懸念すべきこと
ダンジョン探索自体はそこまで苦戦するでもなく、むしろあっさりと階層主の所まで辿り着いてクリアした。
キール達は普段このダンジョンをよく利用しているけれど、それでも全員が魔術師というバランスの悪さもあってか過去階層主の所まで行けたのなんて数える程度しかない。
大体はそれより手前、中間層にいる中ボスと言われるやつを倒して帰って来るのが普段の流れだ。
今回キールはアゲートとの二人きりであったため、もし何かあったらと内心気が気じゃなかったが、二人と一緒に組んだ相手がやはり異世界から召喚した勇者だったからなのか、今までで一番安定して攻略できた気がする。
まぁ、そのキールの考えは思い切り幻想とか気のせいとかいうやつでしかないのだが。
安定しているのはそうだろう。
近距離だろうと中距離だろうと遠距離だろうとどの範囲からでもある程度対応できる相手が共にいるのだから、キールもアゲートもいつもよりやるべきことが少ない。
普段はもっと周囲の敵を警戒し、もっと神経を張り詰めているのだ。もし奇襲を受けるような事になれば身の守りが脆い魔術師は一瞬で倒される。
けれども今回はベルナドットがある程度の距離で魔物の存在を認識すると弓矢でもってその魔物を攻撃していたのだ。キールやアゲートと比べるととんでもない索敵能力である。
仮に魔物の接近をゆるしたとしても、そういうのは大体クロムが倒している。
時々ルクスも手にした剣を使う事もあったが、恐ろしい事に魔物との戦いの大半はベルナドットとクロムの二人でどうにかなっていた。
キールやアゲートはその合間でちょこっと魔術を使う程度だ。
普段同士たちとダンジョンに来た時はもっとやるべきことがある。それこそ敵を警戒し、相手に気付かれる前に発見した場合は呪文を詠唱して近づかれる前に倒し、気付けず接近させてしまった場合はどうにか相手の攻撃を受けないように躱しつつ隙を見つけて対処していく。
一戦一戦が気の抜けないものとなっており、休めそうなところではしっかり休んでそうして時間がかかってでも確実に先へと進んでいく――というのが普段のキール達のダンジョン探索なのだが。
こんなあっさり終わるんだ……そりゃ前衛職がもてはやされるわけだ……圧倒的に攻略早く終わるもんな……とキールもアゲートも戻って来てから何となく自分たちの存在意義ってなんだろう……と考える結果になってしまったのもまた事実。
けれども当の本人でもあるステラたちは気付かない。
気付かない、というか、案外どうでもいいものとして認識していた。
むしろダンジョンから戻ってきて深刻そうな表情をしていたクロムは魔術師がどうこうとかいうよりも、ダンジョンをむやみやたらに傷つけない、という暗黙ルールを気にしているようだ。
なにせステラたちは本来ダンジョンにあるはずのない隠し部屋を作り出している。
元々のダンジョンに新たな部屋を強引に作った時点で、それはそのルールに抵触していないだろうか。
そんな不安を口に出せば、ステラとルクスはお互いに顔を見合わせる。
「問題が有るか無いかで言えば……あるんじゃないかしら」
「まぁ、だろうね」
そうして二人そろってあっさりとそんな事を言う。
「……大丈夫なのか? それ……」
「ま、いずれ何らかの事象はあるでしょうね。いつになるかまでは知らないけど」
あまりにもあっさりした反応に、クロムの表情は余計に曇る。
クロムからすれはルクスもステラも身内なのだ。もし二人に何かあれば、と考えると気が気じゃない。
ルクス伯父さんだけならそうでもないけど、母さんが何かに巻き込まれて怪我をした、なんて事になったらオレ、向こう戻った時に殺されるんじゃ……なんて思いもあった。
クロムからすれば、ルクスは別に放置でも構わない。というか、現時点クロムの実力よりもルクスの方が実力としては上だろうから。
