いらぬ嗜み
ベルナドットから大体の事情というか今までの話を聞いたクロノたちは、とりあえず宿でぐっすりと寝て休んだ後、改めて塔の上を目指す事にした。
といっても、序盤階層なんて魔物が出るといってもその魔物たちは別に何の力も持たない雑魚だ。少なくともクロノとレェテにとっては。
鳴き声あげながら突進してこられても、精々勢いよく犬にとびかかられた、程度でしかない。ははは、よしよし、とか言いながら受け止める事も余裕だ。まぁやらないけど。
そうやってどんどん進んで行って、適当なところで休憩をとる。
早いとこステラたちと合流したいのは山々だが不眠不休ノンストップで行ったら、合流と同時に「寝なさい」と沈められる可能性もある。なるべく万全の状態で再会したい。再会した途端即休めと言われてベッド――あるかどうかは知らないが――あたりに転がされるとかそれもどうなんだろうと思うし。
そうしてあっという間に中盤階層へと突入した。
とはいえ、ここら辺もまだまだクロノの中では序盤階層と然程変わらないものだ。
さっきと比べると突進してくる魔物の勢いもちょっと強くなったかな、とは思うけど、それでもまだまだクロノにダメージを与えるわけでもない。どすっ、と突っ込んでくる前にべしっと叩けば大体の魔物は沈黙する。
そこらの探索者ならそろそろ自分のコンディションだとか魔物のあれこれだとかを気にしつつ進むようになってくる頃になっても、クロノたちは序盤階層と変わらぬノリで進んでいた。
傍から見れば単なる散歩くらいの和やかさしかない。
そんな二人の進行具合を、スタッフルームのスクリーンで食い入るようにライラは見ていた。
「うぐぬぬぬ……これが異世界の魔王の実力ってやつでちか……並みいる魔物を物ともしないとは……」
「や、その程度ならオレたちも全然余裕だし、っていうかこの世界の探索者だってそれなりの実力あるやつはそこら辺の魔物なら全然余裕だろ」
革張りのソファーにどっかりと座り、クロムが呆れたように突っ込んだ。
実際まだ中盤階層に入ったばかりといったあたりだ。
そのあたりならこの世界の探索者だって余裕で踏破できる者は多い。まぁ余裕かました結果罠にはまって、なんて事も時折あるので油断はできないわけだが。
「もしうっかり敵対するような事になったら果たしてこっち勝てますかね……本来の力が戻っていたらあるいは……うぐぬぬぬ……」
「なんで戦う事前提なんだ?」
「だって! 異世界の魔王でちよ!? 異世界の!!」
「いやまぁそうだが。あと、一応今の魔王オレなんだけどな」
スクリーンにかぶりつく勢いで見ていたライラがぐりんと首をクロムへと向けて叫ぶ。
対するクロムの反応はどこまでも冷めていた。
そんなクロムに冷静に指摘され「はっ、そうでちた……!」みたいな顔をしていたライラだが、数秒後には再びスクリーンへと視線を戻す。
クロムにはライラの考えてる事がいまいち理解できない。
いや、何となく想像するくらいはできるけれど、それが果たして正解かどうかまではわからないのだ。本人がいるのだから答え合わせをしようと思えばできる。けれど、したとしてそれが何だというのか。
異世界の存在が当たり前のように受け入れられている世界だと、召喚以外でも異世界からの侵略とかあるんだろうか……なんて考えてもみたが、そういったものがイヤならそもそも完全に異世界との接触を断ってしまえばいい。召喚するけどそれ以外の来訪はお断り、というわけにもいかないだろう。
というか、召喚そのものはこの世界の神は否定していないようだが、大昔のこの世界の住人達は召喚した異世界人によって大きな打撃をうけているし結果異世界からの召喚は禁忌とされてしまった。
そこら辺考えると今の創星神よりもこの世界の住人の方が余程賢いのでは……? と思えなくもない。
失われた古代の魔術を復活させる、とかいう奴がやらかしたわけだが。
どうせ禁忌とするならもっとこう、そういう後からやらかす可能性も潰しておくべき……とも思ったがそれがほぼ無理だというのもクロムは理解している。
こういったものは大体後世にこれこれこういう事情で禁止しましたよ、と伝えたとしても大体どっかの馬鹿が俺ならもっと上手くやれるとかのたまってやらかすと相場が決まっているのだ。
だからこそ表に出さず裏でひっそりとそれらの情報が消されていくわけだ。
結果としてその残りを丁寧に拾い上げてやらかしたのが出てしまうわけだが。
スクリーンの前を陣取ってクロノの無造作な魔術の一撃で一掃された魔物たちを見て、ライラは「おぉぉ……!?」とそれ一体どういう感情なんだ? みたいな声をあげていた。
