれども、今まで変わらず同じだったダンジョンが突然そんな風になるだなんて聞いた事がない。
それに、そういった内部が変化するダンジョンはそうではないダンジョンと比べて難易度も高い。入るたびに中身が異なるのであれば、地図というものは意味を成さない。毎回ダンジョンの中を行くたびに地図を自力で記しておく必要がある。
階層主を倒して帰る事ができるならその地図は必要のないものになるけれど、もし途中で引き返す事になるのであれば地図すら記していないというのは最悪迷って帰れなくなる事もあり得るのだ。
「……本当に、行くんですか?」
内部が変化しない、今までの地図が通用するダンジョンであるならば魔物は倒したところで旨味もない、目ぼしい宝が出るでもないただのハズレダンジョンだ。
けれども。
内部が変化して地図が意味を成さないだけでなく、他にどんな変化があるかもわからないのだ。
変異してから足を踏み入れた探索者の数もそう多くないのだろう。
中が変化している、という事に気付いた探索者がそのまま探索するかとなれば、何が起きるかわからないのにいつも通りの準備しかしていないとなれば不安がよぎる。
ご新規のダンジョンを探索するくらいの気持ちでなければ最悪の事態に陥りかねない。
このダンジョンはそもそも最初からハズレダンジョンと言われていたのだから、足を運ぶ探索者もダンジョンを踏破しようなんて思っていないはずだ。それこそ、ちょっとしたストレス解消に全力で暴れる事ができればそれでいい、とかそんな考えなのだろう。
であれば、最初の階層かその次の階層あたりまで足を運んで、そこそこ暴れまわってスッキリしたらそのまま引き返している可能性の方が高い。
職員の言葉を思い出す。
これで今までのハズレダンジョンという汚名を返上できるような変化であればともかく、そうではないらしいと言っていた。であれば、いつからかはわからないが変異したダンジョンの中をある程度探索した者はいるのだろう。けれど、ある程度進んだところで結局中身が変化しただけだと判断された。
ただでさえ魔物は倒しても旨味がない。魔物コインを得ても換金したところで倒した苦労の割に大した金額になるでもない。たまにドロップするアイテムはよくわからないガラクタが大半。
宝らしきものもそこまで出るわけでもない。
そこにきて更に足を踏み入れるたびに内部が変化するとなれば、面倒くささが際立つだけだ。
確かに自分たちは世界樹の雫を得るために上級者向けダンジョンへ行かなければならない。ああいった秘薬を得ることができる可能性があるダンジョンは限られている。その上級者向けと称されるダンジョンへ行くためには、いくつかのダンジョンを攻略しその資格を得なければならないのだが……
「別のダンジョンにした方がよくないですか?」
キールからすればここをわざわざ行く必要はないと思える。
こんな明らかに面倒が具現化したダンジョンよりも、同じくらいの難易度で同じくらいの規模のダンジョンは他にいくつかある。そちらをいくつか攻略すれば、上級者向けと言われている中でも小規模なダンジョンへ行けるようにはなるはずだ。
しかし――
「あっ、ベルくんあっち川流れてる。流れてるっていうか、枯れかけてるっていうか微妙なところだけど、でもあの川の水質でまた考察が一つ可能になるわよ」
「えー、俺別にそこまでは興味ないんだけどな。水質汚染されてたならこのあたりで何らかの毒が使われたとか、そういう考察は確かにできるとは思うけどさぁ……」
「っていうかたまにダンジョンの中でも薬草とかあるくらいだし、川とか探したら魚とかいるのかしら。今までダンジョンの中で川流れてるとことかなかったからちょっと見てきましょ」
「あ、おい……!」
ベルナドットが止めたところで、ステラはそんな事はお構いなしにささっと川が流れてる方へと行ってしまった。
「あー、もー。仕方ないな」
ベルナドットもそんな事を言いながら、あとを追う。
「っていうかあっちさっきゴーレムいなかったか? 下手したら戦闘になるだろ」
「ま、どのみちそのうち戦わなきゃいけない相手だ。遅いか早いかの違いだよ」
クロムが、そしてルクスが、ステラたちが行った方へと歩き出す。
「あっ、待って下さいルクス様!」
そしてその後を追うようにモリオンが。
今なら引き返せる。
とはいえ、一人で引き返すわけにもいかない。
「……大丈夫だろうか……」
不安しかないがそれでも。
既にキール以外の全員は進んでしまったので行くしかなかったのである。




