カーテンコールは賑やかに
ステラたちが元の世界に帰ってきた直後は、それはもうお祭り騒ぎであった。
別にステラは周囲から担ぎ上げられるレベルで好かれているとかではない。まぁ普通だと思う。だが、ステラがこの世界から消えた時点でクロノがそれはもう荒れに荒れたので、無事に帰ってきてくれたというそれだけで喜ぶものが出たのもまた事実だった。
いくら引退したとはいえクロノは別に実力が衰えたとかそういうわけでもない。現役としてまだまだ通用するレベル。そんな相手が常にピリピリした空気を纏っているとなれば、何かの拍子に不興を買って処分されるのではないか……と恐れる者がいたのも確かなのだ。
ステラが帰ってきたという報せをうけた彼女の子らは一斉に集まったし、結果として流れで凱旋パレードとかが行われた。
凱旋て……とステラは思ったが、あまりの喜びっぷりに水を差すのもなと思ったので大人しく受け入れる。
元は自分が異世界に召喚されたのが原因なので。自分が悪いとは思ってないけれど、それでも心配させた原因は自分であるとは理解している。
ベルナドットもまた同じように妻や子に囲まれていた。金髪に紅い目の少年と白髪に緑色の目をした少女に両腕をがっしりホールドされているベルナドットは最早苦笑しか浮かべるものがないらしい。両腕が使えない状態になっているので、ベルナドットは現在二人の妻からせっせとひな鳥のように餌付けをされていた。正直そろそろ腹いっぱいなんだが……と思っているものの、口を開けばどちらかが即座に食べ物を突っ込んでくる。口を開けないと開けないで圧が強い。
だが別に妻二人は怒っているわけでもなく、その表情からとにかく心配していた、というのが浮かんでいるのでベルナドットも無碍にはできなかった。そんなベルナドットの背中に、末っ子がよじ登り始めたが――当然、それも甘んじて受け入れる。
「――とりあえず、世界の門はきっちりと閉じたようですしこちらの世界で巻き込まれるというのはもうないと思います。そう、確認しました」
お祭りなのか宴会なのかわからないどんちゃん騒ぎもそろそろ終わりに近づいた頃、ぽつりとクロノがそんな事を伝えてきた。
どうやら今回の召喚事故は、向こうの世界の仕出かしもそうなのだがこちらの世界の門が緩んでいた事も原因の一つであったのだとか。
そのせいでこの世界は召喚に関して協賛している、とみなされたのではないか、というのが創星神の見解であった。
だがこちらの世界の門も改めてきっちりと閉じたようなので、もう今回のような事故は起こらないはずだと。
「そう。なら安心ね」
今回はステラが召喚されたわけだが、もしそれ以外の者であったなら。
元の世界に帰ってくることができたかどうかも疑わしい。
元の世界に帰りたくない、という人物が召喚されたのであればともかく、そうでなければ悲劇でしかない。
異世界に召喚されるとかするとか、そういうのが周知されている世界であればまだしもこの世界はそうではない。また同じような事故が、と考えるとそれはそれで色々と面倒な事にしかならない。
ステラだって前世で異世界転生だとか異世界転移だとかのジャンルに触れていたから「あ、これあれか」みたいな納得の仕方をしたけれど、もしそうでなければきっとびっくりするほど取り乱していたに違いないのだ。表面上は冷静さを装っていたとしても。
そう考えれば本当に今回の件はステラが召喚されていて正解だったと言える。
「無事で、良かった」
そっとクロノがステラを抱きしめる。それは壊れ物を扱うかのような対応で、思わずステラは笑みをこぼした。
「大袈裟ですねぇ。大丈夫に決まってるじゃない。だって私一人だけじゃなかったもの」
「物理的に、という意味では心配はしていませんでしたよ。クロムがいて、ルクスがいた。精神的に、と考えればベル一人では少しばかり心許ない。見知らぬ土地で、傷ついていたらと考えると気が気じゃありませんでした」
「いや私そこまで繊細でもないし。やられたらやり返す女よ私」
「えぇ、それはわかってます勿論。でも、傷つかないわけじゃないでしょう」
そう言われてしまえば何とも言えない。
嫌な目に遭ってもそれをやり返す事はする。やられっぱなしでいるはずがない。
だが、嫌な目にあったという事実は確かにあるのだ。どうやらクロノはそのあたりを心配していたらしい。
「でも、たった一人味方もいない状況ならともかく、ベルくんがいてクロムがいてルクスがいたのよ? その状況で私が傷つく事って、ある?」