少しばかり離れて会う事のなかった父ではあるが、相変わらずだな……とクロムは思っていたし、再会したら小言の一つや二つはあるんだろうなと考えて内心ちょっとげんなりした。
うんざり、というほどではないが気持ちはちょっと沈む。そもそも巻き込まれたのは不可抗力だし。
ちなみにライラとよく一緒にいるノーラではあるが。こちらも何気にスクリーンから離れているがちゃんと存在している。
ライラと違い離れた場所からスクリーンを見ているものの、時折何やらメモをとっていた。
気にはなるが、まぁ放置でいいか。クロムはあっさりと見なかった事にした。
例えばどういう魔術を使っているのか、とかそういう研究であっても、はたまた異世界の魔王と戦う事になったと想定してのあれこれだったとしても、どっちにしてもクロムが抱く感想はそう変わらないからだ。
どうせまだその辺なら今のうちに少し休んでおいた方がいいぞ、と声だけかけてクロムは占領していたソファーに倒れ込むようにしてその場で寝る事にした。怠惰極まりないなと思いつつも、城ではこういう事できなかったしなぁ……と考えてそのまま目を閉じる。
時々聞こえてくるライラの声は、そこまで大きなものでもない。ここで眠ろうとしてうるさくて無理、という事もない。
――次にクロムが目を開けたのは、ステラに揺り起こされたからだった。
見ればローテーブルの上に簡単なものではあるけれど食事が並べられていて、ベルナドットやルクスの姿もそこにある。スクリーンに目を向けると、そろそろ多くの探索者たちがヤクトリング無しではもう攻略無理では? と言われている毒霧フロアの手前あたりが映っていた。
どれくらい寝てたんだろう……とまだぼんやりする頭で考えてもよくわからない。
とりあえず差し出された皿に適当に食べ物をのっけていって、何も考えずに食べる。
ライラもずっとスクリーンにかじりつくようにしていたが、それなりに空腹を感じていたらしく今は大人しく椅子に座ってパンをかじっていた。
食べながらもスクリーンへ目を向ければ、クロノたちはそれなりに先に進んでいたようだ。
気付けば階層主と対峙していた。あっさりと倒していたが。
「次はいよいよ毒霧フロアか……」
「そういえばクロノさんもレェテもヤクトリングは購入すらしてないのよね」
「そもそもこの世界に来て早々に一万オウロ……二人分だから二万か、持ってると思うか?」
「無理よね」
「仮に換金できるアイテムを持ってたとして、売ると思うか? こんないきなり来たばっかのところで。旅行で海外に行って換金するのとはわけが違うだろ」
「そうよね。思い入れのある物とかだったら売るにしてももうちょっとちゃんと選ぶわよね。思い入れの無い物なら逆にこういう所で売っても何とも思わないだろうけど」
とはいえ、クロノがそういった思い入れの無い、それでいて換金可能なアイテムを所持しているか、となると微妙なところだ。
既に大分進んでいるので今までに回収した魔物コインを換金すればヤクトリングくらい余裕で二人分買えるとは思うが、機能解放をする必要性がまるで感じられない。
一度塔の外に……なんてのは普通の探索者ならともかく。例えば宿で泊まって金を使うより一度拠点で休むだとか、他に用事を思い出しただとか。ヤクトリングの転移機能を解放しているのであれば、一度外に出てもまた今まで辿り着いた休憩所への転移が可能だが、ヤクトリングもないクロノたちが休憩所の転移機能で外に出た場合また一階からのスタートだ。
いや……クロノたちなら魔術での転移で直前までいた階層まで転移できそうだけれど、一応そういったあれこれはベルナドットがこちら側の話をしたので恐らくはやらないだろう。スクリーンに映るかもしれない可能性があるので、なるべく下手な事は言わないでほしい、と念の為ではあるが釘を刺している。
かつてクロノがステラを連れて出かけたダンジョンと比べると正直この辺りはまだまだ余裕だろう。というか、下手したら最上階まで余裕だと思えてくる。
今クロノたちを映しているスクリーンとは別の、小さめのサブスクリーンを用意して塔の外を確認してみれば、塔横の大きなスクリーンにこそ映ってはいないがそれ以外の商会と契約していない小さめのスクリーンにクロノとレェテが映っていた。
そしてそこにそれなりに見物人が集まっている。
ヤクトリングも買わずに進んでいるというのを知ってか、注目が集まっているらしい。
次毒霧フロアだろ、あいつら大丈夫か?
