勘違いが訂正される事はなかった
網の上に置かれた串には肉と野菜がバランスよく刺さっている。
そして火に炙られて、肉から油が落ちたのかじゅうっと何とも言えないいい音がした。
ついでに肉の焼ける匂いもセットで。
仲間の母が倒れ、どうしても薬が必要なためにいつもと違うダンジョンに挑んだ探索者たちは、そんな目の前の光景を呆気にとられた様子で眺めていた。
いや、確かにここ安全地帯って言われてるけど、それにしたってバーベキューとかどうなの。
一同の気持ちはまさにそれに尽きた。
安全地帯で休息して、進むか戻るかする探索者はそれこそ大勢いる。
安全地帯であるが故にそこで食事を済ませて先へ進もうとする者だとか、ダンジョンの規模が大きなところであれば睡眠をとる者もいないわけではない。
けれども食事をするにしても、こんな風にバーベキューやらかす探索者を彼らは今まで見た事がなかった。
どちらかといえばすぐに帰るのならお弁当などもありだけど、もう少し時間がかかると見越しているなら保存食などの方がよく利用される。
火を熾すくらいは可能だけれど、調理をするとなると難しい。
何故って、調理道具などをダンジョンに持ち込む探索者は多くないからだ。
荷物が多ければ動きが鈍る。だからこそ必要な物だけを持ち込んで、そこまで必要だと思わない物は言うまでもなく持ち込まない。
目の前のルーキーたちのようにキャンプ道具一式、みたいな物を持ち込む探索者とか、大規模ダンジョンならいざ知らずそこまで広くも深くもないダンジョンではまず無いといってもいい。
けれども目の前の光景は彼ら探索者の常識を破って、存在している。
どころかじゅうじゅうと香ばしい匂いをさせて肉が焼きあがってるし、何ならタレをつけて焼いた串なんかはいっそ暴力的なまでの匂いを発生させている。あれ絶対美味しいやつ。食べてないけど美味しいとわかる匂いに、仲間の誰かの唾を飲み込む音が聞こえた気がしたし、自分の腹からもぐぅと鳴った気がした。
いや、気がした、というよりは実際に鳴ったのだろう。
「やぁ、こんにちは。良かったらきみたちもどうだい?」
スーツを着た男がにこやかに皿の上に焼けた串を乗せて、新たな串を網の上に乗せる。落ちた肉汁によって網の上で炎が舞った。
「い、いいのか……?」
「勿論。今回材料はたっぷり持ってきたからね。私たちだけで処理するにはちょっと多いくらいには」
ごくり、と誰かの喉がなる。
中級者向けのダンジョンではある。中堅層が多く利用するダンジョンの中でもこのダンジョンはそこまで広くはないし深くもない。
ダンジョンによっては最下層まで行くのに一日では行けないような所もあるが、このダンジョンは半日もかからないくらいの時間で最下層に行けると言われているダンジョンだ。勿論、それなりの実力は必要になってくるが。
だからこそ探索者たちは途中休憩するにしても、ガッツリとした食料などではなく手軽に食べられる物しかもってきていなかった。
「とりあえず、塩とタレどっちも焼けてるけどどっちからいきます?」
唯一の女性にそう聞かれ、ほとんど反射的に「塩」とこたえていた。こたえてから、あっ、となったが新しい皿の上に焼けた串がぽんぽん乗せられていく。肉だけの串もあれば野菜しかない串もあるが、こちらは大体塩味だというのがわかる。
別の仲間は「タレで」とこたえたらしく、別の男がそちらは用意していた。見ればそちらも美味しそうだ。何というかタレが輝いている気がする。
焼けたばかりの温かい食べ物。探索者たちは戦い慣れない魔物たちとの戦いでいつもより疲れていたのもあって、実の所それぞれが何気に腹を空かせていた。傷はある程度初級ポーションで治ったものの、それ以外まで万全になるわけでもない。怪我は治っても疲労が回復したわけでもないし、空腹が満たされるわけでもない。
明らかに自分たちの意思であるはずなのに、まるで何かに導かれるかのように伸ばされた手には今しがた焼きあがったばかりの肉と野菜が刺さった串。明らかに自分たちの意思ではあるのだが、まるで何かに誘われるかの如く彼らは一斉に串にかぶりついて――
「うっま」
「肉柔らかっ」
「野菜うまー」
「タレ滅茶苦茶いい味してる」
「…………」
思わず口からはそんな声が漏れていた。
ちなみに約一名、コメントを言う暇すら惜しいとばかりに口に食べ物を詰め込んでいる。そんな事言ってる暇あったら一口でも多く食べるんだよぉ! というのが態度に出ていた。
「何か、贅沢言える立場じゃないけど酒欲しくなるな……」
「わかる」
「それな」
「とはいえここはダンジョンだから飲めないんだよな~」
探索者たちの言葉にわかるわかるとばかりに便乗したのは、キール……ではなく今回一緒に参加する事になった魔術師の一人、ベラクルスである。
彼は魔術師らしく杖を腰に差してはいたものの、どちらかといえば吟遊詩人とかの方が見た目的に向いているような外見であった。その手に竪琴があったとしても、むしろそれが当たり前のようにすら思える。
ピンクゴールド、というべきだろう色合いの髪はやや長く伸ばされて後ろで緩く結ばれているが、その髪型が余計に吟遊詩人にありがちなやつに見える。
顔立ちも整っている方で、それこそにこやかに微笑むだけで女性からきゃあきゃあ言われそうだな……と思えるようだが、そんな彼もステラたちが召喚された時点で容赦なくクロムにボコボコにされている。
一応自分の顔がそこそこ整っているという自覚があっただけに、あの後酷い事になった顔を見て「え、これ大丈夫? 治る?」と不安になったのはここだけの秘密だ。
別に自分の顔が美しくてもう自分で自分が大好き、とか言うほどではないが、顔が良いだけで買い物の時に場合によってはオマケとかされる事もあったので、そういう優遇が消えるのはな……と思っていたのもベラクルス的には記憶に新しい。
その後何だかんだ治ったのでその心配は杞憂に済んだが。
見た目は女性受けしそうな顔立ちではあるものの、中身はそうでもない。
むしろここでバーベキューして食べ始めた時に真っ先に何故ここがダンジョンなのかと悔やんだのは彼だし、拠点に戻ったら流石にこんな食事できる感じしないから結局酒は飲めないんだろうなーと思うと色んなものがこみ上げてくる。
ダンジョンでなければ酒も飲んだのに……!