それでなくともルクスがいたのだ。ステラが傷ついたなんて知ったらクロノがどういう態度に出るかは想像がつく。であれば、そんな展開をルクスが許すはずもない。
「……そう言われると、そんな気がしてきました」
ステラがそう告げれば、やや考え込んだ後クロノは納得してしまったらしい。
普段は信用ならない兄ではあるが、彼の弟へ向ける感情やらを考えた上でそこは信じていいと思えたようだ。
「おっと、お邪魔だったかな?」
「そうですね」
そんな中、するっと現れたルクスはステラを抱きしめているクロノを見て茶化すように言った。そしてクロノの即答である。
「まぁそう言わずに。クロエが新しく作ったケーキ持って来たんだけど」
「え、クロエが? 勿論食べるわ」
するりとクロノの腕から抜け出して、ステラはルクスが差し出した皿を受け取る。その上には見ただけでこれ絶対美味しいやつ……! と言えるケーキが乗っていた。
「クロエまた腕上げたわね……」
フォークで一口食べた後の感想は、最早美味しい以外の言葉が出てこない。もう私が作るより絶対美味しいわねこれ……とか言いながら、一口、二口と食べ進めていく。
「是非本人にそう伝えてあげるといい。喜ぶから」
「そういえば、召喚された日ってお茶会する日だったわね。あの時結局クロエの作ったケーキ食べ損ねたんだったっけ」
「本人はしばらく空間に収納して保存してたようなんだけどね。そのケーキ。ただ、あれからそこそこ時間経過して今の自分から見てあのケーキよりも絶対美味しいの作れる! ってなったらしくて」
「あの時のケーキも美味しそうだったから、食べたらそれはそれで私美味しいって言ってたと思うのだけど」
「それも言ってあげるといい。喜ぶよ」
にこにこと微笑みながら、弟も食べるかい? なんて言ってルクスは別の皿を差し出している。娘が作ったのであれば、受け取らないわけにもいかない。ステラを探す時に一度だけ異世界にクロエと共に行った事もあって、娘の手料理は多分ステラよりも多く食べる機会があった。とはいえ、だから今回はやめとく、なんて事になるわけもない。
「ところでふと思ったのだけれど」
「なんだい?」
ケーキが口の中に入っていたため返事をしそこねた弟のかわりなのか、ルクスが聞き返す。
今の今まで思っていた事を、今更だなと思いつつもステラは口に出す事にした。
「あの、クロノさんが私にって作ってくれたお守りあるじゃない。あの攻撃仕掛けてきたらえげつない威力で倍返しなんてもんじゃない反撃してくるやつ」
「あぁ、防衛魔術のみならず色々てんこ盛りに術をかけたアレか。あったね。うん」
「もしかしたら、って思ったんだけど。例えば私がそのお守りの世話になってたとして、そのお守りから魔術が色々発動するとしてよ?
そしたらもしかしてクロノさん、その力辿ってくる事って……できたりした?」
むぐ、と小さな呻き声。
見上げればクロノは明らかに難しい顔をして口の中のケーキを咀嚼していた。
「……それは勿論、可能だったと思いますよ。可能性としては低いかもしれませんが、発動した、という事を感じ取るくらいは、まぁ」
「じゃ、もしかしてそうなってたらそこから世界の場所割り出せたりしてた?」
メルカのアイテムもそうだが、もしかしたら他にももっと手っ取り早い方法があったのではないか、と思ってしまっただけにステラはそう問いかけていた。
そもそも召喚した魔法陣はルクスがさっさと消していた。あれを転用してまた他の誰かを呼ぼうとか考えるような相手だったかもしれない、とあの時点では思っていた事もあって、それはそれでルクスの判断は間違っていないと思っていたけれど。
こちらから向こう側に呼び掛ける事ができていたのであれば。
もしかして、もっと早く事態は解決したのではないか。とても今更だがそう思ってしまったのだ。
「ですがその場合ステラさんが危険な目に遭ってたって事でしょう? 冗談じゃないですそんな事実を突き付けられるとか勘弁して下さい。確かにそうなってたらもっと早くに迎えに行けたかもしれない。でも、そんな目に遭わせた元凶を生かすはずもないので」
「……あぁ、危うくそれ世界滅んじゃうわね」
もし。
もし次があったとしたら、そういう手段を使うのも有りかと思ったのだが無しのようだ。というか流石にそれは最終手段としか言えない。