なんて言葉が当たり前のように囁かれている。
「大丈夫に決まってるだろ。私の弟だぞ」
聞こえているはずもないが、その言葉にルクスが一瞬の間をおかずに言っていた。まぁそうなんだけども。とステラもベルナドットも思ってはいるが、そもそもクロノたちの事を見物人たちが知っているわけでもない。あの二人に関しての情報なんて、多分最近塔に来るようになった新人探索者か何かくらいにしか思っていないだろう。
休憩所で少女ゴーレムから一応の警告を受けていたが、クロノもレェテも「ふぅん?」くらいの反応しかしていなかった。
この辺りにくると休憩所にもそこそこ他の探索者たちがいるのが見えたが、クロノたちがそちらに興味を示す事もない。
そのままふらっと先へ進もうとして――
「お、おい、その先フロア全体に毒霧漂ってるから、何の対策もしないままだと死ぬぞ」
休憩所にいた探索者に呼び止められていた。
「毒、ですか」
「あぁ、前に何の対策もしないまま、あ、いや、一応緊急離脱機能を解放してたんだったか……けど毒対策何もしないまま行った奴らはすぐに緊急離脱が発動して塔の外に離脱させられたくらいだ。フロアにマトモに足を踏み入れる前にな」
「それで? その人たちは外に出た直後に溶けて亡くなったりしたんですか?」
「いや生きてたよ! でも一歩間違ってたら危なかったわ!!」
一応足を止めてクロノが言葉を返せばその言葉が思った以上に物騒だったからか、探索者は思わずといった具合に叫んでいた。
「そうですか。生憎ですが、問題ありません」
クロノの反応は淡々としたもので、レェテに至っては話をするつもりもないと態度に出ている。これだけを見ればどちらが従者なのか……と思えてくる。
毒と言われてクロノは思わず眉を顰めたものの、ちょっとやそっとの毒なら別に問題ないのは事実だ。レェテも同様である。
そのままスタスタと先へ進むクロノとレェテに、
「ちょ、おい! 一応忠告したからな!? その上で死にかけても知らねーかんな!?」
親切で声をかけたであろう探索者がなおも言い募ったが、二人が足を止める事はなかった。
「知らないって怖いわね」
お前が忠告してる相手、魔王だった男だぞ。
というのを隠しもしないで顔に出して、ステラは呟いていた。
ステラたちがあの毒霧フロアに行った時はキールとモリオンに毒無効のリングを渡していたし、自分たちに関してはルクスが魔術で対処していた。とはいえ、実の所ある程度の毒であればその必要もなかったのだ。
多分、あのフロアの毒をそのまま受けたとしても、死にはしなかっただろう。
まぁちょっと具合が悪くなったりはしたかもしれない。ルクスに至っては多分あの程度の毒はなんともないはずだ。何せ彼は敵が多い。率先して敵を作りにいっている、という部分もかつてはあったわけだし、そうなるとまぁ、命を狙われる事もそれなりなんてもんじゃないくらいにあった。
実際ステラがクロノの妻となって間もない頃に、ルクスに恨みを募らせていた相手が使用人として潜り込んで彼に毒入りの紅茶を出した事もあった。
毒入りの紅茶というか、紅茶風味の毒と言った方が正しい。
けれども彼はそれを表情一つ変えずに飲み干してみせたのだ。
この程度の毒で死ぬとか本気で思ってた? なんて言葉と共に。
そういうわけでルクスに関してはちょっとやそっとの毒で死なないとわかりきっていた。とはいえここは仮にも異世界だ。もしかしたら、自分たちの知らない未知の毒とかあるかもしれない。
……そう思っていたのは杞憂だったが。
とりあえず、この世界の毒でどうにかなるようなルクスではない。
そして、ルクスが最愛の弟とのたまっていたクロノもたまに巻き込まれる事があった。
とはいえ、後継者を決める前の引きこもっていた頃はそういった相手がちょっかいをかける事もなかったのだが。
だがそうではなくなったあたりで、巻き込まれる事になったクロノも大抵の毒は平気であると知った。
えっ、魔族って毒無効化とかある程度毒盛られても平然としてないといけない種族なの……? とステラが思った事もあったが、単純に狙われたりあとは部下が引きこもっていた主を鍛えようとしたいらぬお節介の結果だった。
思い返せば何か毒で倒された魔族もいたような気がするし、毒無効化は当たり前にもってる能力ではないとやや遅れてから気が付いたのだった。
だからこそ、一切何の準備もしないまま毒霧フロアに足を踏み入れようとしているクロノの事は全く心配していない。ついでにレェテも。
そうして二人が毒霧フロアへ続く扉を開け放ち、そして平然としている様子を見て。
でしょうね、なんて思うステラとは逆に塔の外で見ていた者たちは信じられないものを見る目を向けていたのである。