その思いは探索者たちもよく理解できた。
確かにこれはお酒が欲しくなる味だ。
けれどもここで飲んでご機嫌のまま先に進むわけにもいかない。魔物が出るような場所で酔っ払って普段通り戦えるかとなれば、まぁ無理だ。
気分は上がって気力だけは充実していたとしても、身体がマトモについていく気がしない。というか、酔ってるうちはアルコールで多少痛みとか薄れてるとは思うが、酔いから醒めたあとが大変である。
探索者たちの中でキール達魔術師の一団は、他の探索者たちからお払い箱として追い出されたという事を知っている者がそれなりにいる。
彼らは追い出したわけではないが、それでも酒場などで追い出したなんて話を耳にする事もあれば、他の噂から彼らがあの魔術師たちの集まりだ、なんて知る事もあった。
その話だけ聞けば、さぞお荷物だったんだろうなと思えるものであったが、実際にこうして話してみれば案外気のいい奴だなと思えるもので。
与えられたアビリティが使い勝手が悪いばかりに大変なんだな、とすら思い始めていた。
別に全ての魔術師が探索者たちから追放されたわけではない。
中には回復に特化したタイプの魔術師もいるので、そういった相手は重宝される。魔力があるうちは薬を使う必要がないし、薬を持っていってもそれプラス回復手段が他にもあるとなれば戦力としては弱くとも連れていく価値はある、といった感じで今も仲間たちとダンジョンへ行く魔術師はそれなりにいる。
治癒魔術が使えずとも、昔から共に行動してきたから相手がどう動くかわかりやすい、連携取りやすい、という理由で追放されていない魔術師だっているのだ。
追放された彼らは、仲間との相性が悪かったり戦い方が上手いとは言えなかった者たちである。
けれどもやはり仲間から追放された、なんてのは外聞が悪い。
あいつマジ使えなくて、とかそんな風に追放した側が他の誰かに聞こえるような場所でそんな事を言っていれば、何も知らない相手は一体どんな無能だと思う事だってあるわけで。実際有能であったとしても、そんな噂が真実のように流れてしまえばそういった相手をじゃあうちくる? なんて声をかける探索者はまずいないと言ってもいい。
酒にあう肴トークで盛り上がりつつ肉を食べ野菜を食べ、とりあえず今ある飲み物麦茶だけど、と言われそれを受け取って飲み、なんて事をしているうちに、それなりに全員の腹が膨れてきた。
そろそろお開きかな……と思ったあたりで、ベラクルスはふと気になったように問いかけた。
「そういやオタクら、見たとこそれなりに実力ある探索者だろ? なんでわざわざこのダンジョンに?
