それは最終ダンジョンに挑む前夜のように
砂漠フロアも、なんならその次の中盤階層最後のフロア、難関と言われている溶岩フロアに関しても二人はあっさりと攻略してしまっていた。
とりあえず丁度いい時間帯になった、と思ったのか今まで回収してきた魔物コインをある程度換金して宿をとって現在は休んでいる。
え、ヤクトリングも無しでここまで来れるものなの……? と多くの見物人たちは困惑しきりだ。
次からは終盤階層だ。ここに挑む者もチラホラと出てはいるが、それでもまだこの先に進んでいる者はそういない。なんというか、シデンたちの探索の様子を見ていた事が大きかった。
トラップメイカーによって仲間たちと分断されれば勿論困るし、そのためには罠無効化のお札を大量に持っておかねばならない。
けれども、それ以外の魔物だって今までの上級者向けダンジョンで見ないようなのが増えてきているので、そいつらの対処法もどうにかしなければならないわけだ。
シデンの戦い方を参考にしても、彼の実力と並ぶ程の者でもない探索者が真似をしたところで怪我をするだけだ。どういう立ち回りをするべきか、というのも勿論だが、弱点になりそうな情報もほとんど出回っていないので多くの探索者は自然慎重にならざるを得なかった。
緊急離脱機能があるとはいえ、それだって万能じゃないというのは随分前からわかっている。
実際、つい最近その緊急離脱が発動したはずなのにも関わらず塔の外に出る直前でもう一つの罠が発動して緊急離脱があっても回避できない状態に陥って死んだ者を見ていたのだから、安易に大丈夫大丈夫なんてのたまって油断するわけがない。
あいつの死にざまは割と自業自得だと思っているが、自分も似たような死に方をしないとは限らないのだ。
緊急離脱が発動したと同時にあのトラップメイカーが近くにいた場合、自分たちも同じような状況にならないとは言い切れない。
罠無効化の札だけは切らすな、というのが暗黙の了解になりつつあった。緊急離脱機能の解放だけではなく、お札のストックもとなるとその分出費が更にかさむが背に腹は代えられない。
それだけではない。階層主の強さも警戒の一つとなっていた。
……実際のところあれは単純に秘薬によって弱体化というデバフが解除されただけなのだが、そんな事を知る者が果たしてどれだけいるだろうか。ステラたち以外で。恐らくはいない。
いや、改めてあの階層主をシデンあたりが倒して「思ったより強くないな?」とか言えば前回のアレは秘薬が原因だったのではないか、となるだろうとは思うものの。
現状そうなってはいないので、仮にあの階層に挑んだとして階層主を倒せるかどうか……で二の足を踏んでいる者がかなりいるのは事実だった。
「ここまで平坦すぎるダンジョンだと途中で飽きませんかこれ」
しかしそんな事情は知らぬとばかりに宿の中、クロノはそんな事をのたまっていた。
実際彼の実力からすれば魔物は脅威にならないし、ちょっと周囲の環境が異なるとはいえそれもまた許容範囲内の代物であればそうのたまうのも無理はないが、下手にこれダンジョンの中で言っていたら多くの探索者からの顰蹙を買いそうな発言である。
「実際飽きてますよね主」
「えぇ、まぁ。行かなければならない、とわかっているから仕方なく進んでいますけれども」
素材を集めるのにちょっとダンジョンに行きませんか、なんてかつてステラを誘ってダンジョンに行った時と違って、ここのダンジョンで何か使えそうな素材があるかと問われるとそれもまた微妙なものだった。
というか、ここに来るまでの間に見つけたアイテムは一応空間収納してあるけれど、これくらいなら自分の世界でも入手できる物ばかりだし、と思っている。この世界にしかない、とかそういうアイテムの一つでもあればまだしも。
けれどもこちらの世界、クロノが住む世界と多少の違いこそあれど、大きく異なる、というわけでもなさそうだしだからこそこの世界ならでは、といった物にあまり期待はしていなかった。
というか、今の今まで訪れた他の世界でいくつか「あ、これ珍しいな」のノリでゲットした物はいくつかあるので、この世界でそういうものがなかったとしても別にどうとでも……という気分である。
「とりあえず、ここに来るまでに途中何度か宿で休みましたけど、これ確実にステラさん関わってますよね」
「ルクスが、ではなくですか?」
「石鹸とかうちで使ってるやつと同じやつじゃないですか」
「……あぁ」
直接作ってこの塔の中の宿全体に行き渡らせたというわけではなさそうだけれども、レェテは言われてそこで気付いた。
あまりにも普段使っていて当たり前の状態すぎて考えてすらいなかった。けれども指摘されてみれば確かに……となったのだ。
「あいつからこの世界に来てからの一連の事情とやらは聞きましたが、この塔を作る事を言い出したのが、って事ですか?」
「いえ、それは困った事に兄でしょうね。ステラさんはそれに便乗しただけかと」
「まぁ、一からこんなのやらかしたとなると色んな意味で頭の痛い状況か……」
レェテはふぅ、と主の前だというのに隠しもせずに溜息を吐いた。ルクスと比べればまだ常識的に振舞っているステラだが、それでもやらかすときはやらかすのだとレェテは知っている。