それでなくとも年月の差というものがあり、様々な事柄に対しての経験の差というのもある。
ルクスになくてクロムにあるのは若さとかそれゆえの無鉄砲さとか、そういった勢いくらいのものだ。
物事を考えてあれこれ策を練るのは正直あまり得意な方ではないし、だからこそそういうのはクロエに任せてある。父であるクロノはまだまだ現役だったというのにある日唐突に引退しますとか言い出して、誰も予想してないタイミングで継承戦争を起こしたせいで大変だったのだ。
クロムが今の魔王になったという事実は、実力よりもどちらかといえば運によるものが大きい。
中でも兄弟姉妹の中で敵に回ると一番厄介だろうなと思っていたクロエがこちらと手を組んでくれたのが自分が生き残った原因だとも思っている。
今代の魔王であるといっても、実力だけで見れば大したものではない自覚はあるのだ。これでも。
とはいえ、父の部下だった者やそれ以外が手を貸してくれたから未熟でありながらもどうにかなっている。
精々僕に楽させて下さいね、とか言ってた父の言葉は暗にあっさり暗殺されてまた後継者争い起こすような事態にだけはするなよ、という脅しでもあったので、時折クロエに泣きつきつつもどうにかやってはいるのが現状だ。
まぁ、もともとそこまで敵を作るタイプではなかったので、クロムが魔王になったからとて反乱が頻繁に起こるなんていう事もないからこそどうにかなっているし、クロエもそこまで率先して敵を作るタイプではない、というか裏で暗躍するタイプなので表立っての敵はいない。
どうせ巻き込まれて異世界に行くのであれば、自分よりクロエの方が適任だったのではないか、と思わなくもないが、現にこうして一緒にいるのはクロエではなくクロムである。
ルクスに関しては放置でも大丈夫という思いがあるが、母はそういうわけにもいかない。
純粋な戦闘力という意味ではクロムの方が強いし、やろうと思えば殺す事もできる。けれどもクロムは別に母を恨んでいるわけでもないし、殺そうと思う事もない。ただ客観的に考えれば実力的にそれができるというだけで、実行しようと思う事はまずない。
武力的な意味では勝てるけれど、それでも生まれてから面倒をみたり世話をしていたのは母だ。
他の家の兄弟姉妹と比べれば、随分手厚く育ててもらったと思える。
そうして長く生き残るためのあれこれを教えてくれたのも母だ。
そういう意味では頭が上がらない存在なのだ。
もし異世界で母が死んだ、なんて事になってみろ。
父に、というよりはまずクロエに殺される気がする。
あんたがついてながら何で! とか言いながら殴り掛かってくる想像は一秒もしないうちに鮮明に脳裏に浮かんだ。その時点でクロムも守り切れなかった己の不甲斐なさとかで打ちひしがれてるだろうし、そこにトドメを刺そうとは父もしないとは思う。
けれども、死ぬ原因を作った世界の存在を果たして父が許すかどうかは考えるまでもない。
八つ当たり先にクロム、というよりは異世界進出して滅ぼしそう。
というか、他の弟や妹とかそこら辺もそれに賛同する。だって仮にクロムがそちら側の立場であったとしても、そうするだろうなと思うのだから。
ベルナドットに関しては母のお付き、みたいな認識なのでそこまで何を思うとかはない。
どちらかといえば何かやらかしかねないルクスやステラを一応諫めたりする、この中では割と冷静に物事を見てくれる相手なので頼りにはしているけれど、実力的にはそこまで……といった感じだ。
ともあれこの中で一番身の安全を確保しておきたいのはステラだという事に変わりはない。
それでなくともクロムからすればステラは一度年老いて死んでいるわけだ。
種族が違うから、というのは早々に幼いながらも理解していたが、それでもいつまでも見た目に変化の無い父と違ってどんどん年老いていく母を見るのはつらかった。