いや、ここも確かに中堅層向けではあるけど、その中でも規模は小さいだろ。オタクらならもっと実入りのいいとこあるんじゃないのか?」
彼らが身に着けている武器や防具はそれなりに立派なものだ。
普段はもっと稼げるダンジョンに行っているんだろうなとわかる程度には。
その問いかけも別に悪意に満ちたものではなく、本当にただ疑問に思ったからといった感じだったので、探索者の中のリーダーもあまり気にする事なく「いやな?」と前置いて、仲間の一人の首に手を回してぐいっと近づけた。
「こいつのおふくろさんがなぁ、倒れちまって。薬買うには金が足りねぇ。や、俺ら全員の財布の中身出せばどうにか足りるとは思うんだが、俺たちにも養わなきゃならねぇ家族がいる。全員の金を出すわけにもいかねぇ。
で、そこそこ腕のいい薬師に材料さえあれば調合してやるって言われてな。採りにきたのよ」
その言葉にベラクルスもその場にいた他の者も納得する。
直接薬を買うには高いが素材採って来るなら調合してやるよ、と言われれば確かに採りに行くというのは理解できる。流石に自分たちで素材を集めて自分たちで薬を調合するところまではいかないらしいが、それはきっと最終手段になっていたかもしれない。
「ふーん、一応ここ来るまでにそこそこ薬草とかも入手できたから、もし必要なのがあったら譲るわよ。魔物コインと引き換えで」
薬草の他にも倒した魔物の一部、みたいなアイテムがドロップしているので、それも薬の材料になるようであればコインと交換しても構わない、とステラが言えば「本当か!?」と随分な勢いで食いつかれた。
彼らはわざわざあまり馴染みのないダンジョンにやって来たはいいものの、慣れないタイプの魔物に手こずって、肝心のアイテムはほとんど入手出来ていなかった。魔物はそれなりに倒したというのにだ。
そこら辺もステラが聞けば「物欲センサーってやつね」の一言で済まされてしまいそうだが、物欲センサーとは? と聞かれれば説明が面倒なので内心で思うだけだった。
「必要な材料はこれなんだが……あるか?」
リーダー格の探索者が薬師から必要な材料が書かれたメモを渡されていたので、それを見せる。
そのメモを見たステラがふんふんと小さく頷いて。
「全部あるわね」
あまりにもあっさり言われて。
「マジかよ……」
探索者たちは誰ともなく呟いていた。
いや、もう少し先の階層へ行けば入手率は上がるだろうとは思っていた。
けれどもこの辺りの階層でも入手できないわけではない。ただ、確率としてはとても低いけれど。
この階層に来るまでにせめて一つか二つは必要な物が入手できればな、とか思っていたのに一つも手に入っていなかったから、これは覚悟決めるしかないかなと思っていたというのに。
一度引き返して態勢整えて再度挑むつもりですらいたというのにこうもあっさりと必要なアイテム揃ってるとか言われると、俺たちの苦労って何? と思ってしまうのも仕方のない事だ。
噂で聞いた幸運なルーキーというのは伊達じゃないという事か……とすら思う始末。
「倒した魔物コインの手持ちは? あぁ、結構あるのね。っていうか、そんだけ倒して一つも素材ゲットできないとか運がないにも程があるでしょ。まぁいいわ。その魔物コイン全部と材料一式。それなら交換に応じてあげる」
魔物コイン全部、と言われて一瞬ためらった。
ここに来るまで結構倒してはいるのだ。ギルドに持っていって換金すればそこそこの金額にはなる。
とはいうものの、このコインを換金した程度では薬を買うには足りないし、全員で分配して生活費に回すにも微妙な金額ではある。
これ全部と引き換えで材料が全部揃うなら、実質薬と引き換えるのと同然だし、そう考えれば薬を本来の値段で買うよりも安い金額で入手できる――薬を必要としている探索者は言うまでもなくリーダーに縋るような、それでいて圧のある視線を向けていたし、リーダーは他の仲間に目を向ける。
各々ほんの少しだけ悩むようなそぶりは見せたものの、それでもすぐ後には頷いていた。
稼ぐなら普段行ってるダンジョンで充分だし、ここでの稼ぎで薬に変わるならまぁ安い方だ。材料が集まらなければまだこのダンジョンとの付き合いが続くわけだし、そっちの方がこちらにとっては損失に思えた。
「わかった。交換してくれ」
「はい商談成立ね」
言うなりステラは何もない空間からぽんと素材一式を取り出した。
「な――まさか……マジックボックスのアビリティ持ちか!?」
手にしている武器はともかく防具に至っては防具ですらないし、なんなら荷物も随分と少なくてなんとも身軽な事だ、とか思っていたが、その割にバーベキューやってた道具とかあったし、一体誰がどうやって持ってたんだ……とは思ったが、マジックボックスのアビリティがあるなら納得だ、と探索者たちはほぼ全員が驚いていた。
マジックボックス? と聞き返したくはあったが、これがアビリティではないと知られるとそれはそれで面倒な予感もしたのでさもそうですけど? みたいな顔でステラは魔物コインを受け取って素材を渡す。
これで、必要な物は全部そろってしまった探索者たちはこのダンジョンにこれ以上長居する理由もない。
礼を言いつつも先へ進むつもりらしいルーキーたちと別れ、探索者たちは引き返す事にした。とにかく今は薬を作ってもらうのが先決なので。
「てっきりちょっと強力な武器を手に入れただけ、と見れば幸運なんて言われる程かと思ったけど。
あのアビリティからして幸運ってのはあながち間違いじゃないのかもしれねぇなぁ……」
引き返す途中でふと、仲間の一人がそう呟く。
最初に見た時はあまりの軽装っぷりにおいおい大丈夫なのか? とも思っていたけれど。
マジックボックス持ちならそりゃ大丈夫だろうよ、と何だかすごく納得してしまったのだ。
それが実際アビリティではないなんて当然知る事のないまま。