主にしてみればこの程度、全く怖れるものでもないけれど、この世界の普通の人間にとっては違うのだろう。
これは……終盤階層とやらに入ったあたりから面倒な事になりそうだぞ……とレェテは何となく感じ取っていた。何せルクスとステラが関わっているという事実は既に知っているのだ。そして、ここまではそうでもないけれど恐らくここから先はより一層ルクスが趣味に走った感じに作っていたとしてもおかしくはない。というか、今までが大人しすぎる構造だ。そう考えるのも無理はない。
この塔に来る者が弟だけだ、と確定しているならともかくそれ以外の不特定多数の探索者を招いているという事は、つまりそういう事だ。
いや、天界に力をどうこうとかベルナドットが説明していたので若干レェテの受け取り方が偏っているだけかもしれない。
「レェテ、明日からは気を付けた方がいいと思いますよ」
「それは……つまり」
どうやらクロノも似たような事を考えていたらしい。まるでこちらの考えを読んだようなタイミングであった。
「恐らく二人に悪気というものはないと思うんですよね。ステラさんは僕が弱くないと知っているし、ルクスに関しては……最愛の弟とかのたまってますがあれの愛情表現が歪んでいないとも言い切れない。多分、こちらの予想を超える何かがあったとしても不思議はないです」
「ですが、だからといってやられるつもりはないのでしょう?」
「それは勿論。兄に関してはどうでもいいですけれど、ステラさんにみっともない姿は見せられませんからね」
そう言って微笑むクロノを見て。
なんとなくレェテは今なら口から砂糖吐けるな……と思ってしまった。この従者も大概失礼である。
とはいえ、もうずっと昔からこんな感じなので。
今更変えろと言われたところでまぁ無理だ。それだけは断言できる。
ともあれ、二人は早々に寝床に入り目を閉じた。別にしばらく飲まず食わず休まずノンストップで進む事も可能ではあるのだが、やはりそういうのは後々キツイ。休める時に休んでおくに越した事は無いだろう。
――さて、クロノとレェテが中盤階層を攻略し次はいよいよ終盤階層だ、となったのを見てあからさまにわくわくしてます、と言わんばかりの男が一人。
ルクスである。
「見た? あのスクリーンに映った弟の顔。退屈極めてますみたいな感じだったね」
「え、そうなの? 生憎と布被ってるからよく見えなかったのよね」
やけに高いテンションのルクスと違いステラは平常とそう変わらなかった。むしろあからさまな勢いでわくわくしているルクスに引いている節さえある。
「多分このまま行けばあと数日中に合流も可能だろうけれどさ。あれだけ退屈させてるのも申し訳ないし、こっちから何かアクション起こす?」
「……それ下手したら合流するまでの時間伸びない?」
ステラのツッコミはもっともだった。
そもそも合流するのが本来の予定なのだから、途中で退屈されてようともあえて合流までの時間を引き延ばしてまで……というのはそれこそ本末転倒ではないだろうか。
あと、これからは確実に塔横のスクリーンにあの二人が映るわけで。
そうなるとルクスがあれこれ仕掛けた場合、それが本来のダンジョンのギミックだと思われる可能性がある。するとますます上の階を目指そうという者が減るのではないだろうか。
一応秘薬だとかその他レアアイテムなんかも上の階に行けば行くだけ用意されてるわけなので、誰もこない、という事にはならないだろうけれども。
実力的に来る事ができるか? という疑問は置いておくものとする。
「……ま、仕方ない。ちょっかいかけるのは諦めるとするよ」
「そうしてちょうだい」
久々に弟に会えて嬉しいのはわからんでもないが、ルクスがやらかす事は大体世間一般の規模からズレている。このあたりの階層であれば巻き込まれるような探索者は出ないだろうけれど、だからやらかしていいという話でもない。
正直な話。
ステラとしてはクロノが来たのだからさっさと帰りたい、という気持ちなのだ。
なのでルクスがやらかした場合間違いなく無駄に時間を消費するとわかってて何かをさせようなど思うはずもない。
この世界に来たばかりの頃はなんとなく物見遊山的な気持ちもあったが、それだってさっさと帰れるだろうと思っていたからだ。正直そろそろ帰りたい。というか塔ができてからはほとんどやる事もなかったので割と早い段階から帰りたいと思っていたくらいだ。飽きた。
もう最近じゃスクリーン適当に見ながら時間を潰してるだけになっている。だらけているといってもいい。前世だとネットとかだらだらやってても特に暇を持て余した感じはしなかったように思うのだが、いかんせん見るものが探索者たちだけなのでそりゃ飽きるのも早かろうと思えてくる。
これならいっそ、クロム含めて兄弟喧嘩とか見てる方がまだ見応えがあるというものである。
まぁ彼らの喧嘩の規模が大きすぎるので、そう何度もやってほしいものでもないのだが。
そんな事を考えながらも、ステラはあくびを噛み殺しつつ寝床へと移動しさくっと眠りについた。
帰るまで、もう少しである。