そうして寿命を迎えて死んだという話を聞いた時は、その場にいた兄弟たちと情けない事に声をあげて泣いたのだ。だって魔族という種族からみればあまりにも早すぎる。
もっと長生きしてほしかった。まだまだ色んな事を話したかった。
そんな風に他の兄弟姉妹たちと泣いて泣いて泣いて。
……まぁ、その後父がしれっと世界樹の精にして復活させた時はどうかと思ったけれど。
ついでに母より先に死んでいたベルナドットも復活したという事に、あ、そういやいたななんて本人が聞けば雑すぎないかそれ、とか言いそうな事も思ったけれど。
正直、自分たちが暮らしていた世界とそこまで大きな違いはないけれど、それでもここは自分たちの暮らしていた世界とは別の世界だ。
自分たちの常識やルールが全部罷り通るところであればいいが、そうじゃない可能性もある場所だ。
父が迎えにきてくれればすぐに帰れる、とルクスは案外あっさり言うけれど、それまでの間は無事に生き延びなければならない。
多少のいざこざならどうにか乗り切れるとは思うけれど、想像できない範囲での厄介ごとまで対処できる気はしないのだ。
だからこそ、母にはなるべく安全地帯に常にいてほしい。お互いの心の平穏の為に。
できるなら、ダンジョン探索はさておきあまり危険な事はしてほしくない。これは本心だ。
けれども、復活してからの母を見ていると大抵の事はどうとでもなりそうだな、と思えるもので。だから、ダンジョンをちょっと破壊して新たに部屋を作って隠し部屋がありました! なんて捏造も大した事ではないのだろうと思っていたのに。
今回キール達とダンジョンに入って、そこでダンジョンを意図的に破壊しようとした場合の話を聞いて、クロムはあまりにも自分が楽観的であった事に気付かされたのだ。
大抵は壁や床、ましてや天井なんかは攻撃したところで簡単に壊れはしない。キールとアゲートの話からそれは理解した。
アゲートが一度ダンジョンの中の木に向けて術を放ったけれど、あれは破壊しようとして、という程の威力でもなかったはずだ。あの場所に魔物がいたら、あれくらいの威力の術は放っていただろうしキールもあの後、魔術の練習をする際にダンジョンの中で試してみる事もあると言っていた。
ある程度の威力であれば問題はないのだろう。
問題があるとするならば、ダンジョンの耐久力を上回る威力の攻撃を叩き込む事、なのだろうか……?
もしそうであるならば、いくら初心者向けのダンジョンとはいえ隠し部屋を捏造したのは間違いだったのかもしれない。
クロムはあまり頭を使う事は得意ではないとはいえ、考えれば考えるだけ何だかどんどん悪い事が起こるような気がしてくる。
そんなクロムの様子を見て、ステラはそっとルクスに肘を叩き込んだ。脇腹のあたりにえぐい角度で刺さった肘に、ルクスが「うっ」と小さく呻く。
「ほらルクス、早いとこ説明してあげた方がいいんじゃなくて? うちの子このままだと何かおかしな方向に思考力暴走させかねないんだけど」
「いや、そこは是非お母さんから言ってあげて下さい……って何だかこの言い方先生みたいだったね。うける」
「えっ、正直ルクスが教師とか色んな意味で生徒の未来が心配だから冗談でもやめてほしいんだけどそういうの」
口先だけで多感な年頃の生徒たぶらかすだけならいいけど何かおかしな洗脳して社会に解き放ちそう、とか言うステラにルクスはまぁ否定しないけど、とさらりと返している。
クロムが心配してあれこれ考えているというのに、当の本人たちのこの軽さよ。
「ま、そこら辺は一応考えてたみたいだから、そう心配する事でもないんじゃないか?」
今の今まで傍観していたベルナドットに言われて、そこでようやくクロムは気付く。
あれ、もしかしてオレ一人事態についていけてないのでは……? と。
まぁ実際その通りである。