例えばその世界がステラから見てどうしようもなさすぎて「うわ、滅ぼさなきゃ……(使命感)」みたいな事になればまだしも。
まぁでも滅ぼすなら自分でもできるな、とステラは思っているあたり彼女も大概である。
「……そっか、じゃあお守り使うような感じの手段はやめといた方がよさそうですね。
じゃあ、私たちもメルカに作ったみたいに、離れた時にお互い合流できるような物、作っちゃいます?」
「そうですね。今回の件で身に沁みました。作らないという選択肢がそもそもありません」
きっとステラが言い出さなかったとしても、クロノが言い出したに違いない。
「ふぅん? 夫婦喧嘩してどっちかが飛び出すとかいう手段も使えなくなるけど」
「僕がそんな状況を許すとでも?」
「そもそも飛び出すにしたって行先たかが知れてるじゃない。というかそれ以前に夫婦喧嘩するような事なかったし今まで」
「そうですよ大体そういうのはそちらがいらん事してこちらを怒らせるとかそういう展開になったりするだけで」
茶化すようなルクスの言葉に、しかし二人同時に真顔で言い返す。
だが確かに思い返すとこの二人が意見の相違でぶつかり合う事はなかったな、とルクスは思い直した。
意見が違う事があっても何だかんだお互い擦り合わせて譲歩している。むしろそれすらなくブチ切れるのは部下がやらかした時か、上の兄二人が何かやらかした時だ。
あとルクスが何かしでかした時。
怒りの矛先がそっちに向くからお互いには向かないのだろうか、とも思ったが、じゃあそうならないようにしよう、ともルクスは考えていなかった。やらかすときは盛大にやらかす所存。
「……? また何か企んでます?」
「いいや。何も」
「……胡散臭いな」
実の弟にそこまで言われながらも、ルクスは「今は、まだ」と内心で思いながら笑う。
じっとりとした目を向けられているものの、まぁいつもの事だしなとか思っているうちに離れたところで何やら歓声が聞こえた。
「……何かしら」
「あぁ、多分あれだ。クロムだけ長らくきみと一緒だったのずるいからって他の兄弟たちが喧嘩吹っ掛けただけだと思う。多分あれ誰が勝つか賭けてるところじゃないかな」
「え、ちょっと大丈夫なんでしょうね。そこら辺一帯吹っ飛ばしたりしないかしら……」
「まぁあのあたり部下もいるから、最悪どうにかなるはずだよ。何なら賭ける?」
「誰が勝つか?」
「何人死ぬか」
「不謹慎すぎるわ」
「はは。冗談さ」
全く冗談に聞こえない口調でさらりと返すと、ルクスはそのままそちらへと向かっていった。止めるというよりは多分あれ、誰が勝つか賭けにいったな……と思う。
「……私たちも行きましょうか」
「賭けるんですか?」
「賭けたいんですか? じゃなくて、最悪の展開になる前に止めるのにスタンバイしておこうかと」
「あぁ、そういう……じゃれ合いのうちは放置なんですね」
「そりゃあの子たちだってそこら辺わかってるでしょうし」
引き際を見誤るタイプは大体後継者決定戦で敗退したので、今はもういない。だからこそ、お互いに軽い口調で言っていた。
「あ、そうだクロノさん」
「何ですか?」
「今すぐじゃなくていいんで、そのうち気が向いたら、私を探す時に出向いた他の世界の話、聞かせてもらえますか?」
クロノと合流した時に一応他の世界にも行ったという話は聞いていた。けれどもあくまでもその程度だ。どういう世界でどういう事をしてきたのか、まではステラも知らない。
「別に楽しい話でもないですけど。特にクロエと行った所なんかは」
「まぁそれでも。知りたいなって。……駄目ですか?」
「いえ、わかりました。近いうちにでも」
そこまで言われてしまえば断る理由もない。微笑んで、頷こうとして――
同時に、ステラの足下に光が広がった。
「――は?」
光は何らかの模様を描くように広がって展開されていく。それを見たクロノは思わずさっきまで話してた時と声の音程違い過ぎるんだが!? と言われそうなくらい低い声を出していた。
間違いない。魔法陣だ。門は閉じたはずなのに、何故。
なんて考える暇はなかった。咄嗟にクロノはステラを抱えるようにして移動し魔法陣から離れる。それと同時に近くに置かれていた置物を蹴飛ばすようにして魔法陣へと叩き込んだ。
「あ」
――と、ステラが声を上げたが仕方がない。あれは確か何かの折に作ろうと思ったアイテムとは全く別の物になってしまった失敗作のようではあったが、面白いからここに飾っておきましょうか、とステラが置いた物だ。
確かあれを作った直後ベルナドットに「狸の信楽焼っぽいのできた!」とか言っていたが……あの魔法陣に変わりの何かを押し付けるのであれば、現状背に腹は代えられない。
魔法陣に激突するかの勢いで突っ込んでいった置物は、しかし直撃する前にふっと光と共に消えていく。
一体どこの世界の仕業かわからないが、とりあえず勇者か聖女を召喚したぞ! とか思ったら出てきたのがタヌキの置物とかいい気味だと思う。いや、困りに困った結果出てきたのがそれ、というのもどうかなと思わなくもないのだが。しかしこちらの世界は召喚に応じるつもりはないので知った事ではない。そうでない世界から召喚しようという事はつまり、正規の手順じゃないか失敗したかのどちらかだ。じゃあ、別に同情してやる必要もない。
「ちょっ、何か今すっごい光ったけど何があった!?」
妻と子の拘束から逃れたらしいベルナドットがやって来て問いかける。その後ろからは妻とベルナドットの子らがついてきているので、完全に抜け出したと言っていいかはわからない。だが、何事かと他の者たちもちらほらと集まり始める。
「おや? 兄弟喧嘩は終わったんですか?」
見ればクロノやクロエ、それ以外の兄弟姉妹たちも揃っている。ついでに部下たちも。
「ちょうどいい。今しがたまたもや魔法陣が展開されまして。危うくまたステラさんがどこぞの世界に連れ去られるところだったんですよ」
クロノが告げれば一同がざわついた。
無理もない。門は閉じた。創星神から確かにそう聞いたのだ。
「可能性としては創星神が手を抜いた。もしくは、閉じた門を強引にこじ開ける術式であった。
どちらにしても、黙ってるわけにはいきませんよねぇ……?」
あっ、父上おこじゃん。
いやそりゃ怒るだろ。
だよな、折角帰ってきたばっかなのにまた、ってなったらそりゃぁ、なぁ?
なんて声がひそひそとあちこちで聞こえるが、クロノはそれらを笑みを浮かべる事で黙らせた。
「どうでもいい兄弟喧嘩をする元気があるなら、どうです? これから天界に殴り込みにいきつつ元凶を潰す、というのは」
その言葉に、一体誰が逆らえただろうか。
「ここで潰し合うよりも、潰すべき相手を選ぶべきです。そうでしょう?」
「お、おー」
「そうだよな。また母さんがどっか行ったってなると父さんの機嫌が大変な事にゲフンゴフン」
「よっしゃ、何かわからんがとりあえず殴り込みだな!?」
「そもそもこの世界召喚に応じてないんだから、非合法の手段の可能性もあるって事よね。じゃあ、潰されても別にどこからも文句、出ないんじゃない?」
「あっ、ということは、こないだ作った薬品の威力を試せるって……こと!?」
一部あまり乗り気じゃない声もあったが、概ねノリノリだった。それでいいのか、と思わなくもないが、ステラも今しがたの現状に思う事がないわけじゃない。そもそも何でまた私!? という思いもある。
自分の意思でちょっと別の世界気になるから行ってくるねー、とかであればまだしも完全に事故の流れ。
「はい、それではまずは天界に向かいますよ。いいですね、あくまでも穏便に。ですが向こうが反抗的なら徹底的に――潰す」
ィ、イエッサー!!
クロノの言葉に息子、娘関わらずほぼ全員がそうこたえていた。クロノはそれに満足そうに頷いて。
「では、行きましょうか」
「あ、私も行くのね。まぁそりゃそうか……」
とはいえここに置いていかれてまた他の魔法陣が展開されたら、と考えると別行動はあり得ない。まぁいいか、とステラは大人しくクロノに抱えられていた。
「……なぁ、引退したっていってもどのみちまだまだ現役なんだから、魔王、父さんで良くね……?」
などという、ちょっと置いてけぼりをくらったクロムの呟きはほぼ全員にスルーされた。
ちなみにこの後、天界に殴り込みに行ったのは言うまでもないし、他の異世界にまでそれは及ぶのだが……まぁそれは別の話だ。何なら数名の創星神が泣きながら謝罪する羽目になったりもするのだが――まぁ、それもやっぱり別の話である。
そして最終的に他の世界にも魔王クロノの名が知れ渡り、やっぱ引退まだ早いって、という声も上がったのだが……勿論それは黙殺された。
更にステラの身代わりに異世界に送られてしまったタヌキの置物が巡り巡って聖遺物となったりもしたわけだが、そちらに関してはどうでもいい話である。
異世界召喚に関するあれこれが収まるまでは、もうしばらく時間がかかりそうだった。




